私は自分を持っている人が好き。
そういう人とは話が合うし、同じ空気を吸える気がするから。
自分を持っていない人は、自分も他人も大事にしない。
だから容易に他人を傷付ける。
自分が同じ目に遭う事を想像出来ないからだと思う。
そういう人は、あまり好きじゃない。
茜もきっとそう。
だから親しくなるのに時間はかからなかった。
でも――――
黒木さんは、わからない。
どっちなのか、今も全然わからない。
黒木さんは他人の事を悪く言わない。
でも、彼女は自分を出してくれない。
二年の頃、電話で少しだけ話したのを覚えてる。
黒木さんは覚えてないかな?
野球部応援のお知らせを家電にかけた時の事。
IDもメアドも番号も知らなかったから、どうやって連絡とっていいかわからなくて焦ってたっけ。
だから家電に繋がった時はちょっと舞い上がったな……
あの時の私は、多分素じゃなかった。
本当の私じゃなかった気がする。
きっと今の黒木さんは、あの時の私と同じ。
気を遣ってくれているのはわかる。
それが少し負担になっているのかもしれないって思う事もある。
それでも、私は黒木さんの本当を知りたい。
どうすれば心を開いてくれるのか――――
「……黒木?」
「ええ。茜、最近よく黒木さんと話してるでしょ? どういう子なのかなって」
こういうのは、本当は好きじゃない。
裏でこそこそと嗅ぎ回っているみたいで。
でも、大学の下見の時に一度、黒木さんには『本当の黒木さんを知りたい』って伝えたし、また同じ事を本人に言うのは……余計壁を作られそうで、したくない。
「いや、明日香の方がよっぽど黒木と話してるでしょ。最近特に多くない?」
「そうかもしれないけど、黒木さんは私に遠慮してるから……私が少し押しつけがましいお願いしたからだと思うけど」
「何? お願いって。黒木を実験台にでもしたのか?」
「実験台って……ネイルやメイクには付き合って貰ったけど」
「あはは、冗談だって。それで何お願いしたんだ?」
「そうね……例えば、黒木さんが女の子にセクハラするって言うから、どういう事をするのか聞いたり」
「……」
「……茜?」
「え、あっ、え……はぇ?」
茜の様子が変……そんなにおかしな事を言ったかな?
「黒木って……そ、そうなの? そっちなのか?」
「よくわからないけど、女の子にセクハラする側としない側だったら、する側みたい」
「……マジか。じゃああの時も、あとあの時も、あいつ全部ガチだったのか……」
茜にも身に覚えがあったのかな。
それだけ距離が近いって事よね、きっと。
「えっと……明日香は大丈夫だったのか? 妙な事されてないよな?」
「される訳ないでしょ。黒木さんは私には手を出してくれないから」
「あ――――そ、そうなんだ。へっ……へぇー……」
「あ、でもそういう冗談を言ってくれるようにはなったの。けど、それも私が言わせてるのかもって思うと……」
「わ、わかった! わかったからこの話はちょっと一旦! ね!」
「え、ええ」
茜……どうして呼吸が荒くなってるのかな。
この子のこういう顔は滅多に見ない。
初めてかもしれない。
「それで話を戻すけど、茜は黒木さんをどういう子だって思ってるか聞いて良い?」
「今それ聞くのかよ……でもそうだな……まあ嫌いじゃないよ。第一印象は最悪だったけど」
「そうなの?」
「元々、陽菜がやたらあいつの事気にしててさ。どんな奴なのかなってちょっと気になってた時に、丁度あいつが吉田に連行されてて……田村もいたんだけど」
連行?
