ドラクエ9(仮)   作:UMAコメイジ

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10話

「で、結局何をするのよ?」

 

「だからノリよ!このオッサンの未練を何かイイ感じに解決してあげるの!!」

 

「適当だなぁ……」 

 

 だがリッカの父をずっと彷徨わせる訳にもいかないだろう。それに、ルイーダとの約束もある。リッカがあれだけ意地を張る理由が彼だとするならば、その事情くらいは知っておきたいという打算もあった。

 

「えっと、それじゃあリベルトさん、あなたの未練は何ですか?」

 

「……直球かよ」

 

「うるさい」

 

 サンディの茶々を流し、リベルトの目を見つめる。彼は少し考え込むように眉をひそめ、ううむとうなりを上げる。

 

「そうですねぇ……まあ、大したことでは無いのですが……」

 

 そういってリベルトが指したのは宿屋の向こう、滝の近くの高台だった。

 

「あそこの茂みに埋めたものがあるんです、付いてきてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

「………」

 

「………ねぇ、ロベルトさん」

 

「なんですか?」

 

 リッカの自宅から宿屋までは村のほぼ対極同士、その道のりは黙って移動するには少々長すぎる。それに、聞いておきたいこともあった。

 

「私、ルイーダさんに頼まれたんです。リッカをセントシュタイン城下町に来るよう説得してって」

 

「ああ、ルイーダさんに……彼女、押しが強くて大変でしょう?」

 

「ええ、まあ。それで、ロベルトさんに聞きたいんですが」

 

「リッカを行かせるべきか、ですか?」

 

「……はい」

 

 リンはこの村にとっては部外者であり、リッカはそんな自分を助け、受け入れてくれた恩人なのだ。ルイーダに頼まれたとはいえ、彼女が本気で嫌がっているならそれを無理やり説得することは出来ない。

 

 だからこそ、聞いておきたかった。リンよりも遥かにリッカを知っているであろうリベルトなら、どうするのか、どうしてほしいのか。

 

「そうですね、ですがそれを話す前に……あ、ここです」

 

 リベルトが茂みを指さした。茂みは風に揺れ、彼の手をゆらゆらと通り抜ける。

 

「ここを掘ればいいの?」

 

「ええ、お願いします」

 

 その茂み付近の土を掘り返してみると、すぐに何か固いものが指に触れた。そのまま掘り出してみると、土にまみれたトロフィーが現れた。

 

「……これは?」

 

 近くの川で土汚れを落とすと、そのトロフィーは眠りから覚めたかのように強く、だが優しい黄金の光を放った。その台座には、仰々しい文体で文章が刻まれている。

 

『リベルト殿、汝を宿王と認め、これを授与するー――セントシュタイン王』

 

 

「伝説の、宿王」

 

 ルイーダはリッカの父を確かそう呼んでいた。リッカは否定していたが、このトロフィーを見る限り、それは真実だったという事になる。

 

「そうです、これですよこれ!!……いやはや、懐かしいなぁ」

 

「これ、あなたが?」

 

「ええ、ですがここに帰ってきた時に埋めたんです。あの国への思いを断ち切るため……リッカのために」

 

 そう言うリベルトの目には昔を懐かしむ老人のような、わが子を慈しむ父親のような、泉に宝物を落としてしまった少年のような、一言では語れない複雑な感情が渦巻いていた。実体のないはずの幽霊の瞳が潤む。

 

「……いけませんね、久しぶりにこのトロフィーを見たせいか、つい……」

 

「私はダメな父親でした。宿王などという称号に目がくらみ、病弱だった妻の身を顧みなかった。だから夢をここに捨てた。立派な父に、たった一人の家族を守らねばならなかった……でも、それでも……」

 

「リベルトさん……」

 

「リンさん」

 

 リベルトはこちらを真っ直ぐに見据える。

 

「私の頼みを、聞いてくださいませんか?」

 

 

 

 

「はあ……」

 

 夜の静まった空気に、小さなため息がイヤに響く。

 

「……お父さん」

 

 リッカの頭に浮かんだのは父の姿。優しく、温かい、大好きだったお父さん。

 

 リッカが宿屋の手伝いを始め、経営するまでに至ったのは間違い無く彼の影響だ。そして彼女は、それを誰よりも誇りに思っていた。

 

ーーーあなたのお父さんは宿王なのよ!

 

 そんなはずはない、という気持ちは不思議と無かった。それは父親という贔屓もあったかもしれないが、それを踏まえても宿を経営する父の背中は大きく、格好良かった。ルイーダの言葉を聞いた時、浮かんだ気持ちは驚きよりも、困惑だった。

 

 宿王。セントシュタイン王に認められた、宿の王。

 

 セントシュタインの名前はリッカだって知っている。とっても、とっても大きな街だ。ウォルロ村とは広さも、人の数も、比べ物にならない、大きな街。

 

 そんなすごい人が、どうしてこんな村に?

