Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
「へい、いらっしゃい」
確かに肉声で出迎えられた。
だが、そうしてハルトたちを出迎えたのは人間ではない。
「あらあらあらあら。可愛らしいですわね」
狂三が口元に手を当てる。
駆け寄ってきたのは、人間ではなく猫。
「いらっしゃい、蒼井ちゃん。三名様ですか?」
「はい。お願いします」
猫から発せられるかわいらしい声。本当に人間そのものだなと感じながら、ハルトたちは猫によってテーブル席に案内される。
ラーメン赤猫、という店らしい。
えりかが「絶対に今の松菜さんでも安全なところでご飯を食べましょう。腹が減っては戦はできぬです」という主張に従い、三人でこの店の暖簾をくぐることになった。ほむらたちは準備のために一度別れており、万全を期すためにハルトはいまだにギャルの姿をしたままだ。
「松菜さん、ギャルはまずこういうお店では写真を撮るものです。映え重視です、映え重視」
「そ、そうか……」
こんなところで貴重な電力を使うのもどうかと思いながら、俺はスマホで自撮りを行う。ギャルの姿をしたハルトと控えめなピースをするえりか、目線だけは合わせてくれる狂三の姿がスマホに映し出された。
一瞬店主らしき猫が厳しい目線を送ってきたが、すぐにホールの案内に従えば、何も言わなくなった。
ハルトは奥側、えりかと狂三は手前側に腰を下ろすと、続けて水が運ばれてきた。
「はい、お決まりになりましたらそちらのボタンでお呼び立て下さい」
「ありがとうございます。松菜さん、時崎さん。ここは赤猫ラーメンがおすすめですよ」
「店名そのままのものですわね」
「じゃあ、それでいいかな」
えりかに勧められるがままに、赤猫ラーメンを注文する。
だがハルトには味覚がない。
そのことをえりかに告げるが、えりかは「大丈夫です」と太鼓判を押した。
「ここのラーメンは絶品です。きっと、松菜さんの味覚障害も突破してくれますよ」
「いや、これは別に味覚障害ってわけじゃなくてそういう生態なんだけど……えりかちゃん、ここ来た事あるの?」
「はい。大きな虎がいて、少し懐かしくなってしまって。それで、店長とも知り合いになったんです」
虎。虎までいるのか。
ハルトは驚きながらも、目の前の店主や店員たちを見渡していたら、なるほど虎もいるのかと納得してしまう。
何しろこの店には、料理の作り手からホールに至るまで、全て猫なのだから。
主に調理を担当しているのが、青いバンダナを巻いた虎柄の猫。バンダナに並んで調理を行っている黒猫。ホールを担当する白猫。遠くの扉から覗ける裏に見える灰色の猫。
そして、えりかによればまたどこかにいる虎。
「……見滝原って、聖杯戦争抜きで魔境すぎないか?」
「猫が相手なら、ウォッチャーの影響も受けないでしょう。たしかに、えりかさんの言う通り、ここならゆっくり休めそうですわね。ただ念のため、女装は解かない方がいいですわね。ほかの客が来る可能性もありますし」
「そうだね」
狂三の言葉ももっともだ。
ハルトももとより、女装を解くつもりはない。
だが、顔を化粧で覆っている以上、水を飲んでもいいものかとコップに手を当てながら止まってしまう。
「ああ、松菜さん。大丈夫ですよ。後で蒼井が直しますから、今はしっかりと食べて飲むことを優先してください」
「飲むって……俺、飲酒はしないからね?」
「あらあら。きひひっ、ハルトさん、あなた
ハルトの前で遠慮なく水をがぶがぶと飲み干す狂三が尋ねてきた。
ハルトは目を細くし、大きくため息をついた。
「下戸だよ。で、思ったよりも抑制が効かなくて……て、えりかちゃんだって忘れてないでしょ」
「もちろん。そうなったら、蒼井が止めます」
彼女の防御力なら可能だろうが、あまりこの場でそういうことを言うのは遠慮してほしい。
やがて白猫が三人分のラーメンを運んできた。
背が低いのに、台を利用して器用にテーブルに並べていく。大きなチャーシューや海苔が彩りを加えたそれは、きっと人間だったら涎が出るほどのものなのだろうが、ハルトにとっては結局これも味の抜けたガムも同じだ。
