「ありがとう。参考になった」
「う、うん。いいけど……」
知らない女子に声かけるには勇気要ったけど、思い切って聞いてみて良かった。
やっぱり黒木は……私の運命の人!
2年の時に野球の応援で乗ったバス、隣の席にいたあの女子はやっぱり黒木だったんだ。
あの時は全然隣見なかったから、あのキモい空気をほんのちょっとだけ身体が覚えてた程度だったけど……証人がいてくれて本当良かった。
私と黒木がすれ違いばっかりで仲良くなれないのは、私が黒木のことを知らな過ぎるから。
会話が全然膨らまないきっとその所為。
黒木の好きな漫画(ワンピース)を話題にしても全然乗ってこないし。
2年生の時の黒木をもっと知ってれば、会話の幅が広がって話す時間も長くなる。
そして、あの朝方のフクロウみたいなキモい目で私のことを嘗め回すようにじっと見てくる……キモいキモすぎる。
その為にも、もっと黒木と私の過去を知らないと。
あのバスよりも後はしばらく接点がなくて、次は……そうそう、修学旅行の前に黒木の方からキモい声で話しかけて来たんだった。
もしあの時――――
私がもっと黒木と話し込んでたら、今よりもっと親密になれてたのかも。
宮ちゃん達と一緒に回ることしか頭になかったから、なんかサラッと流しちゃったけど……
そうしたら多分、修学旅行中に黒木と私は親友になってた。
それは間違いない。
……ううん、きっと今からでも遅くない。
まだやり直せる。
あの時の私は黒木達とほとんど一緒に行動してなかったから、黒木の記憶には私の存在はほとんどいなかった筈。
最後の夜以外は。
だから、それ以前の記憶を印象操作して、黒木に偽の記憶を植え付ければ……黒木の中の私は『ずっと前から親しかった子』になるかも……
……ふぅ。
難しいのはわかってる。
現実的な事じゃないのも。
でも、こうでもしないと失った時間は取り戻せない。
残り少ない高校生活で、違うクラスの私があいつの隣に要られるのはほんの少しだけ。
私は……過去を変えてみせる……!
「え、えっと……話って何?」
黒木、警戒してる……
体育館裏に呼び出したのがマズかった?
でもここは、黒木が初めて私をうっちーって呼んだ記念の場所。
これだけは譲れない。
「あっうん、突然ごめんね。ちょっと昔の事なんだけど、聞きたい事があって……迷惑だった?」
「い、いや別に。何?」
ふぅ……緊張してきた。
リサーチと準備は入念にしてきたし、きっと大丈夫。
黒木の過去は私がプロデュースする……!
「2年の修学旅行の時、黒木って班長だったでしょ」
「え? あーそうだけど」
「旅行中にどこに行くか、黒木聞いて回ってたでしょ」
「う、うん」
「確かその時、京都だし清水寺でも行けばいいんじゃないって話をしたでしょ」
「うん……うん?」
……上手くいったみたい。
黒木は全然疑ってない。
これで私は黒木の中で『修学旅行の時、一緒に清水寺に行った友達』になった。
この調子でどんどん過去改変していけば、黒木と思い出を共有できる仲になれる……!
「初日の新幹線って、同じグループでも座席は別々だったよね」
「あっうん。確か担任が出席番号順に無理矢理座らせてたから、私は加藤さんの隣だったような」
「そうそう。だからデッキで偶然会った時はビックリした」
「……へ?」
「黒木もビックリしてたよね! その後ちょうど富士山の所を通りかかったから、写真撮ったんだよね」
「んー……そうだった……かな……?」
「あの時の写真って持ってる? 私ついうっかり消しちゃったから黒木は持ってるかなって思って!」
情報によると、黒木はこう言えば対抗心燃やして『自分も持ってない』って言うって話。
ここが最初のヤマ……!
「あー……確か私も消したね。割とすぐ」
本当だった!
