「リーリャ! オーフェが、オーフェがっ」
齢二つのルーデウスがリーリャの名を叫びながら走ってきた。まだ頭が重いようでふらつき、転び。されどもリーリャの方へまっすぐ駆けてきた。
「どうなされましたか?」
しゃがみこんで視線を合わせるリーリャ。ルーデウスは息が切れていたのと動転していたのとでうまく言葉が紡げなかったのであろう、途切れ途切れに言った。
「オーフェが、オーフェが……倒れて、真っ青で」
オフェーリアは昨日も倒れていた。オフェーリアは身体が強くないようで、リーリャはいくらか心配している。
「わかりました、どこですか」
どこですか、も何もいつも彼らが書斎に籠っていることは周知の事実だけれど。
案の定、書斎でひっくり返っているオフェーリアと合間見えた。肌は土気色で唇が青い。昨日とは違い震えてはいないが、瞼を開けたまま焦点の合わない目で空を見ていた。
息はしていたので、体温を上げるのが先決だと思い、服を脱がせ、暖炉のある部屋へ運ぶ。ルーデウスに毛布を持ってくるようお願いするのは忘れずに。
パチパチと爆ぜる薪の火に照らせれてオフェーリアの髪は赤く輝く。暖炉のすぐそばに置かれた長椅子に横たえたオフェーリアは幾分かマシな顔色になってきた。
「オーフェ、大丈夫?」
ルーデウスがリーリャの裾を掴み心配そうな目で見上げる。その目に、リーリャはなぜこの子供をきみ悪がっていたのかと、自分でも不思議に思った。
(小さくても、しっかりお兄様なのですね)
リーリャはルーデウスの頭に手を乗せた。
「ええ、すぐに良くなられます。……それにしても、お二人で何をなされていたのです? あの部屋には水などおいていなかったはずですが」
本が五冊しかなくとも書斎は書斎。水気は厳禁である。メイドであるリーリャはそのようなところに水を置いた覚えなど当然のごとくなかった。
「……えっと、その……魔術の、練習を……」
二歳の子供が、教えられてもいない文字を読み、あまつさえ理解し、魔術の行使をしたという。どだい信じられる話ではなかった。しかし、二歳児があの量の水を井戸からくみ、運ぶという方がありえない。魔法を使ったと考える方が自然なのである。
「そう、ですか。ではこの症状は魔力枯渇ですね。しっかり休めばすぐ治ります」
「ごめん、なさいっ、そしてできれば父さまたちには言わないでくださいっ」
ルーデウスが頭を打ち付けん勢いで頭を下げた。
「何に対する謝罪ですか?」
リーリャは本気でわからなかった。だが、時は日暮れ間近。部屋は刻々と暗くなっていき、灯をまだ入れていないこの部屋は、リーリャの目の前にある暖炉の明かりのみが光源である。その火がリーリャの眼鏡に反射して、ルーデウスにはリーリャが凄んでいるようにしか見えなかった。曰く、自分が何をしたのかはっきりとおっしゃいなさい、と。
「オーフェに無理させて、昨日も今日も倒れさせちゃって、」
「ルーデウス坊っちゃまが気になさることではありません。魔術の練習始めとはそのようなものです。まだ限界がわからないのですから。なん度も繰り返して己の限界値を探っていくものなのですよ。誰しもが通る道です」
リーリャは遠くを見た。自分も魔法が使えないものか、と試行錯誤した時があった。結局魔力はほとんどなく、ごく小さな火球を生み出すだけで倒れてしまったのだが。
リーリャが想いを馳せる最中、ルーデウスはまるで酒豪のようないいっぷりだ、と思っていた。
「ともかく、私に謝罪などいりません。まあ、今度から書斎ではやめていただけるとありがたいですが」
「わかった。約束する」
ルーデウスははち切れんばかりの笑顔で頷いた。
オフェーリアの体温が上がってきたので、寝室に移動させた。どうにも風邪を引いたようで、体温が戻っただけでなく熱が出たようだ。顔の紅さがそれを物語っている。額を冷やすものを、とベッドの傍から立とうとすると、何かが引っかかった。突っ張る服を見れば、小さな手がそれをつかんでいる。
「り、りゃ。ありがとね」
熱で浮かされた譫言のように。オフェーリアはそう言った後、夢の波に飲まれていった。
「オフェーリアお嬢さま、良い夢を」
ずり落ちた布団をまた胸元まで掛けて、優しく二回オフェーリアのお腹をとんとんして、リーリャは冷やすものを階下に取りにいった。