訳題『悪魔と亡霊の邂逅』
side ???
ほんの数時間前まで大いに賑わっていたライブ会場。観客は誰一人としていない。
1日分一通りのライブスケジュールが終わり、閉幕となったのだ。
歌や音楽が開始されないライブ会場にいつまでも居る訳にもいかないだろう。
しかし観客はおらずとも、このライブ会場という施設における"関係者2名"は、互いに顔を見合わせ、ステージの左右両極の位置に立っていた。
右側にある一人は、歌手のRose。
左側にいるもう一人は……金髪の女性。
「中々順調のようね」
女性がそう言うと、Roseは嫌悪に満ちた露骨な表情を見せつける。
「なんだってテメーがここに来るんだよ。アンノーウスの差し金か?」
「"ブラッドオーブ"を回収するよう言われてはいるけど、別に妙な気はない。アンノーウスにもね」
女性は袖の垂れた黒い服装を身に纏い、唾の広い黒帽子を被るといった"いかにもな"スタイルでケルベロスと相対していた。
「個人的にブラッドオーブというものがどんなものなのか気になってね。私は使いを志願したに過ぎないわ」
そんなことを嘯く金髪の女性は口元を綻ばせ、妖しい笑みを浮かべる。その艶やかな唇から紡がれる笑顔は、さぞ多くの男性を虜にしてしまうだろう。
但し、人間ならば…の話だ。
悪魔に人の魅力など伝わらない。虫が人にフェロモンを出して魅了させようとしても無意味なように、悪魔にとって人とは、完全に別種の生き物に過ぎない。
それも自分達より劣る脆弱な存在として。
「……チッ、ほらよ」
金髪の女性に向けて、Roseはその手に握り締めたモノを軽く投げる。山のような放物線を描いて、ソレは向こう側にいた女性の手の中へと届く。
開いて確認してみれば、それは一つの黒い結晶だった。
より正確に言うならば、赤がうっすらと交じっている。女性はそれを見て、更なる笑みを深める。
「いい魔力ね。人間の血液を抜き取って作られただけ、とは到底思えない」
親指と人差し指で上下を固定し、やや上へと掲げるように眺めては、その品自体の出来の良さに女性は素直な感想を述べる。
「俺の力を使えば造作もねぇーよ。今はそれ1個だけだが、すぐに大量生産できるぜ。材料は自分から来てくれるからな」
そう言ってRoseは、全身から黄光の火花を散らせ、その姿を"本来の姿"へと戻す。
その姿は、紛れもなくケルベロスの人間態。
つまり、Roseとはあくまで仮の名と姿に過ぎず。その正体は……アンノーウスの配下である悪魔ケルベロスだったのだ。
「しかし上手く考えたな。ライブで大勢の人間を集め、ライブ中に血を抜き取るとは」
「この建物余さず、俺特製の結界が張ってあるからな。効果は三つ。特定の物を見えなくする『不可視』と血を吸い取る『吸血』。そんでもって魔力を感知できなくする『魔力遮断』」
意気揚々と、ケルベロスは愉快そうに語る。
それほど自分の魔の技術に誇りを持っているのだろう。
「だから簡単には見つけられねぇよ。それに、だ。血を取るつっても所詮は死なない程度。死人が出りゃあ、面倒が起きて気取られやすくなるが、逆に言えば出さないようにすれば、何の問題もない」
ケルベロスの言う通り、ライブ中に死人が出た場合、ニュースやSNSなどで取り上げられてしまう。
そうなれば、材料である客の足数が減る。もっと言えば、相手側に目をつけられる可能性も無きにしもあらず、だ。
