戦姫魔晶シンフォギアD   作:イビルジョーカー

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訳題『少女の決意』


投稿します。


第28話 Girl's determination

 

 

 

 

 

 

 

「それで? おめおめと逃げ帰って来たのか?」

 

「堅ってーこと言うなって……仕方、ねぇだろ……あれ、んん……あはかっただがよ!」

 

「喰いながら物言うな愚か者が!!」

 

 

 とある山にポツンと佇む一つの西洋風の屋敷。

 煌びやかな調度品と各部屋や場所の規模の広さを見れば、まるでお城の中にでも迷い込んでしまったと錯覚することだろう。

 しかし、外見内装は絢爛豪華と呼ぶほどに美しかったとしてもここに住う者達は違う。

 片や、目的の為に悪魔との禁断の契りを交わす魔女フィーネ。

 片や、その魔女に加担しシンフォギアに似た異質な力を持つ赤髪の少女フォルテ。

 そして。彼女に従う悪魔の群れ。

 そんな彼等は食堂で早めの朝食を摂っていた。

 朝食とは呼べないほどに豪勢な量と高級感溢れる見た目の料理の品々が長いテーブルに綺麗に並べられていた。

 それを前にしては、我慢するなど彼女にとっては愚の骨頂。

 遠慮もなしに容赦なく料理を口へと放り込んでいき、瞬く間にその数を減らしていく。

 おまけに肝心な報告を物が入っている口で喋る為、何がどうなのか上手く聞き取れない。

 そんなフォルテの態度に苛立ちを混えてフィーネは怒鳴ったのだ。

 

「もう一度、言うわよ? 何の成果も上げずにおめおめと帰って来たの?

 

 ゴクゥン……。

 

 とりあえず言われた通り口の中に入っているものを全てを喉を鳴らしながら腹へと押し込み、淡々と答えた。

 

「悪かったって。でも邪魔が出たんだからしょうがねぇーだろ? ……ほら、やるよ」

 

 フォルテが骨つきチキンを2つほど片手で上へと投げる。

 すると、それを取る者が現れた。

 天井にびっしりと張り付き犇く、無数の悪魔の群れだ。

 その内の人型で脳らしき部位を露出させた蜥蜴のような1体の悪魔が長い舌でチキンの肉をキャッチしたのだ。他の悪魔はそれを羨ましそうに見ては、催促とばかりにフォルテを見る。

 普通の感性を持つ人間なら、悍ましさと気味悪さを嫌と言うほど兼ね備えた無数の悪魔に見つめられて平気な訳がない。おそらく失神か……あるいは失禁という無様な姿を晒してしまうだろう。

 だが、フォルテは違う。

 

「物欲しそうにすんじゃねぇ。コイツは俺のだ。どうするかは俺が決める。もっと欲しいってんなら、相手になってもいいんだぜ? あぁ?」

 

 殺気を込めて悪魔たちを睥睨する。その姿に異を唱える悪魔は1匹たりともおらず、一人の少女に怯えるしかない悪魔たちを見てフィーネは、その滑稽で無様と呼ぶしかない様に呆れさえも出てこないほど落胆の息を吐く。

 

「はぁぁ……まぁいい。次は失敗するなよ?」

 

「へいへい。ん、これうめぇな」

 

 釘を刺すが、フォルテは特にどうと思うことはなく食事を続ける。

 

 "それなりに使えるかと思って契約してみたが……まぁ、実力は本物だ。もしもの時は切り捨てるだけだ"

 

 フィーネがフォルテ・シーモと出会ったのは、ほんの3ヶ月前に遡る。

 自身のある目的の為に影で数々の暗躍をしてきた彼女は異様な程に強力な魔力とその魔力によって生じる『時空の揺らぎ』を感じ取り、自らの足でその場所へと向かった。

 そこに……フォルテはいた。

 それなりに悪魔を従わせる術を持つフィーネでさえ手に負えない強力な悪魔。

 その屍の上で、返り血を浴びながらつまらなそうに腰を下ろすフォルテを見た瞬間、フィーネは彼女の持つ実力を嫌と言う程に感じ取り、らしくないが……未曾有の恐怖を覚えた。

