戦姫絶唱シンフォギアAB   作:株式会社の平社員

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「ッ!?ガンヴォルト!」

 

弦十郎と慎次は座り込んだガンヴォルトへと駆け寄った。

 

その声に気付いたガンヴォルトはゆっくりと顔を上げる。二人はその顔を見て歩みを止めてしまう。

 

それは絶望した死人。見た事はないが、そう形容するしか見えない様に目は虚ろで、表情も完全に死んでいると言える。

 

今までにガンヴォルトがここまで追い込まれていた事は無かった為に、そして近付いて気付いた周りにも漂うその絶望に二人はそれ以上ガンヴォルトに近付けなかった。

 

「…弦十郎…慎次…」

 

か細い声でガンヴォルトがこちらを認識したのか言った。

 

「…ガンヴォルト…」

 

無事だった事を喜んでなど居られなかった。今のガンヴォルトの姿を見て喜ぶ事など出来なかった。

 

動かない口を動かして何とか声を絞り出そうとする。

だが、何を話せばいい。何を聞けばいい。何が最良の選択なのか弦十郎は分からなかった。

 

「…違う…ボクは…ボクはガンヴォルトじゃない…本物のガンヴォルトじゃないんだ…」

 

意味の分からない事を言い始めたガンヴォルト。

 

ガンヴォルトじゃない?それがどういう意味なのか二人は分からなかった。

 

「…どういう事だ?ガンヴォルト?」

 

その言葉を聞いたガンヴォルトはヤケクソに叫ぶ。

 

「ボクはガンヴォルトじゃない!」

 

何故今までガンヴォルトと名乗っていたのにそれを拒絶するのか。だが二人はその意味にすぐ気付く。

 

アシモフが常にガンヴォルトを名で呼ばず、呼んでいた紛い者。その事だろう。そしてそれが斯波田事務次官、そして弦十郎が危惧していたガンヴォルトのギリギリ繋いでいた精神の糸を切る秘密。

 

「ボクは…ボクは本物(ガンヴォルト)の遺伝子から作られたデザイナーチャイルド…クローンだった…本物なんかじゃない…アシモフの言う通り…ボクはただ本物のガンヴォルトを語る偽物(紛い者)だったんだ…」

 

弦十郎も慎次もその言葉の意味を知る。

 

アシモフが常に目の前にいるガンヴォルトを紛い者と呼んでいた理由。

 

アシモフの知るガンヴォルト。それは今目の前にいるガンヴォルトが言った通り、二人の知るガンヴォルトはクローンであり、本物では無い偽物。

 

とんでもない発言に二人は言葉を失う。

 

本物では無くクローン。クローンという存在がこの世界では倫理的に創り出すことを許さない。それが今目の前にいるガンヴォルトだという事。

 

だが、それはまだアシモフがただ言葉に発しただけのまやかしなのかもしれない。そもそも、そうなれば記憶はどうなる?目の前にいるガンヴォルトはクローンだと仮定しても記憶があれ程鮮明なのはおかしな話である。

 

「…お前がクローンなのかは分からない。アシモフの虚言でお前を騙す為に言った偽りの可能性だってある…大体そうなれば記憶はどうなる?何故お前がアシモフに殺された時までの鮮明な記憶がある?それなのに何故お前はアシモフの戯言を信じているんだ?」

 

「アシモフにあの場で倒されて…ボクはアシモフからボクの真実を聞かされた…ボクが…ボクとシアンが偽物であると…」

 

ガンヴォルトだけじゃ無くシアンまで偽物と言う事に驚かされる。だが、話を切らない様に黙ってガンヴォルトの話を聞く。

 

「始めはボクもアシモフの戯言を信じられなかった…弦十郎の言う通り、ここに流れ着くまでの記憶がある。戦闘経験がある。第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)を宿している。それに姿は本物…そしてボクに宿るシアンの思いが…それがボクがガンヴォルトだと思う理由だった…でもそれはただのボクの思い込みに過ぎなかった…まやかしに過ぎなかった…アシモフはボクのこの世界に流れ着いた際に着ていた服を言い当てた…それだけじゃボク自身もそれを虚言だと思えた…だけど違ったんだ…アシモフに敗れて…海へと送られて…気を失った…その時に夢で見たんだ…ボクが本当は何者なのかを…」

