Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
見滝原南まで流されてしまう。
立ち寄った廃教会で休憩し、活動を開始する
しっかりと寝たはずなのに、疲れが全く取れていない。
マシンウィンガーを廃墟の脇に停車させたまま、ハルトはふらふらと見滝原南のゴーストタウンで足を動かしていた。
「だめだ、またすぐに休まないと体が持たないかも……」
倒れこむように打ち捨てられた室外機に腰を落としたハルトは、大きくため息をついた。
しばらく顔に手を当て、数拍呼吸を繰り返す。
あの教会で、自身の意識が経験したことが全く思い出せない。
司祭に言われるがままに祈りを捧げたが、その後のことがすっぽりと記憶から抜けている。
改めて、ハルトは自らがおかれていた状況を思い出す。
ウォッチャーの能力によって、可奈美たちがハルトを敵視してしまうようになってしまった。結果、彼女たちの力がハルトへ牙をむき、この見滝原南まで流れてきたのだ。
「頭が回らない……どうすればいいんだろう?」
座り込んだ腰が上がらない。
ハルトは眩い太陽を見上げ、手で光を遮る。
「だめだ……精神的にかなり参ってるな」
ハルトは力なく笑い、見滝原南の景色を眺める。
他の見滝原の地域と比べ、どの建物もひどく傷んでいる。コンクリートの壁にはところどころ亀裂が走り、窓はほとんど黒い空洞となっている。
「今の自分の心みたいだ、なんて言ったらポエマーもいいところだな」
ハルトは両膝をたたき、無理やり体を起こした。
「とりあえず、ここはウォッチャーの影響はないみたいだし、向こうの情報を得よう。多分、大きく動けるのはそれからだ」
見滝原南は、打ち捨てられた場所とはいえ、多くの住民がいる。
だが雨上がりだからか、外に出ている人はなかなか見当たらない。
平常とは異なる歩調で進みながら、ハルトは見滝原南の廃墟街を進んでいく。
やがて。
「……」
亡霊か、と一瞬思ってしまった。
建物の陰から、ボロボロの布切れを纏った人々がふらふらと姿を現した。
彼らは窪んだ眼でハルトを睨み、やがてそれぞれが口を開いた。
「松菜ハルトおおおおおおおおっ!」
彼らが声を発するタイミングはそれぞれ異なるが、同じようにハルトの名前を叫んでいる。そして一人、また一人とハルトへ襲い掛かってきた。
「ここもか……!?」
ハルトは浮浪者たちの攻撃を受け流し、慌てて走り出す。
果たして彼らの突撃はどこまでも続く。まさにキリがないという言葉がふさわしいほど、ハルトを襲う人々の波は終わることを知らなかった。
「なんで今更襲ってくるんだよ……!」
ハルトは文句を口にしながら、瓦礫となった建物に隠れる。だが、地の利を完全に得ている浮浪者たちは、いとも簡単に先回りし、手にした得物___ナイフ、折れたゴルフクラブ、折れたチェーンソーなどなど___を振り下ろしてくる。
「いい加減にしろ!」
ハルトはチェーンソーを振り下ろした腕を掴み、放った浮浪者を背後の壁に投げつける。衝撃を受けた相手はそのままノックアウトするが、まだ相手の数は多い。
ハルトは指輪を取り出し、右手に付け替える。
『ビッグ プリーズ』
「このっ!」
ハルトの右手が巨大化し、向かってくる人々を押しのける。ハルトの手が壁となり、人々を次々に押しのけていく。人垣が雪だるま式に膨らんでいき、次々に倒れこんでいく。
彼らのうめき声を後ろに聞きながら、ハルトは廃墟から走り去っていく。
「はあ、はあ……」
振り切っただろうか。
少ない体力を温存するため、ハルトは走力を落とし、少し振り返る。
亡霊たちは、もうハルトを追ってきてはいない。少しずつペースを落としてから、ようやくハルトは足を止めた。
「何とか、逃げ切ったか……?」
赤い目で、多少広範囲を確認しても、ハルトを狙う目線はない。
すぐさま人間の目に戻ったハルトは、背後の柱に崩れるようにもたれかかった。
「本当に、どうなっているんだよ……」
深く息を吐いて、周囲を確認した。
廃墟の町々から離れ、今ハルトがいるのは比較的開けた場所だ。あちらこちらには踏みつぶされた建物があり、何か不自然な生物でも通りかかったのではないかと思える。
「待てよ。ここって……」
この場所は知っている。
以前、この見滝原南に流れ着いた参加者を止めるべく訪れた際、そのものとの戦場になった場所だ。不自然な生物が通りかかったのではないか、ではない。実際に現れたのだ。
あの超音波を放つ怪物、怪鳥ギャオスが。あの怪物が大暴れして、この周囲は破壊された。
