目覚めて異世界
私はいわゆるトラック女子というやつで、その日とていつもの通り宅配の荷物を運んでいた。
○○×運送会社はありがたいことに底辺高卒で元ヤンの私でも社員として雇ってくれたのだ。とても感謝している。当時二十歳で、仕事もいい加減勝手がわかってきていたところ。
その日は雨だった。昼過ぎから訥々と降り出し、あの時には道路の脇を側溝とは別に走る水があったくらいのそこそこの雨量だった。
赤信号になりブレーキを踏もうとした瞬間、いきなり頭を鈍器で殴られたかのような痛みが走った。視界は白くなり、ハンドルに倒れこんだところまでは覚えている。おそらく、くも膜下出血とかそのあたりだったのだろう。母方も父方もどちらも血管系が弱く、どちらの血筋にも脳卒中やらで亡くなった人が何人かいた。
自分も覚悟はしていたのだ。あんなに早いとは思っていなかったけれど。
で、現在の私はなんなんだろうね。知らない天井と柵に囲まれた視界。やけに動かしずらい四肢。呂律の回らない舌。
本当はわかってる。これはあれだ。転生とかいうあれだ。
今このベビーベッドに向かってきている足音はこの身体の父親。パウロ。私を見るとにちゃとやにさがる様に崩れた笑みを浮かべる、可愛いお父さんだ。
「オーフェ〜、パパでちゅよ〜」
デレっとタレ目で双眼崩れでありながらも元は整った顔であろう、容貌。私はこの顔しか見たことないけどね。
「パッパー、がっこ! がっこ!」
上目遣いで抱っこを所望する。滑舌が悪いのはご愛嬌だ。しゃーない。
「ん? ほら、高い高ーい」
パウロに抱きかかえられると、部屋の中が見渡せる。例えば隣のベビーベッドで寝ている双子の兄のルディとか。両親曰くそっくりらしい。私にはわからない。まだ鏡見たことがないから。でも、ルディはどうなんだろう。私と同じ転生者だろうか。
眠っているルディはパウロと同じ色彩の髪をポヤポヤと揺らしていた。
「おしょと出るー。おさんぽー」
窓の方を見れば快晴である。白い洗濯物がよく映える青空だ。愛らしく服の袖を引っ張っておねだりすればイチコロだ。ほら、もう溶けそうな顔をしている。
「いいな。せっかくのお休みだもんな! 全員でピクニックに行こうか」
生まれて一年、初めての遠出である。
パウロに抱えられて近所の丘まで来た。爽やかな風が吹きとおる、素敵な行楽日和だ。パウロの右手に担がれていたルディも途中で目を覚まし、不安そうな顔をしていたものの、初めて見る外に好奇心を抱いているように見えた。
おとなしそうなメガネのリーリャさんがお弁当の入ったバスケットを持ってくれて、ゼニスはパウロの隣に並んで歩いて来た。
ちょっとした大木の木陰に敷布を敷いて座れば、もうピクニックである。
「ルーデウス坊っちゃまにオフェーリアお嬢さま、お茶を入れるまで少々かかりますので遊んでいらしてください」
一歳といえど私もルディも成長が早くすでにそんなに転ばず歩くことができるようになっている。走ることはまだまだ危なっかしくて試してすらいないが。
「うんっ。いこ、ルディ兄さま」
「……うん」
ルディはまだ外の世界に怖がっているようだ。転生者の線は薄い、のだろうか。
二人で手を繋いで歩き、両親の姿は見えるが声は聞こえない程度のところまで来た。手を振り払ってルディに問う。
「ルディ兄さま、『日本って知ってる?』」
ルディの目が見開かれる。困惑している顔ではない。YESだ。
『ああ。なんだ、お前も転生者なのか?』
『一気に口調悪くなったね、兄さま。まあいいや。あ、と嫌じゃなかったら兄さまのままでいいかな、呼び名。別の人だって思うのやだし』
『ああ、俺も名乗りたくないからそれでいい。で、オーフェはあの二人のどっちなんだ? やっぱり女子の方か?』
困惑した。ルディには心当たりがあるようだった。一緒に死んだ人がいるらしい。
『違う、私はトラックの運転』
『お前かっ。お前が居眠り運転さえしていなきゃ』
していて、と続けようとしたところルディが私の胸ぐらを掴んだ。酷い剣幕だ。
『してない! 私は居眠り運転なんてしてない。突発的な昏睡状態に陥って、多分そのまま……』
私はへたり込んだ。
私がこの人を殺したんだ。
目の前が真っ暗になった。
『どうしよう、どうしよう……。私のせいで、あの会社…………。私みたいなやつも雇ってくれたのに、私のせいで。事故まで起こしちゃうなんて……』
涙が溢れてくる。この体は正直で、感情の高ぶりがすぐ出てしまう。
ルディがオロオロしているのが気配でわかった。でも私は泣き止めなかった。
『ご、ごめんな。無責任な居眠り野郎だと思ってたから……。俺は死んだことに対する恨みとかはないから』
『いいえ、本当に、ごめんなさい。家系的にいつか、そうなるって、わかってたのに、私が、運転、したことが、間違いでした。……私の父は私が小学生の時に脳卒中で死にました。祖父母も血管系で亡くなって。最後の母も私が高校生の時に逝ってしまいました。私は高校受験の時に失敗して、二次募集で奨学金制度のあった底辺校にしか入学できませんでした。それで高卒ですから、働き口もなかなかなくて、あの会社だけが私を拾ってくれたんです。私は高校時代多少染まって薬やってたような時期もある、ヤンキーだったので、本当にそこしか拾ってくれなかったんです。でも、私はハンドルを握るべきではありませんでした。ごめんなさい、ごめんなさいっ』
私の顔はボロボロでぐしゃぐしゃで、俯いた視界には私の涙で水たまりができている。最もすぐに染み込んで大きくはなっていない。
『俺はただのクズヒキニートだった。二十年ぶりくらいに外に出てもうやけになっていたのもある。あの高校生二人分は背負わなきゃいけないかもだけど、俺の分は背負わなくていい。そ、それに今考えれば、あの高校生も注意力散漫で、十分過失ありだ。お前はすでに死んでいて、償うべき相手もいないんだから、』
落ち込まなくていい、とか、泣かなくていい、とかそんな言葉が続くのかもしれなかったが、その言葉は紡がれなかった。
「こら、ルディ。妹を泣かせちゃダメだろうっ」
パウロの声だ。少しばかり怒気を含んでいる。ルディを叱責しているのだ。
「え、ぼくは、オーフェ、泣いたから、えがおに、ならなきゃって」
ルディのさっきとは打って変わってたどたどしい言葉遣いに少しだけ、おさまった。
「怒っちゃだめ、パパ。ルディ兄さまは何も、してない。私が勝手に泣いただけ」
「そ、そうか」
パウロは決まりが悪そうにうなじを掻いた。
「オーフェ〜、ルーディー、ついでにパウロー、お茶が入ったよ〜。おやつにしよっかー」
ゼニスが木陰から大きな声で呼んでいる。ついで扱いされたパウロは少しばかり不服そうだが、私はすっかり泣き止んでルディの手を握った。
「ルディ兄さま、行こう!」
ストックがあるうちはテンポよく更新していく予定です(未定)。