翌日。パウロは木材を森から切り出してきて書斎とルーデウスの部屋の穴ふさぎを始めた。村の大工も一緒だ。
「んー、こりゃすごいな。何をどうやったらこんな大穴があくんだい」
「うちの娘と息子が一緒になって中級魔術をぶっ放したらしい」
「そりゃすげえや。流石騎士様のお子さんやなぁ」
二人で大口を開けて笑っている。
ううーむ、ゼニスから飲み物を届けて欲しいと盆を預かってきたもののなんかちょっと入りにくいぞ。
「でもなぁ、生き急いでるみたいで淋しいんだよ」
手もかからないし、甘えても来ない。文字も魔術も教わらずにできて、一つ一つ指折りながら嘆息するパウロ。
「もっとこう、頼られたい、っていうか父親らしいとこ見せたい、っていうか」
「そいつぁ世の父親の常ってもんですよ。なかなか、ねぇ。できるもんじゃなかとです」
金槌の音に混じりながら父親の本音吐露大会が催されているようだ。静かにここで聞いてようかな。パウロも気配に気づいていないみたいだし。
「とくに女の子の成長ってのはいっちょん早かですよー。もうあっという間。おとん大好き、って言っとたと思っとたら、すぐおとんの下着と一緒に洗わんで、とか近寄らんで、とか言い出すようになるっちゃけん。もう悲しかですよ。今が花さけねぇ」
思春期は子供にとっても素直になれない時期で辛いものだ。厨二のモンスターも暴れる。
「そうかぁ。今のうちか……」
パウロの声に力がなく、絞り出したような悲しみの声だ。大丈夫、パウロ。私は反抗期になんか屈さないから。ずっとパパ大好きっ子のままでいるから。あ、とそれはそれでアレかしら。
「息子さんの方はどうなんです。男の子ってのは割と女の子より手がかかるもんで。そりゃ病気じゃそりゃ怪我したそりゃなんだ、と。女の子は何考えてっか男親にはいっちゃんわからんばってん、男の子ならまだわかるばい。どうしとっとや」
なんとも方言がちな大工さんだ。敬語もところどころ外れがちらしい。まあパウロ相手だと緩んじゃうのもわかる。なんか柔和で打ち解けやすそうな顔してるもんね。軽そうだし。実際、ルーデウスにパウロが言ってた女性がらみの武勇伝を聞くに、これを軽いと言わずして何を言おうという感想しか抱かないのだ。貞操観念の低いちょっとアレなパパンだけど、結婚してからは一筋だから許してあげるわ。
「ルディなぁ。ルディもルディで生き急いでんだよなあ。これぞ俺の息子、みたいなとこも多いんだけどさ、こう自分とは違う頭の良さっていうか賢く生きてんなーってたまに思ってよ」
扉の隅から漏れる光が少し暗くなった。多少壁が塞がれてきたらしい。
「賢い子どもってのは羨ましい限りや。できのいい子供が二人に美人の嫁さんがいて、立派に稼いででかい家もあって、もう人生悔いなしやろ」
「いや、悔いはあるぞ。いっぱいある。それに子供達の成長も見たいし、まだ子供欲しい」
あらあら兄弟増えるようだ。沢山兄弟っていいよね。前世は一人っ子だったから憧れてた。周りにも二人は多かったけどそれ以上は少なかったな。子供ってお金かかるからね。たまに十人兄弟なんて猛者もいたけど。
「いいねぇ。夢があるってのは。俺もなんか夢が必要なんやろか。こう、でっかい建造物作る、とか娘が結婚するの見たい、とか」
「結婚…………俺を倒した奴にしかオーフェはやらん!」
ザ・お父さんの台詞、不動のナンバーワンに輝いているであろう、名台詞だ。前世の父のは聞けなかったな。私結婚してないし。交際してないし。そもそもお父さん死んだ時小学生。
「暑いねぇ。小さいうちはそういうもんやけん。だいぶ大きくなってくるとな、コイツはあといつまでうちにおるんやろうか、俺はいつまで生きとるんやろうか、って心配になってなぁ」
「……そういうもんか」
金槌の音ばかりになって会話は途切れた。だが余計入りにくかった。なんか、こうアウェー感? 高速道路に途中から入るみたいな度胸が必要。ちょっとひよこちゃんハートには難しいみたい。
どれくらいの時間がすぎたか。廊下に面する窓の日差しはもう橙色を含み、自分の影が長い。随分と扉の前にいたようだ。
「お、パウロの旦那。今日はあとこれをとりつければ終わりやけん。ちょちょっとつけとってーや」
「明日、外壁を塗り固めて窓枠をはめればもう完成やけん。次は壊さんときよ」
