Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
マキマから逃げ始めてから、もう四日になる。
せっかく屋内に避難している間だ。今くらいはギャルではなく普段通りの姿になっており、大きく両腕を伸ばした。
「んん……」
ハルトはガラスのない窓から朝日を浴びながら、この三日間のことを思い出す。
一日目。見滝原市役所にてマキマと戦闘になり、その際彼女の能力を受けて町の人々から目の敵にされるようになった。
二日目。避難した見滝原南にて、ガイガンなる怪物と戦闘。狂三を仲間に加え、えりかとともに戻ってきた。
そして昨日。士気向上を狙ったラーメン屋にて、まさかマキマ本人が登場する。
「気が休まると思ったのに、全然休まる気配なんてないよ……」
結局寝ているときもあまり休めた気がしない。ハルト、えりか、そして現状相棒と決別しているコウスケとリゲルが交代で夜の見張りを行っていた。
「あら。ずいぶんとひどい顔をしていますわね」
そして交代には参加してくれなかった狂三は、血行のいい顔で影から現れる。
彼女に文句を言いたい気持ちをぐっと抑えながら、ハルトは寝泊りした廃墟の部屋を見渡した。
丁度、今まで見張りをしていたえりかと目が合う。彼女はにこやかに「おはようございます」と手を振っており、ハルトもそれに応じた。
逃避行にしては、ハルトはずいぶんと恵まれているようにも思えた。
今この廃墟でともに寝起きしたのはコウスケ、えりか、リゲル、狂三の四人。他に味方であることが確定したキャスター組を含めて、合計七人でマキマに立ち向かうことになる。
「……よくよく考えたら、孤立……逃避行をしているわりには人数は多いよな」
ハルトはペットボトルの水を口から流し込んで言った。大きく息を吹き返し、体を捻ると、全身からポキポキと音が鳴った。
「さてと。……えりかちゃん、大丈夫? 疲れてない?」
「蒼井は問題ありません。慣れてますから」
「慣れてるって……」
けろっとした様子の彼女に驚きながら、ハルトは彼女の姿をまじまじと見る。彼女の言葉通り、華奢な印象なのに、えりかに疲労の陰は見えない。
息を巻いていると、近くの壁際からもぞもぞと動く者があった。
「よお、おはよう。問題はなさそうだな」
「おお……」
コウスケは寝ぼけたような声を上げながら、大きく伸びをする。
あくび交じりのコウスケは、そのまま寝袋から出る。「うっしうっし」とコンパクトにまとめたラジオ体操を行い、廃墟からの太陽を浴びている。
「こんな状況なのに、健康そうな朝を迎えているな」
「あ? そりゃあ、野宿そのものには慣れてるしな。健康第一だぜ?」
皮肉のつもりだったのだが、それは簡単にスルーされてしまった。
「んじゃ、朝食でも買ってくるか。一応今日、市役所に行ってみるんだろ?」
「ああ」
ハルトは頷いた。
マキマとの闘いは、長期になればそれだけハルトたちの体力や気力も削がれてしまう。
ならば、短期決戦を挑むのが望ましいだろう。
「うっし……んじゃ、全員分の飯買ってくるわ。えりか、お前も来てくれるか?」
「分かりました」
えりかは頷いた。
彼女はコウスケについてそそくさと廃墟を後にしていく。ハルトが窓から外を見れば、二人がうきうきと朝の街へ買い足しに行っていた。
「……なんでビーストはあんなにお気楽でいられるの?」
ハルトの隣に並んだリゲルは不機嫌そうな顔を隠そうともしない。買い足し当番の二人を怪訝な目で見やっていた。
