ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.1 「最弱の教官」   作:マクギリシマ

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*Chapter.2

冬晴れが鮮やかな午後、刑事課1係は任務を終え、公安局への帰路に着こうとしていた。

今日は朝から通報が入り、郊外のビルで人質をとって立てこもる潜在犯を確保した。シビュラシステムの管理下では犯罪は起こりにくい(らしい)が、稀にこのような事態に陥り、刑事課が鎮圧のため出動する。

御留我威都華ら執行官は宜野座監視官と別れ護送車に乗り込む。車内左右の硬い内壁が突出しただけの壁椅子に執行官5人で腰掛ける。全員が乗ると重い扉がゆっくりと閉まり、外側から厳重なロックがかけられた。

装備もない丸腰の執行官が壁を破って脱走でもすると思われているのか。

御留我はこの護送車のあまりある鉄壁さに毎度こう思う。

「なぁ御留我、今日はいくらなんでも死にすぎじゃねーの?」

左隣に座る縢秀星が顔を覗かせ、意地悪そうな笑みをたたえながら言った。

御留我には特殊な能力が一つあった。何度死んでも途端に再生し復活することができる、いわゆる不死身というやつだ。事故で記憶を失くし、執行官としての適性が見出されたときはすでにその能力はあったようで、初めは自他共に大いに戸惑った。しかし今では刑事課内で当たり前のこととなり、この能力も含めた執行官の適性判断だったのだろうと言われるようになった。

なぜこの能力を持ち合わせているのかはわからない。わかっているのは死ぬと数秒で生き返り、傷もすべて再生されということくらいだ。

亜人という漫画を読んだときには登場人物たちにある種のシンパシーを感じざるを得なかった。当初はかっこいいと思い込んで、技名として「希望の華(フリージア)」と名付けたものだ。ただ、この唯一無二の特殊能力を使いこなし大活躍を、などと異世界転生ライトノベルのように現実そう上手く行くものでもない。

残念ながら亜人のように黒い幽霊は出せないし、あいにくと主人公たちのように戦闘力も高くない。いやむしろここが大問題なのだ。

御留我はこのフリージアという能力を持っていたはいいものの、耐久力が異常なまでに低い。殴られては死亡し、体をぶつけては死亡し、転倒すれば死亡する。ここまでくれば刑事以前に平均的な人間よりも脆い。

刑事課に配属されて3ヶ月、これまで何度もチームの足を引っ張り、ときにはフリージアで結果的に助かったりもした。今回の事件も例外ではない。

「なんだ御留我、そんなに死んだのか?」

右に座る狡噛慎也が聞いた。

黒のスーツを着崩し、逆立った短い髪と鋭い眼光からは狼のような野生的なオーラを感じられる。以前まで監視官だったとはとても思えない。しかし刑事としては優秀で、猟犬の如き嗅覚で幾度となく事件を解決に導いてきた。

そんな彼が半ば呆れた顔で言うのだ。

「俺たちはビルの裏を張ってたからそっちは知らんが、まあいつものことなんだろ、縢?」

「いやそれがさ、コウちゃん。御留我の奴、犯人とタイマン張っておいてパンチ一発でKOされてんだぜ?そんで生き返ってはやられて、生き返ってはやられての繰り返しでさあ!」

縢は笑いをこらえきれない様子で喜々と語る。

「けどよ、人質は無事救出できたし、犯人だって逮捕できたんだからいいだろ。」

御留我はむっと口を尖らせ精一杯の反論をした。

二手に分かれて犯人を追っていた中、御留我と縢、宜野座監視官の三人が人質と犯人を発見。御留我が犯人と交戦している間に縢が人質を保護。

時間稼ぎに一躍買っていたと説明したが、結局犯人は宜野座がパラライザーで気絶させたことを縢にバラされ、御留我の面子は丸潰れしてしまった。

「それにしても、一人で奴さん取り押さえるくらいできても良かったんじゃないか?」

向かいに腰掛ける征陸智己がシワの深い顔を歪ませて言った。老年のベテラン刑事で、長年の刑事の経験からくる風格と貫禄はさすがといったところである。

「相手が強かったんだ。仕方ねぇだろ…」

「相手は平均的な一般男性よ。」

御留我の足掻きに六合塚弥生が追い打ちをかける。1係唯一の女性執行官で、長い黒髪を後ろで一つに結んでいる。冷静であるといえばよく聞こえるが、それを通り越して冷たい態度であるため、彼女の一言は常に心に刺さる。

「流石になんとかするべきだろうな。」

 

【挿絵表示】

 