だからこそ、死人を出すと言うヘマは犯さない。
大量のブラッドオーブを作る為に……何より、悪魔のプライドとしても
。今回の計画はどうしても達成しなければならない。
「渡すもんは渡したんだ。さっさと消え失せな亡霊女」
事を済ました以上、気に入らない存在の顔を見る道理はない。吐き捨てるようにケルベロスは言うと、身体からバチバチと電気を迸らせる。
その意味は実に単純。
要求を飲まない気なら、アンノーウスの協力者であろうと関係ない。今この場で塵にする。
そんな意思表示だ。
「そんなに荒立てなくても退散するわ。では、
ご武運を。計画が成功する事を祈ろう」
「ほざけ、"フィーネ"」
金髪の女性……フィーネは、ケルベロスの悪態にどうこう言う訳でもなく。
ただ微笑を浮かべたまま、去って行った。
己の殺気など、歯牙にもかけない。そんな態度が気に入らないと思いつつもケルベロスは、今すべき計画成就の為、次のライブの準備を進め始めた。
※
「お望みのものよ」
「……なるほど。確かに代用品にはなるな」
何処とも知れぬ場所。その玉座で腰を下ろし沈黙していたアンノーウスは、フィーネがケルベロスから譲渡された人間の血で精製された特殊なオーブ……"ブラッドオーブ"を手に取り、
その品定めをしていた。
そして、彼の下した評価は『代用品くらいにはなる』という程度のもの。
もし、ケルベロスがいて、コレを聞けば苛立ちを覚えるかもしれないが
……それまでだ。
それ自体、いかに手間暇かけて作った代物だとしても、やはり希魂には及ばない。
良質化された魂もだ。
希魂とは、そもそも単に最高純度の良質さを持っているだけではなく、それから生み出される魔力というエネルギーの量も桁外れなのだ。
アンノーウスはそんな希魂を用いる事で成せる、一つの目的がある。
その為に希魂の数を多く揃えたいのだが、それ自体が希少である為、ガバガバ獲れるようなものではない。
だからこそ、アラクネアやケルベロスの計画は必要だった。アラクネアは失敗の果てに死んだが、ケルベロスには是非成功してもらいたい。
そうでなければ、アンノーウス自身の内に秘めた目的が成せなくなるからだ。
「でも、たった一個でも莫大なエネルギーを生むという観点で見れば、個人的に興味があるわね」
フィーネは、アンノーウスの手にあるブラッドオーブを改めて見ては、そんな感想を呟く。
彼女は本質的に言えば『科学者』に分類される人間だ。その為、只人から得た血だけで莫大な魔力を生むブラッドオーブに関して言えば、そそられるものがあった。
これがどういった形であれ、自身の計画に利用できるとしたら……尚更だろう。
「ほう。虫ケラの亡霊にしては……見る目だけはあるじゃないか」
アンノーウスはそれに対し、侮蔑を孕んだ言葉を宣う。
当然ながら。そんな言葉を眼前で吐かれては、
フィーネとしても黙ってられない。
「随分な言い草ね。仮にも協力関係にあるのだから、円滑に保とうとは思わないのかしら?」
言葉としては丁寧で穏やかだ。
おそらく何も知らない……あるいは、感じ取れない人間からすれば、大して気にも留めずに冷静に話しているように見えるかもしれない。
しかし、実際には違う。
フィーネは明確な怒気と殺気をアンノーウスにぶつけている。
コケにされて"はい、そうですか"などと言える程、彼女の精神は寛容ではないし、大らかなものでもない。
