薄暗い遺跡に甲高い金属音が響き渡る。
先手を打ったのはリンだった。悠然と構える魔獣へ一直線。魔獣の顔面への渾身の一打。
しかし、その一撃は魔獣の角に軽々と受け止められた。衝撃が跳ね返り、腕が痺れを訴える。魔獣は鬱陶しげに剣を払うと角を下げ、力強く踏み込んで角をかち上げた。
「う、わ」
剣を盾にし、後ろに飛ぶことで防御に成功。だがその威力は凄まじく、リンは大きく後ろに吹き飛ばされた。素早く体勢を立て直して足を地面につけた。靴底に伝わる熱に耐え、踏ん張り勢いを殺す。
「……もう一度!!」
リンは魔獣目掛け、再び駆けた。あの巨体に走り回られたら余りに厄介、距離を詰めねばまず闘いにすらならないだろう。
しかし魔獣もそれを易々と許す筈もない。此方を見据え、彼女を押し潰さんとその巨体が立ち上がる。
魔獣の影がリンの身体を覆い尽くし、魔獣の足が迫る。リンは両足に力を溜め、横っ飛びに身体を飛ばした。
ーーーーーッ!!!
衝撃波が辺りを駆ける。ほんのわずか前に彼女がいた空間が押しつぶされた。直撃どころか触れるだけでも致命傷になりかねない一撃。
それでも魔獣の攻撃は終わらない。
「……っ!?」
天井から大小様々なガレキが降り注いだ。小さいものは無視、当たれば危険なもののみに注目し、弾き、避ける。
魔獣は降りかかる瓦礫を意に返さずに突撃。リンは素早く横に回避、そして迫り来る魔獣の足に沿うように剣を振る。相手の勢いをそのまま剣の威力へ変換させる一撃。
「オオオオォォォオン!!!!」
「ーーっあ!!」
しかし、魔獣の足は火花を散らしてリンの剣を弾き飛ばした。リンの腕にすさまじい衝撃が走り、剣の慣性に踊らされるまま身体を1回2回と回転させる。
直後、衝撃が遺跡を震わせた。流石にあの突進を止める事は魔獣自身にも無理だったのだろう。派手に頭をぶつけ、魔獣はうめき声を漏らして動きを止めた。
「ーーっ、今なら!!」
未だ痛みを訴える手足を黙らせ、リンは魔獣の元へと駆けた。ねらいは腹部。魔獣の岩石のごとき身体の中でまだ柔らかいであろうその場所に半ば飛びつくように、走った勢いをそのままに銅の剣を突き立てた。
手に伝わる柔らかい感触。剣を強く握り、勢い良く引き抜いた。
「ブォォオオアアアア!!!!!」
魔獣の叫び声が周囲に轟く。巨体がよろめき傷口からドス黒い血が滝のように流れ出した。
「よし!」
リンの口に笑みが浮かぶ。初めてまともなダメージを与えられた。強大な魔獣を相手取った高ぶり、倒せるかもしれないという期待。
ーーそれは、あまりにも致命的な油断だった。
「ーーえ?」
一瞬、リンにはなにが起こったのか理解が出来なかった。
横からの衝撃、そして不快な浮遊感。それが魔獣の角に薙ぎ払われたのだと遠巻きに理解した。身体が水切り石の如く弾み、それでも威力を殺しきれず、そのまま壁に打ち付けられた。
「っつ……あ……がっ……」
痛みが全身を支配していた。足は弾んだ拍子にひねったのか立ち上がるどころかわずかに動かすだけでも激痛が走る。口からは声ではなく血塊が吐き出され、胸の奥が鈍く痛む。角が直撃した右腕に至ってはもうほとんど感覚が無い。
否応なしに迫る死。リンはそれを前に、何とも言えぬ不思議な感覚を覚えた。まるで恐怖というものが浮かばない。あるのは満足、いや諦観か。
時間は稼げた。気も逸らせた。少なくともここから離れるくらいの時間なら十分に稼げただろう。聖水も持たせた。おそらく大丈夫だろう。
ーーーっ
ここに来た目的はルイーダを見つけだし、救出する事だ。目的は果たした。なら、自分が死んでも問題はあるまい。リッカやニードが悲しむだろうが、問題は無いだろう。
ーーよ、ーー
なにせ私は部外者だ。部外者である以上、どこかで縁を切る必要があった。その日がたまたま今日だった。それだけだ。
ーきてよ、ーーで!
