Fate/WizarDragonknight   作:カラス レヴィナ

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ウォッチャーの策略により、見滝原の全員が敵になってしまった。
それは可奈美、響、友奈も例外ではなく、ハルトは三人の猛攻によって川に転落してしまう


廃教会

 手が、陸地を掴んだ。

 体を持ち上げ、ようやくハルトは空気を肺に詰め込んだ。完全に水から体を引き離したところで、ハルトの体が地面に転げ落ちる。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

 

 あとどれくらい流されていたら、見滝原の外に達していたのだろう。

 聖杯戦争の存在により、ハルトは見滝原から一歩でも外に出れば失格となり、命を落としてしまう。

 命の危機を脱せたことに安堵しながら、ハルトは川の上流へ目を向けた。

 あの上流で、仲間たちから本気の攻撃を受けた。可奈美の切り傷、響と友奈の拳、ココアとチノの拒絶、紗夜のナイフ。それぞれの痛みが、それよりもはるかに強力な他の参加者の攻撃よりも大きくハルトの体に残り続けている。

 

「みんな、ウォッチャーに操られているん……だよね」

 

 初夏の時期とはいえ、全身がびしょびしょに濡れていては、当然寒さが厳しい。

 ハルトは体を震わせながら、近くの瓦礫に腰を落とした。

 静かに目を閉じて、体力の回復に努め___

 

「……」

 

 瞼の裏に、仲間たちの敵意が籠った目線が蘇る。可奈美の剣が、響の拳が、友奈の蹴りが、その衝撃をいまだにハルトの体に刻み付けている。

 腕を何度もこすり、ハルトはため息をついた。

 

「……どんな時だって味方だって、言ってくれたのに……」

 

 小声で。自分でもとても女々しいと思いながら、ハルトの口から飛び出てきた。

 すると、その言葉が引き金になったのだろうか。

 全身を打ち付けるように、冷たい感覚が落ちてきた。

 

「そういえば今日、夕方から雨だったっけ……」

 

 無意識な声で、ハルトは手を掲げる。

 梅雨の雨は、容赦なくハルトを冷やしていく。あっという間に吐く息が白くなり、体の震えも増していく。

 状況整理よりも体力回復よりも先に、雨宿りができる場所を探さなくてはならない。

 ハルトは急ぎ足で、現在地を見渡す。

 

「ここは……」

 

 見滝原南。

 かつて、経済の発展を支える工場地帯として栄えていたが、今は寂れて浮浪者や反社のたまり場になっている。これまでも何度かこの場で戦うこともあったが、長く滞在したのは、とある参加者を探した一回だけだった。

 

「ウォッチャーの能力範囲は、ここまで及んでいるのかな……?」

 

 他の見滝原の区域とは、大きな川を挟んでいるため、この場が範囲外の可能性も十分にある。

 だが、体力もかなり削られている今、なるべく人に会いたくない。

 ハルトはコネクトでラビットハウスの私物……大道芸のものよりも、ウィザードリングの箱とマシンウィンガーを取りだす。

 マシンウィンガーに跨り、自身の魔力を注ぐ。

 エンジンを駆動させ、見滝原南の地を駆ける。

 雨水を弾き飛ばしながら、ハルトは屋根が無事な建物を探した。

 だが、どの廃墟も屋根は筒抜けとなっており、とても雨を凌げそうにない。

 いっそのことウィザードに変身して寝ることも検討し始めたとき、ハルトの視界に光明が差し込んだ。

 

「あれは……?」

 

 屋根付きの建物。

 それは間違いない。建物の詳細は暗くなっているせいで判別できないが、今は贅沢を言っていられない。

 近づいてみると、だんだんとそのシルエットがはっきりと見えてきた。

 

「……教会か?」

 

 朽ち果ててはいるが、十字架があるから間違いない。

 マシンウィンガーを停車させ、ハルトは雨の中直立する荘厳な建物を見上げた。数回息を吐き、ハルトは取れかけている扉を開き、明かりがない内側に立ち入った。

 どうやら、かなり長い間打ち捨てられていたらしい。

 ステンドグラスは割れ、金目の備品は全て取り払われている。それどころか、多く設置されているはずの長椅子(チャーチチェア)も三つしか残っておらず、それらも全てバラバラに置かれていた。