「それではいただきましょう。明日を生きるための力になってください。いただきます」
「いただきます」
「いただきますわ」
えりかに続いて、ハルトも食材へ礼を述べる。無味無臭の麺類を噛み、栄養素として体内に流し込んでいく。
「ともあれ、今はわたくしたちが行動できる範囲を探ることがいいかもしれませんわね」
狂三は麺をすすり、告げた。
「人間の街で、なるべく人間に見つからないように行動するというのも難儀なものですわ」
「そうですね。いくら女装しているとはいえ、警戒にしすぎということはありません」
そう考えれば、いくら食事のためだったとはいえ、ラーメン屋に入るのは軽率だったかもしれない。
ハルトは金色のウィッグがラーメンにかからないようにまくりながらそう考え始めた。
そのとき、店の呼び鈴が新たな客の来訪を告げた。
「いらっしゃい」
猫の店主の声に、ハルトたちに緊張が走る。
いくら今女装中だとはいえ、ふとした拍子に気付かれないとも限らない。急いで店を出た方がいいか、と逡巡し始めるころ、店内に入ってきた相手の顔を見てハルトは唖然とした。
「ウォッチャー……!」
「え?」
「……あれが……」
こちらには気づいていないかもしれないが間違いない。瞬きを全くしない、何を見ているのか分からない赤毛の女性。
彼女は平然とした足取りで、二つ隣のテーブル席に___ハルトたちに背を向ける形で腰を落とした。
少しだけ背後を向いてウォッチャーの顔を確認した二人も、同じく緊張が走っている。
「なんで……!? 昼食時は外してきているし、ここは見滝原市役所からも離れているのに……!? 偶然……!?」
「分かりませんが、幸い向こうはこちらに気付いていません。早く食べて出ましょう」
「まったく、休憩になりませんわね」
狂三は目を閉じて諦めたような顔をしてラーメンをすする。
もともと味覚はないが、今はそれに対する心情よりも食し切ることが先決だ。
ハルトは大急ぎでラーメンを掻き込み、すぐに財布を用意して___
「そんなに急いでいたら、せっかくの味も分からないでしょ?」
ウォッチャーの声が発せられる。
最初、それが誰に向けられた言葉なのか分からなかった。
だが今現在、猫が経営するこのラーメン屋にいるのは、自分たちを除けばウォッチャーだけ。
つまり、今の彼女の発言は。
自分たちに向けられたものである。
「……!」
その事実に気付き、ハルトは食の手が止まった。
それはえりかと狂三も同じようだ。彼女たちもこの事実に愕然としている。
ウォッチャーはゆっくりと振り向いた。
「ご飯はしっかりと味わっていただきましょう。それが、作ってくれた人への礼儀ですよ」
丁寧な口調で告げるウォッチャー。
彼女の前にもすでにラーメンが運ばれており、ウォッチャーはゆっくりとすすり始めている。
「……そ、そうですわね」
狂三は動きかけた体を戻し、箸を手に取る。
そうだ。
今ならばまだ、食通な女性と、急いでラーメンを平らげてしまおうとする無礼な三人組という組み合わせでも成立する。
ハルトは勢いよく頷き、えりかも何かを言おうと口を開きかけたが。
「まあ、それも仕方ないか。他に行けるお店とかもないもんね。松菜ハルト君」
ハルトの名を口にした。
もうごまかせない。
彼女の言葉は、全てハルト宛に発せられている。
「な、なにを仰っていますの? わたくしは……」
「すごい恰好だね。女装すれば目を誤魔化せるなんて、私も知らなかったよ」
ウォッチャーはそう言いながら、むしゃむしゃとラーメンに乗っている具を食している。数秒経過したのち、彼女はまた首を少しだけ振り向けた。ハルトからすれば、これで彼女の横顔だけが見える形となる。
「蒼井えりかさん、時崎狂三さん。初めまして、ウォッチャーのサーヴァントです」
見返り美人、というものはこういう人のことを言うのだろう。三つ編み状に結ばれた赤毛から覗く首筋が、妙に扇情的に感じる。もっともハルトは人間ではないので視覚情報以上のものは受け取れないが。
「なぜ、わたくしたちの名を?」
