戦姫絶唱シンフォギアAB   作:株式会社の平社員

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二〇〇話行った…


114GVOLT

クリスと奏はソロモンの杖を取り戻したがウェルに逃げられ、ガンヴォルトは翼を救うべく歌が聞こえるところを探しながらフロンティア中央を目指し、弦十郎達は本部からクリス達の救援へと向かう中、更にその奥。弦十郎達とは真逆の端まで追いやられながらも、翼はアシモフと戦っていた。

 

力の差は歴然。シアンの歌の力、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を持ってしてもアシモフに有効打を決められない。だが、それでもアシモフの魔の手に掛からぬよう、翼は懸命にアシモフと交戦を続けていた。

 

「いい加減にしたらどうだ、風鳴翼!幾ら貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)をその身に宿し、シンフォギアを更に強化(パワーアップ)しても、貴様如きが私に勝てる筈も無いと何度も言わせるな!」

 

アシモフの攻防に必死に喰らい付きながらもアシモフの攻撃を捌いて行く。勿論完全に捌き切れる事はなく、弾丸が露出する肌を掠め、剣で受けた一撃は骨を軋ませる。雷撃が身体を麻痺させる。

 

「ならば私も何度でも言おう!貴様に私は勝てない!だが、こうやって時間を稼ぐ事で戦況が変わる!勝てなくとも時間を稼げば変わる未来がある!貴様を倒す存在が!ガンヴォルトが来てくれる!」

 

翼も叫んだ。

 

何度だって言ってやる。こうしている時間がアシモフ自身の敗北へのカウントダウンだと言う事を。ガンヴォルトというアシモフを殺せる存在が翼の歌を聞きつけてきてくれると。

 

「ほざくな!紛い者如きが私を殺せると!?たった一度の私に舞い込んだ不運(アンラッキー)で追い詰めただけの分際が私を殺せると!?馬鹿げた妄想(ナンセンス)だ!そんな幸運(ラック)はもう二度と起こらない!奴が再び私の前に立ち塞がろうと私を紛い者如きが殺せはしない!あるのは奴の(デッドエンド)だけだ!」

 

翼の言葉に激昂して叫ぶアシモフ。その言葉と共にアシモフの攻撃に更なる力が宿る。雷撃が更に迸り、一つ一つが意識を刈り取る程の威力を秘めている。だが、翼もそれを捌いている。完全に捌き切れるとは言えない。迸る雷撃が翼にどんどんと苦痛を与えている。

 

「貴様の妄言だろう…その言葉は…ガンヴォルトは貴方に殺されはしない…敗北し続けようとも…貴方に殺されなかった様に…貴方のせいで絶望に叩きつけられたとしても…ガンヴォルトは絶対にアシモフ!貴様などに完全に負けはしない!何度だって立ち上がる!何度だって貴様の前に立ち塞がる!貴様を倒すまで!貴様という存在を殺すまで!」

 

そう言って翼はアシモフの攻撃を振り払い、剣を振るう。

 

勿論、アシモフには当たらない。アシモフの持つ銃で軌道を逸らされる。だが、それでもようやく攻守が交代した。

 

今まで言いようにされていた鬱憤を晴らす様にアシモフへと連撃を繰り出す。

 

だが、

 

「貴様如きの剣が当たるわけがないだろう!」

 

アシモフは翼の連撃を意図も容易く躱す。

 

躱しきれぬ攻撃は銃で軌道を逸らし、翼の連撃を悉く無意味に変えていく。

 

実力差は分かっている。だが、それでも翼は攻撃の手を休めない。

 

当たらない。だからどうした。

 

当たらないのであれば、攻撃の速度を上げればいい。今でも全力であろうとまだ出しきれていない力がある筈。

 

百パーセントで届かぬなら百二十パーセントの力で。

 

届かないのがどうした。

 

届かぬのなら届くまで踏み込めばいい。最も速く、更に深く、抉る様に。

 

踏み込みを更に深く、そしてアシモフとの距離を更に縮めながら踏み込んで剣を振るう。

 

だがアシモフはそれら全てを凌駕する。

 

当たらない為に出した百二十パーセントの力をアシモフは平然と受け流し、攻撃をいなしていく。

 

届かぬ為に更に踏み込んで振るう剣を何なく躱していく。

 

実力差がありすぎる結果。

 