だが。それでもアンノーウスは平然と言う。
「協力を持ちかけて来たのはお前だろーが。本当なら、クソ忌々しいノイズを操る虫ケラと協力するなんてなぁ、反吐が出るんだよ」
若干ながら苛立ち気味に言うアンノーウスにフィーネは何も言えなかった。
確かに協力関係に結ぼうと持ち掛けて来たのは他でもないフィーネだ。
フィーネという女性個人に別段興味はないが、彼女が"ノイズを召喚する術"を持っているということ自体がアンノーウスの神経を逆撫でする要因だった。
アンノーウスにとってはノイズという存在自体、この世から消し去りたいと願う程に憎悪の対象なのだ。
何故。そうまでしてノイズを憎んでいるのか。
それはアンノーウス自身の口から語らなければ分からないことであり、安易に触れて欲しくはない個の心理における深層領域。
それこそ自分が従える幹部の悪魔達であったとしても、話す気は毛頭ないだろう。
そうなると何故アンノーウスはフィーネと結託したのか、という話になるのだが、勿論これにはちゃんと"理由"がある。
「だが、それでも手を組んでやったのは計画の邪魔をする"錬金術師の輩"を抑える為だ」
『錬金術師』という言葉自体、ファンタジー系のゲームや映画といった創作メディアでよく見ることがあるだろう。
鉛を金に変える魔法のようなもの、と簡単に言えば分かり易いかもしれない。
ただ、それはあくまで狭義的な解釈に過ぎない。
錬金術の本質は『万象の変換』。
鉛を金に変えるというのは、卑金属という物質を貴金属という物質に変えるということ。それはつまり、物質を根底から作り変えることになる。
物質のみならず、あらゆるものを構成する単位の最小たる素粒子さえも
、変えることができる。
それをもってすれば自然界には存在しないどころか、科学をもってしても作り出せない物質を作ることができる。
まさしく魔法という他にない。
そんな技術を操るのが錬金術師である。
彼等は知られていないだけで、世界中に数多く存在する。錬金術という一種の異端技術を操るが故にその存在は秘匿の身にある。
そして錬金術師は大まかに二つの人種に分かれている。
一つは、物質の変換を用いて既存の理を脱することで完全あるいは完成に至る『至高派』。
もう一つは、錬金術が誕生した理由の一つである悪魔の叡智たる魔術を人の身でも運用できるよう変換させ、悪魔に対抗する『祓魔派』。
アンノーウスが危惧しているのは後者である祓魔派だ。
最近になってこちらの動きをコソコソと嗅ぎ回っているのは、既に把握している。
しかし。かと言ってあちらの方から手を出すという事はなく、おそらく今現状では様子見に徹しているらしい。
なら、手を出して来る前にこちらから打って出て始末するべき……と考えるのが普通だろう。
無論、アンノーウスも最初はそうするつもりだったのだが、錬金術師たちは使い魔の類を放ち、自分達の正確な位置を把握できないよう術式による隠蔽工作を何重にも施している。
さすがのアンノーウスでも、また彼に従っている悪魔たちであっても、それを破るのは容易ではない。
向こうも手を出せないが、こちらも手を出す事ができない。
ならば、向こうがより手を出させないようにする為の"抑止力"を使えばいい。
"安易に手を出せば、最悪の結果が待ち受けている"ということを上手く認識させれば、確かに抑止にはなるだろう。
では、何を抑止力とするのか?
