雨の降る中、ボクはある場所に来ていた。人気の無い廃墟となったアパート。ここに来た理由は雪音クリスの潜伏場所と知ったからこそ、ここに来た。
仕事時に確認した防犯カメラの映像。そして、クリスの姿が捉えられた映像が最後に映し出した場所、その近くで潜伏するのに都合の良い場所がここであった為、この場所を訪れていた。
「ガンヴォルト、お前もここに来ていたか」
「弦十郎こそ」
話しかけられたがボクは振り返ることなく、その声だけでも後ろにいるのが弦十郎と理解した。
「まあな。昨日お前が調べていた映像を少しだけ見てしまったからな」
そう言うと、弦十郎はボクの手に持つ物を訝しげに見る。
「それで懐に持つダートリーダー以外にも何か持っているがそれは?」
「雪音クリスが今逃亡している身だからね。一応警戒されるとは思うけど彼女の腹の足しになるものを」
そう言って雨に濡れない様に袋の中に入ったバスケットの中身を見せる。中には数種類のサンドイッチ、そして魔法瓶が二つ入っている。
一応春だが、雨が降ると肌寒く感じる時期であり、暖かいものが必要と思い、紅茶とスープを入れておいた。
「そうか…流石、慎次に翼の栄養管理を任されているだけあるな。俺なんてこんなものしか用意出来なかった」
そう言って弦十郎はコンビニの袋を持ち上げる。その中にはあんぱんと牛乳が入っていた。
「いや、弦十郎の方が正しいかもしれない。ボク、いやボク達はまだ雪音クリスには敵認定されていると思うから、ボクの持ってきた物よりも弦十郎の持ってきている既製品の方が安心して食べられるかもしれないし」
「そうかもしれないが、今の彼女は追われる身となってしっかりとしたものを食べていないのかもしれない。そう考えるとガンヴォルトの作ったものの方が栄養的に良いと思うのだが」
「食べてくれるか分からないし、とりあえず雪音クリスの捜索をしよう。食べるか食べないかはまた考えよう」
そう言うとボクと弦十郎は廃墟となったマンションに入って行った。
虱潰しに探す訳ではなく、クリスの潜伏場所は把握している為、ボク達はその場所に向かう。把握している理由はこの廃アパートの管理会社の方の記録から鍵の壊れている場所をサーチしている為入れる場所はそこしかない為だ。外側から窓を割れば分かるだろうが、わざわざ見つかる様な真似を雪音クリスがする事はないと予想している。
「会った事のない俺が行くよりも面識のあるお前が入った方が警戒は少し緩くなるかもしれない。二人だと彼女を威圧してまた逃げられる事も考えられる」
「そうかもしれないけど、ボク自身の事を多少なりとも知っている雪音クリスにとってはボクが入ると逆に逃げてしまう可能性もあるんじゃない?」
「そうかもしれないが、逃げられてしまったら追跡するしかあるまい。とりあえずまずは彼女との対話だ」
そう話している内に彼女の潜伏している部屋の階層に到着する。弦十郎から持っていた袋も手渡される。
「俺はこの階で待機しておく。何かあれば突入するからな」
そう言ってボクは弦十郎に任されてクリスが潜伏する部屋へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
クリスは廃墟となったマンションの一室にいた。少し肌寒いが先住者の残していた古い毛布に包まってなんとか寒さを凌ぐ。だが、寒さは凌ぐ事は出来ても、今まで何も食べていないせいで腹の音だけが鳴り止まない。
「くそっ」
あの時に友達となってくれた未来に何か貰えばよかったかもしれない。だが、いきなりそんな厚かましい事をしてもいいのか。そもそも友達とはどういったものなのか理解出来ないクリスは悩む。
だが頭を回転させるたびに腹の虫は大きく鳴いて思考を鈍らせる。
雨の降る外を見る。今なら人も少ないだろうか。それだったら適当な店に入り、食べ物を食べて逃げればなんとかなるかもしれない。一般人に対してならシンフォギアを纏えば逃げられる。
だが、そうする事によりニ課の連中に居場所がバレる可能性がある。それにそんな事の為にシンフォギアを使う事。そして何よりそんな事をすれば自分ではなく、他人に迷惑を掛けてしまう。
クリスは腹の虫を抑える為に毛布に包まり、腹を抑えて横になる。