 

「ちょっとだけ間借りさせてもらおうかな」

 

 ハルトは長椅子に深く腰を掛ける。すると、すぐに頭が直立を拒絶していく。

 

「やばい……何か、今日は疲れたな」

 

 もう逢魔が時を過ぎている。夕食を終えることができれば休息したいところだが、腹の虫がもう元気になっている。

 

「あ、そうだ……」

 

 どうせ体力が底をつきているのなら、魔力も底に落として、まとめて回復してしまおう。

 そう判断したハルトは、指輪を腰に当てた。

 

『ガルーダ プリーズ』

 

 虚空に、魔力で作られたランナーが生成される。まさにプラモデルのように、ランナーから部品が切り取られ、自動的に組み上げられていく。

 やがて形となったレッドガルーダに指輪をはめ込むと、使い魔が動き出した。

 

「ガルーダ。みんなに……可奈美ちゃんに付いていて。もしかしたら、ガルーダも敵認定されるかもしれないけど……みんなに何かあったら、教えてほしいんだ」

 

 ハルトの指示に、ガルーダは了承のしぐさをみせた。その赤い姿が雨の中に消えていくのを見届ける前に、ハルトは意識を手放した。

 

 

 

「……ん」

 

 瞼を貫く陽の光に、ハルトは目を開けた。

 

「もう……朝か」

 

 額に手を当て、ハルトはしばらく天井から差し込む光を睨み上げていた。鳥のさえずりが幾重にも重なり、雨上がりの湿気のにおいが感じられる。

 数回呼吸を繰り返し、ハルトはむっくりと体を起こした。その時、体にかけられていたものが音もなくずり落ちていった。

 

「あれ? 毛布……」

 

 手に引っかかったそれをつまみ上げる。薄くて茶色い毛布だ。ビロードのような手触りがあるそれは、多少傷んでこそいれど、保温性には優れていた。

 誰かがかけてくれたのか。

 ……ウォッチャーの能力は、寝ている間は作用しない可能性もないだろうか。

 そう考えた途端、毛布の持ち主らしき声がかかってきた。

 

「お目覚めになりましたか」

 

 ここが教会ならば、当然所属する人間もいるだろう。

 祭祀と呼ぶべきか、それとも牧師だろうか。

 別部屋から講堂入り口へ姿を現したその人物に対し、ハルトは思わず立ち上がった。

 

「座ったままで構わないよ」

 

 司祭は穏やかな口調でハルトの動きを制した。

 その口調から、可奈美たちやココアたちのような敵意はない。どうやらウォッチャーの能力は、ここまで及んでいないようだ。

 ハルトは安心し、椅子に腰を掛けなおす。

 

「すみません、勝手に入ってしまって」

「いいえ。人々は献身によって成り立っているものです。私があなたを助けたのもまた献身。あなたが恩義を感じるのであれば、この献身をまた他の誰かへ渡してください」

「は、はあ……」

 

 ハルトは肩を傾けながら頷いた。

 そして、ようやくゆっくりと司祭の姿を見ることができた。

 薄い金髪に、これまた薄い笑みを浮かべた男性。年齢は、ハルトよりも少し年上くらいだろうか。落ち着いた雰囲気のまま、講堂の司祭台へ向かうこの男性をしばらく見つめていると、ハルトはその姿を見た記憶が呼び起こされた。

 

「何か?」

「……いいえ」

 

 以前彼を見たことがある。紗夜の依頼でこの見滝原南に訪れた際、彼の布教活動を目にしたのだ。

 もっとも彼はそれを覚えている様子はない。無理に言及する必要もないだろう。

 ハルトは借り受けた毛布を畳み、「ありがとうございます」と礼を言った。

 

「えっと……ここは、教会ですか?」

 

 他に話題を探すこともなく、ハルトは尋ねた。

 司祭は「ええ」と頷き、司祭台にてハルトを見下ろした。

 

「せっかくですし、少し礼拝でもしていきませんか?」

「れいはい?」

「神に祈りを捧げるのです。あなたが無事にこの場所にたどり着いたこともまた、神のお召し」

「はあ……」

 

