Fate/WizarDragonknight   作:カラス レヴィナ

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お待たせしました!
もう20話か……



我妻由乃

「なあ。チノ」

 

 降ろした荷物から教科書を取り出し、学校の準備を始めたチノに、そんな声が来た。

 目の前には、活発な眼差しの小柄な少女がいた。短髪の少女で、チノと同じ見滝原中学の制服を着ている。

 

「マヤさん。おはようございます」

「『あ~眠ぃ~。昨日ココアとコーヒー銘柄当てなんてやるんじゃなかった~』」

「違います。勝手に声充てないでください」

「違うのか? てっきりまたココアと付きっ切りだったのかと」

 

 少女がにっと八重歯を見せつけながら笑う。特徴的な彼女の八重歯は、ひそかに可愛がられる要素の一つなのだとチノは捉えている。

 

「住み込みの人が大怪我をして、看病してたんです」

「ほえ~。大怪我って?」

 

 マヤという少女は、チノに顔をぐいっと近づける。彼女の顔面を押し返しながら、チノは答えた。

 

「昨日、見滝原公園でガス漏れ事故があったじゃないですか。その人、丁度公園にいたらしいんですよ」

「ひええええ……ついてなさすぎる……その人、大丈夫なのか?」

「ええ。父が医療の知識がありますので、心配ないです。ところで、なんですか? マヤさん」

「ああ、そうだったそうだった。あのさ。ウチらって、今十四歳じゃん?」

「私はまだ十三歳です」

 

 だが、マヤはチノのツッコミを無視した。

 

「私さ、今の私たちって大事な年だと思うのよ」

「青春真っ盛りですからね」

「ちっがああああう!」

 

 マヤはチノの机をバンバンと叩く。

 

「十四歳は! 世界を救う年だよ! 一生に一度しかないんだよ‼ だから、私たちは私たちで世界を救おう! 具体的には、ウチとチノとメグで! きっと、チノのバリスタの力が必要になるよ!」

「前も言いましたが、バリスタはコーヒーを作る職業です。それにしてもメグさん、まだ来ていないんですね」

「なんか、家族の用事で少し遅れるらしいぜ? さっき先生が言ってた」

「メグさんも大変そうですね。……メグさんといえば、またバレエやってみたいですね」

「私はそれほどでもないけどなあ……お? お前の隣、天野だったか」

 

 マヤは、チノの隣の席に座る人物に目を移した。

 たった今来た、男子生徒。四六時中ニット帽をかぶっており、周りから笑われようともからかわれようとも、常に携帯電話___それも今時珍しいガラパゴス携帯___にポチポチと打ち込んでいた。

 

「そうですよ。いつも携帯ばかりやってますから、あまり話したことないですね」

「隣の席なのに? 折角の機会だから、話しかけてみようぜ!」

「悪いですよマヤさん。天野さんは天野さんでやっていることあるみたいですし」

「でも、ちょっと覗いてみようぜ! 天野!」

 

 天野(あまの)幸輝(ゆきてる)。出席番号一番の彼に、マヤはポンポンと肩を叩いた。

 

「うわっ! な、なに?」

 

 幸輝はマヤの出現に動転し、手玉のように携帯が両手の上で踊った。

 

条河(じょうが)さん……何?」

「お前いっつも携帯いじってるけど、何やってるのかなって」

 

 マヤが幸輝の肩に体を乗せて携帯画面に注目している。止めるべきか見届けるべきか悩んでいると、マヤが実況した。

 

「お? これって、観察? すげえ、周りのことよく見てるじゃん! 私の接近には気付かなかったけどな!」

「ちょっと、放してよ……」

「えー? いいじゃん!」

「マヤさん、困っていますよ?」

 

 さすがに見ていられなくなったチノが、マヤを引き剥がす。

 

「ごめんなさい。天野さん。マヤさんには私がしっかり叱っておきますので」

「チノが私の親代わりに⁉」

「ああ、いいよ別に」

 

 幸輝は愛想笑いで返した。

 だが幸輝はそのまま、何事もなかったように携帯をポチポチと打ち始めた。

 

「でも天野さん、本当にいつも何しているんですか? 私が言えたことではありませんけど、ずっと一人ですよね?」

「僕はいいんだ。僕はこうして、一人で日記をつけていれば」

「日記ですか?」

「へえ。それ日記なんだ」

 

