「巫山戯るな…巫山戯るなよ…」
ウェルはノイズを出現させた二課本部であるフロンティアの陸地に上がった潜水艇を見て絶句していた。
その理由は潜水艇を囲う蒼い雷撃の膜。
雷撃鱗。
それは
そしてその雷撃鱗の出現と共にノイズ達が一瞬にして消滅した事をソロモンの杖から感じ取った。
蒼い雷撃、その力の元にいるのは間違いなくガンヴォルトだろう。
アシモフはガンヴォルトの事を言及していた。
ガンヴォルトが今戦場にいない理由。それはかなりのダメージを負い、意識を失っている為に出撃出来ない事。だからこそ、本部を壊滅させ、絶望を与える為に行動した。
だが、その行動はガンヴォルトの目覚めにより阻止された。
「何故いつも肝心な時にいつもいつも…君は何処まで僕が英雄になる為の邪魔をすれば気が済むんだ!」
そしてその光景を見て頭をかきむしりながら叫んだ。
タイミングがいい時にいつも邪魔しにくる。
「アッシュの足元にも及ばない男が!いつまでもしぶとく立ち上がって!いい加減に死んでくださいよ!貴方は!死ぬべき男なんだ!貴方は僕の望んだ世界にはいらない!英雄は僕だけで十分なんだよ!」
ウェルは巫山戯るなと、そして憎悪の視線を向けてモニターを睨み付ける。
そして時間が経ってモニターに映る潜水艦を覆う雷撃鱗が消えた。
追撃するべきか?いや、ガンヴォルトが目を覚ましたのであれば、ノイズを大量に召喚しようとも雷撃鱗を張られ、何度も炭化させられていくだろう。
どうする?
アシモフは現状戦闘中。他の操られた装者はそれぞれ戦闘中。指示など飛ばしても対応出来るはずがない。
どうする?
ウェルは絶望をどうやって与えられるかどうかを頭をフル回転させて、考える。
潜水艦をフロンティアから落とす。だが、ガンヴォルトの事だ。落ちる分かればフロンティアに飛び移り、こちらへと駆けてくるだろう。
フロンティアの動力炉となったネフィリムを見ながら考える。だが、それにはリスクがある。まだ使うわけにはいかない。それは最終手段だ。
どのように対応するかを思考を張り巡らせる。
ガンヴォルトの復活で取るべき行動は?アシモフならどう考える?どうすれば絶望を与えられる?こちらの勝利の為に完全に相手の戦意を喪失させ、英雄となる方法は?
ウェルは考え続ける。
頭から搾り出そうともウェルにはフロンティアの簡単な操作、ソロモンの杖を使ったノイズの召喚以外出来る事はない。
かきむしり続けた頭からは血が流れ、頭を、顔を血で濡らす。
答えは出ないままただ時が過ぎて行く。
そして答えが出ないままいつの間にか雷撃鱗の消えた二課本部である潜水艦から憎き相手の姿が現れた。
ガンヴォルトだ。
装備を整えたガンヴォルトがまるで雷の様に駆けるガンヴォルトの姿。
「ガンヴォルト…君はどれだけ僕の!アッシュの邪魔をすれば気が済むんですか!」
数々の絶望を乗り越え、立ちはだかる怨敵の姿を視認して更に叫ぶ。
だが叫んだところでガンヴォルトは止まらない。足を止めない。着実にこちらへと駆けてくる。
だが、その姿を見てウェルは先程まで憎悪に苛まれていたが表情が一変し、嬌声をあげて喜ぶ。
「はは…あっははは!ガンヴォルトォ!貴方は自ら絶望をまた味わいたいみたいですね!君が自らこの場に向かおうとするなんてねぇ!」
ウェルはそう叫びながら再びソロモンの杖を再び振り翳す。
「ガンヴォルト!もう誰も居なくなった本部に貴方以外もう誰もノイズを止められる者なんて残っていない!絶望しろ!ガンヴォルトォ!」
ウェルは叫んで再びノイズを出現させた。
今度こそ終わらせる。ガンヴォルト以外を。
だが、再び潜水艦へと出現させた瞬間、駆け出したガンヴォルトが背後に向けて腕を翳す。
