「…………?」
リンは不思議な夢を見ていた。
映るのは滝に森、川。自然に囲まれ、自然と共存する村。リンのよく知るウォルロ村だ。
が、視線がやけに高いのだ。
高台の上とか屋根の上というレベルではなく、まるで鳥にでもなったような、そんな高さなのだ。村の全域を簡単に見渡すことができる。
夢の中のリンは平和な村をひとしきり見渡すと、ふっと横を向く。
そこには一人の男性がたたずんでいた。
リンの服とよく似たイショウを身にまとい、鋭くも穏和そうな顔立ちときれいにそられた頭は僧侶という職の者に酷似している。
背中にはえた翼と頭部の光輪をのぞけば、ではあるが。
白鳥のように白く美しい翼は途切れることなく羽ばたき、光輪は強く、だが決して目の痛まない清らかな光を放っている。
男はこちらを見るとその顔に穏やかな笑みをたたえ、口を開く。
「ーーーー」
しかし、男がなにをいっているのか理解できなかった。
何かをしゃべっているのは分かる。男は村を眺め、腕を組んで満足そうにうなずき、時折こちらを見つめてはうれしそうにほほえんでいる。しかし、男の口は動くばかりでこちらに一向に声を伝えてこない。
不振に思ってこちらが話そうとするも、口どころか指の一本もこちらの言う事を聞かない。
しばらくすると男は話を終え、空を見上げた。そして背中の翼をはためかせると、男は勢いよく飛び上がり、そのまま雲を突き抜けて姿を消した。
リンの身体は驚き唖然とする心中とは裏腹に膝を曲げ、空を見上げ、飛び上がった。
そのままぐんぐん高度を上げ、雲の中に突っ込む。視界が雲一色に覆われ、それでもなおリンの身体は上昇を続ける。
やがて真っ白だった視界がだんだんと晴れ、雲のトンネルの出口が近づく。
そして最後のもやをかききり、雲を抜ける
「……はぁ!!」
瞬間、映像が切り替わった。
そこは果てのない雲の中でも村のミニチュアでもない。質素な、だが手入れの行き届いた清潔な一部屋。リッカの営業している宿屋の一室、その天井だった。
「何……今の……?」
リンはベッドから降りもせずに頭を抱えた。夢の情報量が大きすぎたせいか頭が重く、ぼんやりとした感覚がなかなか抜けない。
そのくせ夢というものは意地の悪いもので、必死に思い返そうとするとあっと言う間に消えてしまう。
そんな中、リンの記憶に深く刻まれたものがあった。
「……あの男、天使……だよね」
夢の中でリンに話しかけていた男、あの翼と光輪は天使と言う他無い。が、別にそこは重要ではない。重要なのは彼が夢の中とはいえリンと親しげに会話を交わしていた事。つまり……
「私も……天使……って事になる……の………?」
あまりに意味不明な結論だが、そうとしかいいようがない。流石にあれをただの夢とするのは無理がある。
でも、だが、しかし、リンの脳が必死に反論を出そうとするも、まともな案は一向に浮かばない。
それに、心あたりが無い訳ではないのだ。
守護天使像の名前、奇妙な服装、そして峠の列車。気のせいと言うにはあまりに多すぎた。
「……どうしよう」
相談などできるはずがない。まず信じる者がいない。いや、仮に信じたとしてその者がやれる事などなにもないだろう。だが、このままなにもしないでいて良いはずもない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ドアノブがひねられ、ゆっくりと扉が開いた。
「……リッカ?」
扉から現れたのはリッカだった。彼女はこちらと目が合うと、はじめは驚き目を見張り、次にゆっくりとこちらに近づき、最後は瞳に涙を浮かべ、
「良かったぁ……目が覚めたのね!!」
そのまま飛び込むようにリンに抱きついた。リン何とか踏ん張ってリッカを受け止める。が、直後鈍い痛みが身体をおそった。
「いっ!?」
「あ、ご、ごめんなさい!!つい……」
「いや、そこまでじゃないから……気にしないで」
「そんな訳ないでしょ!丸二日寝込んでたのよ!!」
「寝込んで……っ!!」
リンは、そこでようやく遺跡での出来事を思い出した。
遺跡で魔獣に勝利し、ルイーダを救出。そこまでは良かったのだ。問題だったのはその後だ。
魔獣という抑制力が消えたせいか、これまで引っ込んでいた大量の魔物たちが押し掛け、ルイーダを守りつつ戦う事になったのだ。そこからどうやって村まで来たのか、無我夢中で戦ったせいか記憶が一切無い。
「ルイーダさんは!?無事!?」
あわてて立ち上がろうとすると再び鈍痛が走り、リッカに強引に寝かされる。
「ルイーダさんなら大丈夫よ。あなたと比べた
らよっぽどね。……いいから、今は休んでて」
「……うん」
優しく、だが強い意志を持ったリッカに押され、リンは大人しく横になった。
まだ癒えきらない激闘の疲れは休息を貪欲に求め、起きたばかりのはずのリンの身体はいとも容易く二度目の睡眠を始めた。
「ねぇ………な……?」
「え!?……も……」
誰かの話し声が聞こえ、意識がゆっくりと浮き上がっていく。声の主はリッカと……ルイーダだろうか。
「私……絶対に行きませんから!!」
バタンッ!!
