クリスはステージへと上がり、直ぐにガンヴォルトが居るはずのバルコニー席へと視線を向ける。
バルコニー席にはシアン、奏、翼、響、未来そして自身が絶対に歌を聞いて欲しい相手であるガンヴォルトの姿があった。
それを見て、来てくれた事と先程の電話の事が嘘ではない事を知り、安堵する。そしてガンヴォルトが今ステージの上に立つクリスを今見ている事に少し緊張もするがそれよりも遥かに今自分だけを見ていると思うと幸福感にも満たされる。
(先輩や奏も…先にこんな気持ちを味わってたのかよ…でも、今はあいつは私だけを見てるんだ)
大切であり、自身の事を救ってくれた恩人。そしてそれ以上の感情を持つからこそ、どんな形であれ、独占してその視線を受けている。だからこそ、緊張など全くなく、むしろ心地よい幸福で満たされている。
そしてクリスは流れる曲に合わせて歌い始める。
その歌はクリス自身に居場所を作ってくれた人達への感謝の気持ちを歌にしたものであり、その感謝を伝えるための歌。
まだしっかりとした道標がいない状態の迷走していた自分、父と母が生きていた頃にしか体験した事のない優しさに触れて戸惑う自分。本当の自分が分からなかった時、大切な人に差し伸べられた手を差し伸ばしてくれた事で救われた事で本当の道を歩み出す事が出来た事を自身の言葉で書き綴った感謝の歌。
クリスはありったけの今の気持ちをぶつける様に強く、そして大切な人が差し伸べた手をゆっくりと握り、その優しさを噛みしめるように優しく歌う。
(私はフィーネといた頃は間違った思想で迷惑を掛けていたけど…でも、ガンヴォルト…あんたはそんな私を
救ってくれた…だからあんたには本当に感謝してる…)
そしてクリスは歌いながら視線の先にはガンヴォルトの姿を見る。
(ガンヴォルト…あんたに私は救われたんだ…私はあんたのおかげで変われたんだ。だからあんたには変わった私の姿を見て欲しい。あんたが言った歌の力をもっと近くで…もっとそばでずっと聞いて欲しい。あんたが作ってくれた場所で…あんたの側で)
クリスは願いを込めるように歌う。ずっと見て欲しい。一人だった自分に暖かく、居心地の良い帰る場所を作ってくれた恩人に…大切な人に。
そして歌が終わり、クリスは今の感謝の気持ち、そしてガンヴォルトへとありったけの気持ちをぶつけて歌ったために息を切らす。
そして客席からはとても盛大な拍手喝采が響き渡る。
「ブラボー!何て良い歌だったのでしょうか!ここまで心暖かく、美しい歌でした!会場の方々も感動して拍手喝采が起こっています!本当に素晴らしい!」
司会の子がステージへと上がり、クラスに向けて歩み寄る。
「とても素晴らしい歌で会場を沸かせて頂いた挑戦者に一言。どういった気持ちを込めて歌ったのでしょうか?」
そう言われて急の事でクリスは慌てるが、すぐに持ち直すと自身のマイクを口元へ持っていく。
「この歌は感謝を込めて歌った。一人だった私を受けいてくれた友達に、馴染めない私に歩み寄ってくれたクラスメイトの友達に…それにこんな私に居場所を作ってくれたとっても大切な…大切な人のために」
その言葉に会場はまた拍手の音に包まれる。
「おっーと、ツヴァイウィングに引き続き、挑戦者も友達や大切な人の為に!何と素晴らしい事でしょう!挑戦者にここまで思われる大切な人は本当に幸せ者ですね!その方は会場に居られますか?」
「ああ。この会場にいるからこそ、その人には聞いて欲しかった。だから小っ恥ずかしいけどこうやって歌を聞かせたいからみんなの前で歌ったんだ」
そしてクリスは一息つくとマイクに向けて叫ぶ。
「あんたのおかげで今がすっごく幸せなんだ!だからありがとう!」
◇◇◇◇◇◇
ボクはその言葉とクリスの表情を見て穏やかな気持ちで呟いた。
「君がそう思えるようになってくれて本当に良かったよ、クリス」
心配していた事も特になく、クラスメイト達ともうまく行っており、学園にも慣れてこのような形でもクリスの家でも見れない一面を見る事が出来て安心する。
「クリスちゃんの歌!本当に良かったですね!」