そして、その時のことも、連鎖的に思い出される。その時、この地域にいた参加者のことも。
そう。
「松菜ハルト……!」
今、身を預けているこの柱。それが含まれる施設から現れたこの少女。まるで待ち構えていたかのような出現に、ハルトは飛び上がって向かい合った。
そして、その顔を見た途端、その名前が口をついて出てきた。
「蒼井晶……!」
「らっきーらっきー……」
血走った目でハルトを睨む彼女は、まるで正気を失っているように左右に揺れている。
だが、ハルトとの距離が縮まるごとに、その歩調は安定に近づいて行った。
「あきらっきー……! 憎々しい相手と再会できて、あきら付いてるー……」
「……いい予感が全くしないんだけど……」
「あんたは……あたしがズタズタにしてやるよ!」
ガラス片で襲い掛かる彼女。もはやウォッチャーの能力の影響があるのかはわからない。すごい形相で、彼女はハルトへガラスのナイフを振るい続ける。
「やっぱりか!」
晶の攻撃を平手で受け流し、離れようと飛びのく。だが、ただでさえ疲弊が蓄積している上、現状思考が回らない。
普段ならば早々しないであろうミス。足元の小石につまずいて横転という致命的な失態をしてしまい、ハルトはその場で転倒してしまった。
「止めだオラァ!」
振り上げられるガラスナイフ。
「同じ苗字でも、えりかちゃんとは大違いだな……!」
ハルトは両腕を交差させ、彼女のナイフを受け止めた。即座にその手首を掴み、足払いをする。
「なっ……!?」
一瞬宙に浮く晶。
その隙に、ハルトは身体能力にファントムの力を上乗せ。復帰し、晶の腕を首に回させ、背後から羽交い絞めにした。
「よし、ねえ。悪いけど少し落ち着いてくれない?」
「離せ! 離しやがれ!」
当然、晶は暴れだす。小柄なうえに、力もハルトの方が上。一度拘束されれば勝ち目がないことなど明白だろうに、ハルトを睨む彼女の目からは敵意が一切消えることはない。
「これは……」
ハルトは彼女のことを、それほど詳しく知らない。
だが、果たして力量差がここまで明確な相手に、ここまで敵意を保てるだろうか。
「やっぱりここも、ウォッチャーの能力の影響範囲内なのか……?」
そうなれば、この見滝原南も安全とは言えない。
休息ができない以上、一刻も早くウォッチャーの能力を解除させる方に動くべきではないか。それとも、どこかに潜伏しながら反撃の機会をうかがうべきか。
あらゆる考えがハルトの中で逡巡する。だが、思考に集中すればするほど、晶の拘束に咲かれる力も少なくなっていく。
やがてそれは、晶の拘束さえも解除してしまうほどになってしまった。晶はハルトの手を振りほどき、正面に向かい合う。
「しまった……!」
「おら死ねや糞がああああああああああ!」
後悔してももう遅い。
すでに、彼女の刃先は、ハルトの目と鼻の先に来ている。
「……仕方ない……!」
他の防御手段では、もう間に合わない。
ハルトは右腕でガラス片から防御する。だが、ガラス片がハルトの腕を傷つけることはな
かった。
ハルトの腕は、強靭な前足へと変化していたのだ。
ファントム、ドラゴンの右前足に。
それはガラス片の刃を防ぎ、晶の表情に少しだけ陰りをあらわにさせる。
ハルトはそのまま右腕を振るい、ガラス片を宙へ弾き飛ばした。晶の目がガラス片に移っている間に、ハルトの右腕は人間のものに戻る。掌底を開き、彼女の腹に放った。
「うっ」
元モデルの肩書を持っていた少女から、とてもその過去を連想できないような声が聞こえた。
地面を転がったが、晶はそれでもハルトへの敵意を下げようとしない。
「勘弁してくれ……まだ続けるのか……」
獣のようにうなる晶へ、ハルトは辟易してきた。
武器を失い、素手になった晶は、そのままハルトへ飛び掛かり___
「
途端、銃声が響いた。
どこからか放たれた銃弾が、晶の体を貫く。だが、彼女に傷はない。だが、本当の意味で何も変化がない。銃弾が晶に命中した途端、彼女はまるで写真のようにハルトの目の前で固まったのだ。
「マスター。落ち着いてくださいまし。そのようなものでは、ウィザードに傷一つ与えることができませんわ」
その声に、ハルトは背筋を震わせた。
背後の建物の上に、太陽の光を直下に浴びる少女の姿があった。
「と言っても、今はもう聞こえませんか……」
黒とオレンジのツートンドレスを纏った姿、左右それぞれ異なる長さのツインテール。
そして最も大きな特徴が、左目だ。金色の時計が瞳に埋め込まれており、それこそが彼女の力の源。
それは、フォーリナーのサーヴァント。
