なんとかギリ書き上げました。
どうぞ!
ネヴァンは、ここに来て攻撃パターンを変えた。
無数のコウモリへ分裂し、雷撃を放つ戦法からコウモリの翼を鋭利な刃へ変化させ、不規則に縦横無尽に飛び交っていたのを止め今度は旋回という行動を取った。
無論、意味もなく回るのではない。
そうすることで生じる"ある現象"を利用し、封じるとまではいかなくても、ある程度動きを押さえつけるのが目的だ。
「これ、は!」
「ぐっ…!『風圧』で押さえ付けようって腹か?」
無数のコウモリたちが旋回することで生じた
風の乱流。風を自在に操る悪魔や風の魔術を扱う者からすれば、それを防ぐ事は容易い。
しかし生憎Kにはそれができない。
そういった類の魔術を習得していないからだ。
そして、それはトムも同じである。
属性的に炎の魔術、能力が得意なトムにとってそれ以外は肌に馴染まない為、習得していない。
つまり、現時点で自分達の動きを封じようとする風に対策はできない事を意味している。
「!ッ」
「いっ…てぇ!!」
それだけならまだ良いが、追い討ちをかけるように両翼を刃物状に変形させたコウモリが襲い掛かって来るのだ。
風圧で身動きが取りづらいのをいい事に、容赦なく幾匹かのコウモリたちがKとトムの身体を切り裂いていく。
「こ、んのクソがァァァッッ!!!!!」
やられっぱなしで終わるなど、冗談じゃない。悪魔としての前世がそうさせるというより、愛すべき、何があっても守るべき妹がいる。
死ねばそれまで。大切なものを何一つ守れなくなる。だからこそ、死ぬ訳にはいかない。
その思いを込めて、一か八かの一手に出た。
「うりゃああああああァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
体内に貯蔵してある魔力の大半をマグマへと変換。トム自身が生み出した灼熱の泥がコウモリと同様自分達をくるりと囲むように盛り上がる。
そして、上書きする形でコウモリたちを容赦なく飲み込む……
『同じ手なんか食うかよ!!』
寸前。トムとKの背後にコウモリたちを集結させ、ネヴァンは元の姿に戻ってしまった。
死角に回り込まれたのは、さすがに拙い。
「チッ!」
すぐに対応しようとファントムを振るうが、魔力を大量に行使した影響でどうにも思い通りに動かず、緩慢になっていた。
十全とはいかないトムの動作を見切るのは容易い。そこいらの雑魚悪魔ならともかく、彼女は長く跳ぶように伸びたファントムを穂先を掻い潜る。
「がぁッ…はぁぁッ!!!!」
そして。鋭く爪を尖らせたネヴァンの手刀がトムの腹部を捉え、一片の躊躇もなく抉り貫く。
「1匹始末っと♪」
「トム!!」
仲間の名を叫んだ瞬間、バールの先端に魔力を付与。
一気に突きでネヴァンを仕留めようとしたKだが、再度コウモリへと分散。
『あっはっはっは!! 息巻くだけでこの程度とか! よくそれでケルベロス様を殺そうとか思いつけるわね! マジのマジでウケる〜ギャッハハハ!!!!』
侮蔑。見下し。悪意。恍惚。
そんな感情がこれでもか、とふんだんに込められた嘲笑がKとシャドウ、トムの鼓膜へと突き刺さんばかりに届く。
何も思わない筈がない。しかしそれは不利を嘆くものでも、ましてや死が迫る絶望に恐怖したものでもない。
「俺の血。取り込んでくれてどーも」
紅く濡れた腹を手で押さえ、膝をついて苦悶していた筈のトムの顔は前へ向いた途端、勝ち誇った不敵な笑みを浮かべていた。
それでも受けたダメージは相当なものである為、顔色は悪いが。
『はぁ? 何言って……!!ッ』
一瞬気が狂ったのかと思いそうになったネヴァンは、トムの言った言葉の意味をすぐに理解した。
しかし、もう遅い。
コウモリへ変化・分散する際に手に付着したトムの血は吸収され、身体全体に行き渡っている。
それが意味するところは一つ。
無数のコウモリ1匹1匹にトムの血液が消化されず、まだ残っている
。
