調が切歌を、奏がクリスを救おうとする中、翼が最も相対してはならない最悪と対峙している事をシンフォギアに繋がったマイクからその情報を得た。二課本部はそれぞれが全員が苦悶、もしくは絶望を浮かべていた。
弦十郎や慎次は未来が操られた様に、同様の手口で切歌を、そしてクリスを操り、装者達へと戦わせる行為に、卑劣な手口と顔を歪め、そして翼の相対する姿を現したアシモフ。
ガンヴォルトとの対決で一度敗北し、身体を休めていたと思われるアシモフ。
「現れるとは予想していたが…ここで出会すとは…」
奏やクリス、翼の三人係でも倒せなかった男。翼がたった一人で立ち向かい、勝つ事など不可能に近い。
ガンヴォルトがまだ目覚めていない。しかも、アシモフは翼を奪う対象にしている。ここで翼まで奪われて仕舞えば、操られ、こちらの敗北が確実なものとなってしまう。
「…ッ!」
逃げろ。戦うな。
弦十郎はそう言いたかった。だが、アシモフから逃げ切る事など不可能。それは叶わないだろう。既に邂逅してしまった為に退路も、選択肢も残されていない。
『司令、邂逅した以上は退く事も、進むことも出来ません』
アシモフと睨み合う翼からの通信が入る。
『ですが、アシモフの手に落ちる気も、操られる気も毛頭ありません』
だが、対峙する翼は弦十郎達の不安を拭う様にそう言った。
怖がっている事は分かる。強がりで言っている事は分かっている。だが対峙した以上、戦う道がない事は翼自身がよく分かっている。
勝ち筋の見えない戦いだとしても、翼自身は覚悟を決めていた。勝て無いのであれば、時間を稼ぐと。
『司令…ガンヴォルトが目を覚ましたらお伝えください…ガンヴォルトが目覚めるまで必ずアシモフを足止めすると』
「…」
言葉だけで伝わる翼の覚悟。決死の特攻とも思える言葉。だが、現状はそうせざるを得ない。本当にこれが正しいのか?これが正解なのか?
アシモフと対峙したからこそ弦十郎も分かっている。勝ち目など無い。時間をどれくらい稼げるか分からない。そんな事を翼に任せてもいいのかと?
しかし、翼に任せるしかない。アシモフから逃げる事など出来ない。ガンヴォルトがいない今、アシモフが現れたのなら、誰かが止めなければならないのだから。
「…必ずガンヴォルトに伝える…だが、翼…さっき言った言葉通り、アシモフの手に落ちる事は許さない…絶対だ…必ず帰ってきてくれ…」
不安だが、それしか方法がない為に、途切れ途切れに弦十郎は翼へと伝えた。正直、どのくらい翼が時間を稼げるのか不透明。そして翼は手に落ちないと言ったが、アシモフは装者を上回る力を持ち、唯一対抗出来るのは同様の力を持つ現在意識不明のガンヴォルトのみ。
だが、意識がまだ戻っていないガンヴォルトにアシモフを頼む事など不可能。
その為に翼に賭けるしかなかった。ガンヴォルトが目を覚ましていない今、奏が、調が他の人を救う為に尽力している今、その場にいる翼しか出来ないと。
そして、アシモフとの戦闘が始まったのが剣を振る音と、アシモフの雷撃が放たれたバチバチと弾ける様な音が通信機越しに響いた。
翼に話しかければ隙が生まれる。その為に、弦十郎はこれ以上翼には何も言わなかった。
最悪の事態。アシモフとの遭遇。弦十郎は翼を信じるしかない。
それに奏とクリス、切歌と調、各々の戦いも最高の結末が起こる事を信じるしかない。だが、ある要素が加わった。
フィーネの顕現。
かつて敵対した者であり、ガンヴォルトと装者達と戦い、敗北し、改心したがその後に現れたガンヴォルトやアシモフ同様に
本物かどうか信じがたい話しだが、調の使った力、そして調が話した口調。それはかつてのフィーネそのもの。
故に信じざるを得なかった。
再び暗雲立ち込めた戦場。奏も翼もその為に疑うしかなかった。
だが、調の言ったあの子に託した未来。その言葉に弦十郎はフィーネが敵としてでなく、此方の味方をしてくれていると感じとった。
