ここ二ヶ月雨が降っていない。村の道や田畑に亀裂が入ってきて、作物も随分と元気が無く、枯れが来ている。特に家の花壇は散々たるもので、毎日水魔法で水をやっているが、焼け石に水か、魔術で作られた水は効果が薄いのか、順調に干からびてしまっている。空気も乾燥していて、呼吸するだけで水分が持っていかれる感覚に苛まれていた。
魔術を使えるものが四人もいるうちでさえこうなのだ。ソマルや他の子の家はどうなっているだろう。
絶えない水不足のせいで人々の気が立ち、こんな辺境の村なのに治安が悪くなり、この頃パウロやゼニスは家から出してくれなくなった。それ故に、窓から見える情報以外に得られる収穫はない。
朝から魔術で水を生み出し甕に溜め続け、ただひたすらに窓の外を見ていた私の耳朶に先生の高い声が引っかかった。
「パウロさん、雨を降らせようと思います。水聖級魔術なので魔力の消費が大きく、成功も五分五分なので言いだせませんでしたが、もう楽観視はできないでしょう。十分に雨を降らせたのち私は魔力枯渇で倒れると思われるので、回収をお願いできますか」
水聖級。それはロキシーが使える魔術の内、最上級の魔術だ。雨を降らす事なら大きな水玉を作って散らせば私にもできるが、雨雲を呼ぶことはできない。作ることはできるが。小さい水の粒の集まりが雲だ。できることはできるが、私には維持ができない。
「先生、私も連れて行ってください」
是非とも未知の技術を見てみたかった。
好奇心いっぱいの私の目に先生は呆れたように溜息をつき、パウロはこめかみを抑えた。
「仕方がありませんね、いいでしょう。いいですよね?」
「わかった。大人しくしているんだぞ」
私の頭を撫でたパウロの手はいつも通り大きく、それでいてかさかさとしていた。
カラヴァッジョに乗って村の中心まで行く。前から順にロキシー、私、パウロの順だ。私が小さいので落ちないためのサンドである。
この季節青々としているはずの草原も、畑も、何もかもがすっかり色を失い、風に揺られて乾いた音を鳴らすのみ。地の皹は家から見て想像していたより深く広く広がっていた。天から注ぐ太陽は地を焦がし、なんの恵みももたらさない。
「あの木のところで降ろしてください」
何時ぞや家族でピクニックに来た木を先生は指差した。
私はハッとした。落ち込んでいる場合ではない。今から水聖級の魔術が見られるのである。
カラヴァッジョに揺られて木の根元まできて、先生は馬の背からにじり降りた。スムーズに降りるにはいささか背が足りないからだ。パウロは音もなく降りた後、私を持ち上げて降ろした。いささかも何も背が足りなすぎるからである。
先生は私とパウロに下がっているように指示して、一人木陰の下から出た。灼熱の陽射しが先生の影を強く地に縫い止める。先生は小柄な背丈よりも大きな杖を掲げた。
「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ! 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ! 神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ! ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!
黒くとぐろを巻く雲が上空に集まり、ややあって桶をひっくり返したかのような雨がひび割れた地を濡らした。
いつのまにか私を引き止めていたパウロの手も緩み、私はフラフラと木陰から出た。
小さな腕を上げ続け、魔力を注ぎ続ける先生の隣に私は立った。
杖はないので手だけを上げる。
「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ! 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ! 神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ! ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!
声だけ響くばかりで何も起こらない。そう思った矢先急激に魔力を持っていかれた。反動で身体すらも引っ張られそうなほどに。
「オーフェっ」
パウロが走ってきて手から引きずられ空に吸い込まれそうな私を抱きかかえた。
「魔力を注ぎ込みすぎです! これ以上やったらどうなるか……」
先生は手を上げたままこちらを向いた。必死な表情である。
突如空が割れた。否それほどまでに大きな雷が落ちた。と同時に轟音を叫ぶ。乾いた大樹がへし折れるような音だった。
モウモウと煙を立ててつい先ほどまで雨宿りをしていた木は煙を立てていた。幸い濡れ木であったから炎は出ていない。カラヴァッジョも危機を察したようでこちらに逃げてきていた。
次いで先ほどまでの雨すら生ぬるいと思えるほどの土砂降りの雨。一粒一粒が大きく、当たると痛く、そも粒すら見えぬ。一寸先も見えず、目も開けられない。
なにやら先生が言っているように思えたが聞こえなかった。