訳題『協力』
グリフォンにとってファントムという悪魔は、鬱陶しいこの上ない存在と言えた。
生前は共にムンドゥスの腹心として任に当たることもあったが、顔を合わせる度にファントムはグリフォンを羽虫と罵るのが常だった。
前契約者だったVの悪夢として顕現した際もそうだ。
羽虫扱いは変わらず、あろうことか悪夢故に消えてしまうというのにも関わらず、悪魔としてのプライドからVとの契約を拒み、襲い掛かって来た。
そんなファントムがどういう訳か。この世界に居てしかも、魔人となっているなど。想像できる筈もないし、グリフォンの心境を考慮すればしたくもないだろう。
「随分小さいナリになったじゃないか。まるでベルゼバブのようだなァァ?」
「ハッ! 小さいナリになったのはお互い様ダローがよ。相変わらず脳ミソ筋肉デブだな」
「あぁ? 死にたいのか羽虫」
「アァン? やんのかチビガキ」
互いにメンチを切り合うグリフォンとトム。
生前と何ら変わりない、かつての魔帝配下たちによる喧嘩は違う世界でも行われようとしていた。
「やめろ。そんな事をする為に来たわけじゃない」
それを阻止したのは、Kの鶴の一声だった。
「"デビルハンター"…悪魔を狩る生業の者は知られてないだけで世界中にいる。中でも生まれ持って悪魔の魂を持つ"魔人"は、かなり腕が立つ」
「詳しいな。同業者か?」
「生憎、コレでの収入はゼロだがな」
トムの言葉をやや皮肉ったように答えるK。
実際Kは悪魔を狩ってはいるが、それは依頼ではなく、個人の私情によるものだ。
悪魔が人の世を犯し、人を貶め喰らう。
それが許せないから。それだけの為に、彼女はグリフォンたちと契約する以前から悪魔を狩り、同様にノイズを狩って来た。
「そうかい。それで……だ。俺に依頼するっつーことは、それは当然悪魔を狩って欲しいっていう認識でいいんだよな?」
「ああ。その通りだ。悪魔の名は"ケルベロス"。雷を操り、奴の体も雷で出来てるらしい。聞き覚えは?」
「"こっち"じゃないな。"向こう"だとケルベロスは氷を操るワンコロだったからな」
トムが言う"こっち"とは、トムが転生し新たに生を受けたこの世界であり、"むこう"とは、彼がファントムとして生きていた世界を指している。
グリフォンと旧知の間柄ということもあって確信していたが、Kの思った通り、トムはグリフォンがいた世界の住人だった。
敢えて隠さずに言ったのは、グリフォンを使役しているKも大体の事情を知り得ているだろうという予想。そして、別段知られても特に問題はないという、この二つから理由からだ。
「なるほど。いつ頃からこっちに?」
「だいたいで数年前だ。正確には数えちゃいねぇよ」
「そりゃそーだろ。お前の頭の中には筋肉しか詰まっアァァァァーーーーーッッ!!!!」
いらん事を平然と口しようとしたグリフォンは、トムの蠍の尾に似た三つ編みの髪の鞭によって横から野球のホームランの如く、遠くへ情けない悲鳴を上げながら吹っ飛ばされてしまった。
だが容易に戻って来るだろうと判断したKは、その事についてトムを責めるようなことはせず、話を続けた。
「とりあえず事情は分かった。ケルベロスはかなりの実力を秘めた相手だ。位で言えば『アパルト』……いいのか?」
「元悪魔を舐めるな。こっちは最近雑魚しか狩ってないからな。いい加減、歯応えのある相手でないと腕が鈍りそうなんだよ」
獰猛さを孕んだ不敵な笑みを浮かべ、問題はないと言ってのける。
いくら人間に生まれ変わっても、当時の記憶や自らの意思は健在で、それは悪魔としての闘争本能も、だ。
存分に力を出して戦いたくとも、雑魚は容易く死ぬ。今まで数多くの依頼を受けて悪魔を狩って来たトムだが、まともにやり合えたのは、たったの二度。
それ以降は本気を出すまでもなく、ほんの少し力を出す程度でやられる雑魚ばかり。
そんな相手では、どれほど狩っても闘争心は満たされない。
雑草を抜く淡々とした詰まらない作業に等しいのだ。
だからこそ、今回のKからの依頼は個人として実にやりがいを感じさせてくれるものだったので、非常に有り難かった。
「アパルトなら申し分ねーよ。で、何処にいるんだ?」
「残念だが居場所は分からない」
「……え、マジ?」
敵の存在は明確なれど、肝心の居場所が分からない。悪魔の知識を持つ
、その筋の人間ならば対象となる悪魔の居場所は把握していると踏んでいたのだが。
とうの依頼主であるKは狩るべき悪魔の居場所はおろか、その行動パターンも掴めていないのが現状だった。
「じゃあどーすんだよ。虱潰しに当てもなく探す気か?」
それだけはゴメンだ。そんな心情がひしひしと伝わって来る表情を露骨に見せてくるトムだが、至極当然なものだろう。