良かった……これで第一段階はクリア。
黒木の中で私は記念撮影した思い出の女子になった。
「あっでもゆうちゃんに送った画像データならゆうちゃんが持ってるかも」
「そこまでしなくていいから」
「え? でも聞きたかったのってこれだったんじゃ……」
「ううん、もっと先。これまでのは雑談」
うっ……黒木のキモい目がもっとキモくて疑惑に満ちた目に……
早く次の話題に移らないと。
「夜は同じ班だから旅館では同じ部屋だったね」
「あっうん。そうだけど」
「ちょっと気まずくなかった? あの頃ってホラ、まだそんなに親しくなかったっていうか、あんまり話した事もなかったし」
「そうだね。正直地獄だったね……」
黒木が思い出に馳せてる……なんてキモ遠い目。
「蝙蝠の間、だったっけ。部屋も変な名前だったねー」
なんか黒木の顔が『蝙蝠なのはお前だろ』って言ってるように見えるけど、なんで?
私全然蝙蝠には似てないし。
むしろ黒木の方がイメージ的に似てるような……
それより、ここからが第二のヤマ。
私は初日の夜、宮ちゃん達と同じ部屋にずっといたから、黒木とは全然喋ってない。
この空白を埋めないと、親友と言える間柄になるまで無駄に時間がかかる。
ここで一気に距離を詰める……!
「あの日の夜に大体、二日目に行く所を決めたんだよね。最後は稲荷山だったっけ」
「……そうだったっけ?」
「だって実際に行ったでしょ。清水寺行って、お土産買って、微妙な味の昼ご飯食べて……」
「いや違うから。あれは私が悪いんじゃないから。クスリで味覚ガバガバになった芸能人がうまいって言ってたのを紹介しただけだから。ほら、女子ってそういう所に大抵行きたがるし、雰囲気が大事って言うか」
急に会話が弾み出した!?
思ってた以上に順調……このままいけば今日中に黒木と私は親友に……!?
「その後、黒木が足を怪我して私が頂上まで背負って運んだんだっけ。黒木軽かった」
「……いや、それは」
しまった、調子に乗り過ぎた!?
偽の記憶ばっかりで黒木が疑り深く……!
そろそろ本当のことも交えないと……
そう言えば、あの時の黒木って……
「あ、そういうばなんで黒木、旅館で学校指定のジャージ着てたの? そういう趣味?」
あれ?
なんで黒木の顔がキモ青くなって……
「あれは! 違くて! たまたま持っていく予定だった部屋着をお母さんが全部洗濯してて……! あり得ないんだけどお母さんそういう所あるから……!」
……良かった、上手く誤魔化せたっぽい。
そういえば、二日目の宿でなんか黒木達の部屋ドタバタいってたような……
そこも話合わせておけば、完全に疑惑はなくなるかも。
あんな別の部屋まで聞こえるような大騒ぎになりそうな事って言えば……
「そういえば二日目の旅館で結構暴れてたでしょ。修学旅行中に下のお手入れなんてするから……痛かったでしょ」
「な……!?」
……違った?
てっきり、深剃りし過ぎて血が出て焦ったと思ったんだけど……
ま、まさか、最中に見られたとか……私以外にも……
「黒木はもっと自分を大切にして。黒木一人の身体じゃないんだから」
「へ? 何? もう何がなんだか……」
やっぱりこっちか……くっ、あの二人のどっちかが黒木の……
あっ、なんか思い出してきた……
「な、なんか顔赤いけど……何考えてんの?」
「違っ……! 私が聞きたいのはこういう事じゃなくて……」
私が動揺してどうするの!
でも、ほどよくキモい感じで会話できてるかも……キモ心地良い。
もう残すは最終日だけ。
今のところ、黒木の中で修学旅行の頃の私は『新幹線の中で少し仲良くなって、一緒に京都回って寝食を共にして、ちょっとハメを外して仲良くなり始めた、気になる女子』くらいにまではなってる。
この三日目が勝負……!
私達にとって、あの日の夜は特別。
一緒の部屋で二人きり、隣合わせのベッドでキモいアニメを一緒に観て、キモい会話をして……そう、あの時の黒木は歴代最高のキモさだった。
そして、私が黒木はキモいって気付いた最初の出来事。
そう。
私が一番聞きたかったのは、この時の事……
「く、く、黒木は……」
今までは勇気がなくて聞けなかった。
でも、今の関係性なら大丈夫な気がする。
以前の黒木は、きっとキモい劣情を催して衝動的にあんな行動に出たんだと思う。キモいキモいキモいキモい……
だから、私が何を聞いても言い訳ばかりで答えてくれなかったに決まってる。
「どうしてあの時……」
けど、黒木の中で修学旅行の記憶はもう私一色になってるし、正当性が強化されてるんじゃない?