その先にあるのは勿論二課本部である潜水艦。その潜水艦に向けて放たれた雷撃。その雷撃は潜水艇へとぶつかると供に再び潜水艦を雷撃鱗が展開された。
再びのノイズ達の消失。
「ふ…巫山戯るなぁ!そんなのありなんですか!」
再度出現させたノイズを悉く消滅させたガンヴォルトに対してウェルは叫んだ。
そしてガンヴォルトはそんなウェルが見えているかの様に上空を見上げた。
『ウェル博士。もうあの中の誰にも手を出させない。もう誰も失わない。あの子を…切歌を取り戻し、調を安心させる。クリスを救って、奏を助けて、マリアを救い、翼を助ける』
ウェルに向けて言われた言葉。彼方にとっては独り言だろうが、こちらにとってはその言葉はあまりにも苛つかせてくれる言葉。
「巫山戯るな…巫山戯るなよぉ!ガンヴォルトォ!貴方はどれだけ巫山戯た事を抜かす!そんな事させるわけないだろう!貴方の理想など叶わない!そんな理想叶えさせてやるもんか!」
聞こえないだろうがウェルはガンヴォルトに向けてそう叫んだ。
『絶対に貴方達の計画を潰して見せる。だけど、その前に…貴方の前にアシモフを止める。例えボクがアシモフを止める間に何かしようと、貴方を止められなくても、みんなが止める。絶対だ。貴方達の計画は叶わない。ボク達みんながそれを止めるからだ』
そう言ったガンヴォルトは潜水艦に雷撃鱗を張ったままウェルのいる場所、そして切歌と調、奏とクリス、のいる方へ雷の様に駆け出した。
「巫山戯るなぁ!」
ウェルは潜水艦に張られた雷撃鱗によって打つ手が無くなりながらそう叫ぶしか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
戦場に二つの歌声が響く。
一方は朗読するかの様に感情のないままただつらつらと歌う歌。そしてもう一方は魂を揺さぶる様に感情が、思いが、願いが篭った祈歌。
切歌と調の歌であり、その歌声が響く戦場は苛烈を極めていた。
振るう丸鋸が地面を抉り、振るう鎌が空を裂く。躱して、受け、弾き、それを躱し、再度攻撃のレパートリーはあれど、そのサイクルは変わらない。だが休む事なく攻撃を繰り出し、躱し、弾き続ける。
武器は違えどアームドギアの練度は互いに同じ。装者としての実力はさして変わりがない。だが、切歌には調には無い当たれば致命傷を与える一撃を持つ。だが、そんな切歌には持たないものを今の調は持っている。フィーネの力。それ以外でも、今の切歌にはなく、今の調が唯一切歌に勝るもの、想いを、願いをのせた祈歌、そこから溢れ出すフォニックゲインがシンフォギアの出力を上げ、拮抗していた戦況がどんどんと傾きつつある。
切歌と調。本来優劣の無い二人。だが、操られている故に持たぬ想いと、希望を持ち、それを実現出来ると信じる想いが、その均衡を破ろうとしていた。
勿論、優勢に傾いているのは調。
目の前にいる切歌を救いたいと、元に戻って欲しいと、みんなで大切な家族がまだいる場所へ戻ろうと、その想いを、願いを込めて歌い続ける事によるフォニックゲインの上昇。その想いが、歌が調のギアの出力を上げ、切歌を少しずつ押していく。
調は幾重にも刃を交え、その歌に込めた想いが届くと信じ、切歌へ攻撃を続ける。
切歌は未だその思いに応える事は無い。だが、それでも歌で思いをぶつけ続ける。
何度も。何度でも。
切歌が解放されるまで。元に戻るまで。
(貴方の歌に呼応してフォニックゲインが高まっている。ギアの出力が上がって均衡を崩しつつある。均衡が崩れ、大きな隙が生まれたら私の力をあの子に流し、アシモフの洗脳を解く)
(でも油断はしない…そうでしょ?)
