「過去は捨てた。――幻想薬で……」

色々あって、釣り糸を垂らす事で世界と向き合うようになった男の話。




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漆黒のヴィランズがくっそ面白かったので、その勢いで書いてみた特にオチの無い作品。

FF14のSSもっと増えろ。


アーデルハイド・ベッカーさん

 ――――そこにある荘厳で厳粛な空気と壮大な自然の織り成す美しき景観は、過去の多くの吟遊詩人が得意の歌と麗句を駆使して賛美したように、まさにこの水と緑にあふれる惑星(ほし)の美しさを如実に表している。

 

 黒衣森の南東部に位置する水源地帯。――通称『ウルズの泉』

 湧き出る清涼な潤いは、まさにこの(・・)『黒衣森』の恵みを下支える神秘の土台であると言える。

 森に住まう者にとっては決して冒してはならない神聖な領域であり、またその国柄、過ぎた選民的な意識故に他者に対して排他的な一面を見せる森の古都『グリダニア』の民にとっては、まさによそ者(・・・)には徘徊(うろ)つかれたくない類の土地であるのは間違いない。

 

 ――――しかし現在、その最奥の滝の辺に一人の男が佇んでいた。

 

「……釣れねェ」

 

 それは2ヤルムを超える屈強な体躯と浅黒い肌を持つハイランダー種の大男だった。

 彫りの深い顔には無数の創傷と髭があり、深紅の混じった黒い総髪は無造作に頭頂部で括られて東方で云う所の花弁の様な“(まげ)”を造っている。

 しかし何よりも特徴的なのは、その男が持つ森の古都グリダニアの民にとって因縁浅はかならぬ典型的なアラミゴ人種の(いわお)の如き壮絶な風貌だ。

 

「………………」

 

 彼と過酷な旅を長く共にしたであろう枯れた色の『アネモスハット』の陰りから除く眼光は、まさにその壮絶な印象を違えぬ獣が如きモノであった。

 その鳶色の眼は現在、一切ぶれる事無く、ジッと泉の水面に浮かんだ”仕掛け”を睨みつけている。

 

「…………来い!」

 

 ――――そしてその静謐な闘いが始まって2時間が経過した頃だった。

 厳密にいえば、通算して三ヶ月目だが、それはともかくその膠着した闘いに遂に動きがあった。

 

「――っ!?」

 

 荘厳な大自然にそぐわぬ異様な音が響いた。それは一定のサイズを超える“大物”が仕掛けに掛った際に起こる大きな竿の撓りと、それに伴う特徴的な軋音だ。

 男が手の中に感じる竿の振動と、鼓膜を揺さぶる軋音を研ぎ澄ませた五感で知覚した直後、その男“アーデルハイド・ベッカー”は、裂ぱくの気合を持って水面の舌に蠢く“大物”に牙をむいた。

 

 その闘いはまさに刹那の攻防で、始まると同時に決着を迎えた。

 

 

「――――クソがッ!」

 

 

 ベッカーは思わず慟哭した。

 完璧なタイミングで仕掛けたと思った矢先、相手の方が一枚上手だと察した。

 途中で仕掛けが外されたと予感した時には既に手の中の重量が霞のように消えていたのだ。

 

「クソが……! 本当にいい加減にしやがれ、このクソ魚が!」

 

 溜まらず沸き上がる怒りを吐き散らしたベッカーは、そこでふと、『お前もそう思うだろう!?』とばかりに虚空を睨んだ。

 しかし当然そこに応えはない。

 何故なら問うた相手は、ベッカーが依頼(クエスト)で知り合った己の内に潜むもう一つの貌(ペルソナ)だったが故。

 実際の所、ベッカーも()からの返答など初めから期待すらもしていないし、差し詰めそれはただの気まぐれだった。

 ――――が、しかしそんな風に誰かに当たり散らしたくなる程に、それは悔しい闘いだった。

 

 停滞を期した状況が一変した瞬間、有無を言わさぬ敗北を叩きつけられた。

 どれだけ平静を装っても、内から沸き出でる強い感情を押し殺す事が出来ない。

 加えてこの闘いには既にウンザリという思いがあった。

 ――――そしてこれが『ウルズの泉』でなく、別の漁場なら愚痴を聞く相手にもなってくれる『釣りバカ』の一人も見つかるだろう。しかし生憎と落雷の危険に身を晒してまで魚を釣ろうというレベルのバカは希少であるらしい。少なくとも見渡す限り、雷鳴轟く『ウルズの泉』で大物を狙おうと考える類の馬鹿は現在、ベッカーの他には一人として存在しなかった。

 

「…………まったく、この」

 

 雷鳴轟く嵐の様な空の下、ひとしきり歯噛みした後、ベッカーは幾度目かになる溜息を吐いて再び釣り糸を足らす。 

 

 『オオヌシ』との闘いは常にこうした永劫の停滞と刹那の攻防の繰り返しだ。

 そしてその性質の落差を楽しめる様な世間の釣り道楽達に比べると、ベッカーは文字通りまだまだ未熟な存在だった。

 