「今はこの見滝原そのものが私たちの敵になっているようなものなのよ。今はウィザードに絞られているけど、マキマからすれば私たちも同じような標的のはずよ。むしろ私が危惧しているのは、有効期限があるのか。逃げ場はどれだけ確保されているのか。ウィザード一人だけではなく、今ここにいる私たち全員をターゲットにできるのではないか……現状からある程度の推測は可能とはいえ、危惧するべきものは山ほどあるわ。あんな風にしていられないのよ」
「だけど、今日マキマと戦うんだったら、その前に士気を上げることだって必要でしょ。みんなで一緒に頑張ろうよ」
「……ふん」
リゲルはやはり、同意してくれない。
彼女はそっぽを向いて、再びコウスケたちが出ていった方を見つめている。やがてコウスケ達と入れ違いに、訪問者の姿があった。
「あれは……キャスター?」
平然と歩いてくるのはほむらとキャスター。
二人ともそれぞれ非戦闘用の服装をしていた。ほむらは白い見滝原中学の学生服の姿をしており、これから通学に向かうとばかりに学生カバンを肩に下げている。
一方キャスターは完全に武装を解除していた。すらりと伸びた長身に、同じく長い銀髪を備えており、初夏だというのに黒いコートでその身を隠していた。
「……学生服と不審者って感じの組み合わせですわね」
いつの間にか背後に寄っていた狂三がそうコメントした。
ハルトは反応せず、彼女たちが廃墟の入り口に立ち入るのを見届ける。二人はすぐにハルトたちがいる部屋に入ってきた。
「ずいぶんといい住居ね」
ほむらは皮肉たっぷりに告げた。
ハルトは少しだけ苦笑いを浮かべ、二人を迎え入れる。
「来てくれたんだ」
「ええ。……今日、向かうのよね?」
「そのつもりだよ」
「そう……」
ほむらは頷いて、部屋を見渡す。彼女からすれば、新しい人員としてはリゲルが該当する。
「ガンナーね」
「キャスター……!」
一方、リゲルもまたほむらへ……そして、キャスターへ警戒の色を浮かべていた。
「……何度か同じ戦場にいたことはあるけど、直接話すのは初めて、かしらね」
「そうだな」
リゲルに対して、キャスターの方はほとんどリゲルと目を合わせない。彼女は数秒だけリゲルを視界に収めたのち、目を閉じていた。
「先ほどのを見るに、ビーストもウォッチャーの影響を受けていない。そういうことでいいな?」
「うん。あと、リゲルがウォッチャーの名前を教えてくれたよ。マキマだって」
「……そうか」
キャスターはそれ以上の関心を持たないようだ。
リゲルにも、そしてえりかにも。やがてキャスターに興味を持つように彼女の肩口に出現した影から、狂三が顔を乗り出した。
「きひひっ……! こんにちはキャスター。わたくしも貴女とは何度か戦線を共にしましたが、まともにお話する機会はありませんでしたわね。お見知りおきを。フォーリナーの時崎狂三ですわ」
「……語るのならば本体が口を利くのが礼儀ではないか?」
キャスターが吐き捨てる。
すると、狂三が「がっ」と息を漏らした。
みるみるうちに狂三の体が影から抜け出る。よく見れば、彼女の全身には、影よりなお暗い闇色の縄が縛りついていた。
「……ご明察……本体はわたくしの根城に残ったままですわ。情報収集には最適でしょう?」
「フン」
キャスターは鼻を鳴らし、それ以降言葉を発することはなかった。壁に張り付き、腕を組んでいる。これ以降は、もう壁と同化しそうだな、とさえ思ってしまった。
「それで、私たちをここに呼んだ理由を改めて聞こうかしら?」
「ああ、そうだ」
ほむらの仕切り直しがなければ、そのまま流れてしまいかねない。
ハルトは咳払いして、もう一度話を切り出した。
「この後、みんなでマキマを……じゃない、超大型巨人を止めに行くわけだけど、相手は結構なやり手だからさ。作戦なり何なり考えていかないとなって」
「作戦?」
ほむらは眉をひそめた。
