有職転生〜頑張るのも疲れました〜   作:高橋 葵

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一人でお外行けるかな?

 

壁を直してから三日。まだ家庭教師は決まらないらしい。流石に片田舎で住み込み、教えるのは二人、だとちょっと尻込みしてしまうようだ。気長に待とう。

 

だからまだ暇なのだ。

 

パウロによる体力づくりは始まったがそれだけである。ということで、ちょっとお外に出て交友関係を広げてみたいなー、なんて。去年のお出かけ以来、何度かお買い物とか一緒に出たけれど、一度もこの村の子供と遊んでいない。同世代の友達は大事だ。社会というものは横と縦のつながりでできているから、横との繋がりを早く持つに越したことはない。

 

「ね、父さん母さん。今日遊びに行ってきていい?」

 

朝ごはんの最中、私はそう切り出した。パウロとゼニスの視線が私に集まる。

 

「いいぞ」

「いってらっしゃい」

 

思ったより簡単に許可が出て拍子抜けだ。え、いいの? って感じである。もっと反対されるかと思った。だってまだ三歳だよ。前世なら幼稚園にも入ったか入ってないか、って歳だよ。絶対許可出なさそうなのに。

 

そうだ。この世界には車がない。簡単に命を落とす交通事故がないのだ。そう、私みたいな事故運転手もいないしね。こんな片田舎だから馬車とかもさほど通らないのだろう。余所者が少なく、村人は皆顔見知り。ならば安全と判断しておかしくない。

 

「オーフェはある程度自衛もできるみたいだからな。人目のないところには行かないで、森にも近づくなよ」

「日が暮れる前には帰るのよ。帰ったら誰と遊んだか教えてね」

 

もちろんだ。前世も小学校のうちは過保護だったものだ。何処に行くか、誰と遊ぶか、いつ帰るか。全部言って行った。門限は五時で。

 

「うんっ。楽しんでくるね」

「ルディは? オーフェと一緒に行く?」

 

ゼニスがルーデウスに問いかけるが、ルーデウスは(かぶり)を振った。まだ彼は怖いのだ。外の世界が。彼を轢いた張本人である私は彼に強くいうことはできない。いつか彼が外に出られたらいい、とは思うが私に出来ることはないとも思っている。

 

「そうなのね。じゃあ、オーフェ気をつけてね」

「うん」

 

ソーセージにかぶりついた。皮がはじけて肉汁が口いっぱいに広がった。

 

 

 

【sayソマル】

 

「にい、何して遊ぶ?」

 

俺の兄はここら一帯の番長である。腕っぷしが強くて、背も高くて、自慢の兄だ。

俺は兄を見上げた。俺の身長の倍くらいある兄と視線を合わせるには顔を真上に傾けて、兄がこちらをみてくれなければならない。

 

「ん、ボールで遊ぶつもりだ。邪魔だからどっか行ってろ」

 

五歳上の兄なのだが、邪険にされることが多い。今日も今日とて肩を押されて転ばさせられた。俺だってボールで遊びたい。兄と一緒に遊びたい。

長い足でどんどん先を歩く兄を尻餅ついて恨めしげに睨んだ。

 

ベー、だ。今に身長も腕っぷしも追い越してやるからな。自慢の兄、なんてもう言ってやらないんだから。

 

なんて心の中で悪態を吐くと次第に鼻がツンとして涙が溢れてくる。

声すらも漏れそうになったその時、俺の肩を誰かの手が叩いた。母かと思って振り向く。

 

「なんだよ母ちゃん。泣いてなんかないもん」

「泣いてるじゃない」

 

そこにいたのは母ではなかった。

 

明るい茶色の髪。まん丸でクリッとした翠の目。愛らしい口元には小さな黒子。明らかに農民の子ではない綺麗な服を着た、俺と同い年くらいの女の子。

 

「ほら、これで鼻かんで。はいちーん」

 

何処から出したのかちり紙を鼻にあてがわれて、まるで母親にされるように鼻をかんでしまった。羞恥で耳まで熱くなった。

 

「お、おまえ、どこのどいつだよ」

 

つい口から出たのはお世辞にも良いとは言えない言葉。だけど女の子は笑った。俺には訳がわからなかった。

なんでこの女はヘラヘラ笑ってるんだ?

