「ギィィイアアア!!」
「はあっ!!」
飛びかかってきたコウモリの魔物を銅の剣で真っ二つに叩き斬る。左右に二分された魔物は悲鳴を上げる間もなくその一生を終えた。
「ふう……」
剣を腰元に戻し、リンは息を吐いた。その表情には疲労の色が濃く浮き出ており、額から流れた汗が顎を伝って地面へとこぼれ落ちる。
(これで……何体目だっけ……?)
魔物達の巣になっていると言うニードの発言は正しかったようで、あの封印を通ってからというもの、いちいち数えるのも億劫になる程の魔物の襲撃に見舞われ、それらを全て倒してきたのだ。さすがの彼女も無傷と言う訳にもいかず、腕や頬には無数の傷痕が刻まれている。
だが、その甲斐あって今彼女は遺跡のかなり奥まで探索の足を伸ばしていた。詳しい位置は分からないが、間違いなくセントシュタインの側にいるだろう。
「ルイーダさん……どこにいるの?」
にも関わらず、リンは未だにルイーダと言う女性を見付けられずにいた。今のところ真新しい死体は見付かっていない。が、この遺跡は魔物が多すぎる。こうして遺跡を歩いているこの瞬間に彼女が魔物に襲われている可能性だってあるのだ。
幸いだったのはこの遺跡が通路としても使われただけのことはあり、罠も無く、複雑な構造をしていなかった事だろう。お陰で道に迷う事なく、ここまで来るのにそこまでの時間は掛からなかった。
もし彼女が本当にこの遺跡に居るのであれば、その場所はかなり近いだろう。リンの足が速度を上げて遺跡の通路を抜けていく。
そして細道を抜け、開けた大部屋に辿り着いく。そこに彼女はいた。
細かい埃にまみれてはいるものの、流れるような藍の髪は美しく、ウォルロ村では見たことも無い高価そうなドレスを身に纏っている。部屋の中心で瓦礫に足が挟まり倒れているその姿は何処か悲劇の姫君を思わせる。
「……っ、大丈夫!?」
リンは急いで彼女の元へと駆け寄った。やや窶れてはいるものの、意識ははっきりとしており、リンの姿を捉えると彼女は目を見開き、笑みをこぼした。
「ああ!まさかこんな所で人に会えるなんて!」
「えっと……ルイーダさん……だよね?」
「あら?私、貴女と何処かで会ったかしら?」
「いえ。私は……えと、ウォルロ村から来たの」
「ウォルロ村……そうだわ!私は……痛っ!」
起き上がろうと身体を捩らせたルイーダの顔が歪む。瓦礫は石ではなく岩とでも呼ぶべき質量を持ち、それが彼女の細足を潰している様は見ているだけでも痛々しい。
「待ってて!すぐ助けるから!」
リンは彼女を足を挟む瓦礫を掴み、渾身の力を持って引き上げる。瓦礫は頑固にもその場に居座ろうとするが、彼女の意思は固い。しばらくの攻防の末、瓦礫はその身体を僅かに浮かせた。
「っ……!今なら……」
ルイーダは自身の足と瓦礫の間に生じた隙間を活かし、見事瓦礫の隙間から這い出した。
「ありがとう!お陰で助かったわ!」
「いえ……そちらこそ……無事で良かったよ……」
瓦礫から手を離したリンは疲れを隠せぬまま荒い息を繰り返す。幸運な事に、ルイーダの足は血こそ流れているものの完全に潰されてはおらず、フラフラとよろめきながらではあるもののしっかりと足の役割を果たし、立ち上がった。
「さあ、早く此処から出ましょう!またヤツが来る前に!」
「ヤツ?」
「それは後でいくらでも教えてあげるから!」
足をもつらせながら必死に歩くルイーダを支え、リンは出口へと歩き始めた。ルイーダの歩きは忙しなく、この場から早く離れたいという気持ちがありありと伝わってくる。「ヤツ」という言葉に僅かな疑問が残るが、実際この遺跡に居座る利点など何一つとして存在しない。
そうして先を急ごうと足を早めた瞬間、
ーードォン!……ドォオン!!
響き渡る轟音。一つ一つが重く、だが一定のリズムで規則的に。まるで動物の歩みのようだ。
「き、来た!ヤツよ!」
爆音が近づくにつれルイーダの顔から色が消え、怯えと焦りが浮かび上がる。
現れたのは巨大な魔獣だ。四足歩行にも関わらず、見上げるほどに大きい。頭からは木の幹程はありそうな太い捻れ角が二つ、鎧と言うより岩塊とでも言うべき体躯は苔に覆われ、まるでこの遺跡を動物の形に圧縮したかのような出で立ちをしていた。
「ブオォォォァァアアア!!」
魔獣は新たな侵入者を咆哮と鋭い眼光で出迎える。
(どうすれば……?)
ルイーダの足で走らせるのは流石に無茶。だが目の前の魔獣の強さが今までのモンスター達と
比べ物にならないのは明らかだ。自分一人で挑むか、それともこの魔獣と無謀な鬼ごっこに興じるか。
「………ルイーダさん、先に行って」
僅かに考え。リンは剣を抜いた。
「あ……貴女、まさかアイツと戦うって言うの!?無茶よ……!?」
未だおぼつかない足を引き摺ってこちらに向かうルイーダをリンは手で制する。
「大丈夫。これでも腕には自信があるの」
逃げてもいつかは追い付かれる。それにあの狭い通路でこの魔獣に暴れられたら本当にこの遺跡が崩壊しかねない。戦うとしたらこの大部屋しかないだろう。
「ルイーダさん、受け取って」
リンはルイーダに小さな小瓶を渡した。
「これは……」
「使い方は分かるでしょ」
彼女に渡したのは聖水。身体に振り掛ければ魔物を寄せ付けなくなる道具だ。それを使えば魔物から逃げる必要は無くなる。
「……死なないでね」
「分かった」
一歩、前に出る。こちらの敵意を察したか、魔獣の視線がこちらに集中する。そうだ、それでいい。もっとこっちを見ろ。
「ブオォォォォォオオン!!!!」
ーー魔獣の咆哮が遺跡を駆け巡った。