「松菜ハルト、貴方忘れていないかしら? 今回はあくまでウォッチャー……マキマという排除しなければならない共通の敵がいるからこそ手を貸しているだけよ。あなたに手の内を晒す気はないわ」
「……いままで敵としても味方としてもかなりの回数戦ってきたんだから、君たちの手の内は大体知ってるつもりなんだけど」
「……」
だが、ほむらはにこりともしない。
ハルトは頬をかき、「まあ」と拾った地図のコピーを広げた。
「とにかく、全員で同じ方向から行くわけにもいかないでしょ。負担を分担していった方がいいだろうし、当日の朝だけど作戦とか考えた方が良くないかな?」
「キャスターのマスターの言うことも正ですわ。もしかしたら、わたくしが背後から狙い撃ちするかもしれませんわね。きひひっ!」
いつの間にか拘束を解除された狂三がクスクスと笑っている。内心コウスケとえりかに早く戻ってくることを祈り、ハルトは目的地である市役所を指さす。
「えっと、ここが市役所。で、今のところここにいる参加者は……」
「待って」
言いかけたところで、リゲルが手で制した。
「何?」
「……こちらに接近してくる物体があるわ」
「……!」
ハルトたちは一斉に表情を変える。窓から外を仰ぎ見て。
そして、ハルトの赤い目は捉えた。青空、白い雲。それ以外にこの空にいるものを。
「デイダラ……!」
不自然なまでに白い鳥に乗っている、黒い装束の男。装束には赤い雲の模様が刺繍されており、見る者の目を一気に引く。
そしてそんな外套を纏っている金髪の男性。デイダラと名乗っていた彼については、詳細は何も分からない。
ただ一つ。願いのために容赦なくほかの参加者を爆発という芸術品に仕立て上げようとすることだけは間違いない。
だが、今回のデイダラは今までのものと違う。廃墟に到着するや否や、窓から中にいる参加者___明らかにハルト一人を目の敵にし、無数の爆発物___人形を放り投げてくる。
「お前もかよ……!」
『ディフェンド プリーズ』
ハルトは窓際へ駆け、防壁の魔法を発動。ダーツのように投げられるデイダラの爆発の受け皿となる。
衝撃によって吹き飛ばされながらも、ハルトはデイダラを見据える。
「見つけたぜ、うん!」
デイダラはそう宣言して、お得意の白い物体を投げる。
それぞれ小動物に変化したそれが爆発物であることは、ハルトもすでに分かっている。
「みんな、逃げて!」
「キャスター!」
ハルトよりも先に、キャスターの声が貫く。
黒いコートを脱ぎ捨ててタンクトップのまま、キャスターは高速で移動。窓の縁を掴んだ彼女は、そのまま大きくジャンプ。空中のデイダラへ肉薄していく。
「何っ!?」
まさか、接近戦で歯向かってくるとは彼も思っていなかったのだろう。黒い拳が、デイダラの胸を貫いた。
「っ!」
あっという間に、デイダラの全身からぐったりと力が抜ける。
だが、ハルトは知っていた。
デイダラは、これでは倒せないと。
遠目でも、デイダラの体から色が抜けていくのがわかる。やがて乗り物にしている鳥と同じように真っ白になったデイダラは、キャスターが逃げられないようにがっしりとその体を掴んだ。
「キャスター!? どうしたの!?」
焦るほむら。
キャスターへ助けに向かおうとハルトは指輪に手をかけるが、それよりも先に敷地内に現れた新たな参加者の気配に、動きを止めた。
「ウィザード、覚悟!」
気配はそのまま廃墟の中を通じ、室内までせりあがってくる。そして姿を見せたのは、まだ見たことのない参加者たち。
果たしてどこからかき集められたのだろう。昨日のラーメン屋の後と同じように、色とりどりの参加者たちが、廃墟の中になだれ込んできている。
「あらあらあら。人気者ですわね、ウィザード。きひひっ!」
「言ってる場合か! みんな、逃げるよ!」
