作家達はどうやって捻り出しているんでしょう?
それはもはや城壁だった。
それとも木、土、岩。あらゆる自然の恵みを障壁として積み上げたとでも言うべきか。
「土砂崩れってこれかよ……正直なめてたぜ」
「……まあ、そんな気はしてたけどね」
身長の何倍かと考えるのがバカらしくなるほどうずたかい土砂はどう考えても人間二人でどうにかなるものではない。
「こんなんどうすりゃいーんだよ……くそ!うまくすりゃ親父の鼻を明かして村のヒーローになれたってのに!」
ニードは苛立つままに土砂を蹴りつける。が、そんなものがこの土砂の山に効果があるはずもなく、それどころか振動で崩れたガレキを全身に浴びて情けない声をあげている。
分かっていた事だ。そもそも二人で何とかなる程度の土砂で皆が迷惑なんてする訳がない。今回の任務はもう済みだ。私がどうにかニードをなだめようと言葉を練っていると、突然土砂の向こうから声が聞こえてきた。
「おーーい!そこに誰かいるのかー!?」
思いも寄らぬ他者の存在に一瞬驚くも、すかさずニードが前に出て声を張り上げた。
「おーーい!!いるぞぉ!ウォルロ村のイケメン、ニード様はここだぞぉーー!!」
「……イケメン?」
ある意味とてもニードらしいそのセリフに私は思わず笑ってしまいそうになったが、どうやら壁の向こうにいる者は違ったらしく、すぐに声が返ってきた。
「やはりウォルロ村の者か!我らはセントシュタイン城に仕える兵士だ!」
「……セントシュタインって?」
「お前……マジか………」
ニードに質問したら信じられないものを見る目をされた。
セントシュタインというのはこの土砂崩れの向こうにある王国の名前らしい。ニード曰く、「この世界でセントシュタイン知らない人はいない」そうだ。
「我々は王様から峠の道の土砂崩れを取り除くよう命じられてやってきたのだ!」
兵士が声を張り上げている。どうやら数日の間にこの土砂の山は取り除かれるらしい。
「へっ、なーんだ。オレがわざわざ出るまでもなかったって事かぁ」
「まあ良かったじゃん。じゃ、帰ろうよ」
兵士の話が本当だとしたら私達にやれることはもう無い。ふと見上げれば空は赤から黒に変わりつつある。真っ暗になる前にさっさと村に帰った方が良いだろう。
「そうだな…………それじゃあオレらは帰るぜ!!作業頑張れよーー!!」
「あ、おーい!ウォルロ村の者ーー!!少し待ってくれーー!!」
「ん?どうしたーー!?」
「地震の後、そちらの村にルイーダという女性が来ていないだろうか!?」
「……ルイーダって誰?」
「いや、オレも知らねぇ」
二人で悩んでいると兵士が丁寧に説明してくれた。
ルイーダというのはセントシュタインの酒場で働いている女性で、ある日ウォルロ村に行くと言って村を出たきり消息が知れないらしい。噂によると彼女はキサゴナ遺跡からウォルロ村に向かったらしいが、大地震の際に遺跡が崩れてしまい、調査にも迎えないそうだ。
キサゴナ遺跡というのはウォルロの南東にある遺跡のことで、昔はウォルロ村につながる通路として利用されていたらしいが、時が経つにつれ老朽化していつしか魔物の巣へと変わっていったそうだ。
「そんな危険な場所に……」
「待て待て、そんな危険な場所に一人で行くか?なんかの間違いじゃねーの?」
「……とにかくこの事は他の者にも伝えておいてくれ」
会話が終わると次に響いてきたのは土を削る音。土砂の除去作業を始めたようだ。
「……じゃ、帰ろっか」
「おう!いやー良い土産話ができた!これで親父の鼻を明かしてやれるぜ!」
ニードが意気揚々と来た道を戻っていく。早く戻らねば。こんなにも遅くなるとは思っておらずリッカには何にも言っていない。今頃大層心配しているのではないだろうか。
「……そういえばさ」
ふと思いついた。だがとてつもなく重要な質問。
「この事……親父さんには言ってるの?」
するとニードはあっけらかんとした態度で言い放った。
「言ってる訳ねぇだろ?そっちの方がみんな驚くに決まってるしな」
ーーとても嫌な予感がした。
「こっっの大バカ息子がっ!!!」
村に戻って来た私達を出迎えたのはニードの父の怒声だった。隣には安堵半分、怒り半分のリッカが控えている。
「いやぁ……と、とりあえず良い話があるんだよ!聞いてくれ!」
「ほう……私もお前と話がしたいと思っていたんだ。良いだろう、たっぷり聞いてやる」
そう言ってニードの首根っこをつかんで引きずっていくニード父。それを見送る私。
「じゃ、家に帰ろうよ」
「リン」
ガシッと私の肩をつかむリッカ。その顔は笑っていた。
「リンもニードのお父さんの話……聞きに行こ?」
……笑っているように、見えた。
「……と、言う訳です」
「……なるほどな。もう間もなくセントシュタインの兵士達が土砂を取り除いてくれるわけか」
ニードと私が一連の行動を全て説明し終える様をニードの父は腕を組んで聞いていた。その様子は昨日の口喧嘩とは違い、あまり怒気は感じられない。今回の件に関しては怒りというより安堵の気持ちの方が勝っているのだろうか。
どうやらこの説教は早く終わりそうだと私が考えていると隣にいたニードが余計な事を口にしてしまう。
