有職転生〜頑張るのも疲れました〜   作:高橋 葵

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お出かけpart1

 

 

今日は稀に見る快晴。そして母ゼニスのお休みの日。これはお出かけするっきゃないじゃない!

 

「ママ! お外行こう!」

 

ゼニスの服の裾をこれでもかと引っ張り、座り込み、上目遣いの潤み上乗せ、おねだりアヒル口の課金付き。これで心動かない大人はいまい。現にゼニスの口元はにやけそうになる唇を理性が押そうとしていて、インスタントラーメンのような波打ち具合である。

 

「ね? いいでしょ」

「う、」

 

葛藤と苦悩の表情だ。きっとゼニスの中で今天秤は大きく揺れているに違いない。

 

さあ、あと一手。

 

私はゼニスの足に抱きついた。

 

「行ってらしたら良いではありませんか、奥様。特に今日のご予定はないのですし」

 

よし、良い援護だリーリャ。

 

「でも、今日は布団を干す予定だったでしょ。あなた一人じゃ無理だわ」

 

ゼニスはリーリャの足を見る。そうか、お布団か。たしかにリーリャは足が悪いし、二階の寝室から重たい寝具を持って下まで降りて、干して、日が暮れる前にはしまって。なんて言うのは難しいかもしれない。

 

自分の気分の落下とともに眉尻もウニョっと下がった。それに合わせてゼニスの眉も下がる。

 

「遊び、行きたいわよね。……いつも連れてってあげられないし、一人で遊びに出せるほど大きいわけじゃないし」

 

ゼニスが私の視線と同じ高さにしゃがんだ。

 

「お布団干し終わるまで待てる? 干し終わったら行こう」

「うんっ」

 

お外だ! およそ一年以上ぶりの。

 

 

 

「ルーデー兄さまー、お外いこー」

 

書斎の戸を押して叫ぶ。ありゃ、この扉重すぎない? いつもこんなだったけ。

 

「い、や、だ」

 

ルーデウスの声が思ったより近くから聞こえた。ルーデウスが扉を押し返して開けないようにしているのだ。

 

「もー、開けてよッ。なんでお外行かないの」

「怖い、からだっ」

 

外が怖い。

 

はたと思い当たった。私の力が緩むなり扉は壊れんばかりの音を立てて閉まる。私はそれ以上扉を開けることができなかった。

去年外に出た時はルーデウスは眠っていた。起きてからもひどく怯えていた。ルーデウスの前世について少ししか聞いていないが、言っていた。あの事故の日、彼が家から出たのは二十年以上ぶりだったらしい。その日彼は大事なものを壊され、家族と縁を切られ、着の身着のまま外に放り出されたと。外が怖くなっても仕方がないのかもしれない。

 

扉の向こうからぴきりと音がした。そこはかとない冷気が扉と床の隙間から這ってくる。ルーデウスは扉を凍りつかせたようだ。

 

「わかったよ、ルディ兄さま。ママに言ってくる。お出かけは中止」

「ま、まてよ。何も止める事はないだろ。俺だけ置いていけばいい。お留守番だ、留守番。楽しんでおいでよ」

 

ルーデウスの声は焦っていた。

確かに、自分の言ったことで相手が折れすぎてしまうとちょっと気分がよろしくない時もある。これはその例に当てはまる。

 

「わかった、ルディ兄さま。楽しんでくるね」

 

ドアノブに手をかける。今度はすんなりと開いた。ルーデウスは立っていた。決まりの悪そうな笑みを浮かべて。

 

「行ってきます!」

「……行ってらっしゃい」

 

 

 

「ママー、ルーデー行かないって。二人でいこー」

 

どこまでも青い遮る物のない空の下。布団とシーツとシャツとタオルとその他諸々が仲良く風に吹かれ、石鹸の香りで満ちた庭で、洗濯物を干し終えたゼニスに私は芝生に座り込んで言った。

 

「そっかぁ。じゃあ二人でいこっか。リーリャ、ルディのこと任せてもいい?」

「もちろんです、奥様」

 

桶を持ったリーリャは家に入ろうとしていた足を止めてこちらに向き直った。相変わらず律儀なことで。

 

「ちょっと着替えるから待ってってね、すぐ済ませるから」

 