フィーネの言ったあの子に託した未来。それはフィーネが成せなかった人類の統一。だが、フィーネの目指したバラルの呪詛を破壊して統一させる事ではなく、ガンヴォルトが目指していた誰もが手を取り合った世界にする事。
ガンヴォルトと装者に敗れ、その様な未来に何かを見出した事で託した世界。だからこそ、その未来が潰える事を是としない為に調に力を貸したと思われる。
この土壇場に来ての援軍。か細く存続してきた希望が太くなっていく事を感じていく。
だが、その感情とは別の感情を抱く者がいる。
それはナスターシャだ。
大切な家族に本当にフィーネが顕現した事。そしてその家族が乗っ取る気はないという言葉を信じられない様子であった。例え調がそう言ったとしても、それが調べの皮を被ったフィーネの言葉だと言う可能性がナスターシャの中にあるからだ。その為に、調かフィーネか分からなくなった大切な者が何者かを見て涙を流さずにはいられない。
「そんな…こんな事が…フィーネは誰にも宿っていなかった筈…どうしてあの子が…どうして調が…」
フィーネに塗りつぶされてしまったかもしれない可能性を嘆き、それ以上見たくないとばかりに目を伏せてしまう。
だが、そんなナスターシャに向けて弦十郎は言った。
「どうしてあの子の言葉を信じてあげないのですか。確かにあの子の中に、フィーネがいる…だが、フィーネはあの子が言った様に、フィーネは塗り潰していない」
だが、その言葉はナスターシャにとっては弦十郎の言葉は到底信じられるものでは無い。かつてのフィーネの行いが、あんな言葉は贋であると思っているからだ。
「フィーネの言葉を信じろと言うのですか!?あの子はもうどうなったか分からないと言うのに!貴方なら知っているでしょう!?フィーネが常にそばにいたことのある貴方方なら!」
弦十郎に向けてナスターシャが叫んだ。
かつての了子がそうだった事を言っているのだろう。顕現したフィーネが了子と言う人物を演じていた様に、調も演じられている可能性があると。
それも否定出来ない。だが、ガンヴォルトに託した未来の話。そしてフィーネの最後を知っているから、改心し、本心でガンヴォルトの願いを託したからこそ弦十郎はフィーネを信じられる。あの時の言葉が嘘偽りではなかったと言う事を。
他者から見たら理解されないだろう。だからナスターシャは悲痛な声をあげる。
「もうあの子は私の知る調じゃないのかもしれない!調を語るフィーネなのかも知れない!それなのに何を信じろと言うんですか!?」
希望もなく、絶望と言う闇がナスターシャを包み込んで行く。
「何を信じろと言うんですか…」
悲痛な声をあげるナスターシャに弦十郎は声を荒げて言う。
「貴方があの子を信じないでどうするんですか!あの子はフィーネに塗り潰されていないと言ったのにそれを貴方が信じないで!貴方はフィーネの言葉を信じられなくとも、あの子の言葉を信じないでどうして否定し続けるんですか!」
弦十郎はナスターシャがに向けてそう言った。
「あの子の言葉を!覚悟を!何故否定する!確かに貴方にとってフィーネはその者の意志を塗り潰す力がある!だが!それでもあの子はあの子のままであると何故信じない!」
「信じたいですよ!あの子が調のままである事を!ですが…ですがその結果!私の知る調じゃなく、フィーネだった時!その信じた思いが崩れ去る!更なる絶望へと叩き伏せられる!その結果!私だけでなく!マリアが!切歌が!傷付く事が目に見えている!だからこそ信じるのが怖いのです!私達が救われても…あの子が居なければ…」
ボロボロと涙を零すナスターシャ。信じる気持ち。それは希望でもあり、それが反転すれば深い絶望へと叩きつけられるものと変わる。
だから信じる事が出来ないナスターシャ。信じ続け、それが実現され続けたからこそ、その逆がどれほど恐ろしいのかをナスターシャは語った。
だが、微かな希望も信じず、絶望に明け暮れていいのか?
