Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
その前にファントム、ケットシーが現れる。
正直、ファントム一体ならば今のウィザードが苦戦する余地はない。長年の戦闘経験の上、ウィザードとファントムの力を融合させた今の形態なら、ファントムなど簡単に倒せる。
それなのに今こうして手こずっているのは、お構いなしにウィザードへ掴みかかってくる人々の存在があってこそだ。
土のウィザードだからこそ、群がる人間たちに構わずに動けるが、万一打撃を与えてしまってもいけない。指先一つの動きにしても、慎重にならなければならない。
そんな状況でも、ファントムが遠慮を加えてくることはない。左右を成人男性たちに締め付けられながらも、ケットシーの刃はウィザードを狙う。
「ぐっ……!」
鎧から火花が散っても、大きく反撃することができない。
ケットシーの連撃をその身に受けながら、ウィザードは一度体にまとわりつく人々を引きはがす。
「面倒臭そうだなあ? 人間を大切にしているとよお?」
ケットシーはそう言いながら、執拗にウィザードを切りつけてくる。間違ってもウィザードにしがみつく人間たちに流れ弾が当たってはいけない。人の肉体を押しのけて、ケットシーの剣がウィザードにあたるようにする。
「ぐっ!」
「あっはは! バカみてえ!」
ケットシーからすれば、適当に投げた攻撃さえもウィザードが自ら盾を退けているのだ。愉快なのだろう。
「悪いけど、大人しくしていてくれ!」
『バインド プリーズ』
四形態の内、土のウィザードの魔法は堅牢だ。
出現した土の鎖は、彼らを拘束して大人しくしていく。その間に、ウィザードはケットシーの剣をようやく受け止めることができた。
「面倒くさそうじゃねえか。そのまま息するのも辞めちまおうぜ」
「絶対に嫌だね……!」
ウィザードはケットシーの腹に掌底を放つ。
すさまじい力量に、華奢なファントムの肉体は大きく吹き飛び、地面を跳ねる。
「痛え……」
「よし、このまま……!」
『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』
すぐに終わらせる。
ウィザーソードガンの手のオブジェを開いたウィザードは、トパーズより魔力を与えようとする。あとは、土の魔力を込められた斬撃で終わりだ。
だが。
「ぐあっ!」
鋭い痛みが走る。
それは、ウィザードの目には止まらない動きが引き起こしている。
ケットシーとの取っ組み合いや一般人たちの合間を縫って移動する速度。
それは、ウィザードのみに集中して切りかかっていく。
それが何者なのか、もうウィザードには考えるまでもなかった。
「可奈美ちゃん……!」
「うおおおおおおおおおおおっ!」
目前に姿を現した彼女には、すでに美奈都の意識はない。
すっかりマキマの洗脳下に戻った可奈美は、容赦なくウィザードを切りつける。
「くっ……!」
『チョーイイネ グラビティ サイコー』
ウィザードが発動させた重力の魔法陣が広場に出現する。可奈美やケットシーだけではなく、人々もまた捕らわれていく。人が立つことができない重さに誰もがひれ伏していた。
「急がないと……」
《gold》『ランド スラッシュストライク』《gold》
今の内だ。
ウィザードは指輪を読み込ませ、ウィザーソードガンに琥珀の魔力を宿らせる。
あとは、この斬撃を放てば、おそらくケットシーを倒せる。
だが。
「だとしてもおおおおおおおおおおッ!」
重力の魔力を突破した者がいる。
ランサーのサーヴァント、立花響。
粉々になった黄色の魔力を突き放しながら、彼女は蹴りでウィザーソードガンを弾き飛ばしていた。
「響ちゃん……!」
シンフォギアの奏者は、容赦ない格闘戦術でウィザードを追い詰めていく。そうなれば、魔力を維持する集中力も持つはずがない。あわれ重力の魔法陣は、瞬時に解除されていった。
「しまった……!」
「お? おおおおおおおおおおっしゃああああああ!」
歓喜の声を上げているケットシー。そのまま逃避の道を進もうとしている彼を、ウィザードは見過ごすことはできない。
「待て!」
だが、ウィザードの足を止める者は響だけではなかった。可奈美に響と続けば、当然彼女の姿もある。
「勇者パンチ!」
「!」
『ディフェンド プリーズ』
その声に反射的に防壁の魔法を発動させる。だが、現れた土壁は桃色の拳によって粉々に砕かれていく。
「友奈ちゃん……!」
着地した友奈は、そのままウィザードへ殴りかかってくる。さらに、可奈美や響も猛烈な攻撃を加えてきて、ウィザードの体からは無数の火花が散っていく。
「やめろ……! やめてくれ!」
だが、ウィザードの懇願は全く受け付けられない。
歌と花びらが舞い、その中で三人の容赦ない攻撃がウィザードを襲う。無情にもそれはウィザードとケットシーの間に割入り、ファントムへの道を完全に塞ぎ切っていた。
そうなれば、当然ケットシーが選択するのは避難。
「な、何だかよくわかんねえが、このまま逃げるか!」
「ま、待て!」
ウィザードへ背を向けたケットシー。だが。彼を追おうにも可奈美たちの手を掻い潜らなければならない。
だが。
「君も……ファントムなんだね」
それは、今この場を支配する者の声。
