黒服の男達と共に車に乗せられ連れてこられた先は最近通い始めたリディアン音楽院であった。車はリディアンの校門を何の躊躇いもなく通過していく。そしてリディアンの校舎の前に駐車する。
黒服の男達は校舎の前を警備するように辺りを警戒し始める。そんな中、響は先程の優男と翼と共にリディアンの中央棟へと歩いていく。
「あの、ここって先生達のいる中央棟なんですけど…」
響の問いに対して翼と優男は何も答えない。教師達専用のエレベーター前に到着するとエレベーターの扉が開き、中に入る。
優男がエレベーターのボタンのところに通信端末のような物を押し付けると壁から取っ手のような物が飛び出してくる。翼は無言でそれを握った。
「あの…これは?」
「危ないのでこちらに掴まっていて下さい」
優男が手錠をされた手を取り、取っ手を握らせる。そして優男も取っ手を握ると共に急速にエレベーターが下降し始めた。
「えっ!?えっ!?」
急下降し始める。下降したエレベーターはしばらくすると広いホールのような景観の場所に出る。そこには特殊な文様のような絵が壁にびっしり描かれている。
「あはは、私って今から何処に向かうんでしょう?」
「愛想は無用よ。ここからいく先には微笑みなんて必要のない場所なのだから」
「うぅ…」
突き放すように翼が言い放つ。その言葉に悲しくなる。無言の雰囲気のままエレベーターが目的地に着いた事を知らせるベルが鳴る。先程の言葉通りならここはとても重苦しい場所だと思われる。響は息を飲み、エレベーターの扉が開くのを待つ。そして開かれた先には…
クラッカーやパーティーのような会場。そして歓迎されているような形で沢山の人達が響に向けてクラッカーを放っていた。
舞い上がる紙吹雪。そして掲げられた垂れ幕には響の名前と歓迎の文字が大きく描かれていた。先程の言葉と真反対で響は固まってしまった。
翼はこの状況に呆れるように溜息を吐き頭を抑える。優男はそんな状況に苦笑いを浮かべていた。
「ようこそ立花響君!人類最後の砦となる特務災害対策機動二課へ!」
赤い髪の大男が代表して笑顔で響を歓迎する。
「えっ?」
「驚いているところ悪いけどお近づきの印に私とツーショット写真でもいかが?」
一人の白衣の女性が響にスマートフォンを持ちながら近付き、響を抱き寄せると写真を撮ろうとする。
「ちょっと待って下さい!手錠を掛けたままの写真なんてあとあと悲しい思い出にしかならないじゃないですか!」
そう言って響は女性から離れる。そんな様子を見る女性は残念そうな顔をしながら何処かへ行ってしまった。しかし、響は疑問に思った事を問う。
「どうして初めて会う私の名前の事を皆さん知っているんですか?」
「我々の前身は戦前に作られた特務機関であって情報収集などお手の物なのさ」
赤髪の男がそう言うと先程の女性がどこか見覚えのある鞄を携えて戻ってきた。それはリディアン音楽院の鞄であった。誰のと思ったが女性が鞄の中から響の写真が映された学生証を見せて、その鞄が自分の物だと理解した。
「女の子なんだから鞄の中身をこんなぐっちゃぐちゃにしちゃダメよ。モテる女は見えないところでもしっかりとしてるんだから」
「私の鞄を何漁ってるんですか!というか何が情報収集はお手の物ですか!私の鞄を勝手に調べてただけじゃないですか!それに、今日は急いでたんで鞄を結構揺らしたからで普段はちゃんとやってます!ほんとですよ!」
響は怒りながらも否定するところは否定する。そして女性が持つ鞄を取ろうにも手錠で拘束されている腕では取り返す事が難しく女性に振り回されながらも鞄を取り返そうと努力する。
「返して下さい!」
「やだこの子…なんか子犬みたいで可愛い…」