その瞬間、玄関の方から扉が開く音が聞こえる。直ぐに毛布から出て、壁に背を付けると侵入者を撃退しようと息を潜める。
侵入者は躊躇いもなく、入ってくるとそのままこちらに向けて歩いてくる。
クリスは拳を握り、姿を見せた瞬間に拳を振りかぶり、現れた人物に向けて振るう。しかし、いとも容易く受け止められる。
クリスは逃れる為に狭い部屋の隅へと後退り、入ってきた人物が何者かをここで気付いた。
そこには、ガンヴォルトの姿があったからだ。
直ぐにペンダントを握り、聖詠を歌おうとするが、声を出そうとした瞬間に腹の音が鳴り響く。
クリスは顔を赤くして腹を抑える。そんな事を暖かな視線を向けてくるガンヴォルトにムカついて噛みつく。
「なんだよ!」
「やっぱり持ってきておいて正解だったようだね」
そう言ってガンヴォルトは手に持った袋を二つクリスの方に向けて差し出す。クリスは警戒しながらもガンヴォルトの持った袋を奪い取って、その中を確認する。一つにはバスケットが入っており、もう一つの袋にはあんぱんと牛乳が入っていた。
「しっかり食べてないんじゃないかと思って持ってきた」
そう言うガンヴォルトは懐にしまう銃を取り出すと地面に置いてクリスの方に滑らせた。
「どういうつもりだ?」
「君と対話をする為に来たんだ。これを持ってたら君も安心して話を聞いてもらえそうにないしね」
そう言うとガンヴォルトはクリスとは逆の壁に寄ると壁を背に座った。
クリスはガンヴォルトの能力を知っている為、この銃がなくとも警戒を解かずに、窓側の隅に寄るとクリスも座る。
警戒しつつ、持ってきた袋を置いてバスケットの方に手を伸ばす。中にはラップに包まれたサンドイッチがあり、野菜が綺麗に並んだ野菜サンド、卵サンド、そして照り焼きだろうか、挟まれた肉に何かソースのかかったサンドが二つずつ入っており、開いたスペースに二つの魔法瓶がある。多分、飲み物か何かであろう。今のクリスにとって直ぐにでも欲しかった食べ物。だが、クリスは警戒して反対側にいるガンヴォルトに問う。
「…誰が作ったやつだ?」
「ボクだけど…何か入っているって心配をしているなら食べずにもう一つの袋の方を食べればいい」
ガンヴォルトはそう言う。クリスはそれだけ聞くとラップを乱雑に開けるとそのサンドイッチにかぶりついた。
「何か入っているとは思わないの?」
ガンヴォルトの言葉に一つのサンドイッチを食べ終えて、二つ目に手を出しながら言った。
「前にも言っただろ。関係のない奴等を救えば、あんたの事を少しは信用してやるって。逃げている時にあんたらのお仲間が被害者がいない事を言っていた」
そう言って、サンドイッチを食べる事を再開する。ガンヴォルトが作ったと言っていたが悔しい程美味しかった。
魔法瓶に入ったまだ温かいスープを全て飲み切り、残りの紅茶を飲む。スープ同様に冷えた身体に温かい飲み物が身体の芯から温めてくれる。
クリスは紅茶を飲み干して、魔法瓶を全てバスケットに入れるとガンヴォルトに向けて空のバスケットを滑らせる。
「美味しかった?」
「…美味かった…」
正直な感想。それだけ聞くとガンヴォルトは笑みを浮かべてバスケットを回収する。
「それで聞きたい事があるんだけど」
ガンヴォルトの言葉を遮り、クリスは言った。
「まず、私の友達の安全が先だ。それとお前が何故あの時、私の理想の為の行為が何で平和を掴めない事をお前が知っているかもだ」
それを聞いたガンヴォルトは既にこちらの友達を知っている様で言った。
「君の友達、小日向未来、それにその子と一緒にいた女性は無事だよ」
クリスはそれを聞いて胸を撫で下ろす。そして、ガンヴォルトは少し間を置いてクリスをかつて否定した理想に辿り着く事が出来ない理由を述べた。
「否定したのはその事を知っているからだ。力が正義っていうのは間違いなんだ。結果的に表面的には平和は保たれるかもしれない。だけどその中には恐怖や憎しみが生まれていずれ身を滅ぼす」
「私が聞いているのはそんな事じゃねぇ!私が知りたいのは何でお前がそんな事を知っているかだ!」
その言葉にガンヴォルトは自分の出自について手短にクリスに語った。その言葉にクリスは絶句する。