狂三は右手に短い方の銃を出現させている。ウォッチャーの返答次第では、たとえ店内であろうと発砲するつもりだろう。
一方、ウォッチャーもまた人差し指を立てている。彼女の主力攻撃である見えない銃弾がいつ発射されるか、こちらも分からない。
ハルトはすぐにこの店を守れるよう、あらかじめドライバーオンを発動。さらに、右手には防御の魔法を、左手にはルビーの指輪を付けておく。
見れば、えりかもスマホを握りしめている。すぐにでも彼女の象徴である盾を召喚できるようにするためだろう。
ウォッチャーは続ける。
「ほら、私ウォッチャー……見る者だから」
彼女はそう言いながら自らの目を指さす。
何度見ても、不思議な目だ。無数の輪郭を描き、奥行まで感じられた。
「千里眼持ちとでも言うんですの? 洗脳術に長けている上に」
「洗脳術。うん、まあそういってくれてもそんなに間違いじゃないね」
ウォッチャーは頷き、引き続きラーメンを啜る。するするという音とともに、ウォッチャーの全身が揺れた。
「ねえ、折角会えたんだし、少しお話しようよ」
「話?」
「敵と何を話すというんですの?」
狂三は敵意を隠すことはしない。
ハルト、えりかと異なり、彼女は願いのために他の参加者を傷つけることにためらいはない。分身である目の前の狂三も、本物と同じスタンスのようだ。
だが、ウォッチャーは全く動じる様子はない。平然としたまま、手の銃を下ろした。
狂三は続ける。
「そこまでお喋りしたいのなら、ぜひ伺いたいものですわね。貴方方の弱点などを」
「ねえ、ハルト君」
だがウォッチャーは、狂三のことなど無視してハルトを見つめている。
「君は、お喋りな有能と寡黙な無能、どっちが好き?」
「……?」
ハルトは眉をしかめた。
一方、狂三は無視されたと受け取り、見て分かるほど苛立ちが募っているようだ。いつしか髪型が左右アンバランスなツインテールとなり、女子高生姿にも薄っすらとオレンジ色の光が灯り出している。
だが。
「私は、寡黙な無能の方が好き」
「っ!」
ウォッチャーが言い切った途端、狂三の体が揺れた。彼女はそのまま、隣のえりかに体を転がしていった。
「な、何だ?」
「時崎さん、どうしました!?」
ハルトもえりかも、何が起こったのかは分からない。
だが事象として確かなことは、狂三が原因不明の鼻血を出し、えりかに支えられているということだけだった。
「……!? これは、なんですの?」
「え、嘘。攻撃された?」
えりかは目を白黒させていた。
防御能力に秀でた彼女からすれば、きっとウォッチャーの一挙手一投足に目を配っていたはずだ。仮にウォッチャーの指から見えない弾丸が発射されたとして、防護策は講じていただろう。
それなのに、結果は狂三が負傷している。
「何が、起こりましたの……?」
「うーん、すぐに話し終わると思ってたけど、これじゃあラーメンが冷めちゃうね。少しだけ待ってもらえるかな。このラーメン、久しぶりに食べたけどやっぱり絶品だね」
「……っ!」
それ以降、ウォッチャーがこちらを向くことはなかった。しばらく彼女がラーメンを啜る音だけが響いたが、その中で彼女は顔を向けないまま言い放つ。
「君たちも食べなよ。わざわざ危険を冒してまでこの店に来たんでしょ」
「どうします? 松菜さん」
「……彼女の言う通りにしよう」
ほんのついさきほど、キャスターたちと別れたことが惜しまれる。
元よりハルトにラーメンの味は分からないが、今回に限ってはえりかと狂三も同じに違いない。
やがて、どれだけ時間が経っただろうか。
ようやくラーメンを食べ終えたウォッチャーが、「ごちそうさま」と手を合わせた。
レジに立つ灰色の猫に対して勘定を払い、出ていくのを見送り、ハルトたちもそれに続く。
だが。
「ああ、貴方たちの代金は先ほどのお客様から頂いておりますニャ」
「……!?」
その事実に驚愕しながら、ハルトは外で待つウォッチャーを睨んだ。
「何のつもりだ?」
「逃亡生活は大変でしょ? ちょっとしたお手伝いだよ」
「よく言うよ。俺をこんな目に合わせたのはアンタなのにさ」
ハルトの軽口にも、ウォッチャーは眉一つ、表情一つ動かすことはなかった。