確か吉田さんは黒木さんと親しかった筈じゃ……
「そこだけ見たら、吉田と田村が黒木をシメようとしてるふうにしか見えなくてさ。だからつい押し掛けて止めようとしたんだけど」
「茜らしい話ね」
「からかうなよ。でも、それがなんか誤解でさ。実は黒木の方が悪かったって話」
「黒木さんが吉田さんに何かしたの?」
「えっと……それはなんつーか、吉田の名誉を傷付けるから言えないけど」
「傷付けない範囲で構わないから、知りたいな」
謹慎した事もあったけど、あの大人しい黒木さんが誰かに悪意を向けるとは思えない。
一体何があったのかな?
「難しいな……まあ簡単に言えば、黒木が吉田の、その……下着を見たんだけど」
「アンダーウェアを?」
「……まあ、うん。その時に色々言ったらしくて。あ、これ以上は言えないからな」
下着を見て、何かを言って、怒らせた。
確か根元さんともそんな事があったような……
「そういう事もあって、最初は印象最悪でさ。でもその後、明日香も知ってる通りだけど、陽菜とちょっと拗れたのを仲介して貰って……やり方はちょっとアレだったけど。それから話すようになって、陰口とか叩かないし別に嫌な奴じゃないのがわかったから、今は普通。あっちも、最初はどもって喋ってたけど今は普通にしてるし」
あの時の事は、未だに少し心残りがある。
茜が根元さんとギスギスしてたのは、結構前からわかってたのに、私は何も出来なくて……
茜はしっかりしてるから、すぐ当人だけで解決すると思ってたけど、その見通しが甘かったのかな。
私はあまりそういうケンカをした事がないから、茜の立場になって考えてあげられなかったのかも。
そんな私に、本当に自分があるのかな?
他の人にそれを要求出来る資格が、私に……
「ま、あいつといると陽菜が楽しそうだから、それが一番かな。時々おかしくなるけど」
「そう。でもそれって質問の答えになってないんじゃない?」
「あはは、そうかも。でもそんな感じだよ、黒木って。なんか答えがないっていうか、よくわかんないって。あいつ」
茜でもわからない子なのね、黒木さんは。
実態を掴ませてくれない……ふふ、こんなミステリアスな子は今まで私の周囲にはいなかったかも。
「つーか、黒木の事なら陽菜に聞くのが良いと思うけど? 私よりよっぽどあっちが近いし」
「そうね。朝から色々聞いてごめんなさい。ありがと」
私も、それはわかってた。
一年の頃から見てたって言ってたから。
根元さんはきっと、私が知りたい事を知ってる。
でも、それを根元さんに聞くのは――――
『私は黒木さんの希望を聞いてるの』
……自分の言葉が自分に返ってくるなんて。
もしかしたら私も、少しおかしくなってるのかも。
「ごめんなさい、お昼休みにこんな所に呼び出して」
後ろめたい事を話すつもりはないけど、黒木さんのいる教室で聞くのはちょっと……
だからって中庭でこういう事話すのも変かな?
でも根元さんに不信感を抱かせないようにするには、秘匿性は薄い場所の方が……
「いーよいーよ。加藤さんが私を連れ出すって事は、クロ絡みの話かな?」
……。
「そうね。あの時はごめんなさい。不快な思いをさせてしまったでしょう?」
「全然。クロを叩いちゃったのは事実だし。クロの事心配したから、真相を突き止めようとしただけなんでしょ?」
「……ええ。でも、もっとやり方があったかなって」
今思えば、あの時はちょっと焦りがあったのかも。
もし二人の間に何かあったら、今度はちゃんと聞かないと……って。
でも、結局上手には出来なかったな……
「それで、クロについて何が聞きたいの? 謹慎の原因だったら私より吉田さんが知ってると思うよ?」
「いえ、それは後日。今日はその……根元さんが黒木さんと今みたいに親しくなったきっかけを教えて欲しくて。遠足まではそんな感じじゃなかったよね?」
「え?」
意外そう。
こういうのを聞くのは、やっぱり恥ずかしい事なのかな?
