戸山香澄の誕生日を祝いたい一般モブクラスメイトの独白   作:魚澄蒼空

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7月14日は戸山香澄の誕生日。


戸山香澄の誕生日を祝いたい一般モブクラスメイトの独白

 戸山香澄は、クラスで一際目立つ女の子だ。

 

 特徴的な髪型、突飛な言動、人気ガールズバンドのボーカル……例を挙げればキリはないけど、そんなことよりも彼女が目立つ要因は、誰とでも分け隔てなく元気に接してくれるその性格からだと思う。

 

「キミがお隣さん? よろしくねっ!」

「……あ、うん。よろしくな」

 

 事実俺が彼女と隣の席になった時は向こうから笑顔で話しかけてくれたし、俺の決して愛想のいいとは言えないような返事にも、色々な反応で返してくれた。

 

 彼女は俺にとっての太陽のような存在だ。気障ったらしい言い方に聞こえるかもしれないけど、一度そうなのだと思ってしまったらこれはどうしようもないらしい。

 隣の席。授業の合間の休み時間、授業中のふとした瞬間、そんな数分間の会話を通して、その積み重ねで俺は戸山香澄という少女を理解した気でいた。太陽が立ち昇る光を一身に受け止めて、全て言葉の遣り取りで還元している錯覚を覚えていた。

 

 光を浴びているのは俺だけではなく、また俺に光を当てている訳でもないと思い直したのは、彼女と隣の席になってからひと月ほど経ったある日。

 

 ──また、席替えが行われた時だった。

 

 

♢

 

 

 窓際の席は、眺めがいい代償だと言わんばかりに直射日光が容赦なく照りつけ机を温めていく。置いた国語の教科書は、余白の部分が真っ白く陽光に照り返して、結果誕生した眩い白日が視線を窓の外へと逸らさせた。

 青い空に隆起する入道雲が、温い風に運ばれて緩やかに形を変えている。春と比べて色を濃くした青葉の生む木陰は、冷涼さの中に翳りを潜めてゆらゆらと揺れているのだった。

 

 彼女とお隣だった時は、彼女が窓際の席だった。だから必然的に俺が唯一の隣人となる訳で、よって話すことが多かったのだと思う。

 全くバカな話だ。ただ会話をしていただけで、あそこまで自惚れることが出来るなんて。普段女子と話さない俺のような人間に彼女がよくしてくれたのは、彼女がそれくらいいいヤツだからなんだってことは身をもって知っていた筈なのに。

 彼女は次の隣人とも仲良く優しく接していた。

 

 勝手に舞い上がって、そのまま放物線を描いて落ちた。呑気に浮かぶ雲のようにも、けたたましいながらも手前の思うまま叫ぶセミのようにもなれない。何処にでもいる半端者だ。ふと、彼女が窓際の席だった時に窓の外を眺める姿を思い出した。

 元気で明るいいつもの顔とは違った、少し大人びた横顔。きっと眩しさに目を細めている俺とは違う景色が見えていたのだろう。

 机の上にも、窓の外にも戻れない視線が窮屈に彷徨って、ため息が漏れる。

 

「……アホか」

「お前がな!」

「へ? ──いでっ!?」

 

 ポツリと漏れ出た独り言に野太い返事が返ってきたと思った瞬間、教科書の角が頭に飛んできた。

 

「なーに授業中にセンチメンタリズムに浸ってんだ。お前期末の点数も赤ギリギリだったろ? え?」

 

 下手人──もとい最早担当科目を体育に変えた方がいいと皆が思うまでの筋肉ダルマが俺を見下ろしてニッコリと笑う。

 

「あー、すみません。ちょっとボーッとしてました」

「見りゃわかる。……お前、今週日曜の補習出席な」

「はぁ!? あれは赤点のヤツだけって──」

「つべこべ言わないで来い」

「えぇ……」

 

 理不尽な出頭命令に項垂れる。笑うクラスの連中を睨めつけながら、日曜日が何日だったか頭の中で考えて──

 

(あ。今週の日曜ってそういや……)

 

 ──ふと、彼女の方を見た。

 

 彼女も笑っていて、それだけでまぁいいかと思えるくらいには俺は単純で。

 そして補習の日は、中々に特別な日だった。

 

 

♢

 

 

 朝早くから集合させられて、少し立て付けの悪いドアがガタガタと鳴りながら開く。

 教室には誰もいなかった。

 

「……俺一人、か」

 

 いつも騒がしい教室は何物も音のない箱で、外から聞こえるクマゼミの声がシャオシャオと静謐に響いた。

 それは筆箱とルーズリーフと教科書と電子辞書とだけが入った、いつもよりもダボついたリュックサックの中にも響いているような気がして、もう一つだけ入れていた俺のエゴと愚かな期待の塊に、ぐわんぐわんと反響していた。

 いつもの席に着く。まだ朝が早いから、日差しは差し込んでこない。照らされることだってない。

 荷物を置いて、黒板に『このプリントを終わらせたら帰ってよし』と矢印で示されている紙の束を教卓から取って、右端の日付を書く欄に、チラリと目を向けた。

 

 今日は7月14日。彼女の誕生日だ。

 

 それは隣の席だった頃聞いた話だった。その時に「覚えてたら何かあげるよ」なんて適当な俺の軽口に、彼女は「ほんと!? ありがとう〜!」と目を輝かせて身を乗り出して来たのを覚えている。