 

目の前にいるガンヴォルトが何者なのか語り始めた。

 

皇神(スメラギ)のアメノウキハシの地上にある巨大人工島(オゴノロフロート)の地下…そこにあった実験施設の中で影ながら続けられていたプロジェクトガンヴォルト…何体ものガンヴォルトを模倣し、大勢のガンヴォルトを模したクローンの死体の山を築き上げ、その中で唯一、模したにも関わらず、ガンヴォルトではないガンヴォルトに似た何かが生まれた…遺伝子変異体(ジーンバリアント)…それががボクだった…培養液に浸された巨大なポッドの中…その中に入っていたのが…ボクだったんだ…」

 

語られた事実。今目の前にいるガンヴォルトは本物のガンヴォルトの遺伝子データから作られたクローン人間。そしてプロジェクトガンヴォルトと言う、ガンヴォルトの名を冠する実験。どんな実験かは分からない。だが、ガンヴォルトが語った死体の山を築く。それだけ聞けば、まともで無い実験でない事はすぐに分かる。そしてその中で唯一、ガンヴォルトの姿をしながら遺伝子が変異した事で何故か生きながらえたのが目の前にいるガンヴォルトという事。

 

だがそれは夢の話であり、現実では無い。それなのに何故そこまで信じられるのか?

 

「ガンヴォルト…それは夢の話だ。アシモフがお前の心を折る為に嘘をついた可能性だってある。それなのに何故お前がそれを信じるんだ」

 

「そうです。それこそがまやかし。アシモフはガンヴォルト君の心を…繋ぎ止めていた精神を切る為の妄言に過ぎません」

 

弦十郎も慎次もそれは違うと目の前にいるガンヴォルトはアシモフの妄言に囚われていると否定する。だが、目の前にいるガンヴォルトは二人の言葉に首を振る。

 

「いや、本当だよ…ボクにその記憶が無かった…だから嘘だと思いたかった…でも違うんだ…記憶に残っていなかったとしても…全く覚えが無かったとしても…身体が覚えているんだ…それは夢じゃない…現実だ…本当にあった事だって…身体が…細胞が…全てが本当だと語るんだ…」

 

記憶には無いが肉体が覚えている。

 

信じられない事である。だが、確かに少し昔の文献に心臓移植した人物が見た事のない事を知っていたり、性格が変化したと言う事例もある。

 

目の前のガンヴォルトが同じような事例が身に起こっているとすれば嘘では無い可能性も僅かながら上昇する。

 

だが、そうするとおかしな点がある。アメノウキハシという場所。過去の話を聞いている二人にとってその場所は目の前にいるガンヴォルトがこの世界に来る前、アシモフに殺されかけた場所、そしてシアンが肉体を失った場所。

 

時系列を整理すれば、アシモフが目の前にいるガンヴォルトを殺し、その後に先程言った場所を破壊した可能性がある。ガンヴォルトをこの世界に流れ着いた理由は不明のままだが、そうすれば辻褄が合う。アシモフが目の前にいるガンヴォルトを心を折る為の虚言であると言える。

 

「もしそうだとしても、それはシアン君が身体を失ってしまった後の、ガンヴォルトがこの世界に流れ着いた後の可能性もある。その記憶はもしかすれば精神的に危うい状態にあり、ましてや敗北して心の折れた状態により脳が見せた幻想だ」

 

弦十郎はガンヴォルトが偽物でないと言うが、ガンヴォルトはその言葉にも首を振るう。

 

「何を言われようがあの夢は本当なんだ…夢じゃ無くて現実なんだ」

 

「違います!ガンヴォルト君が折れかけ、アシモフの言葉で混乱したことによって見えた幻想です!」

 

慎次も違うと言うがガンヴォルトは本当だと語る。

 

「本当なんだよ…アシモフから聞いたんだ…ボクが持つ記憶の後の事を…シアンは身体を失った後、まだ生きながらえた本物は…本物のシアンと融合することによって復活した…そしてアシモフと対峙していたんだ…」