 それは初めてアンノーウスと同盟を持ちかける為に直に顔を合わせた時のものと同等。

 とある方法で他者の魂を塗り潰し、途方もない時間を生き続けたフィーネが見ただけで容易くそう感じてしまうということは、まともに相手取れば確実に自分が負けることを意味している。

 しかし。それは逆に言えば、上手く懐柔できれば大きな戦力になる事実も意味していた。

 一か八かで会話をしてみたが、フォルテはそこいらの悪魔とは違い、義理人情を尊重し、自身に課したルールを曲げない気質の持ち主だった。

 それに付け入り、フィーネは契約を持ちかけた。

 

『どうかしら。私と契約してみない?』

 

『あん? 契約? 俺がお前とか?』

 

『ええ。相当な無理難題でなければ私は貴方の望むものを何であれ差し出すわ。私には果たすべき目的があるの。その為の力を貸して欲しい』

 

 突然の契約にジロリと睨みを利かせる。

 見ず知らずの得体の知れない誰かに『契約してほしい』などと言われたら、疑念が生じるのは至極当然。

 フォルテの鋭い視線を前にフィーネは少しばかり気押されるものの、持ち前のポーカーフェイスを維持しながら決して目を逸らさずにフォルテを見る。

 1分かそれ以上か。正確な時間など分からないが少なくともフィーネから見て長い沈黙を打ち破ったのはフォルテの笑い声だった。

 

『プッ、ふふ、あっはははははははは!!!! いい! いいね気に入ったのよアンタ!』

 

 フォルテは、ひとしきりに笑った。そして終えた途端、真剣味を帯びつつ、大胆不敵を絵に描いたような笑みを浮かべてある物を要求した。

 

『飯だ。美味い飯を寄越せ! その折れねぇ信念と美味い飯が俺が求める報酬だ!!』

 

 それはあまりに予想とかけ離れ過ぎた、悪魔と言うには人間臭さい俗な要求。今でも強烈過ぎて忘れられず、フィーネの記憶の中にこびり付いている。

 とにかく。一旦過去へと遡っていた思考を戻し、フィーネは次の任務を言い渡す。

 

「立花響に関してはもういいわ。確かに脅威になるかもしれないけど、目的さえ果たしてしまえば後はどうにでもなる」

 

「あっそ。ま、いいけどよ」

 

「だから、貴方にはその目的の為に行動してもらうわ」

 

 そう言ってフィーネは、妖艶な笑みを浮かべて内容を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は早朝から遡り深夜。とっくに日付けは変わり、間もなく丑三つ時に入ろうと言う、そんな時間帯。

 Kとその使い魔、トムと妹のクリスは瓦礫の山と化した廃工場で互いに顔合わせをしつつ、意見や情報の交換を行なっていた。

 トムの使った空間転移の事象を引き起こす、特殊な使い捨ての魔具に巻き込まれる形で廃工場へと転移してしまったKだが、彼女としてはどうしても聞きたい事があった。

 何故クリスがシンフォギアを纏っているのか、どういった方法、あるいは経緯で手に入れたのか。

 それをどうしても聞きたかった。

 トムの方もそういった質問に関しては別段、不都合ということはなかったので、きちんと答えるつもりでいた。

 というより、今後共にケルベロスを相手取る為にはある程度の連携が必要だ。

 変に隠し事を立てて、疑心暗鬼になられては足元を掬われかねない。

 周囲に人除けの結界を張り、話しやすい環境を整えて行われた結果、以上のことが分かった。

 

 クリスの持つシンフォギアは、かつて二課の前身に当たる組織『風鳴機関』がヘマを打って紛失させた聖遺物『イチイバル』を用いて作られた代物。

 

 謎の女性と思わしき人物から渡され、電話越しで会話しただけで直接会ってはいない。

 

 イチイバルのシンフォギアは、どうやらクリス専用に調整・製造されているらしく、彼女しか使えないようになっている。

 