「えーっと……別に話してもいいけど、加藤さんがそれを知ってもあんまり参考にならないと思うな」
「そう? 聞いてみないとわからないと思うけど」
「んー……でも、私とクロの関係ってちょっと特殊っていうか、一般の人には理解出来ないかも」
……ふふ。
「それは聞いてから判断してもいい?」
「あっ、うん。それじゃ先にこっちが聞くけど、私が声優目指してるの知ってる?」
「ええ。三年の自己紹介でそう言ってたから」
「あ、覚えててくれたんだ。それじゃ、声優がちょっと偏見持たれてる事はどうかな」
偏見?
声優って確か、映画やアニメの声を演じる職業よね。
幼時向けのお仕事もあるから、そういう職業って思われてる……って事?
「絵本作家に画力や構成力が不要と思われている、というのと同じ偏見?」
「えっと、それじゃないかな……まあ加藤さんみたいなタイプの人とは縁がない世界って事。ちょっとマニアックな仕事だから」
「私は別に、マニアックと無縁って訳じゃ……」
「そうかもしれないけど、多分知る事は一生ないと思うんだよね。要は、ちょっといやらしい事もする、みたいな。アイドルと近いけど、アイドルみたいに華々しくもないし」
声優とアイドルが同じ……?
アクターの方が近いように思えるけど……それが偏見なのかな。
「それで、クロもそっちの業界に詳しい人で、たまたま私の夢をあいつが知ったのが接点。具体的には荻野……先生が原因なんだけど」
「もしかして、隠していたのに話されてしまったの?」
「そうそう! よくわかったねー」
はぁ……全く……
「それで、その後学食で偶然クロと一緒になって、あーちゃんとか他の友達とお昼してたんだけど、そこで『うちのクラスで声優目指してる人がいる』って話題になって。私は隠したかったし違う話になって欲しかったんだけど、ちょっとその話題が続く流れになって……それで、どうなったと思う?」
「クイズ方式にする必要はあるの?」
「あるの! ちょっとぐらい付き合ってくれたっていいじゃん」
……そうね。
こちらばかり要求するのは傲慢。
彼女にも満足して貰わないとアンフェアよね。
黒木さんが何かをして根元さんを救ったのは、話の流れから間違いなさそうね。
私が黒木さんの立場なら……普通に根本さんだって話してしまうかも。
でも、黒木さんは声優が偏見を持たれているのを知っているから、根元さんが露呈するのを嫌がるって予想して――――
「黒木さんが話題を変えたんじゃないかな?」
「ぶっぶー。あはは、そうだよね。普通はそうするよね」
……。
「答えは、クロ……ふふっ、あいつってば『声優目指してるの私』とか言っちゃって! バカだよねー、そんな嘘ついてさー」
「どうしてバカなの? 黒木さんはあなたの事を思ってそう言ったんでしょ?」
「あ、このバカは親しみを込めてのバカだよ。えっとね、私たちの好きな世界って、そういうちょっと捻くれた表現が当たり前の世界なんだー。変なのが普通で、でも変だから会話がちょっと惚けた感じの掛け合いばっかりで、そういう人達が毎日楽しく笑って過ごしてる、そんな優しい世界。クロは私にとって、一つ下にクレジットされてるメインキャラみたいな感じかな。こんな話、加藤さんにはわからないよね」
「……」
わからない。
でも、根元さんが言っているのが本当なら、私が黒木さんを把握出来ない理由はそこにあるのかも。
「まあ、私がクロに興味持ったのはもっと前なんだけどね。だからクロの性格的に、そういう自己犠牲? みたいな事するの意外だったから、ちょっと驚いたけど……嬉しかったなー」
……ならその時の事を先に言ってくれればいいのに。
もしかして、黒木さんの事をわかるには根元さんの事をわからないとダメなのかな?
