学校の授業を受けていた未来は隣の空席を見ながらずっと考えていた。響は無事に回復した事を確認して、ホッとしたのも束の間、弦十郎から告げられた響の状態。
そして依然として事態は深刻な状態である事。二年前の事故で心臓付近に埋まった聖遺物、ガングニールが大切な親友を蝕んでいる事を聞かされた。
正直ホッとしている。これ以上響を戦いと言う非日常から遠ざける事が出来るから。だがそれ以上に不安に駆られる。状況は未来が想像出来ない程深刻であり、響一人が抜けた事による、戦力の低下。そして仄かに霞ませながらも聞かされたテロリスト、アシモフと言う存在。
響だけじゃなく、装者全てを狙い、更にガンヴォルトも狙っていると言う。そしてシアンを奪われてしまった事を。
だが、装者とガンヴォルト、狙われる理由は敵からしたら倒すべき者達。だが、それだけではないはず。そこまでは話してはくれなかった。しかし、何となく弦十郎の話を聞く限り、何となく予想してしまう。
ガンヴォルトとアシモフ。その二人には何か因縁のような物があると。
だが、それ以上の事は未来には分からない。
未来だけ疎外感があると感じてしまう。無理もない。自分はただ一般の協力者であり、装者達やガンヴォルト、そして二課はその対策を行う実行者。
戦えない未来を危険に晒せない。その配慮かもしれない。だが、その事が一層の疎外感を生ませる。
でも、どうしようも無い。聞いた所で未来には戦う力が無い。二課のオペレーターのように情報収集に秀でている訳では無い。翼や奏、クリスの様にシンフォギアを纏える訳じゃ無い。そしてガンヴォルトの様に特殊な力を持っている訳じゃ無い。そして、シアンの様にサポート出来る歌の力を持っている訳じゃ無い。
分かっている。だからこそ、弦十郎は戦えないから戦えないなりにやる事を頼まれたのだから。
響を戦闘という非日常から遠ざける。未来同様に戦えない、いや戦う事が出来なくなったからこそ、非日常から遠ざけなければならないのだから。
「小日向さん!小日向さん!」
ハッとして自分の名を先生に呼ばれているのに気付き、席を立ち上がる。
「小日向さん、いくら立花さんが休みで心配だからといって授業を受けなくていいって訳じゃありませんよ」
注意されて先生へと謝りながら席に着く。恥ずかしさもあるが、それ以上に、不安と寂しさが、未来の心に募っていった。
◇◇◇◇◇◇
一時的な休息を得たF.I.S.。だが、その休息で休まる事は無かった。
アシモフを裏切る。選択として正しいとは思っている。だが、その選択はかなりの危険が孕んでいるという事を理解しているからこそ、休息でも常に警戒をしなければならない。
そんな中、ナスターシャの計らいで切歌と調は気晴らしを兼ねて買い出しと言う形で外に出してもらっていた。
だが、その気遣いも申し訳なく、気が晴れる事は無かった。
「せっかくマムが気を利かせてくれても、あんなこと言われた後じゃ、こうやって買い物しても休めないデスよ…」
普段なら楽しくスーパーにて食料やら生活必需品を調達している筈だが、アシモフを裏切る事を聞かされたら、楽しく出来るはずもなかった。
「でも、マムもアッシュボルト…アシモフを裏切る選択をしてくれたのは良かった。あんな外道達とは直ぐにでも手を切りたい」
「ようやくマムも覚悟を決めてくれたのは嬉しいデスが、いきなり過ぎデス。せめて、マムの体調も良くなって、私達もLiNKERで体調が良くなってからでも良かった気がするデス」
「仕方ないよ。アシモフがもう必要な物を全て揃えたみたいだし、私達が完全に回復する頃にはもうアシモフとウェル博士が私達とは別の計画を完成させる可能性があるんだから」
切歌と調は周りの人に聞こえない程度に会話をしながら自身達の住処としている輸送機へと向けて歩いていく。
「…そうデスね…例え疲れていても、あんな外道達と堕ちるくらいなら早く逃げ出したいデスからね」
「…そうだね…皆無事に逃れればいいね…」
暗くなる話ばかりで歩くスピードも遅くなる二人。堕ちていく覚悟はあった。だが、アシモフやウェルのように自らの手を進んで汚してまでとは考えていなかったからこそ、そう考えてしまう。
しかし、暗い空気のままに耐えられなくなった切歌は少しでも元気を出そうとするが、明るくなるような話題もない為に、口数が減る。