 概ね、こんなところだ。

 これらの情報から鑑みるに謎の女性らしき人物は暗躍に長け、様々な諜報活動を実行することで人脈などを利用し聖遺物を奪取。

 更に奪取した聖遺物を元にシンフォギアを造れるだけの技術力と知識を持っているようだ。

 そして、何かの目的の為に自らが作り上げたシンフォギアをクリスへと譲渡した。

 その方法が郵便だったのは、とりあえず目を瞑ろう。敢えてそういった手段で隠蔽を図った可能性も無きにしもあらず、と思えばいい。

 とにかく、肝心なのは謎の女性がシンフォギア を造り出し、それをクリスに譲渡した意図だ。

 クリスは世界的ヴァイオリニストの父、雪音雅律と声楽家の母ソネット・M・ユキネの間に生まれた、謂わば音楽界におけるサラブレッドと称してもいい天才の血を受け継ぐ少女。

 兄であるトムは養子である為、直接的な血縁はない……彼女の素性としてはこんな所だが、至って普通としか言えないものだ。

 悪魔に対する防衛手段と知識はそれなりにある。トムが悪魔退治を目的としたデビルハンターであるが故に、必然的にそういった事は万が一を考えて必要になる為、トムから直々に教えられているのだ。

 だが、それだけだ。

 あくまで彼女は常世の人の域を出ていない。

 そんなクリスにシンフォギアを与える意味は……普通に考えれば無いに等しい。

 そして、ここも肝心なところだが、一体誰がイチイバルの製造者なのか

。ここに関しては、唯一該当する人物にKは心当たりがあった。

 二課に所属する天才科学者にして、シンフォギアシステムを確立した通称『櫻井理論』を提示した生みの親……櫻井了子。

 彼女しか有り得なかった。

 しかし、彼女は悪魔に関する知識や力を持たない常世の科学者でしかない筈。

 物理法則を容易く無視したシンフォギアというオーパーツ染みた代物を作り上げてしまう程の天才であることは認めるしかない事実だが、だからと言って彼女がK達と同じとは限らない。

 仮に櫻井了子がこちら側の人間だったとして、何故そんな事をするのか。はっきり言って、『分からない』という他にない。

 情報を整理してみても、出てくるのは疑問ばかりで納得の行く答えは一切見当たらない。

 だが、Kには一つだけ。分かる事があった。

 

「どうやら、アンノーウス側でも、フィーネ側でも、ましてや二課側でもない全く別の介入者がいるみたいだな」

 

「へ?」

 

「アー、Kチャンよぉ。なんか随分自信満々に言ってっけど、確証あんの?」

 

 クリスはKの言うことが理解できず、その理由を本人ではなくグリフォンが代わりに言う。現状、いくつかの勢力が存在し各々が行動している。

 日本政府に属する特異災害機動部二課。

 強大な悪魔アンノーウスとその配下悪魔たち。

 悪魔の知識に精通し、その力を振るうが悪魔ではなく、しかしまともな人とも言えない謎の女性フィーネ。

 そのどちらでもないと、Kは言っているのだ。

 しかしグリフォンの言う通り、現段階ではこの三つのいずれか、あるいは別の勢力かを判別するのは不可能だろう。

 なのに断言できる根拠は、一体どこにあるのか?

 

「考えてみれば容易に分かる。謎の女が二課の人間だった場合、二課はとっくに悪魔の存在を知り得ている」

 

 初めてKが風鳴翼と対峙した際、彼女は悪魔の事を知らぬ様子だった。

 弦十郎もシャドウを前にした時は恐れているといった動揺はなかったが、未知なる物に対しての驚愕の色が窺えた。

 既に悪魔という存在を認知しているのなら、そういった反応はまずないし、仮に演技だとしても、そんなことをするメリットは皆無だ。

 

「翼や弦十郎のこれまでの反応を見れば分かる。彼等は悪魔という存在に対しての知識はなく、その存在を知ったのは私達との接触が始めてということになる。なら、謎の女が二課に属しているという線は消える」

 

 では、アンノーウス側やフィーネ側に組しているという可能性は? 