「それから、クロとは――――」
「根元さん」
「何? これから良いところなんだけどな」
黒木さんの主体性の有無を知る事。
それが私の目的。
あの子は多分、流されやすい。
でも確かな自分を持っている気もする。
ううん、必ず持ってる。
黒木さんは、友達を大事にする子。
そういう子は、自分を持っている。
だから私は、黒木さんが同じ大学を目指してるって知った時、心の底から嬉しかった。
いつも何かに怯えているような話し方をしていたけど、少しずつスムーズに会話出来るようになったのが嬉しかった。
私の周りの友達がしないような事をして、私も少しそれに感化されて、そんな自分がちょっと楽しかった。
私には妹も弟もいないから、黒木さんを妹みたいに思ってたかもしれない。
兄が私にどんな気持ちで接していたのかを知りたかったのかも。
でも、それだけじゃない。
私はもっと黒木さんを知りたい。
その為には……
「今日の放課後、時間ある? お昼休みだけだと時間が足りないから、もう少し話を聞きたいな」
「え? でも、そんな何十分もかかる話じゃ……」
「これまでも何度か根元さんから黒木さんについて話を聞いてきたけど、それも含めて、もっと色々知っておきたい事があるかなって思って。どうして黒木さんに青学が似合わないのかも聞いてなかったし……」
ちゃんと段階を踏まないとダメみたい。
「根元さんの事も知っておきたいし」
「え!?」
「その方が、今後の為にもいいかなって」
「今後!? え!? 今後って何!?」
どうしてそんなに驚いてるんだろう……?
最近、こういう反応をされる事が多い気がする。
「いや……でも……ほら……あ! 用事! 今日ちょっと用事あって……!」
「その用事を具体的に聞かせて貰える?」
「あう……えっと……観たい番組が……」
「テレビ? それなら私が録画していつでも観られるようにしておくから、番組名を教えて」
「それは……ちょっと……やっぱりいいです……」
「遠慮しないで。時間を作って貰うんだから、それくらいは当然――――」
「そうじゃなくて……! やっぱり加藤さんは私達とは生きてる世界が違う気がするなー……はは……」
私達……
黒木さんもそうだと言いたいの?
「なら、それも教えて欲しいな。今日が無理なら明日はどう?」
「あ、明日は声優のレッスンがあるから……」
「明後日は?」
「ひ、人と会う約束が……」
「誰とどんな約束? あまり遅くならないようなら、私から家に……」
「もう許して――――――――――――――――!!!!」
……逃げられちゃった。
ちょっとからかい過ぎたかな?
あとで謝らないと。
……こういう事を根元さんにしたって知ったら、黒木さんはどう思うかな?
ちょっとくらい不真面目な方が、黒木さんは興味を持ってくれるかな。
なんてね。
ふふ……教室に戻ろ。
……さっきの会話の所為で、根元さんが番組を観忘れたら申し訳ないよね。
「根元さんが今日観そうな番組、黒木さんならわかるかなって」
「えっと……ちょっと待って。スマホで確認してみる」
今は多分、私よりも根元さんの事を黒木さんはよく知ってる。
私はそれを――――どうしたいんだろう?
可笑しい。
「んー……あいつの好きな日常系は『まちカドまぞく』『女子無駄』……どっちも違う日か……そういえばあいつ、リトバスやったって言ってたから男出るのもOKだよな。だったら……あ、加藤さん、多分わかった」
「ありがとう。番組名教えて?」
「えっと、『可愛ければ変態でも好きになってくれますか?』」
……変態?
「~~~~~~!!!!! ちょっとクロ!?」
「あ、ネモ。聞こえてた?」
「聞こえるように言ったんでしょ!? なんでそれチョイスしたの!?」
「リトバスと同じラブコメだし……あとネモの声ってなんとなく金髪碧眼の外国人キャラが合ってる気がするから、その参考に観てるかもって思って」
「全然違う!!」
変態……
『私、実はド変態なんだ』
……。
「根元さん」
「あ、加藤さん! クロの言ってる事全然違うから! 私が観たいのは――――」
「その番組、私も観てみたいから録画しておくね」
「「なんで!?」」