何の手掛かりもなく、勘頼みで適当に探した所で目的の悪魔が見つかるなど有り得ない。
相手が慎重に行動し、その動きを悟らせないよう策を張り巡らせているなら尚更だ。
そんなことはKが十分承知している。
「今日はあくまで顔合わせだ。奴の居場所はこちらで何とかする」
「オォォォイッ!! ちょっとは心配してくれてもイイんじゃねッ?!」
両翼を一定のリズムでバサリと羽ばたかせながら戻って来たグリフォンは、自分を全く心配しないどころか、思考の外へと追いやるかのように平然と話を進める非情さに異議を申し立てながら戻って来た。
そんなグリフォンの姿を見ては、Kは半端呆れた視線を送り、面倒だと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。
「バカを言うな。余計なことを言って墓穴を掘ったのはお前だろ」
「……チッ。ギャーギャー喚くな。たかが吹っ飛ばされた程度でよ」
苛立ち混じりにトムはそう吐き捨てる。
本人の口からは決して言えないが、グリフォンが今のような姿になっていたことに対し、トムは不服を感じていた。
グリフォンがどれほど強い悪魔だったのか。
それを彼はよく知っている。
かつては共に戦うことが多く、魔帝に歯向かう弱小勢力や当時ムンドゥスと同等の魔力と軍事力を従えていたアルゴサクスやアビゲイルの勢力に属する強豪悪魔を滅ぼして来たのだ。
気に食わないのは確かだ。悠々と空へ舞い上がり、堂々とその威光を地上で這い蹲る悪魔どもに見せつけるその傲岸さは、ファントムだった頃のトムにとって忌々しく腹立たしいもので、今でも思い出せば臓腑が煮えくり返りそうになる。
だがそれは見栄だけでなく、れっきとした実力も併せ持っているが故の威光。
魔帝に仕える腹心としての強さは認めたくはないが、認めざる得ないほどに本物だった。
しかし今のグリフォンにそれはない。
その身はバージルの悪夢で出来ており、グリフォンの因子と、かつての記憶。この二つがあっても実際のところ、限りなく同一個体に近い別個体なのだ。
"グリフォンであって、グリフォンではない"
かつての強大な力はなく、贋物としか言いようのない程に堕ちてしまった。
おまけに厳格で、そうするに相応しい対象に対しては礼儀正しかった性格も、変わり果てて無くなり。
今ではただ喧しく吠え立てる羽虫程度の悪魔と化してしまっている。
その姿がトムの中で言い知れぬ怒りを増長させていた。
「オメェーがやったんだろーが!! ホントッアレだな! 魔界にいた頃から変わってねーナ、そーゆトコ!!」
「喧しいわッ!! その毛毟り取るぞ!」
「ハッハー上等だ筋肉クソ蜘蛛! テメェーを俺様の電撃で黒焦げにしてやるヨ!!」
「ハッ! やってみろ羽虫ィィ!! チキンかソテーにしてやる!」
また始まる元二大悪魔の激闘……と言う、名ばかりのしょうもない理由で勃発した大喧嘩。
鋭い電撃が迸り、マグマの支柱が巻き起こる。
もし、これが街中で起こされたのであれば、甚大な被害は待ったなしだろう。しかし、公園はトムの張った特殊な結界により、一種の異境と化している。
例え原型が残らない程に損害を受けても、解けば元通りに直るばかりか、結界の外側に被害が及ぶことは確実にない。
ならば好きにさせよう。
こうなってしまっては、横槍として入ってでも止めるのは容易な事ではないし、そんな下らない事に労力を使いたくない。
だからこそ、Kは傍観するという選択肢を選んだ。
「オラオラ! どーしたァァッ!! んなモンだったか? えぇぇ〜?!」
「調子こいてんじゃねぇよ羽虫野郎! そら、火の雨が落ちるぞォォッ!!」
勢いが弱まることは、決してなく。炎と雷が絶え間なく周囲を焦がし、抉り、破壊していく。
そんな様子を側から見て、Kは止めるのも面倒になったのか。呆れた顔をしつつ、静かに溜息を一つ零す。
"これから先の前途は…多難ありまくりだな"
色々と諦めたような。あるいは、達観したとも言える思いを抱きつつ、そう予想せざる得なかった。
※
side 二課
「あれから一週間は経ったが……」
「進展なし、ねぇ……」
モニターに映されるノイズを相手に戦闘を繰り広げる響と翼。
それを見る二課の司令である弦十郎と、シンフォギアを開発した天才科学者である櫻井了子の両名は、未だ溝を作っている二人のシンフォギア装者の間にある『溝』……それが良い意味で埋まらない現状に、頭を悩ませた。
あの日以降、二人の関係性は良好とは言えず。というより、翼が一方的に拒絶しているだけだが。
やはり今は亡き奏のガングニールを響本人が意図しなかったことだとは言え、持っていること自体、許容して受け入れることはできないようだ。
しかも響本人は戦いとは無縁の日々を送って来た普通の高校生だと言うのに、誰かの為にと人助けを理由に戦う意志を見せている。