 チノの手から逃れたマヤが、また幸輝のもとに接近する。

 

「ちょっと見せて!」

 

 マヤは躊躇いなく、幸輝から携帯を取り上げた。

 

「うお! 打ち込み早くね⁉ もうウチらのこと書かれてる! チノのこと銀髪美少女って書いてある!」

「ちょ! 書いてないよ!」

「……見せてください」

 

 思わず口から本音が出てしまった。あわわと両手を振る幸輝を尻目に、チノは昔のタイプの影響に目を凝らす。

 

「『隣の香風さんが、条河さんと話してる。奈津さんはまだ来ていないみたいだった』……私のことを美少女って書いてないじゃないですか」

「もういいだろ? 返してよ」

 

 幸輝が、チノの手から携帯を取り返した。

 チノはそのまま、幸輝に尋ねる。

 

「天野さん、日記、ずいぶんいろんなことが書いてありますけど、天野さんのことは?」

「ぼ、僕のことはいいだろう? どうせ僕のことなんて、誰も見ていないんだから……」

「そうですか?」

「そうだよ……全く」

 

 幸輝はため息をついて、逃げるように教室から出ていく。

 

「僕に構わないでよッ……」

 

 そのまま逃げていく彼に対し、マヤが「あ、待って!」と追いかけていった。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 屋上近くに逃げてきた幸輝は、肩で呼吸しながら、近くに誰もいないことを確認していた。

 朝の空に続く屋上扉の他には、隣の掃除用具入れしかない。幸輝は安心して、しゃがみこんだ。

 

「全く、僕に構わないでよ……」

 

 背中を屋上へのドアに寄りかからせながら、幸輝は携帯を取り出し、日記を記す。

 

『突然、条河さんが僕に話しかけようと寄ってきた。下の階で、どうやらまだ追いかけているようだ。香風さんも、僕に話しかけようとしてきた。別にいいのに』

 

 はあ、とため息をついた瞬間、ガタゴトと音が聞こえる。

 逃げている最中、ということで物音に敏感になっている幸輝は、その発生源が掃除用具入れにあることを突き止めた。恐る恐るそれを開けると、

 

「ユッキー♡」

 

 満面の笑みの同級生、我妻(がさい)由乃(ゆの)がいた。

 

「うわぁ!」

 

 思わず背中を地面につける幸輝に対し、由乃はその体の上を張ってくる。

 

「ねえ、ユッキー。私、とうとう手に入れたよ」

「な、、なに……? 我妻さん、どうしてここに?」

「だって、私、ユッキーのことだったらなんでも分かるもの。今日追いかけられたから、きっとここに来るって。きっと物音を立てれば、ユッキーは私に気付いてくれるって」

「待って、我妻さん。どうして僕を……?」

「だって私、ユッキーが好きで好きで仕方がないもの。ユッキーのために私、魔術師になったんだよ? 今、私とユッキーの愛の巣を作るために、戦っているんだよ?」

「何を言っているの、我妻さん」

「だからユッキーも、私を受け入れて。私、いっぱい殺すから、ユッキーは私を受け入れてくれるだけでいいの愛してくれるだけでいいの。ね? ユッキー」

 

 顔が、幸輝の目と鼻の先に来た。彼女の瞳に、驚きおののく自分の姿が映る。彼女の吐息が鼻と口に当たる。彼女の髪一本一本がくっきり見える。

 始めは、由乃という美少女が迫ってくるということもあり、少し満更でもないと考えていた幸輝だが、その考えが変わった。

 由乃が、耳元でささやく。

 

「だからね、ユッキー。ユッキーはこれから……受験も大学も成人式も就職も結婚も出産も出世も退職も老後も葬式も来世もその次もその出産時も入園時も入学式も卒業も……ずっとずっと一緒だからね♡」

 

 刹那、頬に生ぬるい感触が押し当てられる。由乃が犬のように舌で頬を舐めずったことを、幸輝の脳が理解を拒んでいた。

 

「我妻さん……怖い……」

 

 焦点の定まらない、大きく見開いた目。

 一言一言いうたびに、口を大きく開く挙動。

 そして、ほとんど会話したこともない幸輝へ、愛だの何だのと口にする彼女を、幸輝は恐怖しか覚えなかった。

 

 そして。

 

「助けて……誰か……」

「うん♡ ユッキーをいじめるやつは、皆皆……」

 

