デスシザーズという悪魔は強いか弱いかの位で分別する場合、“少し強いが弱い部類”に入る。
この世界において悪魔は階級を有しており、まず、一番下に位置する“トッソ”と呼ばれる階級。
この位の悪魔は人界の物質またはエネルギーに対し耐性がかなり弱く、故にその辺の店で売ってある塩でも軽く浄化され消えてしまい、しかも依代無しには人界で活動ができない。
依代の条件は古くなった無機物又は何かしらの負の念が込められた無機物のいずれか。
それよりも一個上に位置するのが“ソプラス”。これも人界での活動に依代を必要とし、トッソが無機物限定でしか依代にできないのと違い、生き物を依代にすることができる。
とは言え、強さに関しては正しい知識を習得していれば撃退可能な程弱いが。
次は上位と下位の間に位置する“コンプレア”
この位の悪魔は依代はやはり必要なものの、力は位二つを超えている為、一般人での撃退は不可能。稀に他の悪魔を下僕として使役している。
これらの更に上に位置する階級は、数えて二つあり、上位のアパルトと最上位のプライア。
アパルトは人界の国家一つを容易に潰せる程の実力を有し、プライアに至っては単体で人界を破滅へと導くことさえ可能となる。
ナイトメアは、以上の階級で強さを表すのであれば、プライアに相当する実力を持った悪魔。よってデスシザースを相手取るのであれば、圧勝は必定も同然。
ただ問題がある。
単純に力を持ってして叩き潰すだけなら何がどうと言う訳でもなくナイトメアの圧勝に終わるが、ナイトメアの後ろには小さな女の子とその子を守ろうとした少女がいる。
ならば、彼女等を無視して派手な広範囲攻撃や射出・放出系といった類の攻撃はできない。
守りながら戦わなければならないのだ。
その点については重々承知しているナイトメアだが、いかんせん守りながら戦うと言う戦闘には慣れていない。
『キャハハッ!』
繰り出されるナイトメアの剛腕。威力こそ頑丈な悪魔でも粉々にしてしまう破壊力を秘めてはいるが、しかしその分、 挙動における俊敏性に劣る欠点がある。
それを知っているのか、そうでないかは定かではないがデスシザーズは不気味な嘲笑と共に、容易く回避してしまう。
ユラユラとしつつも素早く、掴み所のないその様はまるで宙に舞い踊っているのかとすら思う程、あまりに余裕綽々といった雰囲気を滲み出していた。
が、ソレだけだ。
デスシザーズはその自慢のハサミを向け身体を錐揉み状に旋回。そうする事で得た回転による威力増加を伴った突進を仕掛けて来る。
ギィィンッッ!!
だが、ナイトメアを傷つけるには至らない。
当たり前だが強さ然り、魔力然り、全てにおける悪魔としてのステータスにおいてナイトメアの方がかなり上回っているし、当然その分格差がある。
曲がりなりにも、かつては魔界や人界といった世界一つを滅ぼしかねないと創造主である魔帝直々のお墨付きを貰っている。
そんな相手にデスシザーズが勝てる道理など、存在しないのだ。
しかし、それを本能的に知っているはずのデスシザーズは、尚も攻撃を止める気配はなかった。
『キャハハッ! ハハッ! ハハハハハッ!』
鬱陶しい。勝てないにも関わらず、そんなこと視野に入っていない等とばかりに嘲笑の笑い声を上げるデスシザーズの存在は、ナイトメアにとって一種の目障り極まりない害虫の類に思えてならなかった。
まさにそんな思いを滲ませていた時だった。
「きゃああああッ!!」
「うわあああッ!」
女の子と少女の叫び声が響き渡る。振り返って見ればデスシザーズと同じく実体のない黒い幻影の如きマントと異様に唾が幅広い黒のハット帽を頭に被ったような出で立ちの姿をした1匹の悪魔。
其奴が二人を両の腕の、黄土色で鉱物のような硬い質感を有する外骨格で覆われた細長い手で首元から肩を押さえつけるように捕らえていた。
拙い。
そう思い向かうとするがデスシザーズがソレを阻む。
鈍重な腕で追い払おうと振り回した所で、速さで負ける以上当たる道理などない。かと言って、光線やブーメランなどは二人に当たりかねない危険性を考慮すれば使える訳がない。
一体……どうすればいい?