「…」
「…」
無言のまま、住処へと向かおうとするが、切歌はこんな状態で帰ればナスターシャやマリアを心配させてしまうと考えて、少し休んで行こうと調に提案する。
調もその提案を受け入れ、寂れた工場のような場所へと入り込み、入り口だった場所に座り込んだ。
しかし、休むと言っても、話題もなく、ただ沈黙した時間が流れる。切歌も話題を探すにも、何も見当たらず、何か思いついては話そうとするが、調に何も言えず、口を閉じてしまう。
しかし、そんな空気に耐え切れなかった為にあまり口に出したくなかったが、切歌は唯一ホッとした出来事を口にした。
自身達を外道まで堕とさずに済ましている人であり、敵であるが、少しだけ信頼を寄せていた男の名を。
「…ガンヴォルト、生きてて良かったデスね」
「…そうだね。敵なのに、私達の計画の最大の障害であるのに、私達の倒さなきゃならない敵なのに…死んだと聞いて一度は絶望して、生きていると聞いてホッとして…可笑しいよね。敵であるのにこんな事を思うなんて」
二人は同様の気持ちを持っていた事に可笑しさを感じながらもどうしても以前の事でそう思ってしまう。
「可笑しいデスけど、私達がまだ外道に堕ちていないのもあいつのお陰デス…皮肉な事かもしれないデスが…」
世界を敵に回す事までは覚悟していたのに。それでも尚、外道には堕ちたくないと言う我儘。矛盾しているだろう。
「…あんな外道になんか堕ちたくない…そんな事…あんな奴みたいに…でも…」
調はアシモフやウェルの様な外道には堕ちたくなかった。それはマリアもナスターシャも切歌も同じである。いずれ外道になるかも知れないが、人類の救うという大義の為であるが故に自らの手で殺しを行う様な事をしたくなかったから。
だが、しかし、その願いも叶うかは分からない。未だ完全に覚醒していない、マリアの中に宿るフィーネ。
フィーネとアシモフ。かつて協力者であった故にマリアがもしフィーネになって仕舞えば再びアシモフと協力関係になるか分からない。
手を組むのかは不明であるが、状況が状況故にどうなるか調にも切歌にも分からない。
「マリアが、フィーネに覚醒しちゃったらどうなるか分からない…」
調の言葉に切歌も沈黙するしかなかった。本当にそうなるのか。そうなれば本当に外道に堕ちてしまう。
切歌も調もマリアがそうなってしまう可能性を考えてしまい、不安と恐怖がのしかかる。
「…マリアばかりにそんな事ばかり押し付けてしまった私達に何か出来るのかな…裏切ったとしても、本当に私達は自分達がしようとしている事、出来るのかな…」
調が吐露した不安に切歌は答える事が出来ない。
「…だったらいっそ、刺し違えてでもアシモフを私達の手で」
「調!」
調の言葉に切歌が止める様に入る。
「アシモフは私達が敵うような相手じゃない事くらい分かっているデスか!?アシモフの持つ
調がとんでもない事を口走った為に、切歌は調へと言う。
「第一、そんな事してもマムもマリアも喜ぶなんて事ないデス!」
確かに切歌の言う通りかもしれない。だが、あの男が裏切りを知ったら見過ごす事なんてない。そして裏切るならばそれ相応の仕打ちを決行する。それは此方にとって余りにも惨く残酷な仕打ちを。
「分かってるよ!アシモフを裏切るのなんて簡単じゃないんだよ!分かるでしょ、切ちゃん!あの男がどんな男か!マムもマリアも分かっている筈だよ!でもそうせざるを得ない!でも、それは誰も犠牲にならないとは限らない!アシモフを裏切るのはそういう事なんだよ!誰かを犠牲にしないと行けないかもしれない!」
「そんなのまだ決まった訳じゃないデス!だからマムも今どうすればいいか考えているんデス!私も調もマリアもマムも!誰かを犠牲にしないといけないなんてそんな事を起こさない為にも!マム達が何とかしてくれるはずデス!私達もそれさえ分かれば何とかなるはずデス!希望を捨てちゃダメデス!」
「希望を持てないの!」
調は切歌の言葉に反応して立ち上がる。
「アシモフやウェル博士があんな外道だから、今までの事があるからどうしても希望が見当たらない!どんな事をしてもあいつらを裏切るのなら誰かが犠牲にならなきゃ駄目なんだよ!そんな事大好きな切ちゃんやマリア、マムにそんな事させられない!大好きな誰かを犠牲にするくらいなら私が!」
