目を覚ました切歌は泣き叫んでいた。
その腕に抱えられたのは目を閉じて、血を流している調。
切歌はそんな状態の調を抱え泣き叫ぶことしか出来ない。
血が止まらない。身体が冷たくなっていく。
止めようとしても流した血は止まらない。
「調!調ぇ!」
何故この状態になっているか少し前まで遡る。
◇◇◇◇◇◇
切歌が意識を取り戻す前、それは切歌へと向けて調が手を伸ばした後の出来事。
フィーネが調へと時ではない事を叫んだが、間に合わなかった。
調が切歌へと手を伸ばしたと同時に、切歌の背に備えられたブーストが火を吹き、体勢を無理矢理元に戻し、凶刃を再び振りかぶった。
「ッ!?」
まさかの反撃に調は反応出来なかった。手を引き戻して防御する事は敵わない。だが、調の中にいるフィーネは紫色の結晶を発現させ、調を守ろうとした。
だがフィーネのサポートよりも早く、切歌の凶刃は調の肩へと突き刺さる。
振り下ろされ、深々と突き刺さろうとした鎌はなんとかフィーネが出した結晶が阻む。
だが、それでも突き刺さった切っ先は心臓には達していないもののその傷はあまりにも深く重症。心臓にに達してなかろうと治療も出来ないこの場においてその傷は死を意味する。
だが、そんな事をさせまいとフィーネが力を使い、肉体の修復は出来ないにしろ止血をしようとする。
しかし、それはなんの意味をなさなかった。いや、意味をなさないのではない。何も出来なかったのだ。
イガリマによって深手を負った傷。その傷に力を使おうとしても何も起きなかった。それどころか、思いだけの、魂だけの存在であるフィーネにも感じる事のない凄まじい痛みを感じさせた。
(ッ!?)
痛みに対して耐性のあるフィーネですら抗い難い痛みに悶え苦しむ。
(これは…そうか…イガリマの…)
フィーネが痛みに堪えながら自身の記憶の中にあるイガリマにある能力を思い出した。
イガリマ。シュメール時代に語られた戦女神ザババの振るったとされる二振りの刃の一振りから作られた鎌。
そしてその一振りたるイガリマに宿る力は魂を切り刻む力。
振るった刃で切られ、その一撃を深く突きつけられた傷は肉体だけでなく、魂へと干渉し、魂を損傷させる。
肉体とは違い、魂の損傷は再生させる事は不可能。そもそも魂という概念に再生は存在しない。
その為にイガリマの一撃を受けた調とフィーネは肉体が辛うじて生きていようが魂を損傷している為に、死よりも恐ろしい、消滅という最後を迎えようとしていた。
フィーネはその状況に苦虫を噛み潰す。損傷した魂が、少しずつ消えていくのを感じる。
このままでは自身も、そして調も消滅する。消滅しない方法はあるにはある。だが、それは取らないと決めている。
どうする?時間はもうない。何が正解なのか?どんな行動が最善なのか?フィーネは頭をフル回転させる。
取らないと決めた手以外で何を成せばいい?