 

「ッ!?」

 

ガンヴォルトから語られたかつて語られた過去のその先。アシモフがこの世界に流れるつくまでの流れであった。

 

「アシモフと本物はアメノウキハシの軌道エレベーター内で本物のガンヴォルトとアシモフは戦ったんだ…本物によって既に倒されていた…」

 

更なる事実に弦十郎と慎次は驚きを隠せない。既に本物のガンヴォルトなる存在にアシモフは倒されていた。つまり殺されていたと言う事を。

 

そうなると今追っているアシモフという存在は何なのか?目の前にいるガンヴォルト同様にクローンであるのか?そう考える二人だが、真っ向から否定される。

 

「アシモフはボクと違い…本物だよ。あり得ないと思うかもしれない…でも本当なんだ…記憶がある…装備もある…そして結末を知っている…ボクと違ってアシモフは本物たらしめる全てを所持しているんだ…」

 

目の前にいるガンヴォルトはアシモフが本物である事を語る。弦十郎と慎次からすればそれを語る理由は謎だ。だが、目の前にいるガンヴォルトはそれらの事柄からアシモフは本物だと言った。

 

それを信じる根拠は二人は持ち合わせていない。だが、目の前にいるガンヴォルトがそう言っている事、そして更には結末を知り得ているからこそ、本物であると信じざるを得ない。

 

「一体…一体ボクは何の為に戦っていたんだ…何の為に帰ろうとしていたんだ…帰る場所なんて初めから存在しなかったのに…ただ、何故かクローン(ボク)自身に身に覚えのない刻まれた記憶のままに行動して…本物を語る偽物(紛い者)のボクが…一体何を為そうとしていたんだ…」

 

完全に戦う意思が崩れ去り、目の前にいるガンヴォルトはただ自身が偽物(紛い者)と自覚して生きる為の原動すら失いかけている。

 

本物であると信じていた自分が偽物であった。そして本物は生きて、目の前にいるガンヴォルトが為すべき事を既に為していた。

 

そんな事実を告げられた時、どれ程の絶望なのかなど本物や偽物と言う概念がのみを知っており、それを体験などする事の無い唯一無二の人にとっては分からない。

 

「ボクは一体何の為に…」

 

唯一分かる事は目の前にいるガンヴォルトをここまで追い詰める程の意味を持つと言う事。

 

だが、そうだとしてもガンヴォルトには残酷かもしれないが、立ち上がって貰わねばならない。絶望から這い上がってもらわなければならない。

 

ガンヴォルトを絶望に叩き落とした元凶、アシモフは生きている。本物であるにしろないにしろ、世界を破滅へと導く存在が未だ健在しているのだ。だからこそ、弦十郎はガンヴォルトの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばす様に檄を、喝を入れる。

 

「何の為に…そんなの俺が言わなくても決まっているだろう!世界を守る為!人々を守る為だろう!どの世界でも関係ない!」

 

そう。ガンヴォルトを立ち直らせる為に必要なのは偽物か本物かを肯定させることなどではない。必要なのは立ち上がらせる意思、そして崩れ去った行動原理を穴埋めする程の新たな原動。それを再び蘇らせればガンヴォルトは立ち上がれるかもしれない。だからこそ、言った。自身の根幹を成しているのは何だったのか?自分が何故戦っていたのかを?それを呼び起こさせる様に。

 

本物だろうと偽物だろうと関係なく、今まで行ってきた数々の功績を。誇る為でも、誰かに認めてもらう為でも無かったはず。ただ自分が守りたいと思うものを守る。その為に戦ってきた事を。弦十郎はガンヴォルトと七年と言う年月共に過ごしているからこそ、そう言った。

 

「…そうかも知れない…でも、それは元の世界に帰る為の約束だったから…でもそれももう無意味なんだ…もうボクにその約束を果たす力なんてないんだ…」

 

だが、今のガンヴォルトの心に響かない。そのあまりにも身勝手な言い分に弦十郎は怒りのあまり、ガンヴォルトへと近づいて胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。

 