「この事を村の連中が知ったらきっと安心するぜ。へへっ、我ながら良い事をしたなぁ」
「何を得意げになっておる!二人だけで峠の道に行くなんて危ないだろうが!このバカ者が!!」
ニードの父が眉を吊り上げてニードを叱る。当然だ、子をもつ親の気持ちは私にはまだ分からぬがそれでもこの親父さんがどれだけニードを心配していたかは彼の表情がはっきりと物語っていた。
「まぁ……私もニードも特に大ケガをしている訳では無いですし……」
「それは結果論だ。加えて二人とも誰にも相談しなかったのだろう?何かあってからでは遅かった。それをバカだと言っているんだ」
私の精一杯のフォローもあえなく撃沈。ニードがこの親父さんに危ない事を申し出す訳がないのは分かりきっていた。せめてリッカには一言入れるべきだっただろう。
「えと……あとセントシュタインの兵士達がルイーダと言う女性を探しているそうです。なんでも大地震の後にウォルロ村に向かってから消息が知れないとか……」
「ルイーダさん!?リン、それ本当なの!?」
「え、うん。そうだけど……」
私の言葉に反応を示したのは今まで静観していたリッカだった。突然の行動に驚いたのは私だけではなかったようで、ニードと親父さんも目を丸くしてリッカを見ている。
「……そういえばリッカはセントシュタインの生まれだったな、知っている人なのかね?」
「うん。父さんのセントシュタインで宿屋をやっていた時の知り合いにそんな名前の人がいたはずなんです」
なるほど。どうやらルイーダという女性はリッカの父の知り合い。要するにリッカの父に何か用事があってウォルロ村に向かったという事だろう。しかし、
「えっと……その、リッカのお父さんって……」
「うん……もう、死んじゃってるよ」
そう、なのだ。リッカの父は数年前に流行り病でこの世界を旅立っている。それを私に話している時のリッカの顔は忘れようにも忘れられない。
「もしかしてルイーダさんは父さんが死んだ事を知らずに会いに行こうとしたのかも……?」
あり得る話だ。なにせリッカの父が死んでしまってからそう年月は経っていない。隣国といえど伝わっていない可能性は十二分にある。
「……確かに心配だが、手がかりがない以上探すことはできんな」
「そういやキサゴナ遺跡から来ようとしていたんじゃないか言ってたっけ?」
ニードの発言を聞くと親父さんの顔はみるみる険しくなっていく。
「それが本当ならなおさら探しには行けんな……あそこは危険すぎる」
そう言うとニードの父は私とリッカに帰るように促した。目に見えて落ち込んでいるリッカを気遣ったのだろう。厚意に甘え、私とリッカは帰路についた。
「んもう!なんで一言も話さなかったのよ!」
「えと……うん、ごめん……」
「帰ってこないから村の人に聞いたらニードと一緒に村の外に出たって聞いて……本当に心配したんだから!」
家に帰ったら説教は終わり。なんて事はなく、私はかれこれ小一時間はリッカのありがたい言葉を聞き続けている。
私を叱るリッカの瞳はうっすらと赤い。どれだけ心配させてしまったのかは一目瞭然だ。今回の件は完全に私が悪かったのだと私はその言葉を甘んじて受け入れていた。
「……でも、ぜんぜん平気そうね。リンって私が思っているよりずっと強かったんだ」
「まあ……ね」
改めて自分の体を確認するが、傷らしい傷は見あたらない。やはり記憶が無くなる前は剣士でもやっていたのだろうか。
「ねぇ……リン、お願いがあるんだけど……」
「……ルイーダさんのこと?」
「……うん」
こくりとリッカがうなずいた。やはり父の知人となればどうしても気になるのだろう。それに心優しい彼女の事だ、自分の父を訪ね、その道中で行方不明になってしまったことに責任を感じているのかもしれない。
「……分かったよ」
「え……良いの!?」
リッカの驚きの声に逆にこちらが驚かされてしまう。なぜだろう。断るとでも思ったのだろうか。
「だって……キサゴナ遺跡っていったら何年も前から魔物の巣になっている場所なのよ!?いくらリンが強くたって危険すぎるよ……」
「あー……たしかにニードがそんな事を言っていたね」
「村の外にいた魔物とは訳が違うの!それに……」
「でもさ」
なおも私の心配をしてくれているリッカの言葉を食い取る。私の頭に浮かんでいるのはこのウォルロ村での生活。
いくら死にかけていたとはいえ、こんな見ず知らずの私の命を救い、生活の世話までしてくれたリッカ。
そんな恩人に私がしたことと言えば何だ。大して手伝いをしたわけでもない。どころか勝手に村の外に出かけて大いに心配させる始末。
これ以上リッカに迷惑をかけるのは守護天使様とやらが許そうが私が許せないのだ。
「私がリッカにできる事なんてほとんど無いからさ、それくらいはやらせてよ」
「リン……でも……」
「約束するよ。私は絶対に帰ってくる。ルイーダさんを連れてね」
リッカは逡巡したような表情を見せながらも、やがて諦めたように息を吐く。
「じゃあ……お願いするね」
「うん。任せて」
言うや否や、私は立ち上がって外を目指した。話によればルイーダさんは一人でキサゴナ遺跡に向かったと言っていた。可能な限り早く探しに行くべきだろう。
腰元の剣を揺らし、私は薄暗い草原をかけだした。