満面な笑みを浮かべる霊夢に迎えられ、静哉は現在居間で茶を飲んでいた。
久し振りに飲んだ人の手で淹れた茶に、静哉の心はぽかぽかと温まった。
「ほら、お腹空いてるならこれでも食べなさい」
霊夢はそう言って、木製の戸棚から茶請けの煎餅を取り出してきた。
「あっ、じゃあこれ、代わりにお納めください」
静哉はコンビニ袋に入った10個の濃厚プリンをちゃぶ台の中ほどに置く。
「何これ? 外の世界の甘味?」
霊夢がコンビニ袋を物珍しそうに漁る。
「ええ、プリンという食べ物です」
静哉が目の前で袋から濃厚プリンを1つ取り出し、フタを開けて見せる。
「この透明の匙で掬って食べてください。あんまり冷えてないですけど……」
静哉の説明を黙々と聞いた霊夢は、手渡されたプリンを恐る恐る口に含んだ。
「うわっ、なにこれ! めちゃくちゃ甘くて美味しいじゃない!」
「ははっ、冷えてたらもっと美味しいんですけどね……」
霊夢の盛大な喜びの反応に、冷えていればと静哉は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな静哉の気持ちを感じ取ったのか、霊夢は花のような笑顔で言い返す。
「私は今のままでも十分すぎるくらいよ!あんた、本当に良い人ね。これ、全部食べていいの?」
「あ、はい。全部食べちゃってください。置いてても悪くなるだけなんで」
「やったーっ! ほら、あんたも1つ食べたら?」
「いえいえ、俺はもう霊夢さんの優しさで胸がいっぱいなんで大丈夫ですよ」
「そうなの、じゃあ食べたくなったら言いなさい。私が全部食べ終わるまでならあげられるから」
霊夢が夢中でプリンを食べ、静哉はそんな彼女の姿を微笑ましい気持ちで眺める。とても穏やかな時間が流れていった。
しかし、穏やかな時間というものは、得てして簡単にぶち壊されるものだ。
「霊夢ぅーっ! 遊びに来てやったぜーっ!」
突如空から少女の快活な声が響いた。
その声の主は、有ろうことか空から登場した。
にかーっという擬音が聞こえそうなくらい元気な笑顔。金髪をすっぽりと隠す、白い大きなリボンのついた三角帽。黒いドレスのような服に白いエプロンの少女は、空飛ぶ箒にまたがって現れた。
魔法使いのような少女は霊夢が珍しいものを食べていることに目敏く気づき、ちゃぶ台の上に鎮座するプリンの山を凝視する。そして急いで箒を降りて縁側から侵入してくる。
「あーっ、霊夢が人間と美味そうなもの食ってる! わたしにもくれよ!」
「アンタも人間でしょうが。これは絶対にあげないわよ。だってこの人——そういえば、名前知らなかったわね。あんた、名前は?」
霊夢がちゃぶ台の上のプリンを自分のもとに集め、静哉に名前を問う。
「俺は、下川静哉です。えっと、貴女は霊夢さんの御友人でしょうか?」
静哉が霊夢との関係を問うと、快活な少女は腹を抱えて大笑いした。
「あっはははは! 霊夢『さん』て! 霊夢はそんな大それたヤツじゃないぜ! 隠居した年寄りみたいなヤツさ! おっとと、わたしの名前は霧雨魔理沙! よろしくな、静哉!」
「よろしくお願いします、魔理沙さん」
「固いなぁ! わたしのことは魔理沙って呼べ! 分かったか?」
そう言って、魔理沙は静哉にぐいっと顔を近づける。
「あ、ああ、分かったよ。魔理沙」
魔理沙の勢いに気圧されながらも、なんとか呼び捨てをする静哉。魔理沙の美少女っぷりにドギマギしながらも、なんとか表に出さずに済んだと一安心する。
「にひひっ、歳の近い男に名前呼ばれるのって、なんか少し恥ずかしいな!」
「あら、魔理沙を呼び捨てにするなら私も霊夢って呼びなさい。私のことを霊夢さんなんて呼ぶ奴はこれまでいなかったから、なんだか少しむず痒いのよ」
「わ、わかったよ。れ、霊夢……」
「…………たしかに、少しこそばゆい感じね」
名を呼ばれた霊夢は頬をかきながらそっぽを向く。
「あーっ、霊夢のヤツ照れてやがる!」
「ばっ、そんなんじゃないわよ!」
ここぞとばかりに茶化す魔理沙と、若干頬を赤くしながら追いかけ回す霊夢。
追いかけっこする2人はチラッチラッと静哉に視線を送り、それに気づいた静哉は悩んだ末に口を開く。
「ま、魔理沙と霊夢は、普段何をして遊んでるんだ?」
「わ、私は別に——」
「わたし達はいつも弾幕ごっこで遊んでるぜっ!」
ちゃぶ台の周りをぐるぐると回っていた2人は、まるで落とし所を見つけたと言わんばかりに座り直す。
「弾幕ごっこ? えっと、名前から全然内容が掴めないんだけど……」
「見せてやるぜっ! ほら、霊夢!」
「はぁ……分かったわよ」
魔理沙は意気揚々と、霊夢は面倒そうに縁側で靴を履いて鳥居の方へと歩いていった。
静哉は2人について行く。
参道の中央に相対すると、魔理沙が箒にまたがり浮かび上がった。
「よしっ、勝負だせっ! 霊夢っ!」
「面倒くさいわねぇ……」
後頭部をかきながら、すでに面倒オーラを隠そうともしない霊夢。
静哉が霊夢をジッと見ていると、ふいに目が合った。だが、瞳から霊夢の感情は読み取れなかった。
「はぁ……しょうがないわねぇ」
霊夢がトンッと地面を蹴ると、そのまままるで水中にいるかのように上昇した。
「れ、霊夢は空を飛べるのかっ⁉︎」
箒すら使わず空を飛ぶ少女を目の当たりにし、静哉は仰天した。
「ええ、そうよ。私は空を飛べる人間なの。凄いでしょ?」
「ああ、凄いな! 羨ましいよ!」
静哉は正直に告げた。それを羨ましく思った魔理沙が、静哉の前にやって来る。
「わたしだって飛んでるぜっ!ほらっ、ほらっ!」
魔理沙が地面スレスレまで降りて低空飛行したり、中空で一回転したりとアクロバティックな動きをする。
「魔理沙も凄いな!」
「へへん! そうだろそうだろ!」
「アンタいつも子供みたいだけど、今日は一段と幼くなってるわよ? どうかしたの?」
静哉に褒められて調子に乗った魔理沙に、霊夢がニヤニヤしながらそう言った。
「う、うるさいっ! ——ふんっ、止めだ止めだ! 今日はなんだか弾幕ごっこをする気分じゃなくなったぜっ! じゃあな、霊夢! 静哉!」
魔理沙が早口で別れを告げて、逃げるように帰っていった。
「ふぅ、やっと帰ったわね。さっ、早くプリンを食べるわよ」
「あ、ああ……」
嵐のような人物だったなと思う静哉であった。
読んでいただきありがとうございますっ!次話もお楽しみにっ!