戸山香澄の誕生日を祝いたい一般モブクラスメイトの独白   作:魚澄蒼空

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前年の誕生日に書いたものの続きです。戸山さん、お誕生日おめでとうございます。


戸山香澄の誕生日を祝いたい一般モブクラスメイトの独白(2)

 タッタッタッと駆ける足の音が、自分でも妙に軽やかに聞こえる。

 真夏日。太陽は容赦なく照りつけて、おでこには汗が滲んだ。スクールバッグの持ち手も体温ですっかり温くなって、あまりいい触り心地とは言えない。

 クーラーが一分一秒毎に恋しくなるような、補習からの帰り道。でも今はそんなに苦じゃなかった。誕生日ってこともあるし、何より──

 

「えへへ、プッレゼント〜」

 

 もう片方の手に握られた、缶サイダー。

 ひんやりとした温度が心地好い。でもそれだけじゃなくて。確かに、今の季節にはすっごく飲みたいものだけど、流石にサイダーを買っただけじゃここまで喜んだりはしないかな。

 有咲だったら、「お前のテンションの振り幅なんてそんなもんだろ」とか言ってきそうだけど。

 

 とにかく。重要なのはサイダーってとこじゃなくて、これをくれたのが彼だということ。

 

 春。同じクラスの、隣の席になった。最初は普通に、友達になりたくて話しかけていた。こころんみたいに明るかったり、さーやみたいに柔らかい反応だったりはしなかったけど、ちゃんと私のことを見て話してくれているってことはハッキリと分かった。

 私が話している時、不意に見せる笑った顔がすっごく胸に残って。いつの間にか、バンドとは違うキラキラドキドキがそこにあったことをすんなりと受け止めている自分がいた。

 

 それを何気なくポピパの皆に話した時のことは……恥ずかしいからあんまり思い出したくないけど……。

 でもだからこそ、自覚できたんだと思う。

 

 今日の補習で二人きりになって、久々にたくさん話せたことに感じたキラキラの理由も。

 誕生日ってことを覚えてくれていて、私にプレゼントをくれたことに覚えたドキドキの在り処も。

 

 私はきっと、キミが……。

 

 

 

「皆、お待たせ〜!」

 

 ガチャリと蔵の扉を開ける。夏でも涼しい蔵の空気が、滲んでいた汗を冷やして気持ち良い。

 

「お、来たな。今日の主役」

「補習おつかれ、香澄」

 

 飾り付けをしていたらしい有咲とさーやが振り向く。「期待しててね」なんて言われていたけど、まさかこんなに豪華にしてくれていたなんて。

 

「ケーキ持ってきたよ〜」

「あ、香澄ちゃん。いいタイミングだね」

 

 大きい白い箱を持って入ってきたおたえとりみりん。なんだか去年よりももっと凄い感じがして、テンションがすっごく上がってしまう。

 

「わ〜、これ皆でやってくれたの!?」

「うん。『せっかくだから去年よりも派手にしたいな』って有咲が……」

「ちょ、おたえ! 何言って……っておいバカ、くっ付くな香澄!」

「有咲、ありがとうー!!」

「ふふ、この流れは何年経っても変わらなさそうだね」

「いいんじゃない? 変わらなくて。見てて面白いし」

「沙綾ぁー!!」

 

 有咲に抱きついた私の傍らで、皆が笑い合っている。こんな何気ない瞬間で、ポピパで居られることの楽しさを感じることが出来て。

 

「皆も! ぎゅ〜っ!」

 

 嬉しさで、ついつい皆も抱き寄せてしまう。苦しいとか狭いとかって騒ぐ皆だけど、その表情は言葉と裏腹で、また嬉しくなった。

 

「香澄、普段より機嫌良いね」

 

 不意に、おたえがそんなことを言う。

 

「え? そりゃそうだよ! だって皆がお祝いしてくれるんだもん!」

「確かにそうだけど。それだけじゃないって言うか……」

「?」

 

 さーやまで首を傾げながらそう訝しんだ。

 何か感じていることは、有咲とりみりんも同じだったみたいで……。

 

「ってか香澄、いつまでそのサイダー持ってんだよ?」

「……あっ」

 

 指摘されて、改めて気が付いた。

 すっかり汗をかいて、温くなってしまっている缶。意識して握っていた訳じゃない。本当に無意識に、離していなかった。

 

「なんで飲んでないの? もう温くなってそうだけど」

「え、え〜っと。奢ってもらったのだから……勿体なくて?」

 

 歯切れ悪く答えてしまったけど、それは半分ホントで、半分嘘。

 多分きっと、キミがくれたものをずっと持っていたかっただけ。今行き着いた答えだけど、わざわざ言ったりなんかはしない。恥ずかしいし……。

 それに……。

 

「あ、そういえば。今日の補習って確か……」

 

 でも私の考えは皆にはお見通しだったみたいで。

 一気にこっちを向く視線は生暖かいような感じで、なんとなくむず痒くなった。

 

「な、なんでそんなにこっち見るのぉ」

「いや、なんでもないけど。ちゃんと言えたの?」

「う……」

 

 核心を突かれて、思わず言葉に詰まる。

 みんな知っているんだ。私がどう思っているのかも、このサイダーを手放せない理由も。

 それは、失くしたくないから。それだけで、今まで私はキミと皆と同じように接していた。同じクラスの、隣の席の友達。そこから変わらなきゃ、なくすこともないから。

 

 でも……。

 