 二課の線が消えるのであれば、そちらが浮上して来る。これについてもKは否定的な考えだった。

 

「フィーネは響を消そうとした。なら助けようとする筈がないし、仮にそれが何かしらのマッチポンプだったとしても、そんな面倒なことをするだけのメリットが分からない。アンノーウス側に至ってもそうだ。つまり、三つのどちらでもない介入者……という線が濃厚だろ」

 

「ハァ〜……なるほどねぇ〜」

 

 素直に関心するグリフォンを他所に、クリスの手痛い一撃が数分で回復したトムが腹を撫で抑えつつ、なんとか立ち上がる。

 

「いっ……つつ……まぁ、なんだ。ケルベロスをぶっ殺すつーのは変わらないんだよな?」

 

 謎の女について色々考察をしていても、結局答えに行き着くだけの材料がない。それをよく分かっているトムは以前から依頼されていた案件……雷獄龍ケルベロスの討伐の話を切り出した。

 

「ああ。だがケルベロスだけじゃない。アンノーウスの配下の上位悪魔は全て狩る」

 

 それに対し、Kは確固とした一つの宣言を表明した。その言葉と共に目には覚悟の色が見え、決意がひしひしと伝わって来る。

 中身のない戯言ではないのだと、嫌でも分かるほどだ。

 

「そうかよ。まぁ、とりあえず今日のところはここいらでお開きにしようや。色々あったし、そこそこ休息はいるだろ?」

 

 確かに今日は色々あった。フォルテという少女の登場兼戦闘。それに加え、彼女が引き起こした地獄門の対処。どれも結構な労力の割に見返りがない点を考えれば、まさに『骨折り損』にしかならない。

 よって、トムの提案に誰も口を挟まず、素直に受け入れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院というのは昼はともかく、夜の時間帯は人の目から見れば、程度はどうあれ、不気味に感じてしまうものだろう。

 今を生きる人の、その死において一番近いと言える場所は怪談のネタとしてよく出てくることがある。

 しかし、そんな夜の病院にいる響の中にそんな感情はなかった。

 

「翼さん……」

 

 絶唱を使って倒れた翼は近くの病院へと搬送され、現在緊急手術を受けている。

 バイタルスターのおかげで幾分は回復、なんとか峠を越えたものの傷は決して浅くはない。

 手術室の前で一人、ベンチに腰をかけながら翼の名を呟く響。その心中にあるのは今後における不安。

 風鳴翼が今後無事に回復するのか……という心配に関して問われれば、『回復する』と断言していい。

 バイタルスターを使ったのだ。身体的な意味では無事に後遺症なく回復することだろう。

 バイタルスターにはS、M、Lの三表記が存在し、これはスター自体の大きさではなく、魔力の大きさとその効果を表したものだ。

 トムがKに渡したのは『S』。

 回復力は小さいながらも人に使う分には期待通りの回復が望めるので、特にこれと言って心配することはないのだが、生憎響にそんなことを知る術はない。

 悪魔に関する知識など皆無なのだから、当然だろう。

 

「隣、いいですか?」

 

 カカオの甘い香りと共に優しさを含んだ声が降り掛かる。視線を床から声のした方へ移せば、

 そこには両手に飲み物を持った翼のマネージャー、緒川慎司が温和な笑みを浮かべて立っていた。

 

「あ、は、はい! どうぞ!」

 

 突然だったので少し慌てたものの、問い掛けに答えて、掌を自身の隣の空いた空間へと指すことで着席を促した。

 

「ありがとうございます。暖かいもの、どうぞ

 」

 

「暖かいもの、どうも」

 

 何気ない会話を交わし、緒川は響の隣へと腰を下ろす。

 ほんの数秒ばかり沈黙が続いたが、それを破ったのは響だった。

 

「緒川さん……翼さんは……」

 

「……医師の話では、手術の必要はあれど危篤というほどの事じゃない、みたいなんです」

 

「え?」

 

 そんな筈ない。響は確かに見たのだ。

 耳や目、口、鼻から絶えず血を流しながら立っていたその壮絶な姿を。

 見えていないだけで、身体の中も尋常ではないダメージを受けた筈だ。

 

「あ、そう言えば……」

 

 響はすぐにバイタルスターへ思い至った。

 どういったものかは勿論分からない。が、それでもアレが要因で、そうであろう可能性が高いこと位は響でも分かる。

 

「その、Kさんが緑色のお星様みたいな何かで……治療? ……してくれてましたから、多分それのおかげかもしれません」

 

「K……彼女が、ですか?」

 