ジワリと落ち着くことができず、なんとかしなければ、という思いがこびり付いて離れない。
焦燥。今のナイトメアの中に生じている感情は、まさにコレだった。
『フフフ、そうです。我が下僕よ。そのまま、木偶の坊を押さえ込んでなさい』
ふと声が聞こえる。それは二人から発せられたものでなければ、発声する為の器官を持たないナイトメアでもない。他ならぬ、二人を抱え拘束しているファウストだ。
悪魔が喋るのは決して珍しい事ではない。言葉を介すことのできない悪魔は多種多様といるが、それと同等に言葉を介す事が可能な悪魔もまた多種多様といる。
メフィストと呼ばれる悪魔の上位種であるこの悪魔ファウストも、そういった内の一つという訳である。
『イイ。イイですよ。私を恐れる貴方達は愛い。とてもね。さぁ、
もっと恐怖しなさい。そうすればその柔らかく食べ応えのある魂は
一層と美味しくなる』
「うぅ……」
「や、やぁぁ……」
悪魔にとって人間の恐怖は気分を高揚させ心地良いものにさせてくれる香りであり、同時に己の力を高める増強剤にも成り得る。
故に悪魔は人の恐怖に敏感だ。それを辿って人の前へ姿を現し、苦痛と死をもってして更なる恐怖を与えようとする。
そんな悪しき本性をこのファウストという悪魔も例外なく持っているのだ。
人間に似た顔を持つも、その口は両端が耳の辺りまで裂ける程に吊り上がり、醜悪で不気味な笑みを浮かべる。更にその口から二本の舌が這い出て来た。
まるでそれが別種の生き物のようにうねりを伴って動くファウストの舌は、響の頬へと張り付くように到達し、彼女の頬を這い回り、唾液で濡らしていく。
抵抗したくもできず、ただ両目を閉じて、顔を逸らすように耐えるしかない響はただただ不快な感触に苛まれた。それは女の子も同じだった。ファウストの舌は一本ではなく、二本もあった。もう一方の舌は女の子の耳に張り付き這い回っていた。
不快極まる他ないその悪魔の行為はナイトメアの神経を逆撫でするには十分だった。
もうこんな雑魚悪魔に構うものか。
ナイトメアは翻弄する事はできても未だ自分に対したダメージを負わす事ができずにいるデスシザースを無視し、ファウストの魔の手から彼女等を救い出そうと鈍重ながらも走り出す。
これに対し、ファウストより足止めを命じられているデスシザースは当然行かせる訳にはいかず。その為、自身ができる足止めを実行した。
『キャハッ』
デスシザースは短く笑い声を上げ、その手にある大鋏を思い切り投げ付ける。その行き着く先はナイトメアの足元だ。
ナイトメアの足下に突き刺さった大鋏は赤い稲妻状の魔力が迸らせ、やがて大鋏を基点に薄っすらと赤いドーム状の結界が形成され、ナイトメアはその中へと閉じ込められてしまった。
『よくやった。では、これにて』
ファウストはナイトメアに向けてお辞儀する形で礼を取る。
だがそこに敬意はなく、あくまで相手を煽る為の欺瞞行為でしかない。そしてその間にも決して二人を逃がしてしまうようなヘマを犯さず、隙を見せず。その腕に二人を抱えたまま自身の前に赤や紫に妖しく光り輝く魔法陣を出現させ、逃亡を図るファウスト。
間に合わない。
そんな判断がナイトメアの中に過ぎる。
「悪いがお持ち帰りはNOだ」
しかし、その場に二人を救うとする者が増えれば、容易く覆る。
冷徹さを秘めた少女の一声と共にファウストの顔面を何かが風のように横切り、同時に悪魔の顔に三つの深い切り傷を与えた。
『ガァァッ!! 目、目がァァァァッッ!!』
しかも運の悪いことに両目を抉られたようで、血液こそないがほんのりと赤い黒いガス状の物が流れる。それと同時に響と女の子はファウストの魔の手から逃れる事ができたものの、今いるのは宙。