「時崎……狂三……!」
その存在に間違いはなかった。
狂三は地上に飛び降り、銃口を晶からハルトに移し替えた。
「マスターを放して下さいまし。今回はマスターからみたいですし、見逃してあげますわ」
「……」
今は晶も動けない。ならば、ハルトがあえて拘束する必要もないだろう。
素直に彼女に、石像となった晶を引き渡す。受け取った狂三は、静かに頷いた。
「どうも。驚きましたわ。マスターが突然、あなたを探そうと徘徊し始めたのですから」
「突然?」
「ええ、突然。昨日の暮れくらいでしたか?」
昨日の暮れ。
狂三が言及したその時刻には、ハルトは強い心当たりがあった。
「ウォッチャーが宣言してたのもそのあたりか」
「ほかの住民もなぜか一様にあなたを狙いだしましたが……あなた、また何かやらかしたんですの?」
「……心当たりはあるけど。そういえばあんたは、俺には襲い掛かってこないんだな」
「今戦っても、得策ではないと判断しただけですわ。敵であることに変わりませんわ」
だが、そういう狂三の口調には、今まで遭遇した時に会った敵意がないようにも思えた。
ファントム以外___ファントムとあの司祭以外、初めて敵意を見せない存在だ。
ハルトは少し賭けをしてみることにした。
「ねえ。少し、話してもいい?」
「何を?」
「ウォッチャー……この状況は、見滝原市長、キング・ブラッドレイのサーヴァント、ウォッチャーの仕業だ」
新たな参加者の情報は、当然彼女も求めるところだろう。
狂三の眉が吊り上がり、ハルトへ向ける目に力がこもった。
「……そのサーヴァントが、マスターやほかの住民を操って、ウィザード……あなたを狙っていると?」
「きっと個別への洗脳じゃない。あの時ウォッチャーは、俺を対象に能力を使ったようにも見える。可奈美ちゃんたちみたいに、俺にとって親しい人でも俺への刺客にできるのが、ウォッチャーの能力だけど……」
「セイヴァーのマスター……先日のあなたとの関わりがあったのに、敵になるとは」
「……そういえば、見ていたんだっけ」
先日。間違いなく、アマダムとの闘いのことだろう。
あの時、確かに狂三の銃弾に助けられた場面もある。その前後も知っていても不自然ではない。
「なんで狂三ちゃんは無事だったんだ?」
「……サーヴァントだからでは?」
「響ちゃん友奈ちゃんも襲ってきた。サーヴァントであるかどうかは条件にはならないと思う」
「……そのウォッチャーの能力が発動した時、何か彼女は条件を口にしませんでしたか?」
狂三の言葉に従い、ハルトは記憶をあの市長室の中に巻き戻す。
そして。
「人間……」
もしもウォッチャーが条件を正直に口にしてくれたというのならば、それが条件だろうか。
実際に、ファントムであるグレムリンもウォッチャーの影響を受けていない。
ハルトは顎に手を当てる。
「もしかしたら、人間だけが、この影響を受けるのか?」
「……その能力判定では、わたくしは人間ではない扱いになるのですね」
狂三は鼻を鳴らす。
「ガバガバな判定基準だこと。気に入りませんわね」
「……」
精霊。
以前、この世界に来訪した者が、狂三をそう呼称するのを聞いたことがある。
それが真実だとすれば、狂三は精霊という存在であり、人間ではないのだろうか。
だが、それを今考えても仕方ない。
ハルトは軽く頭を振り、改めて狂三をまっすぐと見据えた。
「ねえ。……協力、してくれない?」
ハルトの問いに、狂三は目だけを動かした。
「何を?」
「キング・ブラッドレイには、二人のサーヴァントがいる。ウォッチャーと……超大型巨人」
「超大型巨人……噂のあれですのね」
超大型巨人の話は、この見滝原南にも来ていたのだろう。
ハルトは続ける。
「彼らの目的は分からないけど、このままじゃ見滝原が彼らに支配されてしまう。それに、今は俺がウォッチャーによってすべての見滝原の人の敵になってるけど、次は? もし君がターゲットにされたら、可奈美ちゃんたちや他の参加者からも一人狙いされるよ? 君と俺は、戦いを止めるか進めるかでスタンスは違うけど、今は彼らを止められた方が、君にとってもいいんじゃないか?」
「……一理ありますわね」
狂三は顎に手を当てた。
「見滝原市長という立場ならば、この見滝原南も……孤島となっているとはいえ、安全とは限らない」
狂三の時計の眼差しが、じっとハルトを睨んだ。
うっすら光をともす目に対し、ハルトも赤い目で睨み返す。
「きひっ。きひひっ。ええ、ええ。いいですわ。ウォッチャーとの件に限っては、協力して差し上げますわ」