Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
大勢集まっていたのに、結局見滝原市役所に訪れたのは二人だけだった。
その事実に、ハルトは少し不安を覚えていた。
「浮かない顔ね」
リゲルがベンチに腰を落としながら言った。
「ここにいたのが私ではなくビーストやキャスターなら、もう少しは気が晴れていたのかしら」
「そうじゃなくてさ」
ハルトは落ちていたコートをより深く着込んだ。今はなるべく人の目を受けるわけにはいかない。だが、初夏および雨のない梅雨の時期、厚いコートを着ているだけでそれなりに目立ってしまう。
「どうしても動きづらいんだよね……俺の顔を見ただけで、ここの人たち全員俺に向かってくるわけだし……」
「衛藤可奈美まで、幽霊に乗っ取られるまであなたへの敵意がなくなることはなさそうだし、マキマを止めるまでこの状況は変わらないわね」
「どうするかな……」
「あなた、女装はできないの?」
「衣装もあの廃墟でもう灰になってるよ。……コウスケたち、多分無事だろうけど、合流しようにもなあ」
ハルトのスマホも電池が切れており、仲間たちとも連絡が取れない。リゲルに頼んでコウスケたちへメッセージを飛ばしてもらってはいるが、誰一人として連絡は帰ってきていないようだ。
『ガルーダ ユニコーン クラーケン プリーズ』
結局現実的な合流方法はこれしかない。
次々に生成されていく三体の使い魔たち。彼らに指輪をはめ込み、見慣れた動きが生まれる。
「みんなを呼んできてくれ。……コウスケ、えりかちゃん、狂三ちゃん、キャスターにほむらちゃんを」
ハルトの命令に、使い魔たちはどことなく気落ちしているようだ。
当然だろうな、とハルトは思った。見滝原に来てから半年、それぞれ多かれ少なかれ今敵となった仲間たちとかかわりを持っていたのだ。増してやガルーダは、中学校での件から可奈美とはかなりの関わりを経ている。
やがて彼らはそれぞれ思い思いの方向へ散らばっていく。彼らが万一ラビットハウスを訪れた場合、可奈美たちがどう反応するのか、ということを気になってしまった。
「みんな目的地がここだってことは分かってるはずだし、少し待つか……」
「分かっているけど、あまり時間をかけたくないわよ? 前回ベルトルトとやらが巨人になって、もう四日も経過している。あれだけのエネルギーが回復するには時間がかかるはずだから、全快する前に追い込みたいわ」
「うん……」
ハルトは近くのベンチにどっかと座り込んだ。大きく息を吐き、力を抜く。
「……なんか、どっと疲れたなあ」
「……私の前でそこまで気を緩められてもね……」
「そうは言うけど、今はリゲルに寄りかかりたいよ……本当」
ここまで弱ることも早々なかっただろう。
超大型巨人やマキマに負けたくらいなら、まだいい。
だが、ラビットハウスでココアたちに敵視され、可奈美たちに矛先を向けられ、見滝原のすべての人間が敵となった。さらには小動物などもマキマの目となり、もう逃げることもできない。
もしも可奈美にすべてを受け入れると言われていなかったらどこまで落ち込んでいただろうかとさえ考えてしまう。
「……悪いけど、私もあなたにそこまで気を許すことはできないわ。私はあくまで、自分が生き残れる最大効率の動きをするだけよ」
リゲルは言うが早いが、ゴーグルを装着した。おなじみの無数のデータが表示されては消えていく。
「何してるの?」
「ターゲットの現在地を確認しているのよ。マキマは現在、市長室にいる。ベルトルト・フーパーは……監視カメラの範囲にいないわね」
リゲルはそう言って、市役所の隣に建っていた会社を見つめる。
見滝原テック。ベルトルトが破壊したことでその上層階には大きな穴が開いており、現在も業者が騒がしく出入りしている。会社社員も忙しく立ち入りを繰り返しており、この広場の人口の大半を占めている。