翼の十二分の力を出し切ろうがアシモフは意図も容易く翼の攻撃を捌いていく。

 

「貴様達とは実力もそうだが、思いも違うのだよ!胸に宿した思いがな!」

 

そう言ったアシモフは翼へと横薙ぎの蹴りを入れて蹴り飛ばす。

 

なんとかガードしたものの攻撃の手を止めてしまい、更にアシモフとの距離が再び離れてしまった。

 

「貴様達が私に勝てる要素など一つとしてありはしない!電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を得た所で、百二十パーセントの力を出した所で足りないのだよ!幾ら貴様が電子の謡精(サイバーディーヴァ)によって強化(パワーアップ)した所で変わらない!私と貴様には初めから隔絶した実力差があり、それは何をしようと覆る事はない!」

 

アシモフはそう言い切った。

 

隔絶した実力差があるのは初めから知っている。幾度となく対峙してアシモフに一度しか傷をつけられなかったからそれはよく分かっている。

 

だけど、

 

「それがなんだと言うんだ…貴様と私にどれだけ実力の差があるとしても、諦めて貴様の元に降るなど私の中には存在しない!」

 

翼はボロボロになっても剣を構えそう叫んだ。

 

実力差があろうとも翼に諦めの選択肢など絶望を希望に変えたガンヴォルトがいる為に存在しない。それにガンヴォルトが来ると約束したのだ。自身の歌声を頼りに、この場に来ると言ってくれたのだ。

 

ならば翼の答えは初めから決まっている。

 

全力で時間を稼ぐ。ただそれだけだ。

 

勝てなかろうが負けなければいい。負けなければ時間を稼ぐことが出来る。そうすればアシモフを止める事の出来るガンヴォルトが必ず現れる。

 

だからこそ、翼は剣を構える。それに合わせて翼の思いに応える様にシアンの歌が翼を昂らせる。

 

「まだまだ終わらない!貴様との戦闘を引き伸ばす!ガンヴォルトの為に!貴様を殺せるガンヴォルトの為に!」

 

「ほざくな!」

 

そして二人は再び激突する。

 

翼自身は気持ちを昂らせようが満身創痍。アシモフは依然として力を増し続けている。

 

だが、それでも翼は負けるつもりなどない。この身をアシモフに操られぬ為に、ガンヴォルトが来るまで時間を稼ぐ為に。

 

翼は剣を振るう。この歌がガンヴォルトに届く様にと。

 

◇◇◇◇◇◇

 

アシモフと翼が何度目かの激突を繰り返す中、フロンティア中央に到達した一つの影があった。

 

そしてその影の到着を見てボロボロになって拘束されたマリアは悔しそうな表情を浮かべる。

 

マリアの目の前に入ってきたのはウェルの姿であったからだ。

 

そんなマリアの表情を見てウェルは激昂する。

 

「貴方も僕を笑うのですか!ただの道化に過ぎなかった貴方が!何も出来ない貴方が!」

 

そう言ってウェルは怒りのままマリアに近付くと蹴りを入れようとするが亜空孔(ワームホール)がそれを拒み、マリアに蹴りは当たらない。アシモフの様な速さ、そして激昂して溢れ出る殺意がネフィリムに残ったマリアを守りたいというセレナの意志がウェルの攻撃を遮断する。

 

「チッ!忌々しい!たかが想いだけの存在のくせに!僕達の計画の邪魔をして!いい加減にして下さいよ!」

 

マリアに何をしても無駄な事がウェルの怒りを更に助長させ、ウェルは動力炉にあるネフィリムの心臓へと叫んだ。

 

マリアはそんなウェルの後ろ姿を見ながらもただ何も出来ない自分に情けなさに涙する。

 

自身は切歌も調も守れず、ナスターシャすら守れなかった。何も出来ず、こんな事になり、剰え死してなお、ネフィリムの中に意志を残すセレナに守られてばかりいる自分。

 

そんな自分が情けなくなる。

 

何も出来ず、ただ傍観に徹することしか出来ない自分が本当に情けない。

 

守らなければならない大切な二人の状況も分からない。ナスターシャすら安否も分からない。それが更にマリアを苦しめる。

 

そんなマリアの心情など知らないウェルは動力炉にあるネフィリムの心臓近くのコンソールを操作する。

 