『戸山、誕生日おめでとう』

 

 そう言ってくれたキミが、どうしても忘れられなくて。

 

 私は──

 

「行ってきなよ、香澄」

「おたえ……」

 

 そっと背中を押される。有咲も、りみりんも、さーやも。みんな優しく頷いてくれた。

 

「良い報告待ってるから、ね?」

 

 そう言ってウィンクをするさーや。

 

「が、頑張ってね! 香澄ちゃん」

 

 力強く応援してくれるりみりん。

 

「……こっちはもうちょっと待っといてやるから、早めにな」

 

 ぶっきらぼうに言う有咲。

 

 みんなの気持ちが暖かくて。

 

「……うんっ」

 

 私は、もう一度駆け出した。

 

 

 ▽

 

 

 柵に体重を預けて、暫くの間川を眺めていた。

 沈んだソレはもう影も形もない。ただ乱反射してキラキラと、水面が眩しいだけだった。

 

「……何やってんだろ、俺」

 

 独りごちて吐き出した息には返り事なんてある筈もなく、夏のじっとりとした空気を更に重くした。

 いっそのこと爆発してしまえれば──そんな勇気はなかった。形にならないモノが燻って、アスファルトに立つ陽炎みたいに揺れて、未だに何かを炙っている。

 

 チリチリと。湿った薪を火にくべたような、どうしようもなくしょうもない燻りだった。

 

 ……暑い。

 汗が吹き出す。柵を握る手が、ぎちりと音を立てた。錆び付いた鉄と、滲んだ手汗が絡まって立てた音。蝉の声や川の粼なんかよりも余程響く音だった。

 帰ろう。そう思い川から踵を返そうとしたところで。

 

「おーい!!」

「……戸山?」

 

 彼女が向こうから走ってやってきた。

 何か急用でもあったのか。バンドで過ごすと楽しそうに言っていた彼女が戻ってくるなんて、余程の火急の用に違いない。

 

「どうかした? 忘れ物とか?」

「はぁっ、はぁっ、……ううん、そうじゃなくてね……っ」

 

 そう思っていたから、俺の前で立ち止まって息を整える彼女の意図が分からなかった。

 ましてや、何処か揺らぎを感じるような視線で、それでも俺を真っ直ぐに見つめる理由なんて。

 

「そうじゃなくて……ってキミ、凄い汗! 大丈夫!?」

 

 何かを言おうとした矢先、彼女がはっと目を見開く。言われるまで気づかなかったが、小一時間も外に居れば、今の季節ならこうなるだろう。

 

「……え。あぁ、ここにずっと居たからかな。別に──」

「ほら、これ飲んで!」

「いや、ちょ……うぉっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 大丈夫だという俺の言葉を聞き入れずに、彼女は持っていた缶サイダー──さっき俺があげたものだった──を飲ませようとプルタブを引いて、見事に爆発した。

 

「わ、わ、走ってきちゃったから……!」

 

 シュワシュワと音を立てながら吹きこぼれていく炭酸飲料に、彼女は慌てふためく。

 そんな姿を見て、ふと隣の席だった頃が思い起こされた。他愛ないような話をして、笑い合って、なんでもないような彼女の表情がどこまでも眩しくて。

 

 思わず、こっちまで笑顔にさせられてしまうのだ。

 

「くっ、はは、何してんの」

「……っ。あー、笑わないでよ!」

「いやだって、まだ飲んでなかったんだなって。てかなんで持ち歩いてんの」

「え、その……それは……。あ、って言うかごめん! 零しちゃって」

 

 多分、こういう所なんだなと思う。

 瞬間、何かどうでもよくなった気がした。スッとした心地になって、手前勝手に煮詰めた諸々を捨て置けるような、そんな気分だった。

 

「いいよ、そもそも戸山にあげたんだしそれ」

「でも……」

「あ、でもさ。結局飲めてない訳だし……今度時間ある時にでも、また何か奢るよ」

「!」

 

 サイダーは流石にショボ過ぎたなと付け加えた。

 

「今は何か急いでるみたいだし、ポピパでも予定あるんだろ? 俺のことはいいから──」

「……がいい」

「ん?」

 

 やおら、彼女が小さく呟く。伸びた指が、俺のシャツの裾をちょこんと握った。

 

「それ、今がいい」

「え? いや俺はいいけどそっちは……」

「キミだから。今、用あるの」

「え……」

 

 そう言った彼女の目は、さっきと同じように俺を見ていた。

 夏の陽射しが眩しい。その輝きを返す水の流れも。そんな空にも、眼下の川にも、今は視線を逸らさなかった。逸らしてはいけないと思った。

 

「分かった。……じゃ、どっか行くかぁ。戸山はどこがいい?」

 

 力を抜いて、彼女に笑いかける。

 

「どこがいいかな〜。駅前のカフェもいいし、つぐのとこも。あ、でもあそこも──」

「そんな行けねぇよ。金ない」

 

 一先ずは彼女も力を抜いてくれたようで、ぱっと華やいだ表情は、やっぱりいつもの彼女だった。

 何を話すつもりなのかは知らない。けれど今こうして隣り合って歩けていることが全部だ。

 せめて誕生日くらいは祝っても、バチは当たらないだろう。

 

 未だに裾を摘む彼女と話しながら、暑い街路を歩いていく。眩しい太陽が、梅雨明けの晴れた空に輝いていた。




モブじゃないじゃんお前(半ギレ)

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