「バーニングだ。燃え上がれェェェェッ!!」
トムの前世であるファントムという悪魔は、その血液と筋肉がマグマで構成されている。
当然、触れば軽い火傷などでは済まない。
その影響か彼の魔人としての能力の一つに、身体に流れる血ををマグマに変えるものがある。
そしてたった今、ネヴァンが吸収した血液をマグマへと変化させた。
どうなるか、など。語るまでもない。
『■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!』
勝ち誇った嘲笑から一変、声にならない絶叫
へと転落したネヴァンは大半のコウモリが焼失したことで分散化を維持できず、本来の姿へと
戻った。
「あ、がぁぁ……ぢぐ……じょう!!」
制服が焼け焦げ、身体中が炭化に等しい火傷を負ったネヴァンは立ち上がることができず、這うような俯せの状態で倒れ込む。
顔も例外ではなく、左側の目の周りや右側の口の端が爛れているといった有り様だ。
人間ならとっくに死んでいてもおかしくないのだが、そこは悪魔。
持ち前の生物の範疇を超えた耐久性と再生力で何とか保つことができた。
と言ってもこれでは戦えない。所詮どう足掻いたところで、詰みの状況には変わりない。
「コウモリ女。ケルベロスの居場所を吐け」
相手が深傷を負っていることに一切の遠慮などなく、ネヴァンの髪を掴み上げ、視線を合わせる。
「少なくともただの下っ端じゃねぇーんだろ? だったら知ってるよなぁ?」
「だれ、がぁぁ!言うがぁぁぁ!!」
火傷のせいで濁音混じりの嗄れ声となっているが、己の喉の状態など気にせずと言った感じで叫びながら、トムの腕を払い除けた。
「ごのでいど……どぉってごどねぇーんだよ! いま、ずぐ…ぶっごろじでやる! ごい! ごい! あだじは、まだ、負けでない!!」
こんな風に喚き散らしつつ、何とか立ち上がる。
どうやら多少なりとも回復したようだ。
しかしそれを踏まえてもダメージは深刻であることには変わらず、もはや、瀕死に等しい状態のネヴァンが2人と1匹に勝つことなど万に一つもない。
「……ったく、プライドは一丁前だな」
優雅も余裕も、それに伴う妖艶さも併せ持っていないネヴァンの姿はトムの知るネヴァンという悪魔とかけ離れてはいるものの、それが気に食わなったトムから見れば、この世界のネヴァンはまだ好感が持てた。
出来ることなら、見逃してもいい。
そんな事を思う気持ちが無い訳では無いが、どう足掻いてもネヴァンは根っからの悪魔。
人を餌とし、快楽悦楽を貪る為の道具程度の存在にしか認識していない彼女を野放しにするということは、これから先多くの犠牲を生む事になる。
封印する形で二度と人間界に来れないようにする方法もあるにはあるが、かなりの手間が掛かり、尚且つ材料と時間が無い為できない。
よって、その命を断つ以外にない。
とは言え、殺したとしても、この世界の悪魔は死なない。
身体は人間界で活動する為の媒介物に過ぎない。意識を司る魔力の一部を人間界の物質に付与することで初めて悪魔は悪魔として顕現し、この人間界で活動する事ができる。
ここで殺されるということは、媒介となっている器が壊され、その意識の魔力が消え去る。
これは悪魔にとってかなりのダメージとなり数千年か。あるいは数万年という月日をかけて回復に努めなければならない。
それは力ある上位に位置する悪魔にとって、かなり屈辱を伴うものだ
。
スパーダに力を奪われ、無様に魔界へ逃げ果せた自身の経験からか少しばかり同情が湧くが、塵レベルの極小程度。
何より、たった一人の家族であるクリスに害が及ぶ可能性を考えれば
、ここで生かしておく理由など存在しない。
「悪いが、お前は終わりだ。魔界に還れ」
そう言ってファントムを前へ翳す。
その鋭利な先端を伸ばし、悪魔にとって身体の生命維持と意識の定着化を担う核器官である『心臓』を穿つ為だ。
バチィッ! ドオオォォォッ!!!!