「それは駄目だって言ってるデス!調は考えが極端過ぎデス!それに犠牲ってなんデスか!?まだそうと決まった訳じゃないのに何でそう考えちゃうデスか!」
調の突拍子のない言葉に切歌は声を荒げる。
そして誰か犠牲にならないと裏切れないと言う考えの調と、そんな事は無いと言う切歌は言い合いになる。
激しい口論が巻き起こる中それを止める様に、そして悪戯の様に強風が吹き荒れる。
あまりの突然の事に二人は口論が止まるが、急な事で何の対策も出来ておらず、立ち位置の悪かった調が、風に煽られて、階段を踏み外し、頭から落ちてしまう。
「調!」
切歌は落ちた調の無事を確認する為、調の元へと向かう。調の様子を確認する。頭を打って気を失っているが、外傷はない。だが、打ち所が悪ければ大変な事になるかもしれない。切歌は調を抱き起そうとする。
だが、その瞬間、先程の強風により、建て付けの悪かった足場が崩壊して、その上に乗せられていたパイプなどが切歌と調へと降り注ごうとしたり。
「ッ!?」
切歌だけなら何とかなるかもしれない。だが、そんな事、大切な人が危険にさらされているのに選択なんて出来るはずがない。
切歌は調だけでも守る為に自身の身体で調を覆い、襲いくるパイプから盾になった。
無事である筈がない。それでも切歌は調を傷付けたくない一心でただ襲いくるパイプの嵐の衝撃を耐えようとする。
そして近くにパイプが落ちる音が響く。砂塵が舞い、コンクリートの砕ける音が耳に入る。切歌は衝撃に耐える為にギュッと目を閉じて衝撃を待つ。
だがしかし、辺りに響く音と裏腹に自身には何も衝撃が来ない。何が起きたか分からない。運良く、二人のいる場所だけにパイプが落ちなかったのかも知れない。切歌はゆっくりと目を開けて、辺りの様子を伺おうとする。
しかし、辺りを見渡す前に衝撃の光景が広がっていた。
切歌の周りを囲う様に出現してる六角形に多重展開されている桃色の何か。そしてそれが落ちてきたパイプを切歌と調を守っていた。
「なんなんデスか…これ」
切歌は分からない状況にただ呆然としてそれを見る事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
輸送機を止めた湖の辺り、そこにナスターシャとマリアが佇んでいた。
「マム、体調は良いの?」
「ええ、ウェル博士に治療を施してもらい、幾分か良くなりました」
車椅子を押さえるマリアは少し顔色の良くなったナスターシャの様子を見て胸を撫で下ろす。
しかし、ナスターシャの体調が良くなっても此方としては依然と危険な事は変わりない。アシモフとウェル。この二人の外道がある限り、状況が変わる事がない。更に、いつになるか分からないフィーネへの完全覚醒。そうなって仕舞えば、ナスターシャや切歌、調を忘れ、三人を危険な目に遭わせてしまう可能性がある。
何とかしようにも、どうすればいいのかマリアには想像がつかない。ナスターシャとマリアはただ、辺りの景色を見ながらただ、ナスターシャの計画を遂行する為、アシモフとウェルの目を盗み、ネフィリムの心臓を、セレナを取り返し、次なる協力者がここよりも安全である事を願うばかり。
「マム、あの計画はどうなったの?私が…私が完全にフィーネに覚醒する前に何とかなるの?」
「マリア、ここではアシモフとウェルが聞いている可能性があります。あまり声に出して言う事ではありません」
「でもマム…私が…私がフィーネに覚醒してしまったら、その計画も…」
「…大丈夫ですよ、既に気付かれずにアポを取れました。それに…貴方がフィーネに覚醒する事はありません」
「ッ…どういう事なの?」
突然の告白にマリアはナスターシャに問い返す。
「フィーネの魂はマリア、貴方には宿っていません。そして、切歌と調にも。貴方達の誰にもフィーネの魂は宿りませんでした」
「…そんな…」
その言葉にマリアは絶句する事しか出来なかった。
しかし、その言葉を聞いていたのナスターシャとマリアだけではなかった。湖の近くの輸送機を影にアシモフとウェルがその言葉を聞いていた。
「アッシュの言う通りだったね。フィーネの魂はF.I.S.の誰にも宿る事はなかった事、それに、既に協力者とは
「ああ、思うように動いてくれて助かるよ。さて、我々も動くか準備をしよう。次なる
不敵な笑みを浮かべて、二人は輸送機へと入り込んでいった。