だったら、答えてくれる……
「あの時、私の裸を覗いて……下着まで盗んだの……?」
聞けた……!
お願い黒木、答えて……ううん、応えて……!
「……」
……黒木?
どうしてそんな、白々しい目を?
まるで白目を剥いているみたいな……
「ご、誤解しないで!! 私は別に怒ってる訳じゃなくて……!」
「い、いや、その、えっと……」
どうして?
黒木、どうしてそんなキモくない目で私を見るの……?
そんな、普通に怯えたみたいな目で……
私が知りたかったのは、黒木の本心。
どれだけ態度で示しても、言葉にしてくれないとわからない。
私はもっと先に行きたい。
一緒にお昼を食べて、一緒に登下校して、一緒に勉強して、一緒に色んな事話して……
卒業しても、その先もずっと――――
「私は黒木と一緒に行きたい……!」
「ヒィ――――――――――――――――!!」
……え?
黒木?
どうして……地面に伏せてるの?
どうして……そんなに頭を下げて……
「そ、その……今は大事な時期っていうか……謹慎もしたし、色々溜まっててこれ以上は……だからその……ここで許して……貰えませんか」
敬語……!?
しかもどうしてそんなに震えて……?
そんなに……そんなに私をこの場でどうにかしたいの!?
土下座までして頼みたいの!?
「黒木、ちょっと……」
「修学旅行の時はその……ちょっと気の迷いっていうか……私も敏感になってたっていうか……」
……どういう意味?
敏感って……黒木はあの夜、既にその気だったって事?
黒木が私をそういう目で見てたのは知ってる。
でも、当時はあくまでも劣情の範囲だった筈なのに。
これは……成功してる?
黒木の中であの夜の私は『いやらしい目で見たくなる存在』じゃなくて、『見るだけで我慢できなくなる存在』になってる……?
でも、この変化は私が望んでいた方向とはちょっと違うような……
「だからその……お願いします」
それとこの頼まれ方も望んでたのとは違う。
「頭を上げて黒木。私はこんなの望んでない」
「いやでも、あんまりお金は持ってないし」
「私が行きたいのはそういう所じゃないから……!」
――――結局、黒木の過去を改変する計画は失敗に終わった。
でも、黒木の気持ちっていうか、キモい情欲はよくわかった。
黒木は黒木で苦しんでたんだって。
だったらこれ以上、過去を弄る必要はない。
黒木と私はもう、同じ気持ちだから。
記憶なんて曖昧なものに頼らなくても、黒木と私はちゃんとやっていける……
「ねえ、うっちー聞いてる?」
……あ、つい昨日の事思い出してボーっと……
宮ちゃん達と一緒にいる時は黒木の事は考えないようにしないと。
また怒らせて喧嘩になったら、今度こそ疎遠になるかもしれないし。
黒木は大事だけど、みんなも大事。
今まで一緒に過ごしてきた時間を足蹴になんてできない。
長い間、たくさんの思い出を共有してきた友達だから……
「ごめん。えっと、何の話だったっけ」
「ほら、修学旅行の時みんなで野宮神社ってとこに行って、撫でたら願いが叶うって石あったじゃん。あの時の願い全然叶ってないねって」
「そうそう。彼氏全然できないし。でも楽しかったよね、みんなで一緒に花冠付けたり……」
……?
みんなで一緒に……?
「どしたのうっちー」
「いや私、黒木たちと同じ班だったから一緒じゃなかったしそんな所行ってないけど」
「うっちー!? 記憶どうしたの!?」
えっ、なんで?
だってあの時は、私だけみんなとは違う班になって……何も間違ってなくない?
「黒木さんが好きなのはもうわかったけど、私達との思い出まで改竄するのは酷くない……?」
「っていうか、ここまでくるともう無意識っていうか、手遅れなんじゃ……」
どうしたんだろ。
なんでみんな、変な目で私を見るの……?
だって私、修学旅行の時はずっと黒木と……
黒木と……
あれ――――?