 

 そんなすごい人の代わりに、あたしが?

 

 ほんの少し前までただの村娘であったリッカにとってそれはあまりに重すぎる。そして新しい世界へ躊躇無く飛び込めるほど、彼女は楽天家では無い。

 

「……リンなら」

 

 彼女だったら、どうしたのだろう。あの物静かで、優しい彼女なら。いや、答えは分かりきっている。

 

 彼女は受けるだろう、助けを求められたら、彼女は絶対に断らない。自身に起こる危機など省みずに助けるだろう。あの時の、ルイーダさんのように。

 

「リン……」

 

 どうしてそんな事が出来るのだろう。怖く無いのだろうか、逃げたくならないのだろうか。

 

 話したい、でも話したくない。

 

 リンが目覚めた時、近くにルイーダさんがいた。

彼女は間違い無くリンに頼んだはずだ、「説得してくれ」と。

 

 ルイーダさんなら、初対面の人間であれば断れる。

 

 なら、リンなら?

 

 リンがそう願えば、私は受け入れてしまうのだろうか。「彼女に頼まれたから」と、セントシュタインで宿の切り盛りが出来るのだろうか、

 

 私はーーーー

 

 

 

 

 

「……着いた」

 

 リンは黄金に輝くトロフィーを抱え、リッカの家の戸口に立っていた。

 

 隣にはリベルトが控え、サンディは袋の中で大人しくしている。

 

 足が重い。トロフィーを抱える手には汗が滲み、滑る指に力がこもる。

 

「ナニ緊張してんのよ?」

 

 我慢できなくなったのか、サンディが声を上げた。流石に空気を察知したのかいつもよりテンションは抑えめだ。

 

「ハァ……アンタってホントお節介焼きよね」

 

「だって」

 

「変に気ィ回すなっての、アンタの仕事は単純よ」

 

「それは……まあ、そうだけど」

 

「ほら、サッサといけいけ!!」

 

 バシッ!とサンディの体当たりが背中に炸裂する。思わず前につんのめりそうになるが、不思議と痛みは無い。それはおそらく、これが彼女なりの激励だと分かっているからだろう。

 

 目線で感謝を伝えつつ、リベルトの方へ振り返る。リベルトはじっとこちらを見つめ、少し笑い、頷いた。「お願いします」といったところだろうか。

 

 深呼吸し、気持ちを整える。らしくもなくドアをノックしようと指を曲げ、少し考え、ノックは無しで扉を開けた。

 

 

「ただいま、リッカ」

 

「リン……」

 

 戸を開けて見えたリッカの姿は、随分と小さく見える。まるで、幼い子供に巻き戻ったかのようだ。

 

「……それは?」

 

 リッカの目を引いたのは当然このトロフィーだ。リンはそのトロフィーを、リッカの元へ差し出した。決して落とさぬよう、慎重に、慈しむように。

 

ーー汝を宿王と認め、これを授与する。

 

「セントシュタイン王……宿王の、トロフィー……」

 

「あなたのお父さん、リベルトさんのものよ」

 

「なんで……?なんでリンが、これを?」

 

「それ、は」

 

 当然の疑問だ、何せトロフィーを埋めたのはリベルト本人しか知らない秘密、リッカも、ましてつい最近ウォルロ村に来たリンが知っているはずはない。

 

 だから、言うしかない。信じてくれなくても、たとえ狂人と謂われようが。

 

「……リベルトさんが、教えてくれたの」

 

「お父さんが……?そんなの」

 

「分かってる」

 

「……ッ!!じゃあ……!!」

 

「教えてくれたのは幽霊よ。リベルトさんの、ね」

 

 リッカの目が大きく見開かれる。信じられないと、きっとそう思っているのだろう。

 

「……ねえ、リン」

 

「信じられないのは分かってる、でも」

 

「お父さんは、そばにいるの?」

 

「本当の……え?」

 

 言葉に詰まった。リッカの目は真っ直ぐにこちらを見つめている。こんな話を、信じて

 

「信じるよ」

 

 こちらの心を見透かすように言葉が重なる。

 

「リンはそんな嘘はつかない。それくらいは、私でも分かるよ」

 

「…………」

 

「教えて、お父さんはここにいるの?」

 

「……うん、いるよ」

 

 ふとリベルトへ目を向ける。顔を伏せ、その表情を窺い知る事は出来ない。

 

 リッカはリベルトに正面から向き合った。見えないはずの、幽霊の父に。

 