(そう。分かっているのなら良い。それにアシモフはそれを見越した事をあの子に施してある可能性もあるあの男はとんでもない外道。常に絶望を与える一手を持っている。現状もあの子の首に付いた爆弾と思わしき首輪。あれが以前貴方達にも仕掛けられた爆弾と同じ物だとしたら、あれを取り除くことも考えなければならない)
フィーネの言葉に、念押しに調も分かっていると返す。
切歌の洗脳はフィーネがどうにかしてくれる。だが、アシモフの事だけは何度でも言った。あの外道は何をしてくるか分からない。そして現状も救ったとしても切歌の危険も変わらないと。
あの首輪はアシモフの作ったシンフォギアを纏っていても首を飛ばす程の爆発力を持つ。それを既に見ているから嘘ではないと分かっている。
最悪の兵器。
あの時、ガンヴォルトがギリギリで救ってくれた為に生きている。だが今ガンヴォルトはいない。
響と未来を救う為に尽力し、ボロボロになって眠っている。
だから自分でどうにかするしかない。自分で切歌をアシモフの手から解放するしかない。
するしかないのだ。
(やって見せる…切ちゃんを助ける為に)
調は切歌の攻撃を防ぎながら踏み込み続けた。
想いが一歩踏み出す力を与え、願いが更なる一歩を踏み出させる力を与える。歌が切歌に届く一歩を歩ませる。
そして調の歌に込められた想いが少しづつ届く様に、切歌が変化が現れる。
歌が途切れ途切れになる。調の歌に切歌の意思が反応し、アシモフの洗脳から切歌自身が抗っているかのように見える。
切歌の一撃が拮抗していたはずが、いつの間にか、攻撃の重みが無くなり、鈍っている。苦しそうに、そして調を傷つけたくないという風に。
目元は見えなくとも、調には分かる。長く共に過ごした大好きな親友の苦しんでいる、その呪縛から抗っていると。
だからこそ、早く切歌を解放したい。早く、切歌を元に戻したい。その想いが調に熱を持たせる。
そしてその一歩一歩、一撃一撃がが切歌と調の戦いの拮抗を破った。
互いにぶつけ、弾き続けた攻撃。調の一撃が切歌の一撃を打ち破り、大きく弾き飛ばした。
調が唯一、今の切歌を上回る歌の力が、想いが、願いが、調の力となり、拮抗した力を打ち破ったのだ。
その瞬間に調は手を伸ばした。今この瞬間が切歌を助けるチャンスとばかりに。
(辞めなさい!今はまだチャンスじゃない!)
だが、フィーネが調の中で叫ぶ。だが、すでに行動に起こしていた調は止まれない。
そして弾かれた切歌は背中にあるブーストに点火させると共に、命を刈り取る鎌を構え、交差した。
◇◇◇◇◇◇
未来が操られた時同様、暗い空間の中にある檻の中に鎖によって身体の自由を奪われた切歌。
アシモフにクリスと共に浴びせられた雷撃。あれからずっとこの空間に閉じ込められている。
何をさせられているかわからない。抗いたいがどうする事も出来ない。
未来もあの時こんな気持ちであったのだろう。足掻こうにも足掻けず、ただ助かるのを、この状態を救われることを待つしかない。だが救われてどうなる?自分の中にはフィーネがいる。
そのフィーネが現れれば、自分と言う存在は消えて無くなってしまう。だが、それでも、大切な人にはさよならだけは言いたい。残した手紙があろうとも、みんなの前で笑って消えたい。だが、それは現状は不可能。
助けてほしい。この場所から解放して欲しい。
一人は嫌だ。たった一人で消えて行くのは。調も、マリアも、ナスターシャもいないこんな場所で誰にも知られず、自分が消えてしまうのは嫌だ。
「助けて…」
涙を流し、助けを求める。
みんなに自分と言う存在を知らずに消えてしまう事がない様に。みんなにさよならを言う為に。
そんな時、小さいが、何度も聞いた歌声が響く。
共に歌い、共に戦い、共に過ごした大切な親友の歌。
「調…」
聞き間違いか?自分が消えゆく前に自身の心が調の歌を思い出しているのか?