ハルトはそう言いながら、窓から外へ飛び出す。ほむら、狂三、リゲルも続き、全員が外に飛び出るのと時を同じくして、先ほどまでハルトたちがいた部屋が爆風に包まれた。
同時に、頭上でも爆発が巻き起こる。キャスターを取り込んだ粘土が、やはり爆発を遂げたのだ。
「あらあらあら。これで最強のサーヴァント、キャスターがお陀仏になったりするのかしら?」
「それだと、控えているマキマとの戦いで、私たちは切り札を失うことになるけど?」
リゲルと狂三があまり笑えない冗談を言い合っている。
着地したハルトは、空中の爆炎へ分かり切った結果を言い切った。
「まあ、無事だよ」
晴れた中からは、すでに甲冑に武装したキャスターの姿が現れていた。
頬に赤い線が引かれ、黒い甲冑はローブと一つとなり、その存在感を放っている。背中には四本の黒い翼がその姿を見せ、その手には茶色の魔導書が握られた。
「邪魔すんなよ、うん」
当然のように新しい鳥に乗り換えているデイダラは、仕留めそこなったキャスターへいらだつような目を向けていた。
「オイラの相手はウィザードだ。お前はさっさと爆発していろ、うん!」
「……滅べ」
キャスターが右腕を突き出す。すると、その掌から黒い光線が直接伸びていく。
彼女の黒い光線は、一つだけでもかなりのダメージを生み出す。デイダラもそれをすぐに危険と判断したらしく、足場にしている鳥の人形は、大きく翼をはためかせる。
黒い光線が朝の空を何度も貫くが、目立つ白い鳥を捉えるには至らない。
「……あいつはキャスターに任せて、私たちはこの場を切り抜けましょう」
ほむらに言われて、ハルトも我に返る。
すでに、廃墟に攻め入っていた者たちと地上で待機していた者たちに取り囲まれている。彼らは次々にハルトへ殺意の手を上げており、周辺の仲間たちも止む無しに抵抗していた。
「こうなると、敵の能力についてもいろいろと疑問が出てきますわね」
銃で金属バットを防ぎながら、狂三が口を開く。
「……言ってみなさいよ」
「あらあら。きひひっ、ガンナー。貴女も同じ疑問を抱いているのではなくて?」
「以前、ギャオスと戦った時は私の推論を貴女が盗み聞きしたわよね? 今回は逆にしましょう」
「あらあらあら。きひひっ……ウィザード。昨日、マキマはわたくしたちがラーメン屋にいるところまでしか知らないはずですわ。それ以降は、洗脳された一目には一切ついていないはず。現に、夕べは何の襲撃もなかったのですから。それなのに、なんであそこからも市役所からも遠く離れたここにいると分かったんですか?」
「……もしかして、さっきコウスケたちの出入りの誰かを見られた、とか?」
だが、コウスケたちはカメレオンの魔法で姿を消していた。そうあり得る話だとは思いにくい。
「その可能性もありますけど……」
狂三は顎に手を当てた。
すると、その時を見計らったかのように、廃墟が木端微塵に砕け散る。果たしてそれが、キャスターとデイダラ、どちらの流れ弾かは分からない。ただ、これにより住処を失った小動物たちが樽をひっくり返すように慌ただしく逃げ出していった。
「……まさか」
「私たちはこれまでのケースから、奴の能力は人間を洗脳する、だと思っていたけど……どうやらそうではなさそうね」
その推測の可能性を証明するように、小さな生物たちが次から次へと廃墟跡から避難していく。
「まさか、ネズミや虫もマキマの影響下だっていうのか?」
「ええ、ええ。この初夏の時期に、彼らの目から逃げることなんてできますかね?」
もしこの推測が正しければ、ハルトたちにはもう隠れることすら許されない。
この町の全ては、監視カメラよりもよほど優秀なマキマの目の中にいるということだ。
作成中にデータが全て吹き飛ぶとは……こまめな保存は大事