少女の後ろを歩くこと十数分。少女と静哉は、山の麓の長い石段の前に辿り着いた。
「この上のはくれー神社に霊夢がいるのー」
「へー、神社に住んでるのか。もしかして、霊夢さんって巫女さんなのか?」
「そーだよー」
少女がそうはっきりと断言したが、静哉は少し懐疑的だった。
目の前のほわほわとした少女は、明らかに人外だったのだ。その少女に優しくするのが真逆の存在とも言える神社の巫女のはずがない。
恐らく朽ちた神社に住み着く孤児か、または盗賊なのではないかと静哉は踏んでいた。
「おいてくよー?」
「おぅ、待ってくれよぉ」
すでに10段ほど上がった先で少女が早く早くと催促していた。
静哉は2段飛ばしで駆け上がって、人外少女の隣に並ぶ。
「よし、行こうか」
「出発しんこー」
少女の掛け声を合図に、二人はえっちらおっちらと石段を上り始めた。
「とうちゃくー」
「…………はぁ……はぁ……ぐはぁ……」
静哉は石段を上ってすぐの大きな鳥居の前に、荒い息を吐いて倒れ込む。もちろん命綱とも言うべき濃厚プリンは静かに置いた。
この男は見事やり遂げた。あの終わりのないような感覚に陥る石段を、もはや気力だけで上り達成したのだ。
「プリンちょうだいー?」
「あ、ああ…………はぁ……ほら、食べ……はぁ……なぁ……はぁ……はぁ……」
普段から運動しとけば良かったと、少し前の自分を恨む静哉。その隣で、人外少女がうまうまと濃厚プリンを食べる。
数分もすれば呼吸も整い、静哉は立ち上がって周辺の確認をした。
大きな鳥居に取り付けられた神額には、博麗神社の文字が薄れ気味だが確認できる。この場所が博麗神社で間違いないようだ。
「すみませーん!博麗霊夢さんはいらっしゃいますかー?」
返事がない。ただの無人神社のようだ。
「……本当にここに霊夢さんがいるの?」
「いるー、嘘は吐かないよー」
少女は心外だとばかりに静哉の手を握る。
ドキッとした。それがここ数年経験のない異性との接触故か、はたまた喰われるのではないかという恐怖で心臓が跳ね上がったのかは定かではない。
「こっちこっちー」
「お、おう」
静哉は少女に手を引かれて賽銭箱の前に来た。
「ここにお金を入れたら霊夢が出てくるよー?」
「えらく現金な巫女さんだなぁ……」
静哉が正直に吐露すると、拝殿からガタッと音がしたが、静哉の耳には届かなかった。
「えーっと、財布の中身はっと。げっ、濃厚プリンのお釣りで小銭だらけだ。小銭は全部落としていくかぁ。むー」
ガタガタッ。
しかし、考え事をしている静哉の耳には届かない。
「どうしようかな。どうせ帰れるかもわからないし、有り金全部落として行こうかなぁ」
ガタガタガタッ!
「誰かいるのか⁉︎」
今度ははっきりと静哉の耳に入った。
静哉の問いかけに、しかし音の主は現れない。
もしかしてこの人外少女の通り、賽銭箱にお金を落とせば出てくるのではと本気で思案する静哉。
静哉は相手を釣り上げることにした。
「んー、とりあえず御利益を期待して2万円ほど入れようかなぁ?」
2万円という言葉に反応して、拝殿の扉が少し開く。
「ひぃッ!」
静哉はあまりの恐ろしさに小さな悲鳴を上げた。
拝殿から覗くその瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、隣でぽけーっと空を眺めている人外少女とは恐ろしさの格が違った。
その恐ろしき瞳が捉えているのは、静哉の手に握られた2枚の1万円札。
しかし、霊夢(仮)にも分別はあるらしく、直接奪い取りに来る気配はない。
ただ穴が空くほど見つめられて、静哉の心が耐えられそうにないだけだ。
「じ、じゃあ2万円入れさせていただきます……」
静哉の手から2万円が離れる。二枚の札はヒラリヒラリと落ちていく。
そうして、賽銭箱に触れ確実に中へと落ちた瞬間——目にも留まらぬ速さで、可憐な少女が静哉の前に躍り出た。
「あなた、良い人ね! きっと御利益があるわ! この博麗神社の巫女が保証する!」
紅白の巫女服のような、それにしては腋が堂々と外気にさらされた奇怪な装束を着た少女は、静哉の手を握りぶんぶんと振った。
そこには先ほどの猛禽類の如き鋭さはなく、あるのは可愛げのある整った顔立ちの少女然とした表情だけだった。
「えっと、貴女がこの女の子の言う博麗霊夢さん?」
静哉が人外少女を前に押し出す。
「あら、ルーミアじゃない。あんたがこの人を連れてきてくれたの?」
「そうだよー」
「偉いわ!あんたにも御利益をあげちゃう!」
「えー、びんぼー神社のごりやくなんていらないよー」
「あんたとんでもなく失礼ね⁉︎」
「いたいー」
切れ味の鋭い本音に、霊夢は人外少女——ルーミアの頭をすぱーんと叩いた。
ルーミアが叩かれた頭をさする中、霊夢が思い出したように静哉に向き直る。
「ところであなた、ここの人間じゃないわよね?」
静哉は説明も無しに自分の境遇を言い当てられたことにひどく驚き、そして緩んでいた緊張を取り戻した。
「そ、そうなんですっ!気づいたら原っぱにいて!どうしたものかと悩んでいた時に、このルーミアちゃん? が助けてくれたんです!」
静哉が興奮気味にそう言うと、霊夢もまた驚いた。
「ルーミアに助けられたぁ? よく喰われたかったわね。コイツ、人喰い妖怪よ?」
「あっ、やっぱりですか。初対面で食べていいかと訊かれたので、なんとなくそんな気はしていたんですが……」
ルーミアの予想通りすぎる正体に、静哉はやはり濃厚プリンを与えて正解だったかと改めて安堵した。
「あの、俺は帰れるんでしょうか……?」
「さぁ? 私にそんなこと訊かれても困るわ。行く宛がないなら、しばらくはうちに泊めてあげるけど?」
「…………じゃあ、しばらくお世話になります」
静哉は霊夢の善意に甘え、しばらく居候させてもらうことを決意した。
「あっ、とりあえず財布に入ってるお金は全部差し上げます。これでどうか10日ほどは……」
静哉は霊夢の手を握り、有り金の10万円と890円をその小さな掌に載せた。
「ははっ、あんたはもういつまで居ても良いわよっ!」
載せられた普段見ぬ大金に霊夢は上機嫌になり、静哉を我が家に迎え入れた。
「放置かー。そーなのかー」
その場に取り残されたルーミアの悲痛な呟きは、霊夢の静哉を歓迎する言葉の前に消し飛んだのだった。
読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!