ガンヴォルトが別の世界の人間。そして戦っていた過程の中でクリスのやろうとしていた事に対してあのような事を言った意味を知る。
だが、クリスにとって驚くべき事はその過程である。ガンヴォルトは幼い頃より囚われ、酷い仕打ちを受けていた事。そしてクリスの様に過去にその様な行いがあり、そして同じ様な境遇の人を生まない為に戦っていた事。
クリスと似たような境遇。そしてクリス同様に苦しんでいる人達を出さないようにした結果、信じていた者から切り捨てられ殺されかけた。
クリスは初めて遭遇する近い境遇の男。それなのに、ガンヴォルトの今はどうだ。自分はこんなに辛い目に遭っているのにも関わらず、何故こんなにも気丈に振る舞え、笑えるのか。
「何でお前は…何でお前はそんな幸せそうなんだよ!私とフィーネの関係の様に…お前も信頼していた男に裏切られたんだろ!?なのに何でお前は幸せそうに笑える!?お前と私の何が違ったんだよ!?私もお前も同じ穴のムジナなのに何で私だけこんな目に遭ってお前はそう笑える!」
「…多分ボクは今まで、本当に心から笑った事はないと思う。まだ救えていない大切な人がいる。ボクがこの世界に来た原因となったあの人に何故こんな本当になぜあんな事をしたのか、あの時の言葉が本心でない事を願いながらも聞かないとボクが心から笑える日なんて来ないと思う」
その言葉は本心だという事はクリスにも分かる。だが、それでも何故そこまで自分の意思を押し潰してでも笑う理由が分からない。
「それでも人を助ける事が出来た、守る事が出来て笑う事は出来るよ。それだけでもボクにとっては…今のボクにとっては十分なんだよ。例え、心から笑えなくとも、それだけの事でもボクは良かった、こんなボクにでもまだ救う事が出来る。それだけでも心の曇りが取れなくても別にその事を忘れて笑える訳じゃないよ。本心を知る人にしたら道化にしか見えないかも知れない。でも、それでも…その行動に間違いはない。かけがえのない命を守る事が出来た。心から笑えなくてもよかった、守れた。嬉しいという感情が消えている訳じゃない。だから嬉しくて助けられて、救えてよかったと笑えるんだ」
「だからって…だからってお前はそれでいいのかよ!本心で笑えなくても!本当に心の底から笑う事が出来なくても!?」
クリスは何度も叫ぶ。目の前にいるガンヴォルトに対して。ガンヴォルトの事が何故か心配になる。敵であるはずなのに、何処か心の奥底にある真意を知ってしまったから。
「いいわけないよ。でも、今やるべき事の優先順位は見誤りたくないんだ。確かにさっき言ったやるべき事もある。だけどボクの探す人は今も何処かで無事に生きている。二年前とそれに少し前に彼女がまだ歌い続けている事を知れたから。あの人も今はここに来てどうしているか分からない。でも帰る手立てがない。だからと言ってその事を優先していれば、救うべき命は救えない。だからこそボクは助けているんだ。それに今はそれを一緒になって探してくれる仲間もいる。信用しているからこそ、ボクは出来る事を任せてやるべき事をしているだけだよ」
クリスにとって分からない。なぜガンヴォルトはこうも言い切る事が出来るのかを。
「それでもお前の気持ちを私は理解出来ない!何故そこまでしてお前を殺そうとした奴と話そうと考えるんだよ!殺されかけたんだろ!?なのに、なんでそんな奴と話し合おうとする!?お前もあいつも敵だった奴になんでそんな真似出来るんだよ!」
ガンヴォルトも、自分が何度も傷付けてきた響の存在も何故そこまで出来るのか。
「ボクにだって分からない。それでもこうして生きているという事は何かしら意図があった。そしてボク同様に生きている大切な人も。だから、ボクは聞きたいんだ。最初はボクも大切な人と同様に殺されたと思ったよ。それでもこうして生きているのは意味があると、あの人にも何か別の思惑があったんじゃないかって」
クリスはガンヴォルトの目を見て言っている事は全て本気だという事は理解出来る。だが、それでも、そこまでされて。大切な人と離れ離れにされた目の前の男がいう奴に対して憎しみはなかったのか。
「憎くないのかよ…お前は」
「憎しみはないよ。ボクにとっての憎しみはいいものじゃない。ボクが憎しみを抱いたら多分、ボクはその憎しみに囚われるだけの人になってしまうから」
