「今日は卒業試験を行います。これで私の教えられることは最後ですので」
いつも通りの庭で待ち受けていた先生の言った言葉に、私もルディも昨日先生にもらったばかりの杖を固く握り締めた。
「村の外で行いますので、馬に乗ってください」
うちに馬は一頭しかいないから三人乗りすることになるのだろうか。それはいくらそのうち二人が幼児で最後の一人が小柄であっても。寧ろ最後の一人が小柄だからこそ不安定なのではないか?
私が馬のことを思案している最中、ふと隣を向けばルディが真っ青な顔をしていた。さながらねずみを見た某たぬきのロボットのように。
それが外に出ることを忌避しているのだと私にはすぐ察しがついた。
今まで自分の意思では外に出たことのないルディ。私が誘っても終ぞ出たことはなかった。いつだったか、私に漏らしたことがある。一歩でも柵を越えて外へ出たら今の生活が全て夢と消えて前世に戻ってしまうのではないか、と。
その時ルディは全身に鳥肌を立てていた。一歳にならずやの時に家族全員でピクニックに出かけたが、彼は行きと帰りはどちらも寝ていたため、外に出たという感覚が小さかったのだろう。
「に、庭ではダメですか」
「ダメです」
震える声での提案もすげなく却下され、ルディは今にも崩れ落ちそうだ。そうこうするうちにひょいと先生がルディを抱き上げてしまった。お尻ばかりで見えないがルディ絶望のほどやいかに。
「オーフェも行きますよ」
開けた扉を進んでいく先生に私はついていった。
カラヴァッジョを前にしてまず先生はルディを乗っけた。次に私の脇の下に手を差し込みかけて思案を始める。先生もバランスが悪いことに気がついたらしい。先生がせめてゼニスくらいに大きかったら大丈夫だったのだが、いかんせん事実はそう甘くない。前に二人乗ると多分先生は手綱に手が届かないのだ。
「私、身体強化使えるので走っていきます」
私は手を上げて宣誓のように言った。先生は常ジト目の目を見開いてまん丸にした。
「それは…………」
「疲れませんし、私の方が早く着くかもしれませんよ。どこまでいきますか?」
私は速い。この頃駆けっこでパウロをも抜かした。小柄なのが有利という点ももちろんあるが。身体強化とは素晴らしいものなのだ。
先生は地図を持ってきて広げ、一つの木を指差した。それは在りし日ピクニックに行き、去年先生の水聖級魔術をみたところだ。
「了解です! 先に行ってますね」
私は疾風の如く走り出した。
【ロキシーsay】
突風にでも飛ばされるように走り去っていった、一人の弟子を見てロキシーは呆然としていた。走っていった根拠として彼女が先ほどまで立っていたところの土はえぐれ、庭木は心なしか葉が減っている。カラヴァッジョは本能的に恐怖を抱いたようで、若干涙ぐんでいるように見えた。
「せ、先生…………?」
遠慮がちなもう一人の弟子の声を聞いて、やっとロキシーは我に返った。魔術の試験をするのだ。しっかりしなくては。
「では、行きましょう。しっかりとカラヴァッジョに捕まっていてくださいね」
道中もう一人の弟子は草花のことや村のことを仕切りに訊いてきた。初めて見るものでもなかろうになんて思ったがすぐに思い返した。彼は外に出たことがなかったのだ。馬ではなく、外を怖がっていたのだと察したが彼のプライドのために黙っていることにした。
「ではお手本を見せます。……雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ! 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ! ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ! キュムロニンバス!」
小高い丘の頂上の大きな木の下に着くと、先に涼しい顔で到着していた弟子と合流した。
彼女は去年荒削りながらもこの術を成功させている。ロキシーの術式に上乗せする形でも、書き換えられた感触がロキシーにはあった。あの魔力量はどこから出てきているのだろうか。まだ5歳なのに。もう一人の弟子も魔力量は桁が違う。ロキシーが日に十しかできないことを彼らは日に百、二百、ともすれば千をもこなしてしまう。優秀なのは嬉しいことすれ、妬みはしないが、どこか奇妙な想いも抱いているのである。
詠唱が終われば大粒の雨が一粒ニ粒と空から落ちいたり、ややあって豪雨となった。維持する必要はないのですぐに散らす。
まずやったルディは普通通り術を展開したのち、ずっと制御していなくとも維持できるように工夫を施した。次のオーフェは初めからそうした。
もちろん二人とも合格だ。
だがしかし、何か心に靄があるのである。
それを嫉妬と呼べばそれまでだが、もっと複雑な、入り組んだ感情があるように思えて仕方がなかった。
土日はお休みします。