 殺してあげる。

 

 そう聞こえたのかどうか、幸輝には分からない。

 ただ、確かに聞こえたのは、

 由乃のものではない、くぐもった音声。

 『ウィザード』という電子音だけだった。

 

 

 

「ほむらちゃん……」

 

 登校してきたまどかは、机に佇むほむらへかける言葉を探していた。

 昨日、ハルトさんが大怪我したんだけど、何か知らない? どうして戦っているの? 聖杯戦争、なんで参加しているの? ハルトさんたちと協力して、この戦いを止めようよ。

 だが、何一つ言葉は出なかった。

 まどかは席に荷物も置かず、ずっとほむらの席で立っていた。やってくる生徒たちに応じて道を譲りはすれど、ほむらの席の近くからずっと動けないでいた。

 やがてしびれを先に切らしたのは、ほむらのほうだった。

 

「何かしら?」

 

 ほむらはため息をついて、腰をひねってこちらを向いた。まどかはモジモジと手を擦りながら、

 

「その……ねえ、ほむらちゃん。昨日……」

「?」

「昨日、その……キャスターさんは……」

「キャスター?」

「どこにいたのかなって……」

「知らないわ」

 

 ほむらはそれだけで、まどかから目を離した。だが、まどかは折れずに続ける。

 

「昨日、ハルトさんが大怪我したのって、知ってる?」

「ハルト……松菜ハルトね」

「うん」

「知らないわ。興味もない」

「でも……」

「貴女も、あの時キュウべえの話は聞いたはずよ。この聖杯戦争は、私と松菜ハルト、必ずどちらかは命を落とす。私は、松菜ハルトに徹底して敵として接するわ」

「どうして……?」

「私には、叶えたい願いがあるからよ」

 

 彼女は、まどかを真っ直ぐ見つめていた。強く、熱く。これまで見たほむらの目線の中で、一番強い視線だった。

 その時。

 

 ぐにゃり。

 

 教室が歪んだ。

 

「な、何⁉」

 

 思わず叫んだのはまどかだけではない。

 木製の床が赤黒いものに変色していく。

 質素な壁が醜悪な檻へと変わっていく。

 パニックになる生徒たちの悲鳴が重なり、変質した教室に木霊していった。

 

「きゃああああああああああ!」

 

 まどかも悲鳴を上げて、目を覆う。大きな揺れと混乱で、何もかもが分からなくなる。

 そして。

 

 日常の中心であった教室は、まるで怪物の胃袋の中のような、不気味な世界に成り果てていた。

 

「キャスター!」

 

 茫然とするまどかの自意識を我に返させたのは、立ち上ったほむらの声だった。見ればほむらはすでに魔法少女の姿に変身しており、彼女の傍らには黒い粒子が集い、黒衣の天使がその姿を見せていた。

 教室内でのほむらの異質な姿だが、すでに教室の異形化というものがあり、彼女に気を留めるものはいなかった。

 その中、キャスターはほむらに膝を曲げながら伝えた。

 

「校内に、マスターに匹敵……いいえ、上回る魔力を感じます」

「私以上の魔力?」

 

 キャスターの言葉に、ほむらは顔をしかめていた。

 だが、二人にとっての部外者であるまどかには、それ以上の言葉の意味を理解できなかった。

 ほむらはまどかに振り向き、何かを放った。

 慌てて受け取ったまどかは、その重量に面食らう。触れたことのない、冷たい質量。生まれて初めて手にした、拳銃。

 

「え⁉ え⁉」

「軽く加工したものよ。中学生でも問題なく扱えるわ」

「加工って……」

 

 まどかは絶句した。

 

「ほむらちゃん、どうしてそんなもの……」

「時間がない。質問に答えることはできないわ」

 

 ほむらは詰め寄るようにまどかの言葉を遮る。

 

「残弾数は気にしないで。こんな空間には私も見覚えがあるの。いい? 危険なものが来たら三発で殺せるわ」

「こっ……?」

 

 物騒な言葉に、まどかは言葉を失った。

 

「いい? 私は今から、この原因のところに行く。まどか、貴女はここから絶対に動かないで」

「でも……」

「いいわね」

 

 ほむらは、それ以上まどかの言葉を待たない。教室だったところを飛び出し、すぐにまどかの視界から出ていった。

 




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