狡噛がため息混じりに言った。

「ゲームに例えりゃ、御留我は防御力は高いけどHPは1って感じだね。」

縢の揶揄に「お前らはみんなライフが1だろ」と言い返してやりたいところだったが職が職だ。笑えない冗談になりそうだったのでやめた。

「そうだ縢、お前御留我に格闘の特訓つけてやったらどうだ?」

狡噛が唐突な提案をした。

「はあ?!なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇの?!」

「俺ととっつぁんは先週の看護師暴行事件の残務整理任されてんだよ。お前とりあえず暇だろ?」

「暇な奴でいいんならクニっちでもいいじゃん!」

「それセクハラっていうのよ。」

六合塚が縢の言葉を遮ってそう言う。

そんなふうに認知されていたのか。

たしかに御留我はアニメや漫画が好きで時々際どい内容のものにも手を出すが、実際にハラスメントに手を染めた覚えはない。こうまで言われるのは心外だ。

御留我にはもう何かを言い返せるような気力は残っていなかった。オタクのメンタルは繊細なのだ。いっそ今すぐにでも死んでしまいたかった。

 

 

「ああ、違う違う。右で殴るのに右に重心乗せすぎ。体グラついちゃってんじゃん。」

「力、腕に移せてねーぞ。そんなんじゃすぐに押し返されて終わりー。」

御留我と縢は刑事課フロア内のトレーニングジムにいた。コンビニがニつ分といったほどの広さの部屋で、壁はコンクリート剥き出し。そこにところ狭しとトレーニング器具が並べられている。

今日は縢主導の格闘特訓の初日。朝7時に宿舎から引っ張り出され、そこから4時間、休憩をはさみながらサンドバッグのお相手だ。

縢は御留我に一通り基礎を教えると壁際のベンチでポータブルゲームをしだし、時折野次の如きアドバイスを投げかけてくる。もちろんゲーム画面から目を離さずにだ。いつもの黒い開襟シャツと、ダラダラに緩めたワインレッドのネクタイ。このトレーニングジムの雰囲気とは真逆の出で立ちだ。

教えてもらっているのはこちらであり、迷惑をかけているのもこちらだ。しかし人が懸命に訓練している横でゲームに夢中というのはいかがなものか。せめてイヤホンをはめるか消音にしてほしい。

御留我はいささか不機嫌になりつつも目の前のサンドバッグをひたすら殴り続け、パスン、パスンと間の抜けた音を響かせた。ダークグレーのタンクトップに汗が滲む。

「御留我ぁ、お前ほんとに訓練所通ってたのかよ?」

縢が呆れた顔で言う。

御留我はサンドバッグを殴る手を止めた。

「ああ、どうせ訓練所でもビリっけつだったよ。」

「お前どう見ても身体は出来上がってんのに、逆になんでそんなへなちょこになるかな。」

ドミネーターなどの装備の使用や戦闘を伴う刑事課の役職に就く人間は平均1年間、専門の訓練所に通ってから配属になる。

御留我も執行官の適性が出てから1年間訓練を受けたが、そこでも教官からは「身体のポテンシャルは高いが、能力が伴っていない。」と的確に評されたものだ。

「さあな。記憶があった頃は、なんかのスポーツでもしてたんじゃねぇの?」

御留我は投げやりな答えを返す。

「ふーん。でもなんか、磨きゃ良くなる気がするんだけどねぇ…。お前実はアクロバットとかできんじゃねえの?」

「知るかよ。あと秀星、ゲームの音は消してくれねえか?」

「だから、その呼び方やめろっつったろ?!」

食い気味で飛んできた怒号に御留我はビクリとした。

「何度言ったらわかんの?俺を下の名前で呼ぶな、気持ち悪い!お前、他人を必ず名前呼びする文化でもあったわけ?」

前々からだが、縢を「秀星」と下の名前で呼ぶと怒られる。御留我からしたら一体何が気に入らないのか理解し難いのだが、刑事課の他の面々も下の名前で呼ばれるのに一種の抵抗を抱くらしい。現状下の名前で呼ぶのを許容してくれているのは狡噛ぐらいだ。

「下の名前で呼ぶ文化」と言われると案外辻褄が合うのかもしれない。「御留我威都華」という自分の名も、日本人のそれとは思えない。誰かが当て字でつけたようで、もしこの名前をつける親なら、普段から和服をきて「兄弟の盃を交わそうぜ。」なんて小粋な日常を過ごしていそうなものだ。

「でも秀…縢、お前だって慎也のこと『コウちゃん』って呼んでんだろ。」

「あれは名字だしあだ名だから!俺の下の名前は可愛い女の子しか呼んじゃ駄目なの!」

「はぁ?なんだそれ。」

理不尽な理由に呆れそうになる。

「とにかく、次下の名前で呼んだらお前の前髪引っこ抜くからな!」

「わかったよ。気いつけるって。」

そう言って御留我はサンドバッグへ向き直る。流石に前髪を引っこ抜かれるのは御免被る。

 

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