 直接の面識はないが組織として情報共有はされている為、Kについては充分聞き及んでいる。

 アンノウン……悪魔と呼ばれる黒いヒョウと喋る鷹のような鳥を使役する謎の人物。

 敵対の意思は見受けられないが逆にこちらへ協力する意思もなく、何が目的で行動しているのか分からない。

 そんな人物が翼を助けた。

 響には悪いかもしれないが正直、緒川の中では実感が湧かなかった。

 

「どんな様子だったのか、覚えてますか?」

 

 とは言え、響に気を使い、それを口には出さず

 。代わりに彼女が翼を助けるに当たり、どんな

 様子だったのか。

 それを聞いてみることにした。

 

「うーん……すごい必死でした。大切な友達を死なせたくない……って感じがしました」

 

 その瞬間を見て思ったことを率直に述べる響だが、そうは言いつつも内心ありえないと否定していた。

 何故ならKと翼は完全な見ず知らずの他人同士

 で、初めて会ったのが響がシンフォギア装者となったあの夜だからだ。

 会って間もない他人を親しい間柄の人物として

 見るなど、普通に考えれば有り得ない話だ。

 響はそういった"縁結び"が得意な人柄な為、平気で出来てしまう所があるが……そこは一先ず端に置くとして。

 確かなのはKと翼には過去の因果関係的な接点などなく、瀕死の状態だった翼を見て取り乱し、その命を助けるという行為に及んだ事実。

 

「……Kさんがいなかったら、多分、本当に駄目だったと思います」

 

 少しばかり意識が思考の中に沈んでいた緒川だったが、すぐにその意識を現実へ引っ張り上げたのはポツリと零す響の言葉だった。

 

「私、全然駄目でした……何の役にも立てないで

 、足ばっかり引っ張って……」

 

 力を得たのにそれを有効的に活用できない。

 そんな現実が響の心中に陰を落としていた。

 これに関しては仕方のないことだろう。

 今まで何の訓練も技術も学んでいない一般人が銃を手に取り、経験すらもない状態で突然一流の兵士としての務めを果たせるのか、と問われれば答えは一つ、"出来る訳がない"だ。

 響はただ平穏を生きる一般人の女の子だった。

 そんな彼女がシンフォギアという訳の分からない力を得はしたが、それが誰かを助けることができるものだと安易に期待し、何も学ぶことなく足を突っ込んでしまった。

 覚悟が足りなかったと言わざる得ない。

 

「……翼さんは、これまでずっと剣を振って戦って来ました」

 

 そんな彼女に緒川は語り始める。

 

「我が身を振り返らず、ひたすらに剣を振って

 。年頃の女の子が知るべき筈の遊びや恋も知らずに……ただ己を剣にと言わんばかりに戦い続けました」

 

「そんなの、酷過ぎます……」

 