直後。一筋の稲妻が轟く雷鳴と共にネヴァンを飲み込む。
すぐに反応した二人は後方へ飛び退いた為、特に問題なく無事だったものの、落雷が直撃したであろうネヴァンの姿は何処にもなかった。
「……今の。ネヴァンが出した奴じゃねーよな?」
「ああ。明らかに別の悪魔が放ったものだ。しかも……始末ではなく、転移させたらしい」
威力を鑑みるに、止めを刺されたにせよ遺体くらいは残る。
悪魔の仮初の肉体である依代はその悪魔の死と共に物質として存在が維持できなくなり、消失してしまう。
その悪魔との融和性にもよるが、依代が無機物の場合だと消失しないケースもある。
仮に消失するのだとしても、一瞬などということはなく、数分程度はその場に残留する筈だ。
それが無いということは、情報漏洩阻止の為に始末されたというより
、転移で救出したと見る方が適切だ。
問題なのは誰が彼女を救い出したか、だ。
二人の結論は早くもネヴァンの主人であるケルベロスに至った。
「悪魔の割に部下思いのようだな」
「いや、わかんねぇぞ? 自分の手でやるってタイプか、使えないなら使えないナリになんかの消耗品として利用するって腹積りかもな」
「どちらにしろ、逃げられた事に変わりないがな……」
ネヴァンがどうなったか、など。
それは些細なことでしかなく、肝心なのはケルベロスを仕留め損ね、その情報源となったかもしれないネヴァンを逃された。
まるでそうなることを予め想定しているとでも言わんばかりにだ。
「なら、奴等がここに戻って来る道理はない。さっさと出よう」
「ああ」
互いにそう交わし、Kとトム。シャドウたちはもはや喪抜けの殻と化した会場を後に、外へと出ていった。
それを見ていた1匹の小さな悪魔に気付かず……。
※
「……あ、ありがとうございます」
人気のない路地裏と思われる場所。
そこにネヴァンはいた。
Kの読み通り、あの稲妻は対象となるものを別の場所へと送る為の転移魔術の一種だったらしい。
そのおかげで窮地を脱したが、自らを助け出した相手がケルベロスであった事。
これがネヴァンにとって最悪だった。
「予めブラッドオーブを持たせて正解だったな
。気分はどうだ?」
「は、はい……大丈夫、です……けど!」
別にケルベロスを忌み嫌っている訳ではない。それどころか、彼女のケルベロスに対する忠誠心と好感は天を仰ぐほどと言っていい。
だからこそ。彼の手を煩わせるなど、愚の以外にない。
それに彼女は己の口で宣言したのだ。
ケルベロスの敵は何者であろうと討ち取ると。だが結果は惨敗。
最初の方こそ上手く行ってはいたが、最後の最後で相手を甘く見て痛手を負ってしまった。
そして主に助けられる。
笑い話にもならない醜態を晒した失敗だ。
だが。
「失敗なんざしてねぇ」
"失敗"の二文字が頭に浮かんでいたのを、まるで読み取ったかのようにケルベロスは真っ直ぐ彼女を見る。
「お前が戦ってくれたおかげで、奴等の戦い方っつー情報はよく取れた。お前の努力は重々承知してる。それに伴う結果もな」
ケルベロスはそう言って不敵な笑みを浮かべる。ネヴァンにとっては心強く、安心感を与える顔だ。
「つーか、そもそも俺はお前に小手調を頼んだけで、奴らの首を取ってこいなんて言ってねーだろーが」
笑顔から一転し、今度は呆れ顔で溜息を零す。ケルベロスがネヴァンに命じたのはあくまで情報収集を目的とした力試しだ。
強力な悪魔の一柱であるアラクネアを倒したことを考えれば、相当な実力者であること分かる。
そうでなかったとしても、強力な悪魔に対して効果的、且つ確実的な必勝の策を持っている可能性が高い。
どちらにせよ、迂闊に手を出すのは愚行だと言っていい。
まずは相手の手の内を知る、と言う意図で自身の側近であるネヴァンに命じたのだが、彼女はそれを忘れ、ケルベロスの為とは言え、あろうことか『情報収集』という本来の目的を『敵の首を取る』に挿げ替えてしまったのだ。
「うぅっ……なんて、なんてご寛大なご慈悲! アタシ、ネヴァンはどこまでもケルベロス様に付いていきますぅぅぅぅぅッッッ!!!!」
「いや、寛大っつーかさ。そもそも失敗してねーんだって。聞けよ話」
再度、溜息を吐く。
もうこの手のことは嫌と言うほど経験している為、敢えて深くは突っ込まず。
代わりに後ろを軽く振り返り、テーブルの上に置かれたアタッシュケースへと視線を送る。
開かれたケースの中身……それは血そのものである赤黒さに染められた結晶体こと、ブラッドオーブ。
それが大量に詰め込まれていた。
「こっちの収穫はたんまり。これならそろそろ、イケるかもなぁ」