それこそ、フィーネと協力関係を結んだ理由である。
フィーネはある聖遺物を用いてノイズを発生させ、自在に操ることができる。フィーネの手で召喚れたノイズを抑止力として利用しようとしうのだ。
悪魔や怪異に属する事象を専門とする祓魔派の錬金術師にとって、ノイズは専門外。
ノイズの位相差障壁という、"次元をズラす"ことで、攻撃をすり抜ける特殊な防御特性は彼等であってもどうにもならない。
至高派の錬金術師はその殆どが"ある組織"に属し、様々な術式を構築
・研鑽することで派生していった為、位相差障壁を問題なく突破することが可能だ。
しかし祓魔派は、太古から今に至るまで悪魔を祓い退け、滅するという方針を貫き、それ故にその方面だけに特化し過ぎた。
結果として。ノイズに対抗することができない皮肉な顛末に至っている
。
発生する確率が人1人の生涯で通り魔に遭遇するよりも、遥かに低いにも関わらず。1年前からノイズの発生率が『数ヶ月に一度や二度起きる事故』レベルに高まっていたのには、裏でフィーネがノイズを操っていたからだ。
そのおかげでアンノーウスは祓魔派の錬金術師による妨害を受けることはなく、希魂や良質な魂の収集を行えて来た。
少なくとも……Kが現れるまでは。
「まぁ、いいわ」
諦めたように溜息を零す。
フィーネとしては自分をそこいらの人間と同じだと唾棄し、見下すアンノーウスを快く思ってなどいない。
だが彼女自身、大きな目的がある。何を犠牲にしても、どれだけの途方もない時間を経ても、歯牙にかけない程の大願。
それを踏まえて考えれば屈辱感を覚えるとは言っても、所詮は些事。いちいち相手にしていたらキリがない。
そもそも、協力というのは建前だけの話に過ぎず。実際は互いに利用し合うだけのWIN-WINの関係と言った方が正しい。
フィーネが祓魔派の錬金術師らに対する抑止としてノイズを発生させ操り、牽制と抑止の役目を上手くこなしてくれた結果。
Kという異分子を除けば、現状において錬金術師からの介入らしきものは一切なく、自分達への被害と損失を考慮してか、迂闊に手を出さず様子見に徹底しているようだ。
これにより、アンノーウスがフィーネを利用するメリットが成立された。
では、フィーネのメリットは?
彼女が望むのは、役目を果たしたことで得られる報酬……すなわち、"悪魔そのもの"。
そのドス黒く、果てしない"執念"と"狂愛"に彩られた計画において、手足となる悪魔は是非とも欲しいのである。
「それで、今回はどんなのを遣してくれるのかしら?」
「"ピートウィッチ"と"ドリームウォーカー"をやる。せいぜい上手く使え」
「ええ。そのつもりよ。前の悪魔も役に立ったわ。実験材料として」
実験材料というのは決して比喩ではなく、文字通りの意味である。悪魔という存在に興味があるフィーネは以前貰い受けた悪魔を使い研究し
、その力をノイズへと移植するという、正気の沙汰とは思えない実験を行使した。
その目的は悪魔の力を利用したノイズの強化であり、万が一アンノーウスが裏切りを見せた場合の対抗策にする腹積りだった。
結果としては、成功した。
"空気や風を操る悪魔の力"を移植されたノイズをそれを試運転とばかりにKに当てがったのだが、ノイズの弱点である短時間の活動限界を超え、炭素化消滅してしまった。
悪魔の力を持っていようとノイズとしての特性を消すことはできないらしい。
「悪魔なんぞ、いくらでもいる。何をしようと好きにしろ」
アンノーウスにとって、自身に仕える悪魔たちは所詮『切って捨てても問題ない駒』。
ケルベロスやクラーケンといった幹部クラスは惜しいが、それ以下に劣る悪魔は別段損失になることはない。
悪魔に人の倫理は通用しない。
許されざる所業を平気でしようとも、そこに人らしい罪悪感も後悔もない。
力ある強い者が万象全てを制し、思いのままにする。
それが基本的な悪魔としての"
「ありがとう。こればっかりは助かるわ」
「礼ならさっさと消える形で示せ。いつまでも視界にあると思うと鬱憤が増して来る」
やはり最後までフィーネに対する態度は変わらない。今に始まった事ではない為に既に諦めたのか。何も言わず望み通り消え去った彼女を見届けたアンノーウスは溜息を一つ零す。
「全く。祓魔派の術師共に加えて、例の不確定要素か……本当に忌々しい」
もし、悪魔に何の耐性も経験も、その知識さえない人間がいたとしたら。
間違いなくその人間は意識を失うだろう。
下手すれば気を失ったままこの世を去る破目になるかもしれない。それを可能にできるだけの怒気がアンノーウスの全身から放たれており、その周囲の空間も陽炎の如く揺らいでいる。