「どうやって二人を……もっというと、キングを止める?」
「簡単なのは屈服させることだけど、今のこの戦力では心もとないわね」
リゲルは顎に手を当てた。
「かといってここで時間を無駄にしていられないわ。ベルトルトが今どこにいるか、どれだけ回復しているかは分からないけど、マキマの能力を解除させないと……」
リゲルはそう言って、全身を青く光らせた。
おそらく迷彩か何かの部類なのだろう。そこには、スーツに身を包んだOL美女の姿があった。
「すごいな、その変装」
「青の世界の力よ。これで一度、市役所に潜入するわ」
「また?」
「前回は
リゲルはそう言って、伊達メガネに手をかけた。
「……ウィザード。戦いを止めたいあなたにとっては頷きにくい話かもしれないけど……私は、マキマを暗殺するほかないと考えているわ」
「……」
「キング市長もベルトルトも、話して分かる相手? あなたの理想は立派だけど、それで解決する相手なんてたかが知れてるわよ」
「……」
ハルトは彼女に言い返すことはなかった。
正直ここまで来て、この聖杯戦争に流れる血を最低限に抑えることが難しいとも思っている。
中学生特有の行き過ぎた愛憎を止めることができず、生きたいという純粋な願いも斬り捨てる他なかった。コンプレックスを拗らせた相手を矯正することもできず、フロストノヴァや彼女のマスターが無事に済んだのはほんの幸運でしかない。
「まあいいわ。あなたが戦いを止めることにそこまでこだわる理由をあえて聞く気もない。だけど、私をそれに巻き込まないでね」
「うん……」
ハルトは頷いた。
リゲルは潜入に足を向けようとしたが、なかなか離れてくれない。今彼女が離れてくれることを望むのは、果たして問い詰められたくないという逃げからだろうか。
いつまで経っても使い魔たちが誰かを連れてくることはない。ハルトはただ逃避するように、青空を見上げることしかできなかった。
そのとき。
「あー、面倒くせえ」
海外の人だろうか。
鍛えられた筋肉。まさに面白黒人という言葉が似合うような風貌の男性が、ゆったりとハルトの隣のベンチに腰を掛けた。
「本当に面倒くせえ……! 何で仕事なんてしないといけねえんだよ」
彼はハルトに目をくれることもなく、ベンチで横になる。
このまま動けば、彼に不審に思われて注意を引いてしまうかもしれない。リゲルも明らかに嫌そうな顔を浮かべている。
「何よあいつ……ウィザード、私はもう行くわ」
「う、うん」
リゲルが進みだそうとした途端、男は勢いよく両腕を突き上げた。
すると、リゲルが驚いたように体を震わせる。
「何なのよ、あれ……!」
「仕事に疲れた公務員……かな?」
だが、とてもこのビル群に勤めている風貌とは思えない。緑色の柄入りタンクトップと黄色の短パンと、季節感を完全に逆行させており、今は冬ではなく冷夏と勘違いしてしまう。ドレッドヘアも相まって、見滝原北よりも場末のスナックの方が似合いそうだ。
「あれが公務員に見えるの?」
「うーん、前言撤回……?」
その時、男の目線がこちらに向けられていることに気付く。
「お前は……っ!」
見られた。
ハルトは慌ててコートを着なおす。だが、この男はなぜかハルトの顔を見ようと回り込む。
「な、何ですか……?」
女装抜きで、果たしてどこまで顔を見られたらマキマの影響下になるだろうか。
ハルトは襟を立たせながら聞き返す。目だけは直視されるが、この男性が暴走することはなさそうだ。
男は「んん?」と顎に手を当てて、首をかしげる。
「なあアンタ、前どこかで会ったことねえか?」
「き、気のせいじゃないですか?」
どこまで見られたら平気なのか。
この場で顔が明かされれば、この広場で時間を惜しんで歩き回っている人々全員がこちらに向かってくる。それだけは避けないといけない。
「……いや、会ったことあるぜ。間違いねえ。面倒くせえけど、俺しっかりと人の顔は覚えられる方なんだぜ」
「は、はあ……」