それもまた翼が響を拒絶する原因になっている。
翼から見て、立花響という少女は自身が素人であるにも関わらず、遊び半分で戦場に出ていると。そう認識されてしまっているのだ。
響自身にそんなつもりは一切ないが、元々一般人だったが為に戦う為の技や術など。そういった知識も皆無なのだ。
あるのは、ただ人を助けたいという気持ちだけの感情論。
戦いという命を賭けた現場を何もよりも理解し、心得ている彼女からすれば、そう見てしまうのも仕方ない話だ。
「う〜ん……難しいわね〜」
「天才科学者の了子君もお手上げかな?」
少し空気を軽くしようと思ったのか。そんな風に茶化して来る弦十郎に向けて、肩を竦める。
「そりゃそうよ。人の心は数字みたいにはいかないわ」
「ははっ、まさしくその通りだ」
人間の心情の全てが数字などで把握でき、造作もなく語れるというなら。その時点で心など、無価値なものに成り果てているだろう。
そんなことは弦十郎も了子も分かっている。
だからこそ、この難題は決して簡単なものではないのだ。
「あ、ちょっと用事思い出したから、行って来るね弦十郎君」
モニターから背を向き、そう言って部屋を後にしようとする了子。
「ん? 別に構わないが、何処へ?」
「ふふっ……デ・ー・ト♡」
部屋を出ようとした了子は、振り向き様に悪戯に溢れた妖艶な笑みを浮かべ、そんな言葉を残して去っていく。
「な、なんと……了子君にそういった相手がいるのか」
こう言っては失礼だが、弦十郎自身、櫻井了子という女性は普段から研究室に篭りっきりである為、そういった色事の類はてんで興味がない…
…もしくは、あっても研究を優先して、そっち方面に中々目が向けらないか。
弦十郎はそう思っていた。だが、彼女とて成人女性。性格は悪く言えば、能天気。良く言えば前向きで明るいムードメーカー。
そんな性格を好きになる人がいて、その人と懇意の仲になる。別段おかしい話ではない。
「ふっ……いつか紹介してほしいものだな」
そう言って笑みを浮かべる
すぐ側のテーブルに置いたコーヒーへと手をやり、ずずっと音を立てながら弦十郎は、その味を楽しむ。
※
空気を切り裂くような、轟音とも取れる旋律が空間全体を飲み込む。しかしただ煩いだけの騒音などではない。
刻み込まれるリズムと独特な曲調。この二つが瞬く間すらないほど素早く観客の耳朶に浸透していき、その心を雁字搦めにして離さない。
「イェェェェッッ!! 盛り上がってるかァァァァいィィィィィッッッッッ!!!!!!!」
マイクを前に男は叫ぶ。黒い髪を半分ほど赤く、稲妻模様に染め上げ、全体的に逆立てたような髪型。
服装はノースリーブの黒いシャツに、下はややダボついた緑と黄と茶の三色が織り成す斑模様のボトムス。
首には金銀の派手なネックレスを飾り付け、同じような色合いの指輪を装飾品として指に嵌め込んでいる。
ライブ会場という場所において、そんな派手な衣装と腹の底から力を引き出して叫ぶ男の姿を見れば、容易に彼が歌手であることは見当がつく
だろう。
その通り、彼は紛れもなく歌手だ。
あのツヴァイウィングに並ぶ程で、その名は『Rose』。
本名は不明。デビュー当時から国内のオリコンチャートで一時期はツヴァイウィングを越し、堂々の一位を獲得した実力派。
最近では企業方面にも力を入れ、大手企業である土蜘蛛社を買収。自身に関連付けた食品や飲料の販売を開始するなど、その自由ぶりは一介の歌手の枠に入らないだろう。
そんな彼が歌うライブ会場は、大勢の人たちが熱狂的な賑わいを雰囲気として形成し、盛り上げる要素を作り出していた。
彼の歌を愛するなら、ここへ足を運ばない道理はない。
そんなファンの思いにRoseは、歌で答える。
(いいね〜ッ!! 乗って来た! じゃあ、そろそろ頂くとするか)
Roseは、誰にも知られない心の中で、そんな思考を一つ零す。
すると、それは起きた。
観客全員の身体から何かが出てきた。何か、を具体的に言えば黒に近い赤で、液体のように流動的なものだった。
いかに歌に集中しているとは言え、観客全員からそんな妙な物が出てくれば嫌でも目に止まり、その瞬間からパニックが引き起こされてしまう筈だが、どういう訳か。
観客の目に、誰一人として、それを視認できるものはいなかった。
視界に入っているにも関わらず、見えていない。
勿論、観客全員が視覚に問題があるといった類の人たちではない。
至って健常に物を見ることができている。
なら……簡単な事。
その赤黒い液体自体が、普通の人間では、目視できないモノということなのだ。
唯一人……激しく熱唱しているRoseを除いて。
(やり遂げて見せるぜ! この俺の完璧な計画をよォォッ!!!!)