昨夜は家についたときにはすっかり夢の中で、朝起きてからパウロ・ゼニスと話をした。送ってくれたソマルのお兄さんが事情を話してくれたらしく怒られはしなかったが、あまり迷惑をかけないようにと注意はされた。うん、流石に寝ちゃったのは反省してる。起こさずに運んでくれたソマルのお兄さんは紳士的で優しいね。甘えてられないけど。中身二十歳の成人した女性なのに、小学生に背負われて帰るってちょっと……。気をつけよう、ホント。
実は昨日のうちに家庭教師の人が決まった連絡が入ったらしく、今日にも来るらしい。ご飯の時に言おうとしていたのに私が寝ていたから言えなかった、とゼニスにつつかれた。
「ルディはどんな先生が来ると思う?」
朝ごはんが終わり、いつものように本を広げているルーデウスの隣に座る。流石にもう書斎じゃない。リビングだ。
「父さまが言ってたけど、こういう田舎に家庭教師に来る人は冒険者を引退した人が多いんだって。だからおじいちゃんかおばあちゃんだと思うよ」
ふむふむ。なるほど。
全然関係ないがこの頃ルーデウスはパウロやゼニスに対して敬語を使うようになった。私もしたほうがいいんだろうか? 家族でそれはちょっと仰々しいかな、とも思うんだけどな。貴族でもあるまいし。
まあそれは置いといて、引退した冒険者か。年をとってるってのも考えられるし、怪我して活動が出来なくなった、みたいなのもあるだろう。リーリャみたいに。彼女は冒険者ではないけど。
若さは期待しないほうがいい、ってことかな。
竃にかけておいたやかんが沸いてリーリャが慌てて駆けて行った時。ドアノッカーの音が玄関からした。近所のおじさんが鳴らす時より幾分か小さい。
「先生かなっ」
ルーデウスと私は同時に椅子から滑り降りた。……まだすんなりと椅子から立てるような身長じゃないのだ。
玄関にたどり着き家族四人が揃ったところで扉を開ける。
なんということでしょう。老人かと予想されていた人物は、しなやかな体躯と張りのある肌、鮮やかな青い髪の持ち主。小柄な身長を帽子で傘増しするいじらしさ。これが老人に見えましょうや。
「ロキシーです。よろしくお願いします」
魔法少女然とした華奢な魔術師ロキシーはとんがり帽子に手をやって少しつばをあげて見せた。
中学生くらいだ。相当若い。引退した冒険者という話はどこへ行った。そもそも予想だったね。
パウロとゼニスも驚いているようでぽかんとしたまま動かない。ルーデウスはなんだかウキウキしているようだ。そりゃそうか。おじいさんに教わるより美少女に教わったほうがテンションは高いわな。あれだ、説教の講師は顔よき、だ。
「先生ってちっちゃいんですね」
「あなたに言われたくありません」
ルーデウスが沈黙を破って言葉を発したが一刀両断される。仕方なし、我らはより小さい。
ロキシーは溜め息を一つついた。
「それで、私の生徒はどちらでしょう」
周囲を見渡すロキシー。私たちのことは眼中にないようだ。三歳児だもんね。高等教育と思えば、考え及ばないのも当然か。
「あ、それはこの子達です」
私たちの肩を抱いていたゼニスによってずいと前に押される。
「ルーデウスです、ルディって呼んでください」
ルーデウスはウインクと舌ペロでキャピキャピ感を演出。効果音が必要かな、キャピッ。
「オフェーリアと申します。オーフェと呼んでください。よろしくお願いします」
お上品に微笑んで大好評のカーテシーもどきを。今日もスカートだからね、綺麗に見えるはずさ。
ロキシーは一瞬固まったのち、鼻で笑いつつ本日二度目のため息をこぼした。
「いるんですよね。うちの子天才、とかって張り切っちゃう親って」
呟いたおつもりかもしれませんが、バッチリ聞こえてますよ。音量調節しっかりして! そんなに否定はしませんがね、それ聞いて気分のいい当人はいないと思います。
「何か」
ほら、ゼニスの声、割と冷たくなってるからっ。
「いえ。……まあいいでしょう。やれるだけやってみますが、こんな小さい子に魔術の理論が理解できるとは思いませんけど」
「大丈夫よ。うちの子は優秀なんだから」
ロキシーは再度深い深い溜め息をついた。呆れていらっしゃる。諦めていらっしゃる。そんな時には天使の微笑み! 全てのことを有耶無耶にする天使の微笑みさ。
「ではルディ、オーフェ。早速あなたたちのお手並み拝見いたします」
中庭に来た。本当は外に出ようとしたロキシーを必死にルーデウスが説得した結果である。
「まずはお手本です。汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」
詠唱とともにバスケットボールサイズの水玉が現れ、時速百キロくらい(体感のため保証無し)の速度でゼニスのお気に入りの木の枝に体当たりする。水球と枝、勝者は水球。立派な枝は無残にも地に落ちた。その後に追従した木の葉がなんとも切ない。
「どうですか」
「あの、その木は、母さまの木で」
しどろもどろになった私の代わりにルーデウスがスラスラとその木が母ゼニスの大事な木であり、傷をつけると烈火のごとく怒るだろうということを説明した。
悲しきかな。前世からのサガにより先生と言うものに意見することは苦手なのだ。先生は神様です。そう教えられて育ち、反抗するものでなく、礼を尽くすものであると刷り込まれている。異議を申し立てたり、親しげに話す人を見ては羨ましく見ていたものだ。
ロキシーは赤くなったり青くなったりしながら大慌てで木の枝を拾い上げヒーリングをかけた。その間、一度手を滑らして頭に落としていたのは見なかったことにしよう。あ、だめだ。頭さすってる。
「ではルディから、やってみてください」
治った木に向かってルーデウスが水球を放つ。詠唱は途中で噛んで、端折った。流石に木に当てるのはまずかろうとぶつかる直前で起動をそらしたのも得点が高い。
ロキシーは目を見開く。
「い、今のどうやったんですか。詠唱省略に起動調節⁉︎」
「え、いつもは詠唱しないんですけど、先生はできないんですか」
とぼけたように言うルーデウス。本で読んだから、一般的でないってのは知ってるのに。
「よ、よく分かりました。合格です。では次オーフェ」
頷いて構える。詠唱せずにいこう。読みながらでなくあれを言うには八割噛むから。
「
飛ばすだけだとルーデウスと一緒だから変化をつけよう。木の直前で急上昇させて、回転をかけ、最後は花火のように。手で操作しているため手元を見れば次の動作が丸わかりだ。できる限り小さくしてるんだけどな、動き。
ロキシーの視線は水が散った位置と私とを三度ほど行き来して、最終的に私で止まった。そして詰め寄る。
「さっきのはなんですか。いつもああなんですか。それとも意図して?」
剣幕が怖い。顔近すぎじゃないだろうか。
「い、意図して……。いつもはああじゃないです」
ついつい俯いてしまう。流石に涙までは出ない。美少女だから。
「これは鍛え甲斐がありそうですね」
手を顎に持って行ってしたり顔のロキシー。
ご期待に添えると良いですね。
弾切れなので、弾込めしてきますね(ストックが切れたので、書いてきます)。