「ソロモンの杖を失った…装者にすら敗北した…だからって何も出来ないと思うなよ!機動二課!ソロモンの杖が無くても!アッシュが居なくても!僕にはまだフロンティアがある!僕自身に打ち込んだネフィリムの細胞がある!貴様達をどうにか出来なくてもアッシュが貴様達をどうにかする!ならば僕はただ計画を進めるだけ!こんな顔で!こんな姿で立ちたくはなかったが仕方がない!」

 

操作したコンソールから何か出るのを確認するとウェルは懐からある物を取り出す。

 

それをなんの躊躇いもなくそれに刺すとその中にある何かを注入する。

 

そしてコンソールを更に操作してあらゆる国の放送をジャックさせる。そして映し出された自分の姿を見ると叫ぶ様に映し出されたモニターの様なものに叫んだ。

 

「私はウェル博士!この世界の英雄たる存在になる人だ!急に何を言っているか分からない!そう思うでしょうが!そんな事はどうでもいい!今から告げるのは真実であり、希望だ!」

 

そして何をしたいのか分からない様な宣言を行い始めた。

 

「今この地球は崩壊が差し迫っている!ふざけていると思うだろう!?だが真実だ!いくつかの国はそれを既に知っており!どんな対策を立てようが無駄だという事も!その真実がこれだ!」

 

そう言ってウェルが映し出したのは月の落下機動予測。その機動落下予測はウェルがフロンティアを浮上させる為に、更にタイムが短くなっているものであった。

 

「この結果は嘘ではない!真実だ!この世界は既に終焉へと向かっている!人類はやがて月の落下によって絶滅する!」

 

ウェルはこれが真実とばかりに演説の様に語る。もちろんウェルの言う事は正しい。だが、それでもいきなりの事には誰も信じないだろう。

 

しかし、ウェルにとってどうでもいい。信じずにのうのうと過ごそうが月の落下によってこの星の人類は死ぬだけ。

 

「ですが安心してください!僕と言う英雄がいる限り、死なずに生き残る人々は存在する!僕とある人物を英雄と慕い!崇拝するものだけが生き残れる!」

 

そう言った。だがただの放送によって映るウェルの姿はあまりにも英雄と呼ぶにはふさわしくない。顔が腫れ上がり、ボロボロの姿。誰もその言葉に耳を傾けないだろう。

 

だからどうした?ならば死ねばいい。だが、自身が英雄になる為にはそれを語り継がねばならぬ人達は一定数必要。

 

だからこそ、選別を行うのだ。

 

「まあ、こんな姿の僕を誰一人として信じないでしょう。だから、武力で信じさせようと思いましてね!」

 

そう言ってネフィリムの細胞を打ち込んだ事により変形した腕をコンソールへと叩きつける様に置く。

 

その瞬間、ウェルの背後の幾つも地面が盛り上がり何かを形取っていく。そしてネフィリムとも違う異形の怪物を生み出してこう言った。

 

「今から全世界へと向けてこの怪物達で攻撃を開始します!勿論、抵抗するものは全て殺します!と言っても貴方達は何も驚かないでしょう!だからデモンストレーションを行なってあげます!まずは私がいるこの国!その首都を壊滅させる!不可能!そう思うでしょうがこの怪物達には可能なんですよ!」

 

そう言うと共にウェルの背後に出現した怪物達が炎を、光を、紫色の閃光を、そして全てを喰らい尽くす黒き粒子を放出する。

 

それはネフィリムの細胞から作り出した生物兵器。ネフィリムという完全聖遺物を核により動くフロンティア。そしてそのフロンティアに行き届かせた結果、ネフィリムの細胞が生命を産み、その細胞が幾つも増殖しが生み出された兵器。そしてその兵器一つ一つにはネフィリムが取り込んでいた第七波動(セブンス)能力を携えていた。

 

「この怪物の力は一国がどれだけ力を保有していてもそれを全て上回る力を持っている!生き残りたければ私に乞いなさい!私を!そしてアッシュを!この世界の英雄なる者に!」

 

そう叫んだ。

 

「ふざけるな!貴方!何をしようとしているかわかっているの!?」

 

だが、それを制する者がいた。絶望していたマリアだ。いくら絶望していようが、あまりにもふざけていたウェルに言葉にマリアは黙っていることが出来なかったのだ。

 

