「うぁ・・あふっ・・」
質素な作りの、だが極上の柔らかさを持ったベッドの上で目を覚ました。祖父を介護しつつ村唯一の宿屋をたった一人で切り盛りしている実力は確かなようで、お金を払わないのが申し訳なくなるほどの住み心地だ。昨日ニードの父が言っていたように、早くなにかしらリッカの助けになる事を見つけねばなるまい。
「おはよう、リン」
「ふわ・・おはよ、リッカ・・」
「ふふっ、寝ぼすけね」
リッカは早朝にも関わらず紫がかった青髪をきっちりとオレンジ色のバンダナでまとめ、輝かしい笑顔をこちらに向けてくれている。寝起きでぼやけた視界も相まって彼女こそが村の守護天使ではないかと錯覚しそうになった。同じ名を持つ自分が何とも情けない気持ちになる。
「ほら、早く起きて!朝ご飯もう出来てるよ!」
リッカに促されるままにもそもそと服を着替え、あくびを噛み殺しながら階段を下る。
階段ごしでも分かる朝食の香りは口に入れずとも美味いと確信させ、お腹がくぅと音を立てた。気づけば丁寧に皿を並べ、自分の席に姿勢正しく座っていた。
「それじゃ、いただきます」
リッカの作った朝ご飯をいそいそと口に運ぶ。リッカは料理の腕も素晴らしいのだ。起きたてにも関わらず瞬く間に食材が口の中に吸い込まれていく。
「おーい!リッカー!」
「ん?この声って・・」
「ニード・・だよね、どうしたんだろう?」
突然聞き慣れた、だが珍しい声が聞こえ、二人は首を傾げつつもその扉を開けた。
「・・よう」
「おはようニード・・どうしたの?こんな朝早くに」
「いや、まあ・・ちょっとリンに用があるんだよ」
ニードの言葉は私を大いに驚かせた。昨日あんなに嫌っていたはずが・・どういった風の吹き回しだろうか。
「ちょっとニード!うちのリンになにしようっていうの!」
「別になにもしねぇよ!用があるって言っているだろ!」
「ダメよ!だったら私も付いて行くわ!」
「そ、それは・・」
ニードが口をつぐむ。それを見たリッカは言えないんじゃない!と語調強くニードに声を放つ。
どうやらニードの用件とやらはリッカには言えないことらしい。だが、昨日のようにリッカに強く言われながらも引き下がる気配を見せようとしない。少なくともただちょっかいをかけにきた訳ではないようだ。
「はぁ・・」
ため息一つ。私は未だ口論を続けるリッカとニードの間にするりと入り込んだ。
「いいよリッカ・・で、何の用なのニード?」
「ちょ、リン!?」
驚くリッカをそのままに私はニードを見据える。するとニードはパァっと顔を輝かせた。
「おお!ありがとな、リン!・・じゃあ準備できたら教会前に来てくれ!」
それだけ言い残すとニードは元気にかけだしていった。
「いいの?リン?」
「大丈夫だって、ニードってそんな悪い奴じゃないんでしょ?」
それに昨日の出来事をふまえてのこれだ。ニードがリッカが心配するような用件で私を呼んだとは思えない。
「分かった・・けど、何か言われたらちゃんと言い返すのよ!場合によってはチョップ3発までは私が許すわ!」
「・・了解。それじゃ、いってくるね」
リッカの言葉に苦笑しながら私はニードの元へと向かった。
「お待たせ」
「お、来たな」
教会前にたたずんでいたニードを見つけ、声をかける。その手にはなぜか新品同様の銅の剣が握られていた。
「さて、用ってのは他でもねぇ。土砂崩れで峠の道がふさがれているのは知っているだろ?」
「ええ、まあね」
リッカからそんな事を聞いた覚えがある。大地震の影響とか、そんなところだったはずだ。
「あの道はこのウォルロ村と他の土地を結ぶ大切な架け橋なんだよ。おかげでリッカ・・いや、村のみんなが迷惑してんだ」
成程、ウォルロ村は辺境の小村だ。他のところからの助けが無くなるというのはかなり重大な問題なのだろう。
さて、とニードは一呼吸おいて話を続けた。
「そこでこのニード様は考えた!オレがその土砂崩れを何とかしてやろうってな!そうすりゃあ親父もオレの事を見直すだろうしリッカだって大喜びって訳だ!」
「成程ね・・で、私はなにをすればいいの?」
私が了承したと判断したのだろう。ニードは調子良く言葉を続ける。
「大地震が起こってから外にやたらと魔物が出るようになっちまってな・・旅芸人ってことはそれなりに腕が立つんだろ?だから・・その・・」
「・・一緒に行ってほしいって事ね」
私は少し思考を巡らせる。正直、その土砂崩れとやらが一人二人で何とかなるものとは到底思えない。私の行くだけ無駄な未来しか見えない。が・・
「・・・」
「ど・・どうしたんだよ?」
嫌がっていると思われたのかニードの顔がどんどん曇っていく。その表情を見ると、私はどうも手助けをしたくなってしまう。どうやら私は困っている人を放って置けない性格のようだ。それに・・
(私が何者なのか分かるかもしれない・・)
依然として記憶は戻っておらず、自分が本当にただの浮浪の旅芸人なのかすら分からない。だからこそ、自分がどれほどの者なのかを理解できればなにかの記憶を取り戻せるきっかけになるかも知れない。
それにもし土砂崩れが取り除かれ、別の村や国を訪問出来るようになれば自分を知る人間に会えるかもしれない。これは良い機会と考えるべきだろう。
「・・わかったよ」
「ほ、本当か!?」
断られると思っていたのだろう。暗かったニードの顔がみる間に輝いていく。
「ただ私も病み上がりだからね、そこまでアテにしないでよ?」
「心配ねぇよ!オレだってそこまで弱かねぇ!」
ニードが握っていた銅の剣をこれ見よがしに掲げた。その刃は新品そのもので、腕に覚えがあるわけではないのがありありと伝わってくる。
「じゃあちょっと待ってて。私の剣取ってくるから」
滝壺に落ちた時にリッカが拾ってくれていた私の剣はボロボロだったのだ。道具屋に修理を頼んだが、時間的に丁度出来た頃ではないだろうか。
「おう!じゃあ村の入り口で待ってるぜ!」
元気に手を振るニードを尻目に道具屋に向かう。
ーー記憶を失った守護天使リン。彼女を描く冒険譚、その序章の幕が上がろうとしていた。