「この世界…………幻想郷だっけ? 俺以外にも普通の人間がいたんだな」
静哉は先程通り抜けた人里を思い出して、感慨深げに頷く。
大きな声で客引きをする野菜を売る八百屋。穏やかな雰囲気の流れる団子屋。その他にも蕎麦屋や花屋、豆腐屋や酒屋などと多種多様な店が軒を連ねていた。しかし静哉が気になったのは、その店のどれもが今は珍しい木造平屋建てだったということだ。
それだけではない。里の人間は皆等しく着物を着用し、洋装の者など両手の指の数より少なかった。
「なぁ、霊夢。もしかして、ここの人間は不老不死なのか?」
隣を歩く霊夢は、何言ってんのよと静哉を笑った。
「だって幻想郷の外にあんな造りの建物はもう少ないし、なにより日常的に着物を着てる人なんてほとんどいないんだ。それなのに、ここの人達はなんの疑いもなく生活していた。これは、きっとあの人達が不老不死だからなんだ!」
「あんたやっぱり馬鹿ね。ここは外の世界から隔絶された世界よ? それなら世代交代したって文化が変わるわけないでしょうに」
「ぐぅ、た、たしかに……」
なんでその考えに到らなかったのかと、羞恥心に悶える静哉。
大声で的外れなことを叫んでしまったことが、とんでもなく恥ずかしい。
「——それより。ほら、あそこを見てみなさい」
静哉は霊夢の細く綺麗な指の差し示す先を見つめた。
そこにあったのは、紅い洋館だった。
広大な湖の上に浮かぶ、紅い霧を発生させている巨大な洋館だ。
静哉はそれを見て確信した。
あの館の主人こそが、この紅い空を作り出した犯人だと。
「あそこが今回の異変の元凶がいるらしいわね。…………最後にもう一度だけ言ってあげるけど、本当に行くつもり? あんた死ぬわよ?」
「ああ、行くさ。足手まといになるつもりはない。俺がヘマしたらとっとと捨てて先に進んでくれ」
霊夢と静哉が視線を交わる。
——折れたのは霊夢の方だった。
「はいはい、分かったわよ。私の負けよ」
優しい少女は顔を逸らし、手を左右に振った。
「ありがとう、霊夢」
「…………とりあえず、あの門の前にいる奴をどうにかしましょ」
「うん。…………ん? えっ、この距離から見えるのか?」
「ええ、辛うじて女だってことが分かるわ」
現在2人がいる場所は、紅い洋館から数キロも離れた地点だった。
静哉はもちろん、普通の人間ならば確実に見えない距離だ。ここから、霊夢の視力の凄まじさがうかがえる。
「これぞまさしく人並み外れた力って感じだな」
「そうかしら、これが普通だから分からないわ」
静哉と霊夢は何気ない会話をしながら洋館へと歩みを進める。
「……ようやく着いたな」
「ええ、普通に疲れたわ。私だけでも飛べばよかったかも……」
「それもこれも紅い空を作り出した館の主人のせいだな」
「ええ、見つけ次第ぶん殴ってやる」
額に汗を滲ませた静哉の隣で、それ以上に汗を流している霊夢が愚痴をこぼす。
外の世界で引きこもりをしていた静哉と、娯楽の少ない幻想郷であまり動くことがない霊夢。
動くことが好きではない2人の心が、奇跡的に噛み合った瞬間だった。
「ほら、お客さんが現れたわよ」
「ははっ、お客さんは俺達だろ?」
門の前で軽口を叩く2人。だが、顔は青く、息も絶え絶えだ。
「………………あの、大丈夫ですか」
門の前で待ち構えていた門番も、現れた2人を思わず心配してしまうレベルだった。
その態度が気に触れた霊夢は、疲労で震える膝を無理矢理従えて立ち上がる。
「はんっ、敵の心配なんかしてんじゃないわよ! 今すぐこの館の主人を出しなさい!」
精一杯の虚勢を張った。
「いや、あの、一旦落ち着かれた方が……」
「いいって言ってんでしょ⁉︎」
「霊夢、このおっぱいの大きいお姉さんの言う通りだ。少し休もう。もしこれで負けたとして、もう一度歩いてくるのは嫌だろ?」
「………………チッ!」
青い顔を真っ赤にして憤慨する霊夢を諌める静哉。霊夢は次も付いてくるつもりの静哉に舌打ちしたのだが、この男が気づくはずもない。
2人は門の前で十分ほど座り込み、優しい門番は水の入ったコップを与えていた。
「……アンタ、名前は?」
「あっ、私ですか? 私は紅美鈴です」
「ふんっ、博麗霊夢よ。そんで、アンタの乳を見て鼻の下伸ばしてる男は、居候の静哉」
「うおぃ! そんな悪意ある紹介はやめろ!」
静哉は改めて美鈴へと自己紹介をする。
「えっと、俺の名前は下川静哉です。19歳。彼女はいません。得意料理は炒飯。好きな女性のタイプは、優しくて一緒に居て退屈せず、そして包容力のある自分より年上の人ですね。あっ、ついこの間幻想郷に迷い込んだばかりの新参者なんで、色々教えてくれると嬉しいです」
静哉がそこまで言ったところで、後頭部に霊夢の拳が炸裂する。
「あんたの好みを聞いて誰が得するのよ……っ!」
霊夢が呆れ気味に言うが、相手方の反応は予想外のものだった。
「炒飯が得意料理なんですかっ⁉︎ 奇遇ですね、私もなんですよ! どうです、召し上がっていきますか?」
「やったーっ! 霊夢、炒飯食わしてもらえるんだって! 早く行こうぜ!」
門を開けて美鈴と静哉が中へと歩いていく。
静哉は無邪気に笑いながら霊夢を誘うが、霊夢自身はこんな簡単に敵の本拠地へ侵入できていいのかと頭を抱えた。
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