パウロの子供達は優秀である。天才といっても差し支えない。
パウロは熱が下がり穏やかな表情で眠るオフェーリアの枕元で腕を組み難しい顔をしていた。
オフェーリアもその天才の一人。まだ二歳だと言うのに、達者に喋り、文字らしきものを書く。毎日、ルーデウスと共に本を読んでいるようだ、とリーリャが言っていた。文字を解しているのだ。
教えてもいない、文字を。
パウロはまず畏怖した。しかし、二人とも自分によく似たそっくりの我が子である。疎むことなど到底できなかった。
時によくわからない羅列を書いているようだが、それは子供らしい落書きなのだろう。
「天才、か」
このまま順調にいけばオフェーリアには魔術を、ルーデウスには剣を教えることになるだろう。だがパウロには天才の親になる覚悟ができていなかった。賢すぎる我が子たちを相手に、自分が嫉妬せずにいられるか。尊敬される親であり続けられるのか。そもそも尊敬されるのか。二十歳過ぎればただの人、と言うが、今のパウロと同じ程の年にならねばただ人にならないのであれば、その時にはすでに親元にはいないだろう。パウロとて十二の時に家を出たのである。
二歳児相手に何を、と思われるかもしれない。文字を理解している、というのもガセだと、そう思われたとてその方が自然だ。だがパウロは聞いてしまったのだ。本の内容を音読する子供達の声を。その一節はあまり読書家でないパウロが数少なく読み、そして好きになった本の冒頭のものだった。そして、二人が何やら高度なことを話しているのも聞いた。まだベビーベッドに寝かせていた頃のことである。
『だから、ルディ兄さま、さんとあるかりは水に溶けてすいそいおんを出す出さないって言うブレンステッド・ローリーの定義か、もしくはすいそいおんを出すかすいさんかぶついおんを出すかって言うアーレニウスの定義で定義されててね、』
パウロには理解できなかった。適当な空想のお話かもしれないが、作り話にしたって理智の輝きが過ぎる。何と言っても二歳児だ。しかもその当時は一歳児。赤ん坊の成長を他では見たことのないパウロだが、これが異常だと言うことはわかる。これが普通だったらどんな大人が世界にごろごろ転がっていることか。
パウロはひとつ、深いため息をついた。
「ぱぱ〜、だいすき」
オフェーリアが寝返りをうち、いつのまにかこちらを向いていた。にへらと笑った顔がとろけるように可愛くて、パウロは思わず破顔した。
「ま、なるようにしかならないか」
オフェーリアの額に一つキスをして、パウロは寝室に向かった。