 いただきますとありがとう以外、神への感謝などしたことはない。だが、それを一宿の恩がある彼に向けていうのも野暮だろう。

 ハルトは口をひきつらせながら、「それじゃあ……」と頷いた。

 

「何をすればいいんですか?」

「我が神への祈りは、形式ばったものではありません。あなたの内にある献身を、わが神に示すのです」

「献身?」

 

 ハルトは、自らの脳内にある辞書から献身という言葉を検索した。誰かに尽力する意味で、それを神相手に行うことへの想像ができなかった。

 司祭は両手を広げる。

 

「さあ、まずは目を閉じて体から力を抜いてください」

 

 ハルトは指示通りにした。足だけを直立させながら、それ以外の力をすべて取り払う。

 感覚をなくしていると、どうしてもハルト(ファントム)の感覚は、魔力を経由して周囲の状況を伝えてくれる。

 司祭は手にしている小さな石片のようなものを、黒い黒曜石のようなものに滑らせている。手で何か文様を___七望星を描きながら、司祭は告げた。

 

「神に……祈りを」

「うっ……!」

 

 刹那、頭に何かが流れ込んでくる。

 全く知る由のないイメージが、脳内から止めどなく溢れてくる。

 大きく左右に広がるものと、その中心から三つの長い物が伸びている。

 エレキギターのような音が鳴り響きながら、それはだんだんとハルトに近づいてくる。

 

「ぐっ……!」

 

 瞼の奥で、ハルトの瞳が赤くなる。うっすらと目を細く開きながら、頭を抱え、全身より魔力を放ち、金色のそれを押し返す。

 そして___

 

 

 

「___!?」

 

 いつの間にか、周囲の光景が変わっている。

 

「何だ……?」

 

 雨上がりとはいえ、すでに太陽が顔を出している。気温がこんなに下がっているはずがない。それなのに、ハルトの体は震えが___それこそ、雨が降っていた夕べ以上に震えが止まらない。

 白い息を吐きながら、ハルトは自分がいる場所を見渡す。

 それは、氷。半透明の氷の先に見えるのは、おそらく天然の岩肌。どこかの山の中だろうかと思えてしまうその場所は、天然の牢獄だった。

 

「何で、こんなところに……?」

「驚いたな」

 

 突如、穏やかな声がかけられた。

 それは、教会の司祭。さきほどまでと同じように、ハルトの目の前で静かにハルトを見つめていた。

 司祭は、まるで赤子に語り掛けるように言葉を続ける。

 

「この場所は、私が君たちへ共有しているイメージの深層。並みの人間がここまで潜れるとは……」

 

 彼の言葉も、今の状況も何一つ理解が追いつかない。

 だが、この肌を刺す冷たさが、これを夢ではないと突き付けてくる。

 

「貴方は……一体?」

 

 だが司祭は、何も答えない。代わりに彼がハルトへ提示したのは、指。

 彼に促されるまま振り向くと。

 

「!?」

 

 息を呑みながら、ハルトはそれを見上げる。

 冷たい氷に閉ざされたそれ。一見すると、金色の壁。それが、何らかの頭部であると気付いたのは、冷静にその目鼻口をそれぞれ確認できてからだった。

 

「これは……ドラゴン?」

 

 だが、ハルトが変身するドラゴンと比較すると、その造形はまるで異なる。

 ハルトのドラゴンは洋風なドラゴンの姿を踏襲しているのに対し、目の前のものは和風、どちらかというと龍の頭部の形をしていた。ハルトの身近な存在だと、ドラグレッダーが最も近いだろう。その神秘を氷に封じ込めたそれは、あたかも悠久の眠りについているかのように、氷の中で安らかに寝息を立てているようにも見える。

 

「これは……?」

「一にして全。全にして一」

 

 司祭は語る。

 彼へ振り向いたハルトは気付いた。その頭部は、一つだけではない。右にも。そして左にも。

 合計三つの頭が、ハルトを囲うように配置されている。頭部から伸びる長い首が、氷の奥底で繋がっているように見える。

 

「何なんだ、これは……!?」

 