そんな時、
(…フィーネ…お願い…)
消滅していく中、フィーネに調の思いが語りかけてくる。
(私の焦りのせいで…もうマリアにも…マムにも会えない…でも最後に…最後に切ちゃんを…)
消えゆく中に調の思いがフィーネに流れ込んでくる。そして視界に映る刺されながらも切歌の身体に触れる手。
調も自身の死を、消滅を感じながらも、せめて切歌を救いたいと、調はフィーネに願った。
フィーネからすればたった数十年しか生きていない少女がもう諦めて、誰かを救う事を選んでいる。
その調の思いが、願いが、フィーネの考えを変えさせた。
そして、それと同時に後方に見えた、希望であり、自身が望み、託した未来を現実に体現させる光を見せる蒼い雷撃が見えた。
その雷撃を見てフィーネは笑みを零す。
自身を打ち破り、自身の力添えをしたが、紫電という強大な敵を討ち滅ぼした蒼い雷撃。
(そうね…私が貴方に託した望み…私自身が見なくとも…貴方なら必ず成し遂げる…なら、私のやる事は一つ…)
そしてフィーネは蒼い雷撃を見て、力を使う。
(最後なんて悲しい事を言わないで…貴方は消えない…私がそうさせない)
それはフィーネが持つ良心が、調の願いを、思いを聞き、導き出した答え。
消えそうな調の魂の損傷を自身が全て受け入れる。
それはフィーネが取ろうとしなかった手。
肉体に存在する調の魂とフィーネの魂。肉体に普通であり得ない二つの魂があるからこそ出来る芸当。そしてフィーネであるからこそ、魂だけとなり、何度も肉体にあるもう一つの魂を塗りつぶした事があるからこそ、出来る芸当。
魂という概念を知り尽くしているからこそ、それを可能とした。
消える運命を背負うのは調でなくていい。そしてフィーネは自身の力で、切歌の洗脳を、調の魂の損傷を受け入れた。
◇◇◇◇◇◇
それが切歌が目を覚まして起きた惨劇の顛末。
フィーネの最後の力で元に戻った切歌はその事を知らない。だが、フィーネが消える前に言った絶望がこの状況だと理解した。
自身が調を殺めた絶望が切歌を深く傷付けた。
深い絶望が切歌を覆い尽くす。大切な親友をこの手で手にかけた絶望。自分自身が洗脳に抗えず、操られ続けた不甲斐無さ。
切歌は泣き叫び続ける。
切歌の腕の中に眠る調の名前を叫びながら。
やっとの思い出解放されたと思ったのに。フィーネが自分では無いため、自分自身を失わずに済むことを知ったのに。そのフィーネが調を乗っ取らずに調のままにいさせてくれると言ったのに。
もう親友はいない。常にそばに居てくれた者は何処にも。
己の手で殺めてしまった。
それを知ったマリアやナスターシャは、切歌を許さないだろう。もう家族とも呼んでくれないだろう。
もう誰も切歌を許さないだろう。マリアも、ナスターシャも。大切な人を手にかけてしまった自分は。本当の意味で一人になってしまうだろう。
そして切歌の耳元に耳障りな音が鳴り響く。
その音の元凶は切歌の首に付けられた首輪。アシモフによって付けられた爆弾付きの首輪。
本来であれば、こんな物早く外したくどうにかしようとする。だが、切歌は何もしなかった。
大切な人を殺した自身に居場所など無い。人を…それも家族を…大切な人を殺した切歌を誰も受け入れない。マリアも、ナスターシャも。もう切歌にとって帰る場所など何処にもありはしない。
そんな自分を、人殺しとなり、大切な人を殺してしまった自分に居場所などもうどこにもありはしない。何の価値などありはしないと思う切歌は自身の死を望んだ。
だが、そんな絶望に包まれた切歌へと誰かの手が頬を撫でた。
それは切歌の腕の中にいる調。
「あの子でなくて悪いけど…大丈夫…あの子は貴方に殺されてない…死んでいない…だから…貴方が悲しむ必要はない…貴方の…思う絶望はこの子の死なんかじゃ…ない…今この状況こそが…私の言った…絶望…お願い…信じて…この子のために…私の望む…あの子に託した未来の為に…」
途絶えながらも調の口から紡がれる言葉。それは調のものでなく、精神の中で現れたフィーネの言葉。
だが、調を通して紡いだフィーネの言葉と共に耳障りな音は加速していく。
まるで時間が残されていないかのように。
「もう…私自身も…時間がない…このままじゃ…貴方も…この子も…終わってしまう…」
途絶えながらも調を通してフィーネが切歌へと訴えかける。