違う。違悲観し続けるのは間違っている。そうあるかもしれないと言う考えを持つ事はあってもそうではないと思い、否定するのだ。
確かにその可能性も否定出来ない。だが、そうでない可能性もある。だから、信じるのだ。どんな小さな小さな可能性かもしれないが、信じない事には希望は巡ってこない。その可能性を掴み取れない。
だからこそ信じる事をナスターシャに説く。
だが、説いたところで話は平行線のまま。
どうすれば信じる?どうすれば希望を持ってくれる?絶望を抱くナスターシャにどうやって希望を持たせればいい?
弦十郎は考え、そして近くにいる朔也へとある事を伝え、モニターに写されていたある画面を大きくし、そしてそれをナスターシャに見せる。
そこに写されていたのはフィーネの力を使い、操られた切歌と戦う調の姿。逆効果に捉えられると考えたが、ナスターシャにこれを見せなければと思ったからだ。
そのモニターが大きく映し出され、ナスターシャは顔を逸らしてしまう。
「逸らさずに見てください。今の貴方にあの子がどちらに見えますか?」
弦十郎は顔を逸らしたナスターシャへとそう言った。
「あの子はあの子のままです。目の前の少女を自分の意思で、フィーネの力を使い、あの子を救おうと私には見えます。あの子にとって大事な友を救おうとする姿が、フィーネに見えますか?」
何度でも伝える。調は調であると。フィーネは確かに調の中にいる。だが、フィーネは力を貸しているだけと。フィーネは調を塗り潰さずにいると。
証拠にはならないだろう。フィーネは魂を塗り潰し、その人物を演じきれる。
だが、
『絶対助けるから!絶対みんな助けるから!絶対みんなで帰る!マリアと切ちゃんと一緒に!マムのところへ!』
その言葉は調自身の言葉にしか感じられない。みんなと一緒。共に過ごした大切な家族達とずっと共に居たいという思い。
そしてそれをする為に大切な者を傷付けなければならないという辛い感情。涙を流しながら戦う調の姿。
フィーネが塗り潰していれば、あんなに辛く、悲しみながらも戦うだろうか?
フィーネの魂を塗り潰す事が、何処までかはフィーネしか分からないだろう。
だが、分からなくとも、その姿は間違いなく調。魂も。思いも。覚悟も。涙も。全てが調のものであると。
「貴方はあんなにも辛く、悲しそうに…しかし、必ず助けたいと言う思いを吐露するあの子を…フィーネなのかも知れないと仰るつもりですか?」
弦十郎はナスターシャにそう説いた。
「…違います…」
ナスターシャは小さくそう言った。
「…あの子は…あの子はフィーネなどではありません…私の大切な…大切な家族の調です…」
だが、声は小さくとも、調の姿に、涙に。あれは自分の調だと。大切な家族である調であるとようやく理解した。
絶望が振り払われ、ナスターシャは小さな希望だろうと必ずそれを掴み取る光を見た。そして自分が間違っていた事も理解した。
何故少しでも調を疑ってしまったのか?調を信じてあげなかったのかと深く後悔する。
「私が間違っていました…調はもうフィーネで私の知るもので無いと考えていた事を…あの子は…あの子のままです…少し天然で…でも家族の事を一番思う気持ちはあの子そのものです」
だからナスターシャも涙を拭う。
「調…お願いします…切歌を…マリアを…必ず取り戻してください」
ナスターシャはモニターを見ながらそう言った。
絶望ではなく、希望を抱き、またみんなが無事である未来を歩む為に。
その姿を見てようやく安堵する弦十郎。
そして弦十郎もまた調と切歌の無事を。そして奏とクリスの無事を。そしてアシモフ相対する翼の無事を祈る。
そして、
(ガンヴォルト…みんな頑張っている…だから、早くこの状況をどうにかしなければならない…そうしないとみんな助からない…そんな結末を迎えてはならない…だから…だから…早くみんなを安心させる為…この状況を変える為…目を覚ましてくれ…ガンヴォルト)
未だ響や未来からの連絡が無く、眠りについているガンヴォルトが早く目を覚ます事を願い続けるのであった。
だが、その願いを阻むかのように、少しずつ、着実に歩み寄る絶望が這い寄り続けている事を気付けずに。