ゆっくりとした歩調でやってくる者。スーツに身を包み、一見はビジネスウーマンにも見えるその者。リゲル曰く、今は市長室にいるはずのウォッチャーのサーヴァント。
「マキマ……!」
「ふうん。名前、知ってるんだ」
彼女はじっとウィザードを睨む。そんな彼女は、結果的にケットシーが逃げようとした道を塞いでいた。
「折角ここまで来たのに、騒ぎになっちゃったね。これじゃあ、もう君の作戦も何も意味ないんじゃないかな」
「ぐっ……」
「それとも、そんな状況になっても……これを取り返したかった?」
マキマはそう言って、右手を持ち上げた。
彼女の手には、光る大きな指輪がはめられていた。ウィザードが倒れた拍子で奪い取った、ある少女の形見。
見た途端に、ウィザードは琥珀の面の下で表情を変えた。果たして、こんな表情を他の参加者に向けたことが何回あっただろうか。
「邪魔するんじゃねえ!」
だが、一足先に響いたファントムの大音声に、ウィザードは冷静さを取り戻した。
怒鳴ったケットシーが、そのまま邪魔者へ斬りかかっていく。
いかに特殊な能力を無数に持っていたとしても、その体は人間そのもの。あんな刃を受けて、無事でいられるはずがない。
だが、現実は真逆だった。
その刃を腕から受け止め、マキマはじっとその目でファントムを見つめている。離れようとしたケットシーの首を、彼女の手が逃がさない。
「な、何だよこいつ! 放せ!」
「……従うと言いなさい」
「放せ! 放しやがれ!」
「従うと言いなさい」
再三の命令にも、ケットシーは従わない。やがてマキマは、ケットシーから目を離しながら、顎に手を当てた。
「やっぱり私の支配は効かない、か」
「おい! 言ってんだろ!」
マキマは全くケットシーに取り合わない。彼の刃を左手だけで抑え、その無数の輪郭がある瞳をぐるりと動かした。
「来なさい」
それは、果たして誰に言われたものだったのだろうか。
マキマの近くにいた男___なんの変哲もない、どこにでもいるような男が、引き寄せられるようにマキマへ歩み寄っていく。
マキマは感情もないまま、その男に向けて言い放った。
「ケットシーと言いなさい」
マキマが告げた一言。
すると、その男は無表情のまま口を動かしたのだった。
「ケットシー」
そして、何が起こったのかはもう分からない。
突如、その男は倒れた。糸が切れた人形のように、もう決して動くことはない。
なぜ倒れたのか。彼に何があったのかは分からない。だが、ウィザードの目は、彼が確実に命を落としていることを訴えていた。
そして、それと連動するようにことは起こった。
上から見えない重さがのしかかった。そうとしか言えない。
ケットシーの上半身が潰れた。透明なハンマーが叩き落とされ、ケットシーの猫のような体が悲鳴なく消失したのだ。
そして、下半身のみになったケットシーは音もなく消滅していく。灰色となり、砂のように崩れ落ちていく。
「……」
何ひとつ理解できない。
三人の相手が苛烈だというのに、ウィザードは全く体が動かなくなっていた。
「やああああああ!」
「だりゃあああッ!」
「やああああああ!」
その隙に、三人の少女たちが一気にラッシュをかける。
頑丈さが売りの土のウィザードの装甲が一気に悲鳴を上げていく。だが、すぐに防御することを思い出し、何とかそれぞれを受け流していく。
一方マキマは消滅したケットシーや倒れた男にもう目線を与えることはなく、マキマは可奈美へ目線を移す。
「追手を追いなさい」
すると、可奈美の動きがぴたりと止まった。まるで傀儡のように、可奈美は方向転換。彼女の足の先は、市役所。
「可奈美ちゃん!」
ウィザードが止めようとするが、その前を響と友奈が立ちはだかる。二人の拳から退避できたが、その風圧がウィザードを圧し出す。
「ぐっ……!」
「もう一人、入り込んでいるんでしょ? あの子に頼むことにするよ」
見据えたようなマキマの言葉に、ウィザードは血の気が引いていく。
「まずい……リゲルが……っ!」
「あのファントムは大して強くなさそうだったから効いたけど、君には意味なさそうだね。彼女たちに任せた方が利くかな?」
「……!」
リゲルのためにも、今すぐ可奈美を止めないといけない。だが、仲間である二人がその前に壁となる。
「ああ、でも人は邪魔だよね? いいよ、人払いしてあげる」
マキマがそういうと、ウィザードを取り囲む人々は次々に広場から離れていく。やがてこの広場に残るのは、聖杯戦争参加者だけとなった。
「え?」
「大丈夫。さっきは一人犠牲にしたけど、本来見滝原の人を傷つけるつもりはないからね」
「……」
ウィザードは、動かなくなった男性を盗み見る。そして、そんな原因を作り出したマキマと、彼女に味方する響と友奈を見て、やるせない気持ちになってきた。
あの二人が、犠牲をいとわないマキマの味方になるなんてありえないから。
すでに響は、本気を示している。それを証明するように、その色はイグナイトの黒に変化していた。
「響ちゃん、友奈ちゃん……」
ウィザードはトパーズの指輪をルビーに変える。
「今だけは、本気で君たちと戦うよ……」
『フレイム ドラゴン』
ウィザード自身と最も親和性が高い魔力である炎。現れた火の幻影を通じて、ウィザードはじっと彼女たちを見つめていた。
「そこにいることを、君たち自身が望まないだろうから……!」
『ボー ボー ボーボーボー』
ウィザードの意志を証明するように、フレイムドラゴンの炎が強く燃え上がった。