それもビルの屋上から測って7m程はある。
死なずとも怪我を負う可能性が高いのは否めない。しかしそのまま落ちる事はなかった。
「キャッ!!」
「よっと。大丈夫かい嬢ちゃん」
若干の落下の感覚があったものの、それも一瞬。小さな女の子の片手を落ちないよう力強く、女の子が痛みを覚えないよう手心を加えて握り締める誰かがいた。
それは確かに人の言葉を介してはいるが人ではなく、1匹の猛禽類の鳥……いや、かつての大悪魔であり、今は使い魔となっている悪魔
。
グリフォンである。
「鳥さん?」
「ご覧の通りな。とりあえず降ろすぜ」
少しばかり芝居掛かってそう宣うグリフォンはゆっくりと女の子を下ろしていく。普段はいい加減でお調子者、尚且つ下品なジョークや皮肉を垂れ流して来るが、なんやかんで相手を気遣う配慮を心掛けている。
故に女の子を乱雑に扱ったりはしない。
それにグリフォン自身、こういった繊細な扱い方に関して言えば前の契約主で嫌というほどに経験済みである。
女の子がグリフォンに救出された一方で響の方は、黒い粒子状の何かが落ちて来る彼女を受け止め、こちらも丁重に降ろした。
「え、え、何これ?!」
一目見ただけではソレが何かなど分かるまい。黒く粒子状らしき不定形のモノとしか分からない見た目なのだから、困惑を覚えるかあるいは恐怖やら不安やらを覚えてしまうだろう。
実際のところ響の場合、あまりに非現実的な情報量のせいで混乱しかないのだが。
ともあれ、響が無事であることを確認したソレはやがて明確な形となって現れる。
黒豹の悪魔、シャドウ。
影の名の如く実体を持たないかのような変幻自在な身体と、まるで闇夜そのものを体現させた漆黒の体毛を有するその悪魔は、グリフォンと共に己が主たる少女の下へ戻っていく。
「よくやった。グリフォン。シャドウ」
労う一人の少女……Kは愛用のバールを右手で握りしめて、逆に空いた左手へとバールの釘抜きの先端を叩くようにリズム良く当てている
。
その視線の先にはファウストがおり、グリフォンとシャドウも同じ方向で、同じ対象を見据えていた。
「だが、終わりって訳にゃいかなねーよな! 変態臭い悪魔がいやがる!!」
「グォン」
変態悪魔とは、言わずもがな。ファウストの事だ。それに対しシャドウも同意見だと吠える。
『キ、キ、キサマァァァァァァァァァァァァァ────────ーッッッッッッ!!!!!』
そんな彼等が癪に触るどころか、両目を傷付けられたという屈辱を受けたファウストの顔は、憎悪と憤怒に塗れ、いつもの不気味なニヤけ面を完全に消し去っていた。
『こ、ここ、このクソ鳥めが! 私のこの高貴なる両目に傷を付けるとは何たる無礼! 失礼千万な所業! 申し開きがあるなら遺言として聞いてやろう!』
両目は既に元の状態へと回復し、視覚に関しても問題はない。が、だからと言ってそれで良しとするほど、ファウストは決して寛容ではない。
例えファウストでなかろうと、悪魔らしい悪魔ならば同じような反応を示し、其の者に報いを与える事だろう。
「ハッハー! 傑作だぜコイツは! 悪魔が高貴とかほざきやがる! 脳ミソにお花でも生やしてやがんのか? ギャッハッハッハッハ!!」
グリフォンは嘲笑う。その言が滑稽でアホ丸出しだと。直接言わずともそんな意図を匂わせる彼の言葉はファウストの怒りをより一層と焚き付けるには十分だった。
『殺す。もう許さん!』
ファウストが殺意の言葉を吐き出した直後だった。つい先程までその効果を発揮していた結界の檻は、その中に囚われていたナイトメア自身の純粋な力業で結界の基点だった大鋏を破壊。