この状態でのアンノーウスに近づく者は、誰一人としていない。悪魔であっても関係ない。
自分以外に誰もいない空間で、アンノーウスは静かに何一つとして言わず。その意識を様々な情報が交錯し介在する思考の海へと落とし込んでいった。
※
side K
魔人にしてデビルハンター、トムと一旦別れたKたちはケルベロスの居場所を把握する為に行動していた。
しかし行動、と言っても大した事は一切しない。
Kは、ただ意識を集中させ、"誰かとのリンク"を図っていた。
「……」
魔界の廃墟のビル。その屋上で両手でバールを祈るように握り締め、何も言わず、ただひたすら"繋がる"ことを意識する。
その様子をグリフォンとシャドウは周りを警戒しつつ、見守るだけ。
この状態のKに彼等が何かできる訳ではない為
、悪魔に襲われないよう警護し、終わるのを待つしかない。
暫くして。
ある光景がKの閉ざされた筈の視界に映り込む。観客が歌を楽しむ目的で集まるライブ会場だ。
そこはいい。問題は"そのライブ会場が何処にあるのか"だ。
やがて景色は変わる。続いて見えたのは、そのライブ会場の建物と思わしき看板とその玄関口らしき場所。
看板の名は『Rose bound』
「見つけた……」
目を開き、思わず口にするKの表情は笑みを浮かべて歓喜していることを隠さない。
「オ、分かったのか?」
翼を羽ばたかせ、グリフォンがKの肩に乗りつつ訪ねて来る。
「ああ。Rose boundと書かれた看板が目印のライブ会場だ。おそらくそこに……ケルベロスがいる」
「しっかしアレだな〜、瞑想っぽいことしただけで分かるとか、超能力かよって言いたくなるぜ」
「悪魔も似たようなことできるだろ」
グリフォンの軽口に対し、Kは悪魔も同じようなものだと言う。悪魔と超能力者ではかなりジャンルが違って来るが……だが『異常な現象を
引き起こす』と言う点においては、同じと言えなくもないだろう。
グリフォンが言う瞑想っぽい、というのはKが今しがたやっていた祈るようなあのポーズの事だが、瞑想とは全く違う。
あの状態のKは、ある悪魔と精神的な"繋ぎ"を作ることができる。
その悪魔は……アンノーウス。
Kは、アンノーウスとリンクする事で彼の持つ記憶……中でも有力なものを情報として得ようとし、見事ケルベロスの居所を突き止めることに
成功した。
ここまで聞けば、便利だと思うかもしれないが実の所、これは決して簡単なことではない。
相手と繋がるということは、逆にこちら側へのハッキングを許してしまう恐れがある。
そうなった場合、情報を盗み取られ、Kの弱点を突く手段を実行して来る可能性や、その過程で関係のない人々が巻き込まれる危険性もある。
まだアンノーウスが気付いていないからこそ良かったが、下手を打ってしまった場合のデメリットは計り知れない。
それを踏まえていたからこそ、Kはバクスから得られる情報に頼っていたのだ。
何のデメリットもなく、安全に使えていれば、情報屋を頼る必要性はないのだから。
「ケルベロスはライブ会場で大勢の人間の血を抜き取っているようだ」
「血? まぁ、悪魔にとっちゃ血はイイ栄養だがよ。単に血が好きで集めてるのか?」
悪魔は人の血を好む傾向がある。
無論、それは魂もだ。
だが断然人間の血肉を喰らった方が身体的に強化され、魔力の質や量も向上する。
強さを求め、その手段として大勢の人間の血を求める。それはかつて、バージルから分かれた悪魔としての側面……魔王ユリゼンがしていた事
と状況的には似ている。
「人の血を集めてると言ってもどうやら、死なない程度らしい。どうにも騒ぎを起こす事を控えているようだ」
とは言え、"似ている"というだけで"同じ"ではない。
ユリゼンの場合はクリフォトと呼ばれる魔樹の養分の為に大勢の人を殺す形で血を収集していたが、ケルベロスの場合は違う。
大勢の人を殺すことで表立った騒ぎを起こさないよう、あくまで死なない程度に血液を奪っているらしい。
ユリゼンに限らず、人の血を集めるのが目的なら、大抵の悪魔はどれほど目を引こうと気にせず、その過程における規模の大きさを厭わない
。
その結果として、どれだけの人間が死に絶え、人間が作り上げたものが壊れようとも。それはほんの少しの意識を向けることさえも億劫な無意味な些事に過ぎない。
にも関わらず、ケルベロスは慎重に行動している。ケルベロスがアンノーウスに勝てないとは言え、それでも他の悪魔と比べれば強力な悪魔なのだ。
そんな悪魔が人目を気にして、事を荒立てずに慎重に暗躍するなど。普通ならありえないことだ。
だがもし、そのありえない事が本当にあるのだとしたら?