作業は終えて撤収作業に入ったようだ。これぞ私の待ち望んでいた格好の好機。何刻も閉めたままで手を伸ばせなかった扉をゆっくりと開けていく。魔術で冷やしたから飲み物はぬるまっていない。たったいま頼まれて持ってきましたという体が難なく取れるであろう。
「お茶持ってきましたー。ありがとうございます、壁塞いでいただいて」
いっそ白々しい程の笑顔で戸を開けた。パウロが気がついていたら恥ずかしいね。
壁は木組みがされて、格子状に外側の薄い板が見える。おそらくこれに外側内側と両面に漆喰等を塗り完成、というところだろう。
「ありがとなぁ〜。えらいな、こんなちっちゃいのにもうちゃんとお手伝いでけて」
大工のおじさんに頭を撫でられる。パウロの手とはまた違う、職人の手だった。
「自慢の娘だ。やらないからな」
私の盆からお茶を取ってパウロが私を大工のおじさんから引き離す。お茶をこぼさないところがさすがというか、なんというか。こらこら失礼でしょ、って言いたいけど言わないほうがいいんだろうな。
「それにしてもすごいな、こんな可愛いらしい子があげなでっかい穴開けるとは」
「魔術ですから」
ほほほと笑っておこう。それにしても木屑が多い。鼻がムズムズする。洗浄したいな。それより先に壁直しきったほうがいいか。魔法使えばすぐだもんね。明日も時間使わせるのは申し訳ないし。
「ねえ、父さま。壁の仕上げ私がしてもいい?」
パウロは少し困り顔になった。
「明日手伝いたいってことか? まだ手が小さいから難しいと思うぞ」
「そうじゃなくてね、魔術で、今、仕上げようと思うんだけど」
より渋面になるパウロ。そりゃそうか。穴開けた張本人だもの。そもそも制御できてるのか不安だろう。
「大丈夫。ほら見て」
中級魔術が昨日初めてで暴走しちゃっただけで、初級のとかだったら応用で自由自在なのだ。
手をお椀の形にして魔力を流す。使うのは土魔術だ。次の瞬間手に現れる一つの土の塊。それを引き延ばして、広げて、均一の厚さにして。一枚の岩の板を作り、パウロの手に置いた。A4サイズ程度の石板だ。
パウロは目を見開き、次いで何度も瞬きをした。信じられないようだ。
「これは、すごいな……。詠唱はどうしたんだ。父さんには聞こえなかったぞ。こんな魔術があるとは聞いたこともないし」
「詠唱はしてないから聴こえて無くて当然だよ。思い当たらないのは、これが岩弾のアレンジだからだね」
パウロは絶句し、大工のおじさんの目が光った。
「是非とも、やってみな。そしてうまくできたら、おじさんと一緒に大工にならないか」
後半は冗談のようでガハガハと豪快に笑いながら大工のおじさんは言った。
ではやろうではないか。失敗はできない、と思うと失敗するから身構えないことにする。外側の壁は隣の無事な壁の厚さに合わせて。内側は窓枠より厚くならないように。色は白。中は特にすべすべに。壁紙がゴツゴツにならないようにしないとね。
「いきます」
誰かの唾を飲み込む音がした。緊張が走る。あっと気負わないんだった。深呼吸深呼吸。
手に魔力を流して、まずは内側から作っていく。ペースト状にゆっくりと下から。板を破かないように。できる端から固まっていくのが魔力のいいところ。これで垂れることもない。
窓縁の下まで固め終わった。一旦手を止めて額の汗を拭う。
「大丈夫か。魔力は足りるか?」
パウロの飲みかけのお茶を差し出されるが断った。魔力は全然大丈夫だ。ノープロブレム。
「余裕だよー」
外側も作り終え、本当に使用に耐えうるか、空洞ができていないか大工のおじさんが点検をしている。あちこちノックしてみたりして。幸い空洞はなく、全く心配なしに使えるとのこと。色もこだわったから隣の壁とのつなぎ目感なしだね。やったね。
「こりゃ、うちの人材に欲しいねぇ。嬢ちゃん、うちで働かないかい」
先ほどの冗談とは打って変わって真面目な顔だ。三歳児相手なのに。
「今度から魔法と剣を習うので無理です」
無邪気なふりをして一刀両断。後腐れなく言っておいたほうがこういうことは後々に良い。
「そっかぁ。そりゃ残念だ。気が変わったらいつでも言ってくれよ」
爽やかに手を振っておじさんは帰っていった。
大工のおじさんの方言が迷子なのは、私の方言がブレンド状態だからです……。はい。
博多弁で統一しようと思ったんですけどね……。母方の祖母の喋る関西弁が抜けませんで、こんな塩梅です。
今日でハーメルンを始めて一週間なのでやっと他小説に評価が送れるようになりました(ヒャッフウ)! いろんな方のところにお邪魔しますね!