 遠目になることで、ようやくその怪物の全体像が見えてくる。

 三つの首は胴体で繋がり、さらなる巨体の金色の体が、地下深くまで伸びている。さらに、その横は大幅に広がっており、さらに折りたたまれた翼のような部位まで見える。

 ラ・ムー。魔王ヤマタノオロチ。邪神イリス。そして目下の脅威である超大型巨人。

 これまでハルトが対峙してきた巨大な怪物たちが、まるで矮小なもののようにも思えてきた。目の前のこの黄金に名前を与えるならば、神のほかにふさわしいものが見つからなかった。

 

「何なんだよ、これは……!?」

 

 ハルトは全く同じ言葉を繰り返す。

 この黄金にさらされるだけで、ハルトの呼吸が止まりそうだ。

 その中で、平静な司祭の声だけが、温度を持っていた。

 

「知りたいのならば、その名を教えてあげてもいい。だがその名は、みだりに口にするのも憚られる。言葉は、ただそれだけで力を持つからね」

 

 祭司は指を口元へ添える。

 

「だが。今この場に辿り着いた君には、伝えてもいいかもしれない……この黄金を持つ、破滅の名前を」

 

 祭司はそう語り、歩み寄る。

 

「どうしてもという危機の時には、この名前を思い出したまえ。それに比べれば、君が直面している危機など恐れるに足らないと」

「何を言っている……!?」

「この世界には、絶対なる破壊の力が存在する」

 

 囁くように、彼はハルトの耳元へ近づく。

 

「その名は……」

 

 

 

「っ!」

 

 今、何を見ていたのだろうか。

 黒い目を大きく見開きながら、ハルトは天を仰いだ。

 何かを見ていた気がする。聞いた気がする。だが、その具体的な何かが思い出せない。

 ハルトは頭を押さえ、首を振った。

 

「いかがなさいましたか?」

 

 どうやらハルトは発狂したように見えたようだ。自らが尻餅をついていたことに気付いたハルトは、差し出された手を握った。

 

「いえ……大丈夫です……っ!」

 

 その肌に触れた瞬間、ハルトの全身に電流が流れた。

 

「うっ……!」

 

 悲鳴を上げた途端、脳内にまた黄金のイメージが流れてくる。

 

「なんだ……?」

 

 七望星の紋章が、ハルトの目に浮かび上がる。

 ハルトは抵抗するように、赤い目を出現させて上書きするが、すぐにそれは黄金に書き換えられる。

 

「どうかしましたか?」

 

 だが、すぐにハルトは意識を取り戻した。

 司祭が肩に触れた途端、体の異常はすべてなくなっていたのだ。

 

「……はあ、はあ……」

 

 雨を被ったかのように全身から汗が噴き出ており、肩の呼吸が止まらない。

 だが、その原因が全く思い出せない。司祭に従い、ポーズだけながら祈りを捧げ、それ以降なぜこうなっているのか全く分からない。

 

「いえ、何でもありません。……すみません、そろそろ失礼します。毛布、ありがとうございました」

 

 ハルトは司祭へ頭を下げる。どこか急ぐように、そのまま教会を後にした。

 入口の扉をくぐり、ハルトの姿が教会からいなくなった途端。

 

「見逃していいのか? 奴を始末する機会など、いくらでもあったというのに」

 

 司祭の背後から、ドスの利いた声がかけられた。

 司祭は全く表情を変えることなく、それに応じる。

 

「いや。彼はおそらく、私の目的に必要な人材だ」

「ほう……」

「君は彼と戦いたかったのかな? これまで何度か手を貸した相手だというのに。……人斬り(・・・)

「ふん」

 

 鼻を鳴らし、姿を現す人斬りのサーヴァント。

 黒いローブに身を包み、包帯によって顔は全く見えない彼は、天井からその身をつるしており、静かにハルトの姿を見下ろしていた。

 

「奴は強い。奴を始末するのは、この俺だ」

「今すぐ行う必要はないでしょう。それに、彼の力には興味がある」

「ほう?」

「彼は我らの根本に近づいた。人間には不可能なことだ……」

 

 司祭はそう告げ、台に置かれている石の置物に手を伸ばした。すると、その長い袖がずれ、彼の手の甲があらわになる。

 令呪を持つ、手の甲が。

 そしてその指先が石に触れると、緑色の幾何学模様が走っていく。

 

「我が献身のもとに。起動せよ……」

 

 そして。

 廃教会の地下で。とある影が、赤い光を放った。

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