いや、違う。暗闇を照らす様に、その歌がやがて大きくなり、切歌の耳に届いた。
「調ぇ!」
切歌は調の歌を聴いて叫んだ。
調が来てくれた。調が自身を助けに来てくれた事に微かな希望を与えた。さよならも言わずに消えたくない。助けを求める様に切歌は調の名を叫んだ。
「助けて!調!一人で消えたくないデス!誰にも知られずに消えたくない!だから!だから!お願いデス!調ぇ!」
力の限り叫んだ。そして足掻いた。
調の歌が切歌に力を与えた。囚われた鎖を振り解く事が出来た。そして外からは檻を破壊する光が見えた。
それと共に意識が薄れていく感じがした。
助かった。そう思うと共に、光が切歌を包んでいく。
だが、
「二度も同じ事が起きると思うなよ?」
背後から聞こえた悪魔の声。
それと共に光に包まれゆく切歌を一つの雷撃を纏う鎖が切歌を縛った。
「アシモフ!?」
そして再び現れた鎖が切歌を再び暗闇へと引き戻そうとする。
「貴方にそうさせると思う?」
そう言うと共にその鎖を引きちぎる力の奔流。そして鎖から解放された切歌を誰かが再び光の中に引き込んだ。
「フィーネ!貴様!」
「フィーネ!?」
アシモフの声と共に切歌の腕を引き光に戻した存在を見て切歌も驚きの声を上げた。
自身の心を、存在を消しに来たのか?だから助けたのか?そう思った。
「アシモフ、貴方をこの手で殺せないのは惜しいけど、その願いはあの子が叶えてくれる。だからこの子の中から消えなさい」
そう言うと力の奔流でアシモフの鎖を完全な光の中から消し去った。
「…馬鹿な事を。紛い者が私に勝てると思うな。この者に残した力が消えようと、既に目的は達した。絶望を一つ与えられた。それさえ出来れば此方の勝ちだ」
そう言い残したと共にアシモフの声が聞こえなくなった。
そして光の中に残されたフィーネと切歌。
「…フィーネ…私の中から復活しに来たのデスか?」
切歌がフィーネにそう聞いた。
「何を言っているのかわからないけど、私は貴方の中にはいない。私がいたのは貴方の大切な親友の中よ」
自分ではなく調の中にフィーネが宿っていた事をフィーネが明かした。
自分ではない事に安堵した。自分は消えなくて済む。だが、それ以上に自身を救おうとした調がフィーネに飲み込まれたのではないかと絶望した。
だが、そんな切歌の表情を見てフィーネが言う。
「もう誰かの魂を塗り潰し、顕現しようとは考えていない。これは本心よ。塗り潰さず、あの子が望んだ未来を見ようと決めたから」
「…本当デスか?」
切歌はその言葉が本当なのかフィーネに問う。
「ええ。あの子に…ガンヴォルトに誓って」
フィーネはそう言った。その表情はとても穏やかで嘘をついている様に思えない。
だが、そう言った後、フィーネの身体がゆっくりと消えようとしていく。
「もう時間はない…貴方はまだアシモフの呪縛から解放されていない。それに、絶望はまだ終わっていない」
そう言うと共にフィーネが姿を消し、切歌の意識は再び操られた身体へと戻っていくのを感じた。
最後の言葉の意味を理解出来ずに。