「何をしようかですか!そんなの選別に決まっていますよ!僕とアッシュを英雄というものだけが生き残るための選別!それを今ここでやろうとしているんですよ!そしてデモンストレーションとしてまずはこの国!その首都を叩き潰す!この国は僕達をとことん邪魔してきていたからね!そんな人間達!初めから生かすなんて考えていないんですよ!」

 

身勝手な言葉にマリアも自らの不甲斐なさによる絶望など今この男が起こそうとする悲劇を前にしては小さな事。だからマリアは叫んだ。

 

「そんなふざけた事を!」

 

「巫山戯てなどいませんよ!何も出来ないと貴方が!何もなす事も守る事も出来なかった貴方が今更何を言い出すんですか!道化の分際で!役立たずの分際で!」

 

ウェルはマリアに向けてそう叫んだ。

 

「デモンストレーションの前のデモンストレーションだ!貴方から殺してあげましょう!幾ら貴方が守られているからとは言ってもこの物量全てが襲えばどうなる!?貴方を守ろうとする意志があれど!同じ力を持つこの怪物達を全てどうにか出来ますか!?」

 

マリアはその殺意に満ちた目に、そして全ての怪物達がマリアへと向けてオーバーキルにも近い一撃を放とうとしている事に目を瞑る。

 

セレナの意志に守られている自分にはなす術がない。これだけの攻撃をセレナが全て守り切れるかも分からない。

 

更に押し寄せる絶望の時にただマリアは目をつぶって死を待つしかなかった。

 

「死ね!マリア・カデンツァヴナ・イヴ!」

 

その言葉と共に殺意がマリアへと全て向けられた。

 

ここで死ぬ。何も守れず、何も出来なかった自分は。悪にも、正義を貫く事も出来なかった自分は。それが自分の限界なのだろう。悔しさと後悔の中、ただ、訪れる死を待つことしか出来ない。

 

だが、向けられていた殺意がバチッという何かが弾ける音と共に急に無くなる。

 

そしてそれと同時に、訪れる沈黙。

 

だが、その沈黙はある男の声によって破られた。

 

「巫山戯るな…本当に巫山戯るなよ!なんでいつもタイミングがいい時に現れる!?何故僕の英雄となる瞬間を邪魔する様に現れる!英雄でない君が!死ぬべき大罪人が!」

 

ウェルが急に叫び出したのだ。その言葉に恐る恐るマリアは目を開けた。

 

目を開けて打った光景は、先程生み出された怪物達が、ノイズの様に炭化して炭のカスとなって宙に舞い上がっている状況。そしてその手前、そこにいたのは蒼いコートをたなびかせ、雷撃を迸らせながら、マリアの前に立つ一人の男性。

 

「よく一人で耐えてくれた…よく一人で生き残ってくれた…四人の約束を守らせてくれてありがとう…」

 

そう言いながら、安堵の表情を浮かべ立ち尽くすガンヴォルトの姿であった。

 

嘘だと思いたかった。何故敵である自分にそんなことを言うのか理解できなかった。だが、それでも、目の前にいる男が、ガンヴォルトが自身の命を守ってくれた事に涙が溢れてしまう。

 

「あっ…あ」

 

言葉に出そうとも急に起こった事に、極度に与える目の前の男の安心感から言葉が出なかった。

 

「大丈夫…何も言わなくてもいいよ」

 

そう言うとガンヴォルトはウェルの方に向き直った。

 

「奏とクリスの努力をよくも無駄にしてくれた…この世界の人達を危険な目に合わせようとした…四人とも約束をしていた人をよくも殺そうとしてくれた…」

 

そう言ってガンヴォルトから迸る雷撃が更に強くなる。

 

それはまるで神の怒りを体現していると言える様な感じであった。

 

目の前にいるガンヴォルトにビクビクと怯えながらもだが、まだ何かやろうとするウェル。再びウェルはコンソールへと手を置こうとした瞬間、ガンヴォルトが手を翳し、雷撃を放つと、ウェルの手が触れそうになるコンソールを破壊した。

 

「もうやらせはしない…もうこの世界を傷付けさせない…」

 

そう言ってガンヴォルトはウェルに向けて構えをとるのだった。

 

「巫山戯るなよ!巫山戯るなよ!」

 

それと同時にウェルの怒気を孕んだ叫びが木霊した。

 

何度目かとも言える絶望()。それを幾度となく払い続けた希望()。それが今再び、どちらかを塗り潰そうと再び互いの存在をより色濃くさせていく。


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