「ああ、とっても良い歌だった。雪音もこうやって歌う姿を見る事が出来て良かった」
「ああ!クリスの歌は凄いな!やっぱり、出てもらって正解だったな!」
「クリスとっても綺麗だったよ!」
全員がバルコニー席で拍手して各々の感想を述べる。
「良い歌だった!だけど私だって負けられないんだから!」
シアンも何故かそう言っているのだが、アーティストと一般の人であれば差はあるだろうが、張り合う意味が分からなかったがまあ、シアンもクリスの歌を褒めているし、気にしないでおこう。
そしてステージの方を向くとクリスが退場していたので奏達と同じようにこちらへと来ると思い、後で感想でも言ってあげようと考える。
「ちょっと私達も用があるので少し席を外しますね」
クリスが退場するのを確認した未来がそう言った。
「?何か大切なものか?」
翼が未来にそう聞くと未来ではなく響が答えようとする。
「ちょっとシアンちゃんが…」
だが、響の答えを防ぐように響の口に手を当てて遮った。
「ちょっと響!何でもないわ、翼!ちょっとした事だから!」
翼はシアンの慌てように疑問符を浮かべる。
「何でシアンが慌ててるんだ?」
奏もそれを聞いてシアンに問い掛けるが、何でもないから!とシアンは言って響と未来と共にバルコニー席から出て行った。
「シアン達、何か用事でもあったのか?」
奏も三人の様子を見て疑問符を浮かべる。ボクも何か分からないが、シアンは別として二人が言いにくいと言う事は多分トイレか何かだろうと思い、変に言うと奏と翼から言われると思い何も言わないでおく。
三人が抜けて少しすると勢いよくクリスがバルコニー席へと入り込んできた。
「おい!私の歌をしっかり聞いてただろうな!?」
息を切らせて入り込んでくるクリスに落ち着くように言ってちゃんと聞いていた事と、クリスの歌の感想を述べる。
「慌てなくてもちゃんと聞いてたよ。君の言ってた通り、感謝の気持ちと今までのクリスとは違うって気持ちはちゃんと伝わってきたよ。それに一生懸命に歌う姿はとっても綺麗だったよ」
「っ!?だ、だろ!」
「…ガンヴォルトって何でこんな小っ恥ずかしい言葉をつらつらと並べられるんだろうな?いや、言われたら私だって嬉しいけどさ」
「奏、気持ちは分かるわ。でもガンヴォルトの事だから思った事を口にしてるだけって言うに決まってるわ。言われたらもちろん私も嬉しいのだけれど」
奏と翼はジトーとこちらを見ながら、そう言う。確かに恥ずかしいかもしれないけど気持ちを正直に伝えるのは良い事ではないのだろうか?
「じゃあ私も出番は終わったし、他のやつの歌でもあんた等と一緒に…ってあれ?バカとシアン、それに馬鹿の親友はどこに行ったんだよ?」
落ち着いたクリスも椅子に座ると響と未来とシアンがいなくなった事に疑問符を浮かべながら聞く。
「少し用があって席を外しているみたいだけど?シアンまで居なくなったのは私も分かんねぇ」
「私も分からないけど、混んでなければすぐに戻ってくるんじゃないかしら?」
ボクがいるという事でなんとなくそうだろうと思った翼と奏は濁してクリスへと伝える。ボクではなく二人が言ってなんとなく察したのか、あーと納得してそれ以上の言及はしなかった。
「さて!先程の挑戦者がとても会場を沸かし、ホットな場になったところで新たな挑戦者達に入ってもらいましょう!さぁ!次なる挑戦者達は舞台袖から出てきて下さい!」
司会の子がクリスの後に色々と話して時間を置いて準備が整ったのか次なる挑戦者をステージへと入るように言う。
だが、そこに現れた人物達を見てボク達は驚きを隠せなかった。
「な!?何であいつらが!?」
「まさか!用っていうのはこういう事だったの!?」
「用ってそういう事かよ!」
「まさか、シアン…あの時内緒にしてって言ったのはこれの事だったのかい?」
そう。司会の子の言葉の後に出てきたのは先程席を外した響と未来、それにシアンであった。
「あんた達ばっかり目立たせてたまるかってんですか!」
シアンは装者達以外見えない事を良い事に奏、翼、クリスに対してそう言った。その言葉をマイクを持つ響と未来は何処か諦めの感じの笑いを浮かべていた。