「巫山戯るな!お前程の者が何故そう諦める!今までの様に何故立ちあがろうとしない!」

 

巫山戯るなと言いたいのはガンヴォルトだろう。絶望の淵に立たされているのに喝を入れられ、無理矢理でも戦わせようとするなんて。そう思うだろう。だが、それ程こちらも必死なのだ。世界が危機に瀕している。

 

「無理だよ…今のボクに何が出来る…アシモフに為す術なく敗れ…何も出来なかったボクに…」

 

「まだ生きているだろう!?まだ何も失ってない!奪われただけだ!それなら取り戻せばいい!取り戻してないのに何故そう言える!」

 

「ボクにはもう無理なんだ!」

 

胸倉を掴まれながら抵抗もせず、ただ絶望のまま叫ぶガンヴォルト。

 

「今のボクには何も出来やしない!戦う意志も!生きる意思すら見失ったボクに!何が出来るんだ!もう蒼き雷霆(アームドブルー)すら扱えないボクに何が出来るっていうんだ!」

 

「なん…だと…」

 

ガンヴォルトの発した言葉に虚を突かれる弦十郎。第七波動(セブンス)蒼き雷霆(アームドブルー)が使えない。

 

よく見ればガンヴォルトの身体は依然傷だらけ。そして胸倉を掴んでいたガンヴォルトの胸の傷はちゃんと治療されていない為に膿んでいる。

 

普段のガンヴォルトであれば意識を失うほどの傷を負わなければ蒼き雷霆(アームドブルー)の能力でほぼ数日で傷は完治させているはず。

 

それなのに治療すらしていない。

 

「…第七波動(セブンス)は自身の体内に宿す能力因子の力。それを原動力にした意志の力…意志とは精神の力…今のボクに能力因子を使う程の意志なんてない…もうボクは…アシモフとは戦えない…もうボクは役に立たないんだ…」

 

そう告げられた弦十郎はガンヴォルトの胸倉を離す。恐れていた事は弦十郎が思っていた以上に深刻であった。

 

ガンヴォルトが生きていた事は吉報であったのだが、それ以上に失った物はあまりにも大きかった。

 

もうどうにも出来ないのか?弦十郎には今のガンヴォルトを再び立ち上がらせる様な言葉が出てこなくなってしまう。

 

どうすればいい。どう言葉をかけてガンヴォルトを再起させる?いや、ガンヴォルトにばかり希望を持ち過ぎた自分達にそのツケが回って来たのか。

 

装者だけでアシモフと…ウェルと戦わなければならないのか。勝てるのか…アシモフに。

 

いや、勝たねばならない。

 

今のガンヴォルトにこれ以上背負わせてはならない。ましてや戦えない程の者をこれ以上無理に戦わせるわけにはいかない。

 

とにかく連れて帰る。

 

まずはそこからだ。

 

弦十郎はガンヴォルトに悪かったと謝り、みんなが心配している事を告げ、帰る様に促す。

 

だが、ガンヴォルトはそれを拒む。

 

「もうボクに帰る場所なんてない…こんなボクにいる場所はないんだ…放って置いてくれ…」

 

「…そんな状態のお前を放って置けるわけないだろう。何を言おうが俺はお前を連れて帰る」

 

「戦えないボクに帰る場所はないんだ…頼む…弦十郎…ボクを…ボクをこのままにしていてくれ…」

 

あまりの絶望で心が死んだガンヴォルトにはもうどんな言葉も響かなかった。

 

本当にどうすればいいんだと、慎次にも助言を乞おうとするがいつの間にか、慎次の姿は消えていた。どこに行ったのか?

 

だが、その理由はすぐに分かった。山道を切り開き、慎次が汗を垂らしながら戻ってきた。

 

その後ろに、装者達を連れて。

 

そして弦十郎は慎次の意図を察してその可能性に賭けた。

 

弦十郎と共にいた時間も長いだろう。だが、それ以上にガンヴォルトを慕う装者達が共に戦場で背中を合わせ共に戦ってきた装者達の言葉が今のガンヴォルトを変える、再起させるかも知れないと。

 

その可能性を信じた。

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