 軽口のつもりだった。でもその数字は以来ずっと俺の脳内を古典単語の代わりに占領していたし、何を買ったら喜ぶだろうなんて思考は文への読解力の代わりにとても精密に働いていた。

 

 本当にバカらしい。

 

 きっと彼女は似たような話を俺以外の皆とも沢山していて、覚えているか、なんてものはあちら側の方が余程怪しい話だった。

 仮に渡したところで──いや、これ以上考えても無駄だろう。事実として此処に彼女はいない。

 だったら早めに終わらせよう。そして家に帰ったら、この塊はどうしようか。溶けて消えてしまえばいいと思った。

 隣の席だった知人Bには、そのくらいが丁度いい──

 

「すみません、遅れましたっ!! ……ってあれ、キミだけ?」

「……戸山」

 

 ──ドアが開いた。

 

 息を荒らげて、少し額に汗を浮かべた彼女が俺を見る。久々に話した所為か、声が変に上擦った。

 

「先生もいないの?」

「あぁ。そこのプリント終わらせたら帰っていいって」

「そうなんだー。じゃあ簡単だね!」

「だといいけどなー。赤点の戸山さん?」

「むっ。でもキミも補習なんだからそんなに変わらないんじゃ……」

「俺は32点だから赤じゃないの」

「う、3点負けた……」

 

 でも不思議と以前と同じような会話が出来ることに少し安堵した。きっと彼女の親しみやすさがあってこそなのだと弁えてはいるから、もう変な錯覚は起こさないけど。

 教卓からプリントを取った彼女が、何故か隣の席に座る。

 

「席、違くね?」

「でも皆来ないし今日なら大丈夫かなって思って。久しぶりだね、隣の席!」

 

 えへへと無邪気に笑う彼女が眩しい。喉元まで出かかる言葉は、どうしてもそこでつっかえてしまう。

 

「あー、確かに久しぶりかもな」

「前に隣だったの5月だったから、2ヶ月くらいだよ」

「そんなもんか」

「うん! 元気だった?」

「いや、それは隣じゃなくても分かるだろ……」

「それもそっか」

 

 何が嬉しいのか、彼女はニコニコと笑っている。

 それからは合間に雑談を交えながら適当に課題を進めていった。この前やったライブの話、バンドメンバーの話。

 でもそんな雑談は出来ても、俺の口から誕生日の話題を出すことだけは何故かどうしても出来ない。

 やっぱりその笑顔は、彼女が誰にでも分け隔てなく向ける光だった。けれども彼女の口からバンドメンバーの名前が飛び出る瞬間だけは、その笑顔は全く違っていたから。

 

 気取られないように、スっとプリントに目を落とす。盆に乗せたグラス一杯の水を慎重に運ぶウェイターのように、抜き足差し足で目線をずらす。

 

『──丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう』

 

 そんな文章が目に入って、ああ成程確かに、と妙に感心してしまった。

 がらんどうに中身が空を切るちっぽけな四角い箱をリュックの中から取り出して、此処に置いていきたいと思った。そしてそれが教室を中心に、学校ごと大爆発してしまえば、きっと何とも愉快で楽で孤独に違いないとも思った。

 

「うー……この文章読みにくくて面白くない……」

「いや、俺は結構好きだけど」

「そうなの? 何か意外だね」

 

 目をまん丸にしてこっちを見ているであろう彼女の顔を脳裏に浮かべながら、古い機械で印刷され掠れた文字列をじっと眺めて呟く。

 

「──うん。俺も初めて知ったよ」

 

 本当は、ずっと前から知っていた癖に。

 

 

♢

 

 

「んー、疲れたぁ……!」

「おつかれ」

 

 終わらせた課題を提出して、連れ立って校舎をでる。茹だる熱気に捻じ曲がった陽炎が揺らいで、アスファルトの焦げた臭いがした。

 

 川沿いの道まで適当に喋りながら歩いていると、伸びをする彼女の携帯が鳴る。それを開いた彼女の表情が、また華やいだ。

 皆に向ける眩しい笑顔ではない、ふわりと花が咲いたように可憐な笑み。もう俺はその意味を知っている。

 

「ポピパの皆と待ち合わせしてるから、私先に行くね! 久しぶりに話せて楽しかったよ!」

「あ、戸山!」

「ん? 何々?」

 

 近くの自販機に駆け寄って、サイダーを買った。首を傾げる彼女に押し付けた。

 

「これ。誕生日おめでとう」

「いいの!? ありがとうー!」

 

 ぱあっと喜ぶ彼女が受け取ってくれたのを見て、何だかふっと力が抜けたような心地がした。

 

「どういたしまして。……じゃ、また学校でな」

「うん、じゃあねっ!」

 

 走り去っていく彼女の背中を眺めながら、炭酸だけど持ちながらあんなに動いて大丈夫なのかなんて適当な心配が胸から湧いて出て笑い飛ばした。

 炭酸が抜けると、ただの甘い水になる。ベタついて、喉に貼りつくだけの砂糖水。きっと、そういう風にできているのだ。

 

 柵越しに眼下を流れる川を見て、リュックの中から長方形の箱を取り出した。包装紙に包まれたそれを握り締めて、思い切り放り投げる。

 

 放物線を描いて、そのまま小さな飛沫をあげて箱は沈んだ。

 

 終ぞ大爆発は起こさないまま、(あぶく)を立てて、その何かは何ともちっぽけな最期を迎えた。




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