リンは嗤った。死ぬ間際というものは随分と人を無責任にしてしまうものらしい。
おきてよ、ーーいで!
自分が何者なのかもわからないまま死ぬ。それもまあ、悪くはない。そう嘆笑し、仰向けになって天井を見上げ、
「起きてよ!!!ねぇ!!!!」
目に涙をためてこちらを揺するルイーダ見た瞬間、頭が真っ白になった。消えかけた意識が一気に覚醒し、同時に忘れかけていた痛みが再び身体を襲う。
「なっ……で……ぃげ……てって……」
声はかすれ、うまく言葉にならない。
なぜ逃げなかった。早く逃げろと。
「何でって……命の恩人を見捨てれる訳無いでしょ!」
ルイーダは涙をこぼしながらこちらの身体を揺すったり、頬を叩いたり、薬草を口にねじ込んできたり。大した力は入っていないが、今の身体ではそれすらも猛烈な痛みが襲いかかる。
「カハッ!!グッ、ちょ、やめっ、」
「薬草じゃダメ……あなた、ホイミは使えないの!?」
「……ホイミ?」
「回復の魔法よ!MPがないならこれ飲んで!」
ルイーダは小瓶を取り出すと、中に入っていた液体をリンの口に流し込んだ。
リンはそれをなんとか飲み込むと、腹の奥に何とも言えない不思議な感覚が宿るのを感じた。
「……『ホイミ』」
その感覚につき動かされるままに呪文を唱え、身体に魔力を流し込む。すると身体がじんわりと熱を持ち、痛みが引いていく。完全に癒えたとはとても言えないが、立ち上がることはできそうだった。
「良かった……」
「ありがとう…………もう少し、待ってて」
安堵の息を漏らすルイーダをそっと下がらせ、再び魔獣と相対する。
魔獣は身体を屈め、唸り声を漏らしながらこちらを睨みつけていた。剣を突き刺した箇所からは未だに血が流れている。こちらの回復を寛大に待っていた訳では無いのだろう。しばらく睨み合うもさっきのように突っ込んで来る気配は無い。
「だったら……こっちから!!」
剣を握り、魔獣へと駆ける。魔獣も負けじとほえ、リンへと突撃。身体を沈ませ、勢いのままに角をかち上げた。角でえぐった石畳が木の葉のように巻き上がる。どんな重厚な鎧をも粉砕するであろう必殺の一撃。
しかし、それ故に外した際の隙も大きい。
「こっのおお!!!」
スキだらけの腹に剣を突き立てた。再びの激痛に魔獣は悲鳴を上げ、怒りのままにリンめがけて角を振り抜く。
直後、血しぶきが遺跡に舞った。
「ゴアアァァアア!?!?!!?!?!!?」
魔獣の喉から夥しい量の鮮血が溢れ出た。何をされたのか全く分からない。混乱が魔獣を支配する。
「……分かりやすいのよ、あんたは」
彼女のしたことは簡単だ。身体を屈め、剣を添える。たったそれだけ。そこからはもう剣を振る必要もない。魔獣の分厚い首の皮を断ち切るだけの威力は魔獣が自ら提供してくれる。
「ゴブッ!!ガッ、ア、ア”ァ……」
魔獣が重い音をたてて床に倒れ伏す。最後に喉元から血を吐き出し、血は止まった。
「勝った……」
もう動かない魔獣を見やり、リンはその場で腰を下ろした。安堵と共に疲労感が押し寄せる。
そのまま仰向けに寝転がった。しばらく面白味の無い石の天井をぼんやり眺めていると、視界の端にこちらに駆け寄ってくる人影が映った。
「……ね?大丈夫だったでしょ?」
不安げな顔を浮かべるルイーダに笑いかけ、手を伸ばす。
「そうみたいね……ホント、すごい人」
苦笑を一つ。ルイーダはその手を強く握った。