普段のリッカなら絶対にさせないであろう荒々しいドアの開閉音が響き。リンの意識は完全に覚醒した。
「やれやれ……これは長期戦になるかな?」
「……なんの話をしてたの?」
起きているとは思っていなかったのか、ルイーダは少し驚いたようにこちらを向き、次第に申し訳なさそうな表情に変わっていく。
「ごめんなさい……起こしちゃったかしら?」
「気にしなくて良いよ。それで……」
「なんの話をしてたか、よね」
リンが頷くと、ルイーダは少し迷うような仕草を見せたが、すぐに向き直りこちらを真っ直ぐに見つめた。
「まず、私がウォルロ村に来た理由は、リベルトさん……リッカちゃんのお父さんに頼み事があったからなの」
「……でもリッカのお父さんって」
「ええ……二年前に、ね」
リンは以前リッカの祖父が話してくれた事があり知っていたが、どうやら隣国であるセントシュタインには伝わっていなかったらしい。
「……あなた、伝説の宿王って知ってる?」
リンは静かに首を振った。
「宿王……経営、設備の腕は勿論、どんな人も分け隔てなく受け入れ、その人柄で相手の心を開き、心身共に癒してくれる……そんな人の事よ」
「……それがリッカのお父さん?」
「そうよ」
驚きがない訳ではない。しかしリッカの宿営業に対する情熱や、人を安心させる優しい雰囲気は、宿王であった父譲りだと言われればすんなりと納得出来た。
「実は今、うちの宿屋が少し行き詰まっててね……何とかしなきゃって焦っていたの」
「……それでキサゴナ遺跡を通ってウォルロ村に?」
「ええ、そしてあの魔獣に出会ったの……もしあなたが来てなかったら今頃私は死んでいたわ……本当にありがとう」
深々と頭を下げるルイーダ。それを見たリンは何とも気恥ずかしい気持ちに襲われ、目を逸らした。
「まあ、そっちも無事で良かったよ。えっと……それで?」
「簡単に言うと人手不足なのよ、だからリベルトさんにこっちに来て立て直して貰いたかったんだけど……」
「リベルトさんは……もう……」
「そう、でもそれで諦める訳には行かなかったの。あれだけ自信満々に、反対を押しきってセントシュタインを飛び出して……死にかけた挙げ句何も得ずに帰りたくなんてなかったのよ」
ふぅ、と一息つくとルイーダはぐるりと周りを見渡し、ホコリの気配もない綺麗に拭かれた机を撫でる。
「いい宿屋よここは……隅まで手入れされてて、お客さんにもすごく明るく接して……」
そこで言葉を切ると、ルイーダはリンへと向き直った。そして真剣そのものの瞳でこちらを真っ直ぐに見つめる。
「お願い、リッカちゃんを説得して」
「私が?」
「そう、あなたの言葉なら……」
確かに一度怒らせた相手だ、再び頼んでそれが通るとはとても思えない。ならリッカと仲の良い自分なら、と言うことだろう。
「……………」
難しい話だ。リッカが嫌がるような事はしたくない。だがルイーダの目は本気だ、どこかこちらにすがっているようにすら感じる。
「……わかった」
「っ、本当!?」
本音を言うなら嫌だ。
リッカを悲しませたくはない。だから彼女が拒否したら綺麗さっぱりと諦めるつもりだ。それに部屋を出ていった彼女の様子を見るに、たとえ私が頼んでも頷くとは思えない。
でも、
「…………」
自分の宿屋のために命まで賭けて、やっと辿り着いたと思ったら頼りにしていた人はもういなくて。
そんな彼女の真摯な願いを無下にするなんて事がリンにはどうしても出来なかったのだ。
「本当に……本当にありがとう」
ルイーダの顔がパアッと華やいだ。それだけでも頼みを引き受けた甲斐があるものだとリンの心に嬉しさが込み上げていった。