「お父さん……私、宿屋をしているお父さんの事が大好きだったの、優しくて、カッコよくて、本当に楽しそうで」

 

「宿王って聞いた時も、不思議と違うとは思わなかったの、ああそうだったんだって、納得したの、でも……」

 

「そんなすごいお父さんがどうしてこの村にいたの?どうして、こんなにすごいトロフィーを捨てちゃったの?」

 

 リベルトは答えない。いや、仮に答えたとしてもそれはリッカには聞こえない。

 

 リッカは何を求めているのだろう、リベルトの言葉はリンにしか聞こえず、かといってこちらが水を差していい話ではない。

 

 三者ともに沈黙。空気が重くなっていくのを感じる。

 

 

「……その事は、わしから話そう」

 

 

 その空気を破ったのは、リッカでも、リベルトでも、勿論リンでもない。

 

「おじいちゃん……?」

 

 そう、それはリッカの祖父だった。

 

 彼は近くの椅子に腰をかけ、ゆっくりと口を開く。

 

「……覚えておらんかも知れないが、昔のお前は身体が弱く、病気がちじゃった。お前の母と、同じようにな」

 

「妻を亡くし、体質の似たリッカをそのままにはしておけんかったのじゃろう。志半ばで、アイツはこの村に帰って来おった…………この村の水は、人を健康にすると言われておるからの」

 

「じゃあ……私が、お父さんの夢を……」

 

「お前のせいじゃない、とは言えん。じゃがあやつにとって、宿王の称号などより娘のお前の方が大事じゃった。それだけは、わかってやってくれ」

 

 話を終えたリッカの祖父は、一息つくと、じろりとリンの方へと目を向けた。

 

「本当は墓まで持っていくつもりだったんじゃがな……ルイーダに、お主に、ここまでされては隠しておけん」

 

「……その」

 

 すみません、と言おうとしたリンを、彼は手で制す。

 

「いや、構わん。むしろ伝えることが出来て胸のしこりが取れたわ」

 

 彼は満足そうに笑い、リッカの方へと目線を移す。そう、この話の主役はリッカだ。

 

「…………え、と」

 

 リッカは何かを言おうとして、だが何も言えずに口をパクパクと動かすのみ。情報が頭の中で処理しきれないのだろう、当然だ。

 

 ふと、リッカはリンへと振り返る。

 

 何か助言を求めているのだろうか。あるいは、委ねているのだろうか。

 

「…………………」

 

 ーーー何も言わないでください。

 

 それが、リベルトの頼みだった。

 

 リンが言ったから、ルイーダが言ったから。そんな理由で決めないで欲しい。

 

 セントシュタインで宿王を目指してもいい、ウォルロ村で小さな宿屋を続けてもいい。

 

 でもそれは、リッカ自身に決めてほしい。

 

「わ、私…………」

 

 

「私、ルイーダさんの話、受けるよ」

 

 

 一音一音絞り出すようなたどたどしい声、だがその瞳には確かな覚悟が宿っていた。

 

「私はお父さんみたいにすごい宿屋じゃない、セントシュタインなんてすごい街で、何が出来るのかも分からない、でも」

 

「やれるだけ、やってみたい。自分じゃ出来ないって、決めつけるのは、良くないから」

 

「リッカ……!」

 

「……ありがとう、リン。私頑張るよ、頑張って、いつかお父さんみたいにカッコ良くなるよ」

 

 リッカは泣き笑いを浮かべてトロフィーを抱きしめる。リンも、リッカの祖父も、それを暖かな目で眺めていた。

 

 

 やり取りを終えた後、リッカは家を出て、ルイーダのいる宿屋へと向かった。

 

 リッカの祖父も疲れたのか、リッカを見届けるとすぐに自分の寝室に戻っていった。

 

 そうしてリッカとリベルト、サンディの三人が部屋に残された。

 

 

「……いやはや、リッカも大きくなったなぁ」

 

「リベルトさん……」

 

 リベルトは今までのやり取りを一言も発せずに眺めていた。顔を伏せ、隠れていたその顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 

 青白いリベルトの身体が淡く光り、輪郭がぼやけ

、消えていく。

 

「ワガママを受け止めてくれて、夢を継いでくれて…………これ以上、何を望めばいいのでしょう」

 

 身体が天へと昇っていく。未練を解かれ、解放された魂は、天の使いに迎えられる。

 

「ありがとう、ごさいます……どうか、これからもリッカを……お護り……くだ……さ……」

 

 リベルトの身体がひときわ強く輝き、リンの視界を覆う。

 

 再び目を開けた時、リベルトの姿はどこにもなかった。彼は彼のあるべき場所へ、遠い天の上へと還っていった。

 

 

 

 

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