ハルトは目線でリゲルに助けを求める。
だが彼女は、どうしたものかと悩んでいるようだが一行に助け船を出してくれる様子はない。
「ちょ、ちょっとリゲル……」
「この状況でどうしろっていうのよ……」
リゲルが小声で毒づく。
それはそうだが、とハルトは心の中で呟いた。
一方、仕事よりもハルトの正体を探ることを優先したこの男は、何度もハルトの顔を覗き込もうとしていた。
「間違いねえよ。なんでか顔は覚えられるからなあ」
「は、はあ……」
「そこまでにして」
とうとう見ていられなくなったのか、リゲルが男との間に割り込んできた。
彼女はハルトを隠すように背に回してくれた。彼女に感謝しながら、ハルトはより深くリゲルの背中に身を隠す。
「そろそろ失礼に値するんじゃないかしら? こいつはあなたを知らないみたいだし
「あー、そうかよそうかよ。……本当に面倒くせえ」
彼の不自然な言動に怪訝な顔をしながら、ハルトは彼の次の動きを様子見る。
そして。
「……もしかして、こっちだったら見覚えあるか?」
そういうと、彼の顔に変化が訪れる。
不気味な文様。それはハルトにも、そしてソラにも起こり得る現象。
ハルトとリゲルが同時に顔を引きつらせた途端、そこから続くのはもう分かり切ったことだ。
男の肉体が完全に変化する。
人間の顔から、猫を思わせる顔に。全身に黄色の棘をはやした、見るからに危険そうな怪物、ファントムへ。
「お? こっちの顔だったらお前も見覚えがあったか?」
マキマとの闘いの後に遭遇し、取り逃がしてしまったファントム、ケットシー。
彼はその手から直接生えている刃を振るった。
「面倒だし、お前から絶望してもらおうかな?」
「! リゲル!」
ハルトは慌ててリゲルを突き飛ばし、その剣先から逃れる。だが、浮かび上がってしまったコートはそれから逃れることはできなかった。
「しまった……!」
切断音に遅れて、コートがふわりと音を立てずに落下する。それはハルトを隠すものがなくなったことを意味し、広場を行き来する一目が一気にハルトに集まってしまった。
「「「ウィザード……ウィザード……!」」」
亡霊のような声が、人々から響く。彼らは次々とハルトへ足を向けており、もう逃げる場所がない。
唇を噛んだハルトは、指輪をベルトに押し当てた。
「お前のせいでこっちが面倒くさいことになったよ!」
『ドライバーオン プリーズ』
発生したウィザードライバー。
ケットシーは腕から生えた剣で切りかかってくるが、それを紙一重でよけたハルトはウィザードライバーを呼び鳴らす。
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
リズミカルに鳴らされる詠唱。だが、そんな詠唱の中でも、ケットシーは容赦なく襲い掛かってくる。
「お前……! 指輪の魔法使いか!」
マキマの影響があろうがなかろうが、ファントムとは敵対関係なのは変わらない。
そして、周囲の人々も、ターゲットはあくまでハルト。ならば。
「リゲル、先に行って! みんながきっと助太刀に来るから!」
「……ええ!」
彼女が逃げ込むように市役所に行くのを、人々は誰も止めることはない。
「変身!」
「おりゃあああああ!」
躍り出たファントムの剣。だがそれは、発生した琥珀の魔法陣によって受け止められた。
『ランド ドラゴン』
「はあっ!」
ハルトはすぐに蹴りを放つ。琥珀の魔法陣を通じて足だけがウィザードとなり、力強い勢いでケットシーを蹴り飛ばした。
「ぐあっ!?」
『ダンデンズンドゴーン ダンデンズンドゴーン』
強く踏みつけた足。そこにそって移動した魔法陣がゆっくりと上昇し、ウィザード ランドドラゴンへと姿を変えた。
「面倒くせえな、本当に!」
「気が合うね。……こっちこそ、面倒で面倒でたまらないよ!」
じりじりと近づいてくる群衆に囲まれながら、ウィザードとケットシーは互いに罵り合うのだった。