司会の子もどうしたんだろうと疑問符を浮かべているが、特に気にする事もなく進行をしていく。
「何と先程電光刑事バンを歌ってくれた子達と同じクラスメイトが現れました!この子達はどんな歌を歌ってくれるのでしょうか!?」
そして未来がマイクを口元へと近付けると言う。
「今から歌う歌は私の友達がどうしても聞かせたいという事と、私もこの歌と共にその子と同様に私達の歌を聞いてもらいたいから親友と共にステージへと立つ事を決めました!」
「色々とありますが、私も日頃からお世話になっていますので御礼も兼ねて歌いたいと思い、一緒にこの場に立ちました!」
響も未来に続けてそう言うと共に曲が流れ始める。
「これは…」
冒頭の部分からかつてボクを助ける為に何度もシアンが歌ってくれていた曲である事に気付く。そして未来と共に響、そしてシアンが歌い始める。
「蒼の彼方…」
それはボクが任務に行っている際にシアンがモルフォとなってボクを見守る時にいつも歌っていた曲の一つであった。
二人はシアンに合わせるように歌い、シアンに負けないように響も未来も力強い声で歌う。その歌声はボク達以外には二人の歌だけであるが、装者達にとっては三人の歌であり、シアンの歌声も混じると動かされるのか、手を強く握っている。
「シアンもアーティストなんだな…」
「ええ…小日向も立花もいても二人に合わせてここまで自分を出してくるなんて…それにこの歌は聴いているだけでまるで昂るような感じがする…自分達がステージに立って歌う時のような高揚感…」
「あんた等の気持ちは私は理解出来ないけど…シアンの野郎があいつ等と歌うだけでなんか胸が高鳴ってきやがった…」
三人も歌を聴いて楽しそうに、そして何か高鳴るような感じに目を輝かせる。ボクも戦闘以外でこうやって聞く事が出来た事、そして三人で共に歌う姿を見て誰かに歌わされている訳でもなく、自分の好きなように自由に歌を歌う姿を見てとても嬉しく思う。
「シアン…本当に良かった…また君の歌を戦場でないこの場所で…
ボクはその姿を見てほんの少しだけ報われた気がした。彼女の自由のために戦ってシアンの好きなように歌えるその姿を見て本当にそう思えた。
しかし、だからこそアシモフの事を許せなくなる。何故シアンをあんな目に合わせたのか。何故あんな事をしたのか。だからこそ、アシモフを止めて本心を聞かなければならない。あの時言った事を止めなければならない。そう思った。
だが、今は…今だけはシアンの歌を。三人の歌をしっかりと聞こうと思う。このように聞けるのは次いつになるかは分からない。シアンの歌を平穏な場所で聞ける機会はないかもしれない。
だからこそ、耳に残るように。心に刻み込むように。三人の歌声をボクは耳を傾けて聞く。
そして、歌が終わると同時にクリスの時も同様に会場が拍手喝采が湧き起こる。
「やっぱりすげぇな…っておい、ガンヴォルト!何かあったのかよ!?」
奏がボクを見てそう慌てる。
翼もクリスもボクへと視線を移すと同様に心配の声を上げる。
「なんの事?」
「なんの事って…自分が泣いてるのに気付いてないのかよ!」
クリスがそう叫ぶのでボクは自身の頰を触れる。そしてそこには濡れた感触があり、手に取ると水があり、それは目からこぼれ落ちた涙だと察した。
「ガンヴォルト!?大丈夫なの!?何があったの!?」
翼も心配してそう叫ぶ。
「…心配掛けてごめん。でも大丈夫だよ。またシアンの歌をこうやって聞けて嬉しかったんだ…争いもなく、ただシアンが楽しそうに歌っている姿を見て…」
その言葉に三人は何にも言えなくなり、黙ってしまう。
「大丈夫だよ。悲しくて、辛くて流したんじゃないんだから。でも、ありがとう」
ボクは心配してくれた三人にそう言うと席を立ち上がる。
「こんな姿、シアン達には見せられないな…少しだけ席を外すけどすぐ戻るから。もし三人がボクより先に戻ってきたならとても良い歌をくれてありがとうって伝えておいて」
そう言ってボクはバルコニー席から離れるのであった。