そこには、明確な"理由"がある筈だ。
「ヤッホー!」
ふと背後から声が聞こえる。
それはKでもなければグリフォンでもなく、喋れないシャドウのものでもない。
その声に反応し、瞬時にインビスを召喚。
そのまま勢いに任せて魔剣を横一線に振り払う。位置的に背後にいるであろう相手の首を落としかねないが、刃は頸を撥ねるには至らず、空振りに終わってしまう。
「ご挨拶だね〜K! 友達がこうやって来たんだからさ、笑顔で出迎えてくれるのが筋ってもんじゃない?」
背後にいた筈の誰か……それは、ジェスターだった。
相変わらず血の気の悪い肌色だが、それこそが平常なのだ、と。まるでそう言いたげたバカに高いテンションで接するのだから、相手する側からすれば相当な労力を強いられるだろう。
Kも同じく、できれば無意味な消耗は抑えたい
と思いジェスターを無視して行こうとする。
「ちょ〜っとっとォォ!! 待ってよK〜。そんな冷たくしなくてもさ
〜」
だが、そうはさせまいと。
ジェスターが行手を阻む。その際両腕をブンブンと振りまくる姿がKの神経を更に無作法に撫でまくる。
「黙れ。そして変な行動をやめろ」
「えぇ〜……」
不服そうにジト目になるが、そんなことをしたところでKの言葉に揺らぎはない。
「何の用だ? お前のような得体の知れない奴に時間を浪費する趣味はないんだが」
「んもう! そんなこと言って〜、ホントは嬉しいって感じ? 女の子同士であんなことやこんなこと…キャー! やっちゃうやっちゃう?!
」
取り付く島もない、とは。まさにこういうことを言うのだろう。
まともに話を聞かず、こんな茶番に等しい言動を繰り広げる。なんて馬鹿らしくて煩わしい事この上ないのだろう。
「……」
言うつもりがないなら、無視して行くべき。
そう判断したKはさっさと行こうとするが、やはり待ったと声を上げてジェスターが止めに入る。
「ちょっちょちょちょッ!! んもう、つれない人なんだから!!」
「早く要件を言え」
可愛くもない頬を膨らませる仕草で文句を言うジェスターに対し、Kは端的に言って促す。
「オイオイ! 黙ってりゃー好き放題言ってんじゃねーヨ!!」
と、今に至るまで沈黙していたグリフォンが声を張り上げる。
Kもそうだが、グリフォンもグリフォンで頭に来ていたようだ。
とは言え、ここで騒がれてもややこしくなる。
「ムギュッ!」
「悪いが静かにしてもらうぞ」
グリフォンの嘴を掴み、口封じをしてからKは改めて問い質す。
「それで? もう一度言うが、要件をさっさと簡潔に言え」
「あー、はいはい。もうセッカチちゃんなんだから。まぁ、アレだよ」
手に持っていた杖をバトンの如く振り回し、これ以上にないほど悪意を染みつかせた笑みで、ジェスターは言葉を繋ぐ。
「ケルベロスの居場所に張られてるの
この二つの情報をプレゼントしちゃう!」