 

 

 

「――――おや?」

 

 例の如く、彼は今日もオオヌシ狙いで『ウルズの恵み』に籠っていたのだろう。

 南部森林の一帯から雷鳴が去った頃だ。クォーリーミル周辺を巡回中の義勇兵の一人が、見知った大柄な体躯が歩いてくるのを見て親し気に声を掛けた。

 

「やぁ、お帰りベッカーさん。釣果はどうだい? その様子だと――」

「……聞くな。今回も俺の負けだ」

「あぁ、やっぱり。ま、残念だったね」

「………………」

 

 2ヤルムを超える長身に屈強な体躯。彫りの深い顔には無数の創傷と髭。深紅の混じった黒い総髪は無造作に頭頂部で括られ、そのトレードマークであろうアネモスシリーズのハットとジャケットには過酷な旅路の痕跡がいくつも刻まれている。

 また先の頃にグリダニアの革細工師ギルドで注文した真新しいドラゴンレザー製のボトムとブーツも、既にすっかりと馴染んだ様子だ。

 その男、アーデルハイド・ベッカーは徐に釣果の入った生け簀を片腕で持ち上げて見せた。

 

「要るか?」

「え、良いのかい?」

「あぁ。持っていけ。ほら、気をつけろ」

「え――ッ!」

 

 釣果を暗に“さっぱり”だと言ってのけるベッカーだったが、その丸太の様な片腕で軽々と持ち上げてみせた生け簀の中には大きく太ったサウザンパイクが所狭しと詰まっていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ベッカーさん! ボウズ(釣果0)だったんじゃ――――」

 

 義勇兵の男は想像以上の釣果と重量に思わず瞠目して蹈鞴を踏む。

 

「誰がそんなことを言った? “本命”には逃げられたとは言ったが、それ以外が釣れてないとは言ってないだろう。ま、そいつは適当に隊の連中と食うなりして処分しといてくれ」

「えぇ~ッ!?」

 

 そんな風にやや疲れた様子で言い残すと、ベッカーは義勇兵に生け簀を渡したまま、さっさと自身はクォーリミルの集落の方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 その男はいつの頃からか、天気予報士が黒衣森南部の天気を『雷』だの予想した日には必ず『ウルズの恵み』に居た。故に程なく、その狙いはウルズの泉に生息し、雷の日にしか釣る事が出来ない怪魚“オオタキタロ”、そしてオオタキタロを漁場から除去して初めて挑む事が許される真の『オオヌシ』である“ナミタロ”であるという噂が立ち始めた。――事実、その通りであった。

 

 グリダニアに住まう漁師をして『幻の魚』と言われる存在を狙い、単身でウルズの泉に張り込む謎の冒険者――『アーデルハイド・ベッカー』。

 その出で立ちは一言でいえば屈強なモノで、その体躯は平均的な男性ハイランダーを大きく上回っていた。

 身長は目測で優に2ヤルムを超え、ドラゴンレザーのボトムとブーツに包まれた両脚は樹木の様に太く、また強く安定感があった。

 分厚い体躯を覆う無骨な衣装は一時、冒険者界隈で流行した『アネモスシリーズ』のハットとジャケット。しかしそこには流行(はやり)物特有の浮ついた真新しさは無く、寧ろのベッカー自身が持つ精悍さと歴戦の痕跡を強く強調するような印象を放っていた。

 

 ――その姿は、まるで炎と鉄によって鍛えられたような厳である。

 

 そうした印象が強く見受けられるが故に一時期は『憚らぬギラバニアの屈強な男らしくイイ!』と、ひどく好意的に受け止める一部の者好きを除き、グリダニア周辺の古参住人の多くからは、殊更強く警戒をされる事もあった。しかし、そんな周囲の警戒とは裏腹に彼はその後も目立った問題を起こす事もなく粛々と過ごした。――寧ろ、泉で得た大量の魚をクォーリミルの集落で卸す程で、森の都グリダニアの抱える難民の食糧問題に対し真っ向から立ち向かった勇士であるとも最近は呼ばれる事さえある。

 

 そんなベッカーはその日も、そしてその次の日も南部森林に雷が轟くと知れば『ウルズの泉』に赴き、変わらずそこで釣り糸を垂らした。

 

「相変わらず、本命はことごとく外れやがる……」

 

 本日幾度目かになる“サウザンパイク”という釣果。それ一瞥するなりベッカーは徐に陰鬱な吐息を漏らした。既に獲物を釣り針から外す所作は慣れたもので、ベッカーは溜息と同時に持ち込んだ足元の生け簀に獲物を放りこんだ。

 

 過去に色々とあって以来、ベッカーは波風を立てぬ穏やかな生き方を心がけている。何かを罵るなんてもっての他だが、しかしそんな意識もまったく釣れる気配の無いオオヌシに対しては例外になりそうだ。

 

「雑魚、か……」

 

 ――しかし、思わず雑魚とを口走った時、不意に脳裏にある蘊蓄が過った。

 