「この場所を…貴方の声で知らせて…あの子を呼んで…あの子なら必ず…貴方達を…救ってくれる…お願い…この子の代わりに消える私の最後の願い…」
調の口から紡がれるフィーネの言葉。それが嘘かどうかも分からない。
自暴自棄となった切歌だが、調の口から紡がれた貴方達と言う言葉に僅かながらに心を動かされた。希望を持たせた。
まだ唯一の方法が有ると思えるその言葉。まだ自分には希望が残されていると思わせる言葉。嘘かもしれない。そんな物は存在しないのかもしれない。
「…本当に…本当に調は生きていて…私もこの絶望から救われるデスか?」
時間がないが、それでも切歌はフィーネへと問う。
「ええ…でも…それは救われたら…だから急いで…あの子を…
だが、あの地獄から救い出したフィーネの言葉をもう一度信じた。
絶望が希望に変わる事を。自身にまだ居場所があると思える為に。
フィーネの言うあの子など言われなくとも誰か分かる。
この首輪を外せる存在は起爆装置を持つアシモフとウェル。だが、その二人など端から救われたいと望んでいない。
もう切歌にとって信じられるのはあんな男達などでなく、フィーネが未来を託した男だけ。
だから切歌は自身の出せる最大限の声で。喉が潰れるくらいの声で。その名を叫んだ。
「ガンヴォルトォ!」
そう叫んだと共に、切歌の首に付けられた首輪が爆発した。
だが、その爆発が起きる前に、蒼い雷撃が二人の元に向かい迸っていた。
◇◇◇◇◇◇
海の様な空間の中。
調はその中にいた。
イガリマ自身の能力により損傷した魂が消滅へと向かっているのだろう。
フィーネは自分の願いを聞き届けてくれたか?切歌は無事なのか?不安に苛まれながらも調はただゆっくりと消えゆくまでの時間を過ごしていた。
(ごめんね…切ちゃん…こんな事になって…マリア…マム…ごめんなさい…セレナ…マリア達を悲しませて…)
そして調は謝罪していた。
残していった者達へ。亡き者に対して。居なければならない場所に居れない事に対して。
悔いが無いと言えば嘘になる。自分もその場所に居て、みんなと共に生きたかった。
だが、それももう出来ない。
だからこそ謝罪の言葉を並べていた。届く事はないとしても。
(…そんな謝らなくていいのよ。貴方は大丈夫だから)
そんな調に向けて発せられた言葉。
その言葉の発する方に目を向けると調べと同様に漂うフィーネの姿があった。だが、その身体はボロボロと崩れていき、今にも崩れ去ろうとしていた。
(貴方の受けた魂の傷…それは私が引き受けた…だから貴方は消える事はない…)
フィーネはそう言った。
(ッ!?)
その言葉に調は唇を噛んだ。消えることがない事は喜ばしい事。だが、自身を救ってくれたフィーネが、敵ではなく、味方として助けてくれたフィーネがそうならなければならない事に自身の未熟さがとても歯痒いのであった。
(…いいのよ…私はどうせ…あの子が望んだ未来を見せてくれるまで眠るだけだったから…)
(でも…見たかったんでしょ…あの人が…ガンヴォルトが望んだ未来を…)
調はフィーネに向けてそう言った。
(…そうね…可能であれば…自分の目で…見たかった…でも…いいのよ…)
悲しそうだが、だが、それでもフィーネは満足そうに笑った。
(未来が見えなくても…その道筋となる希望は見えた…それを必ず実現させてくれる光を見せてくれた。アシモフと違って…どこか暖かい希望の
フィーネは後悔がないといい、そして調へ願いを託す。
(私の代わりに…あの子が望んだ未来が手に入れた時…貴方はその未来をその目でしっかりと見て置いて…私の代わりに…私が見れなかったとしても…それを現実にして貴方が見れば私は満足よ…今後…どんな状況があろうとあの子なら必ず掴んでくれるから…そして…もう一つは叶わないかもしれないけど…もし…もし貴方が…)
フィーネが崩れながらか細くとも小さくなりながらも調へと伝えた。
調はその言葉を聞いて分かった、必ず伝えると言って頷いた。
それを聞いたフィーネは笑みを浮かべ、海中のような空間で崩れながら水に溶けていくように消えていった。
(フィーネ…ありがとう…必ず…貴方の願いを…貴方が私に託した願いを叶えます…)
自分の代わりに消えていった恩人へと向けて必ずその願いを叶える事を誓い、意識が浮上していく感覚に身を任せた。