ゼニスはそう言い残して足早に家に入っていった。

 

 

 

ものの五分もせずにゼニスは戻ってきた。髪を下ろして帽子をかぶっている。服はエプロンを外したくらいでそう変わっていない。

 

ん? 私の格好はって? ゼニスとパウロそしてリーリャ曰くルーデウスと瓜二つの顔に同じ色の肩で切りそろえた髪、今着ているのはアリスみたいなエプロンドレス。ゼニスに帽子をかぶせられて、ちょっとしたお嬢様だ。

 

「さ、行こう行こう」

 

手を引かれてゼニスと歩く。多少身長差に難があるため、ゼニスにとっても私にとっても辛い体制だ。駄菓子菓子、おっと違った。

だがしかし、初めて歩く街だ。

自分の足で。

生まれて初めて。

 

「らららーらーらーららーらー」

 

つい歌ってしまうではないか。心が浮き足立ってふわふわして、ちょっと気持ちが悪いぐらい気分が高揚しているのだ。

 

「いいね、母さまも歌おっかな」

 

ゼニスはこの世界の童謡を歌った。よく子守唄に歌ってくれるやつだ。私も知ってる。一緒に歌いながら繋いでる手をブンブン振った。これいいな。親子って感じがする。

“私”も小さい頃はよく右手はお父さんと左手はお母さんと繋いで、たまにグイッと持ち上げられたりして歩いたものだ。あの浮遊感は大好きだった。大きくなるに連れて手を繋がなくなって、小学校に入ってお父さんが死んでからはもう全く手をつなぐ事はなくなってしまったのだけれど。

 

「あら、ゼニスさん。良いお天気ね」

 

向かってくる人にゼニスは声をかけられた。歌の最後の音が恥ずかしそうに掠れた。ゼニスを見上げれば顎裏まで真っ赤だ。顎裏しか見えない、が正解だけれども。

 

「え、ええ、良いお天気ですね」

「お子さん? 可愛らしいわね」

 

どうやら知り合いのおばさんらしい。まあ、ここ割と田舎みたいだし、知らない人がいる方が珍しいか。

 

「はじめまして、娘のオフェーリアです」

 

カーテシーの正しいやり方は知らないけど、ニュースで見てた天皇家ご夫妻とかのを真似して。片足を後ろに下げ、ちょこんとスカートの恥をつまんで挨拶をする。

 

「まあぁあ! とっても礼儀正しい娘さんね。おいくつ?」

「二歳になりました」

 

愛嬌も振りまいておく。人間第一印象が命だからね。ご近所づきあいも笑顔から。これ鉄則。

 

「うちのソマルと同い年⁉︎ え、うちの子とぜひ仲良くしてやってね」

 

おばさんの目が見開かれたのち、そのまん丸な目には是が非でもうちの子の嫁に、と書かれているような形相で。うわぁ、何年先の皮算用だろう。

 

「ゼニスさん、今度子供たちも連れて一緒にお食事でもしましょうね。ではまた」

 

慌ただしい人だった。ゼニスもだいぶポカンとしている。過ぎ去った後は遠くのあぜ道に子供の列が見えるばかりで、転々とした家々と広大な農地、私たちのいる道には見える範囲では人っ子一人いない。

 

「ねえ、オーフェ。さっきのお辞儀、誰に教えてもらったの?」

 

おおっと、第1ラウンドが終わったと思ったら早くも第2ラウンドか。

第2ラウンド〜オフェーリアvs母の疑い〜

けたたましくゴングが鳴り響くーー。なんて、冗談は置いておいて。

 

「リーリャのね、お辞儀綺麗だからね、真似したの。ダメだった?」

 

首をコテっと傾けて、疑問のポーズ。ゼニスは慌てたように顔の前で手を違うと振り回した。

 

「そんなわけないわ。とっても素敵なお辞儀だった。そうね、お姫様みたいだったわよ」

 

ゼニスは複雑そうな顔で私の頭を撫でる。私は話をそらすことにした。

 

「ねえ、ママ。あのおっきな、ぐるぐる回ってるやつ近くで見たい!」

「風車? いいね。いこっか」

 

ゼニスとのせっかくのお出かけを台無しにしたくないもんね。

 


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