 本命でないモノ、取るに足らないモノ、区別するのも面倒な有象無象の塊の事を『雑魚』と呼ぶが、昨今では“有象無象の小物”という意味のみを指して敵対者を侮辱する場合で使われる事が多いとの事。

 

 ベッカーはそんな『雑魚』の蘊蓄と共にそれを語ってのけた恩師の事を思い出す。

 釣り人が魚に対し負の感情を吐き散らす事、それ自体を師は“未熟の証”だと常々語っている。

 

 ――まだまだ未熟ぢゃのぅwww

 

「……ッ」

 

 そんな師匠の――ララフェル族特有の絶妙にウザいドヤ顔を思い出したベッカーは、思わずそこで小さく舌打ちを零した。

 

「……あー、クソ」

 

 師匠である漁師ギルドのマスター“ワワラゴ”の嘲笑――。その幻覚と終わらぬ苦行染みた闘いに毒づくも、ベッカーは気持ちを落ち着ける様に清涼な水面に映る己と向き合った。

 

 

 

 ――セール中になんとなく本体を購入した。

 その楽しさに熱中して、気づけば課金を続けていた。

 クエストを漁る日々――、漫然とコンテンツルーレットでランダムにインスタンスダンジョンへと潜り、時に蛮神を成敗し、時にドマ式麻雀を嗜みながら、偶にPVPで遊んでみると言うまさに模範的な新生FF14生活を謳歌していたのが“■■■■”という半年前の“彼”だった。

 

 ――それがどういった因果を辿ったのか、彼は目覚めたらゲーム中のアバター(姿)を纏い、エオルゼアの大地に立っていた。

 

 まるで己という存在だけが周囲から切り離され、無理やり貼り付けられたような意識の違和感を抱える日々が始まった。

 

 彼は苦悩を抱えながらたった一人でこの世界で生きる事を強いられる。あるのはゲームとして培った経験と、文字通りの血肉と化したアカウントの持っていた財産とアイテム。所属した当時のFCメンバーの影や形は愚か、言葉を交わして助け合ったフレンドの存在も無く。またゲーム中に知り合った筈の各都市国家のNPCも誰一人として彼の存在を知らない様子

 ――この世界で積み上げた痕跡は在れど、事実生きた痕跡は誰の記憶にもなかった己。故に遮二無二、唯一ある力を頼りに、生きる為に多くを切り刻む生活に身をやつすほかなかった。

 文字通り、他に頼れるモノがなかったからだ。

 

「――我ながら、随分と変わったもんだ」

 

 気づけば、微睡む様に当時の事を振り返っていた。

 冷静になってみると、ベッカーは己が各都市のマーケットで平然と買い物が出来る事に酷く驚嘆した。また同時に、五体満足でこの黒衣森の精霊達から滞在許可を与えられている事もどこか嘘のように思えた。

 

 降りかかる自然の驚異や貧困、恐怖、不安。そしてこの世界への無知から来る様々な諸問題――。それら問題の多くに対抗する際、当時のベッカーは何よりもまず“単純な暴力”に頼みを置いていた。

 否、その頑強な肉体性能と武器や武技の他に、頼みを置く事が出来ないという方が正しいだろう。

 そして、そんな有様から“リスキーモブ”と同様に扱われた事さえあった

 

 漁師ギルドのワワラゴと知り合ったのはそんな頃であった。その際のワワラゴとの奇妙な交流から、現在のベッカーに変れたと言っても過言ではない。

 

「――っ」

 

 ふと空を見上げると雷雲が去ってゆく様子に気づいた。時計を見ると、過去を振り返っている内に既に4時間も経過していたようだ。

 そして雷雲が去ってしまえば獲物は住処に隠れ潜む故、そこで自然と『オオヌシ』挑戦も終了する事になる。

 

「………………まぁ、いいか」

 

 ベッカーは何気なしに持ち込んだ生け簀の中を確認した。そこには共食いを始めそうな無数の雑魚が在った。幸いにして需要はある獲物ばかりなので、それらは決して無駄になりはしないだろう。

 本命を釣れなかった事は残念だが、ベッカーはそこで一つ穏やかなを溜息を吐いてみせた。

 

「しょうがねぇ。また明日も頑張るか」

 

 穏やかに待つ事を意識するようになって以来、ベッカーはこの過酷な世界でも随分と生きやすくなったと感じる様になった。

 

 

 

 

 

 元光の戦士――“アーデルハイド・ベッカー”

 

 釣り糸を垂らす事で水面に映る己や世界に対し、落ち着いて真摯に向き合う事を知った。その後はいろいろあった過去の諸々を清算する為、最後の『幻想薬』を使ってハイランダーになった。

 そして今を生きている。




 続きものになるかは未定ですが、なんとなくアーデルハイド・ベッカーさんは基本的に漁師で、副業としてウォウルナットブレッド職人だったり、ファイアシャード専門の採掘士だったりするのかなと。
 
 真面目に書こうにもFF14は設定が膨大過ぎて手が出しずらいです。

 でも漆黒がめっちゃ面白かったのでFF14のSSもっと増えるといいなー。


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