 あんまりだ。

 何気ない日常を生きる。そんな当たり前な事を何一つ知らずにただ戦いに生きるなんて、人の生き方とは思えない。

 戦うという概念の形は様々だが、翼における戦いとは剣を振るい、人の命を脅かす存在を討ち取るもの。

 それはつまり、暴力を伴う戦い方という事になる。相手を傷つけ、自分を傷付ける。

 そして……相手の命を奪う。

 敵となるのが感情を持たず、ましてや、生物であるかも定かではないノイズだからこそ、まだマシな方かもしれない。

 だが。もしこれが人だったら……。

 翼のような正しく清らかな心の持ち主では、どうあっても心に傷跡をつけ、いずれ破綻するだろう。

 そんな教えを受けて来た翼は、何を想って来たのだろうか。

 少なくとも、響はそんな生き方に『憧憬』や『羨望』は感じない。感じることなど到底できない。

 自分の目の前にいる緒川含めた二課のオトナたちがそんな生き方を強要させたのか。

 ふいに響は二課という組織の大人に対し、そんな邪推した考えを持ってしまった。

 無論、これはあくまで響の見解であって、正しい見方ではない。

 実のところ二課は人権や倫理を尊重し、人命第一を掲げる真っ当な組織だ。

 そういった組織な訳なのだから、当然そこに所属する大人は人として出来た人物ばかりだ。

 翼の叔父である風鳴弦十郎がその筆頭と言っていい。

 弦十郎はシンフォギアの運営には当初から反対していた。

 成年に満たない少女を戦場へと誘うシンフォギアの存在は許していいものではなく、本当ならその資料さえも残さず消してしまいたかったのが彼の本心だった。

 しかし、それがノイズを唯一倒せる代物である以上、日本政府としては国家防衛の手段として欲するのは当然であり、そこは否が応でも認めなければならない。

 現に、今日においてノイズは風鳴翼の手によって掃討され、日本は平和を維持している。助けられる命は限りがあるが確実に助けられた命がある

 その結果がシンフォギアあってこそ齎された物であれば、頭ごなしに罵声を張り上げてまで否定はできない。

 

「ええ。本当に酷いんです。僕たち大人は」

 

 しかし、自身の意向ではないにしろ子供を死地に送り出していることへの結果は変わらない。

 だからこそ、緒川は何も否定せず、粛々と。

 それでいて哀愁を込めた面持ちで響の非難を受け入れた。

 そんな彼の様子からすぐに響は自身がいかに無神経な事を言ってしまったのか。それに気づき、慌てて謝罪しようとした。

 

 だが。

 

「いいんです。だって事実なんですから」

 

 人差し指を自身の唇に当てて、何も言わなくていい、と。

 あくまで緒川は非難を受け入れるスタンスを貫く。

 

「それに……よりによって翼さんはパートナーを失ってしまった」

 

「あ……」

 

 天羽奏。

 翼にとって共にノイズを倒して来たパートナーであり、かけがえのない親友。2年前のライブ会場の折、生命の危機にあった響を救った恩人でもある。

 しかし、彼女は命を賭して、燃やした。

 全身の細胞一つ一つが空っぽになってしまう位に燃やし尽くした彼女の身体は灰塵と化し消えてしまった。

 それを見て、直で親友の死を感じてしまった翼は何を想ったのか。

 想像を絶する、ということしか分からない。

 他者ではそれが限界だ。当人でなければ、分からない。

 

「全部、僕たちの不手際が原因です。本当なら恨んでもよかったのに……」

 

「……分かりました!!」

 

 哀愁を誘う緒川の言葉を遮るように突然声を張り上げた響。いきなりだったので何事かとつい

 目を丸く見開いてしまう。

 

「私が一生懸命頑張ります!! 翼さんの分まで! でも今のままじゃ心許ないんで、きちんと戦う為の術を学びます!」

 

「は、はぁ」

 

 そして、間髪入れずのこの宣言。

 さすがの緒川もこんな気の抜けた返答を出すしかできなかった。

 

「証明してみせます。二課の皆さんは悪くなんかないって」

 

 先程までの悲壮感は何処へやら。ニカっと太陽のように明るい笑顔を見せて来る少女を前に、ようやく緒川は響の意図を悟った。

 つまるところ、響は二課という組織が間違っておらず、そこに属する皆が人として正しく善い人なのだと証明したい、そう言っているのだ。

 その為の方法は実に単純。

 戦う為の術を学んで、鍛えて、ノイズを相手に きちんと戦い倒す。

 ただ、それだけだ。

 

「はは……すごく頼もしいですね」

 

 苦笑ながらも響のその心意気は緒川としては非常に嬉しいもので、同時に少し陰鬱だった心の雲が晴れた気がした。

 マネージャーとして、影ながらも共に戦う仲間として、上手く翼を支えられなかった事実は緒川にとってかなり来るものがあった。

 その果てに絶唱を酷使し、危うく命を落としかけた。

 悪魔という不確定要素の介入があったとしても

 、それで『はいそうですか』と割り切れる程、緒川慎司という男は賢い人間ではない。

 そんな男に響自身としては全く自覚ないだろうが、その心に掛かった鬱憤とした陰りを晴らしてくれた。

 本来なら響を励ます筈が、逆に励まされてしまったようだ。

 

「なら、ぴったりの人がいます。その方でしたら絶対貴方を強くしてくれる筈です」

 

 絶対。緒川がそう断言するほどの人物の名を聞いた瞬間、彼の予想通り響は大層驚きを示した。

 

 

 

 

 

 

 

 






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