結界の檻より解放された悪夢は、心なしか睨むようにファウストと彼の側に寄って来たデスシザースへ向けられた。
『チィッ! 予測はしていたが……マズい』
あの結界が長い間ナイトメアを拘束できるとは思っていなかった。
このファウストという種の悪魔は様々な魔術の行使やその知識の保有
、更には魔力の測りを得意とする種族で、この個体も例に漏れず、相手の魔力を測り見極めることができる。
このファウストから見てナイトメアは異常だった。その魔力は気さえあれば国一つを容易く滅ぼし、数千数万の人間を殺戮せしめる位には十分過ぎるもの。
そんな大悪魔クラスの存在が無力に等しい二人の小さな女の子と少女をノイズの魔の手から守っている。
ナイトメアに邪悪な思惑や企み等なく、単純に見過ごせなかっただけ
。
しかしそれを見たファウストはこう考えた。
あの二人、さぞ上質なご馳走なのだろう、と。
でなければ、わざわざ悪魔ともあろう存在が、それも圧倒的強者が人間を守るなんぞ有り得ない。
だったら、奪ってやろう。
大悪魔クラスの者がそこまで執着するほどに美味い人間だと言うのなら、是非ともこの私がその魂を食してみたい。
最近はノイズに殺された人間の魂だけで腹を満たしていたが、たまには生きた人間から直接魂を喰らうのも僥倖。
そう思い始めていたファウストにとって、生娘二人の生きたての魂というのは丁度いい最高のご馳走に違いなかった。
そんな考えで、あと一歩で奪えたにも関わらず、それを邪魔して来たのが鳥と豹の悪魔2匹。
そして、その2匹を従えていると思わしき一人の少女。人ではあるものの、仄かに悪魔の気配が漂うという妙な雰囲気をしてはいるが、正直ファウストにはどうでもよかった。
今はただ、コイツらを殺す。
それだけがその内なる思考を支配していた。
『フォォ……』
『キャハハハッ!!』
怒りに震えるファウストの背後。
その宙に赤い空間の歪みがあちらこちらと生じ、そこから無数の悪魔が這い出て来た。
ファウストやデスシザースのように身体が黒い布かあるいは霧状に見えるという共通点はあるものの、見比べれば素人でも分かる違う点があった。
まず挙げられるのが“顔”。
全体的に見ると質感は鉱物のようだが、薄っすらと浮かび上がった血管らしきものがピクリ、ピクリと一定した間隔で脈打つ様が、それが生き物であるのだと訴えているような生々しさを醸し出している。
そして青い左右二つの複眼が妖しく光り輝き、その頭部は縦長で、幅もそれなりにあり、まるで先が丸みを帯びた花の花弁が五つ合わさったような鰭状の皮膚飾りを形成している。
しかも複眼の上辺りに何本かの角のような突起物があり、顔を逆さにして見ればそれらが牙に見え、中央の皮膚飾りの部位がまるでベロンと伸び出た舌のようにも見えた。
さながら、大口を開くもう一つの悪魔の顔……とでもいいのか。
これだけでも随分特徴的な悪魔だが、もう一つばかり挙げるならファウストに似た両腕を有し、人差し指と思われる部分が異様に伸びてその先端が鋭利に尖らせている。
この悪魔たちの名は、メフィスト。
総じて“フェレス”と呼ばれる種の悪魔の下級種で、その上級種こそファウストなのである。
『だが! 私には手足共が沢山ある! 殺せェェェェェ──────────ーッッッッッ!!』
放たれるファウストの怒号に応え、明確な敵意と殺気を放ち一斉にKたちへと襲いかかって来た。
デビルメイクライ4より、ファウスト&メフィストと初代からの敵、デスシザース。
頭部と腕以外に実体がないという点とデザイン的にもそっくりな似た者同士の悪魔たちです。
ちなみにファウスト、この小説だとめっちゃキモいキャラ付けで喋ってますが、原作デビルメイクライ4じゃ一切喋りません。