何処までもお人好し。バカがつく程に真っ直ぐな言葉。だけど、クリスにとってその言葉に逆上する。
「つまりお前は私を否定するのか!私は力を持つ者のせいで辛い思いをしてきたのに!そんな奴等のせいでパパとママは殺されたのに!憎むなと言うのかよ!」
「…憎むなとはボクは言えないよ。その辛さを経験している人だけにしかその気持ちを理解する事が出来ないから…」
何処か苦しそうな表情をするガンヴォルト。そして口を開いた。
「君以外にも、同じ憎しみに生きていた人をボクは知っている。その子は守る為に今は目を覚さない状態でいる。二年前に君を救えなかった事だけじゃない。君を助けたくてこうやって話をしに来たんだ。君の憎しみはボクにどうにかする事は出来ない。それでも、一人の君を放って置けなくてボクは話をしに来たんだ」
「うるせぇよ!私はいつだって一人で生きてきたんだよ!何も知らない幸せそうなお前に私の何が分かるっていうんだ!」
「分からない。だから君と話して聞きたいんだ。君が本当にどうしたいのかを。君の口から聞きたいんだ。ボクや二課になんらかの誤解をしていると思っている。だけど、二課は君の思う様な場所じゃないし、人もいない。ボクは君を裏切らない。だから話して欲しい。君が望んだ世界を作る為にも。今起きているこの事件を収束させる為にも。力を貸して欲しい」
ガンヴォルトの言葉に惹かれる。憎たらしい言葉が気に入らないとも感じる。だが、ガンヴォルトならどうにか出来るのではないかと感じてしまう自分もいる。クリスは口を開きかけたが、不意に現れる訪問者に身構えてしまう。
「ガンヴォルト!そこを離れろ!」
玄関を蹴破り現れた男。それと同時にクリスの陣取っていた窓ガラスが割れて銃を持った複数の人が押し寄せてきた。
クリスやガンヴォルトに向けられる銃口。だが、複数の人は一瞬の内にガンヴォルトの雷撃によって行動不能とさせられた。
ガンヴォルトは素早く、クリスの元へ向かい、クリスの安全を確認する。
「大丈夫か!?」
「なんなんだよこいつらは!?」
「テロリストだよ。君とフィーネが協力していたね」
「協力していたテロリスト!?私はフィーネからは一言もそんな事!」
それを聞くと同時にガンヴォルトは驚きはしたものの、入ってきた男と少し話をすると近くにあった銃を持って立ち上がるとクリスに手を差し伸べる。
「多分、君が狙いだと思う。ここは危険だ。直ぐに逃げよう」
クリスはその手を掴もうとしたが、それを拒み、聖詠を歌う。
「お前等が逃げろよ。狙いは私なんだろ?どうせフィーネが私を消す為にけしかけたとしたのなら狙われるのは私の方だ。私の問題にお前等を巻き込む訳にはいかない」
シンフォギアを纏ったクリスは窓からベランダへ出て、周囲を警戒する。ベランダには居なかったもののアパートの階下には数人の銃を持ったテロリスト達の姿が見える。
「私の理想に協力するって言葉だけ信じてやる」
そう言って飛び出そうとする前にガンヴォルトが呼び止める。しかしクリスは静止を聞かず、そのまま人気の無い工場地帯へと飛び去った。
◇◇◇◇◇◇
「クリス君!」
弦十郎もクリスを呼び止めたが、下から聞こえる銃声によりかき消される。
ボクは玄関の方を警戒しながら、言った。
「弦十郎!とにかくここを出よう!テロリスト達の装備が二年前と同じだ!」
その言葉を言って弦十郎と共に、外へ向けて走る。そして玄関を出ると同時に雷撃鱗を張って逃げてきた所を撃ち込むテロリストの弾丸を無効化する。
それと同時に部屋の中で爆発が起きる。それを察知した弦十郎はコンクリートの床を踏み砕き、ボク等は一階層下の廊下へと降りる。
爆風がボク等の頭上を掠め通る。
「ガンヴォルト!お前は外のテロリストを倒せ!二課への連絡と残ったテロリストは俺が対処する!」
「分かった!弦十郎、無事でいてくれ!」
「当たり前だ!大人の力を見せつけてやる!お前も無事で帰って来いよ!」
ボクは弦十郎に任せて外のテロリストを対処、クリスの捜索へ向かった。
だが、結局クリスは再び行方知れず、テロリスト達も倒された所から自決する様に爆破していき、何が目的なのかも分からなかった。