了子はそんな響を見てどこか嗜虐心を揺さぶられたのか鞄を返さないように彼女が鞄を取り返す手を上手く避けながら鞄を死守する。
しかし、その攻防は長くは続かず、一人の男性によって止められた。その男は先ほど現場で別れたガンヴォルトと呼ばれる男性だった。
「なんで人の物で遊んでるの、了子。その子の物なんだから直ぐに返しなよ」
男は了子の持つ鞄を器用に奪い取る。了子はそれを取り返そうとするが何人かの女性職員に止められたため、残念そうに諦めていた。
「ガンヴォルト、現場作業の方はもう済んだのか?」
「現場作業と言っても地図を見ながら場所の説明してただけだからね。そんなには時間は掛からなかったよ。一応、一課の皆が位置を把握したから後は任せてきた」
赤い髪の大男がガンヴォルトに話し掛けると何やら重要そうな話をし始めた。そんな最中にガンヴォルトの持っていた響の鞄を隙を見て、了子と呼ばれていた女性が奪い取ろうとするが、鞄を了子が奪う瞬間に逸らして、上手く躱していた。
「了子、流石にそれはボクでも怒るよ」
「残念。もうちょっと遊べそうだったのに」
了子と呼ばれた女性は今度こそ諦めたのかフロアに出されていたグラスにワインと思われる飲み物を入れて飲み始めた。それを確認したガンヴォルトは響の方に歩み寄る。
「ごめんね。普段は研究に熱心な人なんだけど、たまに暴走するんだ」
そう言って響の手錠に手を翳すとピピっという音と共にガチャンと手錠が外れたような音がした。手錠を見ると先程までロックされていた手錠が解錠されており、ガンヴォルトが手錠を外す。
ようやく外れた事を安堵する響。そんな中、ガンヴォルトに対して赤い髪の大男が困った風に嘆いていた。
「ガンヴォルト、いくらなんでもそれで外すのはないんじゃないか?手錠だってうちの備品で安い物じゃないんだぞ」
「弦十郎の方こそ、なんの説明もなしに手錠をされて連れてこられた身にもなって。それに壊した風に言わないでよ。ただ制御の方にハッキングして解除しただけなんだから」
ガンヴォルトも呆れたように赤い髪の大男、弦十郎に言うと手錠を近場にあった机に置いた。何か危ない単語も入っていたが響は聞かなかった事にした。
「悪かったね。急に連れてきて。これ君のだろ?あと、現場に落ちていた制服の上着は二課のクリーニングに出してあるから後で渡すよ」
そう言って響に鞄を渡す。
「ありがとうございます。えっと、ガンヴォルトさん?」
お礼を言うとガンヴォルトは頷く。それを見た響は安堵し、頭を下げて言った。
「こ、この度は助けて頂きありがとうございます!ガンヴォルトさんには助けて頂いたのはこれで三回目なんです!」
そう言うとガンヴォルトは響の肩を叩く。響は顔を上げるとガンヴォルトを見る。
「あの時は、はぐらかしてごめん。一応、顔は知られてしまってると思ってたけど機密だったからね。ライブ会場、猫を助けようとして木から落ちそうになった時、それと今回の事だよね?」
ガンヴォルトは響の事を覚えていたようで、響は自分の直感が当たっていた事に安堵する。だけどガンヴォルトは困った顔をして響に話す。
「それでなんで君がここに連れてこられたかという事なんだけど、君の現状を説明するのはボクの役目じゃないから後はあの二人に聞いて」
ガンヴォルトは後ろにいる弦十郎、了子の方に顔を向けた。待ってましたとばかりに弦十郎と了子が近付いて来る。
ガンヴォルトは二人にこの場を任すと翼の元に向かった。ガンヴォルトが翼の元に着くと、先程からイライラし始めていた翼が積もりに積もっていたのか、小言をガンヴォルトにぶつけていた。そんな様子を優男が苦笑いで見ている。
そんな様子を見て、響も苦笑いを浮かべる。先程の現場で女性が言っていた事が本当なら翼が物凄いやきもち妬きであり、ガンヴォルトにご執心なようで自分の中のクールな翼とはかけ離れていたからだ。