 

「私ね、オフェーリアっていうの。お父さんはこの村の騎士だよ。オーフェって呼んでね。あなたの名前は?」

「そ、ソマル」

 

オフェーリア。口の中で転がした。この名前は聞き覚えがある。母が何度も興奮気味に話していた女の子の名前だ。『とっても可愛くて、礼儀正しくて。ソマルと同い年だから、必ずやゲットしなさいよ。優しく紳士的に接するのよう。ああ、あの子がお嫁さんにきたらパウロさんとも距離が……あ、それは無理ね。でも絶対上手くやっていけると思う。あの子がソマルのお嫁になれば』とだてに何度何度も子守唄がわりに言われ続けた俺でない。あの母の言う通りのするのは癪だけど、このオフェーリアという少女は本当に可愛くて、触れられないような眩しさがあって、砂糖の蜜菓子のように甘そうだ。つまるところ、俺はこの時点でこの女に心奪われてしまったらしい。

 

 

 

大人数で遊んでみたいとオフェーリアがせがむので、怒られるかもしれないけど兄が遊んでいる野原へやって来た。兄は小さい餓鬼と一緒に遊びたくないわけではなくて、俺がいるのが嫌なのである。だから、今の原っぱにも三歳児もいるし、もっと小さな赤ん坊を背に背負って一緒に遊んでいる奴もいる。

 

「にい、俺も入れて。で、こいつも入れて」

「お前なんで来た。俺は来るなって言ったよな。……そいつは」

 

案の定兄は怒って俺の胸ぐらを掴む。俺は目を背けた。

 

「私はオフェーリアと申します。ソマルくんのお兄さん、ソマルくんと私を遊びに入れてくれませんか?」

 

俺の左隣からオフェーリアが進み出て一礼した。初めて見るお辞儀だった。そして今まで見たものの中で一番綺麗だった。

 

「ふうん、ソマルの未来のお嫁さんかあ。よかったなぁソマルゥ」

 

兄はこちらをおちょくっているようだ。俺が母に構われているのが気に入らないのだろう。オフェーリアがこの言葉に気を悪くしないかと表情を伺ってみると、一瞬驚いた顔になって次の瞬間クスリと笑った。不思議なくらい引き込まれる笑みで、兄が俺の胸ぐらを離して突き飛ばされても受け身が取れなかった。

 

 

 

【sayオフェーリア】

 

なんとか仲間に入れてもらった。頼み込んでやっとだった。ソマルのお兄さんはどうにもツンデレのようだ。『ま、まあどうしてもっていうんなら入れてやってもいいけどよ』頰を染めるタイミングといい、その台詞といい、素晴らしい原石ですね。

 

ボロ布を丸めてボールにしたものをおにが投げて逃げる人に当てておにを交代する、というゲームらしい。ボールは三つ。おには六人。子供は全部で大小二十人。同い年は三、四人ずつくらいかな。

 

ゴムじゃないからボールは跳ねないし柔らかくもない。当たると絶対痛い。跳ねないバスケットボールって感じな気がする。

 

「ひゃっ」

 

耳のすれすれをボールが飛んで行った。虫の羽音のような音が耳に残り身震いする。一息つく間もなく振り返った。このゲームは挟み撃ちされるのだ。ドッヂボールのコートなしバージョンって感じ。

 

ボールを持った五歳くらいの子と睨み合う。一挙一動が見逃せない。

 

刹那。脳裏に危険信号が走った。

真っ赤だ。

右に飛び退れ。

 

反射的に右に飛んだ。さっきまで体があったところを背から飛んできたボールが通過する。

 

なにこれ。第六感?

 

驚いているすきに、睨み合っていた男の子が軽くボールを投げて来て優しく当たった。痛くなかった。

 

 

ボールを持って逃げる人たちを追いかけ回す。それにしてもワンピースは動きにくい。今度外に遊びに来るときはズボンにしよう。

 

「隙あり!」

 

前世ドッヂボールで培った上投げでソマルのお兄さんを当てる。ソマルのお兄さんは一瞬虚をつかれたように目を見開き、ついで弑虐的に唇を釣り上げた。獲物を見つけた肉食獣のような表情だ。私が投げたボールを拾うなりこちらに投げようとする。逃げねばと引いた足がもつれて転び、立ち上がろうとしてワンピースの裾を踏んづけた。

 

「だ、大丈夫か」

 

ソマルのお兄さんが私に手を伸ばした。意外だった。ツンデレなのに、番長って感じがする。まるで映画でのジャイ○ンだ。

 

ゆっくりとその手を取る。引き上げて立たせてくれた。

 

「あろがとう、ございます」

「気にすんな。……怪我してないな、じゃあ五秒待つからその間に逃げろ」

 

いいお兄さんじゃないか。爽やかな好青年に育つだろうと予測する。ソマルが何故あんなに拒否反応を起こすのか不思議だね。

 

 

 

すっかり日が傾いてみんな帰る時間だ。初めてクタクタになるまで走り回ったのでこの身体は限界のようである。送ってやる、と言われてソマルのお兄さんが手を引いてくれているのだが、時折船を漕いでしまう程度には眠い。

 

「あー、ソマル、お前先帰ってろ。お前も眠いだろ。にいちゃんはこの子おぶって送ってくから。母さんによろしくな」

 

遠くでそんな声がした。その後あったかいものに包まれて心地よい振動の中で眠りの渦に吸い込まれていった。

 

 




ソマルから見たお兄さんは嫌な感じになっていますが、それはソマルの主観が思いっきり入っている感じで、客観的に見るとオフェーリアから見た感じになります。
ソマルのお兄さんはもちろんオリキャラです。原作にはいません。(may be)

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