「説明もなしに連れてきて申し訳なかった。特務機関である特異災害対策機動二課は外では余り声を出して言えるような組織ではなくてな。それと自己紹介もしてなかったな。俺は風鳴弦十郎、ここの責任者をしている」
「そして私は出来る女と評判の櫻井了子です」
「これはご丁寧にどうも。知っているとお思いですが立花響です」
共に自己紹介をする三者。響の自己紹介を聞いた弦十郎は頷くと響に話し始める。
「君にここに来て貰ったのは、今後我々の元で協力を要請したいからだ」
「協力…」
初めは何の事だろうと思ったが、直ぐに先程の事を思い出し弦十郎に尋ねる。
「教えて下さい、あれは…あの力は一体何なんですか?」
そう聞くと了子が近付いて指を二本立てる。
「あなたの質問の答え合せをするには二つのお願いがあるの。一つは今日見た事は誰にも話しちゃダメよ。特に、あそこにいるトップアーティストの風鳴翼ちゃんと、そこで何でそんな事で怒られなきゃいけないのかと困惑しているガンヴォルトの事はね」
そう言って立てた指を一つ下ろすと、もう片方の腕で響を抱き寄せる。
「もう一つは、とりあえず今から私の研究室に来て脱いでもらいましょうか」
その言葉を聞いた響は本日二度目となる。悲痛の叫びをあげた。
◇◇◇◇◇◇
結局、翼から責められていたガンヴォルトがいつの間にか解放されており、了子に向けて誤解を招くような言い方をするなと窘めている。
実際は大きな精密機械に身体をスキャンさせられただけでいやらしい事は一切なかった。
再び、今日の事は機密事項だから絶対に話すなと何度も警告を促され、制服と預けていた鞄を返してもらうとリディアン音楽院の生徒が住む、寮の近くまで送迎して頂いた。
走る気力もない響は重い足取りで自分の部屋の扉を開けると玄関に倒れ込んだ。
「ただいま、未来。立花響、ただ今帰還しましたー」
「響!こんな時間まで外にいて何処までCDを買いに行ってたの!?それに近くにノイズも現れたみたいだし、心配したんだよ!」
未来は倒れた響を心配して声を掛け、肩を貸し立ち上がらせる。
「ごめん。でも、もう大丈夫…」
響は肩を貸してもらいながら荷物置きとなっている二段ベッドの下段に腰を下ろした。
そして先程まで未来が見ていたと思われるテレビ画面には先程まで一緒にいた翼のニュースが映っており、海外への移籍の打診や、ツヴァイウィングのもう一つの翼である奏の事について語られていた。
(あの時助けてくれたのはガンヴォルトさんと翼さんで間違いなかった…奏さんは何処かの病院で未だ目を覚ましていないのは知っているけど、もう一人、私を歌で救ってくれた人は何処にいたんだろう…)
そんな事を考えながら、響は寝支度を済ませ、未来と同じ布団に潜り込んだ。
「あのね、未来。今日遅れたのはね…」
未来に今日の事を話そうとしたが、了子や沢山の職員に口止めされている事を思い出し、口を閉じた。
「やっぱり、なんでもない」
「私は、なんでもなくないよ。響の帰りが遅いから心配したんだよ。近くにノイズが現れた時、前みたいに響が危ない目にあったんじゃないかって」
未来は心配そうな声音で言った。そんな未来の様子を見た響は未来に抱き着く。
「どうしたの急に!」
響の突然な行動に驚く未来。
「ごめんなさい。でもありがとう。こんなにも私の事を心配してくれるのは未来だけだよ」
そう言いながら未来の背中に顔を埋める。
「やっぱり未来はあったかいな。なんせ私にとって小日向未来は親友で陽だまりでもあるんだから。この暖かさが、私の帰る場所って教えてくれる…」
そう呟くと響は今日の疲れが身体を襲い、抗う事の出来ない眠気により眠りに落ちた。
「もう…おやすみ、響」