Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
だがリゲルは……
「衛藤……かなみ……」
リゲルの体を受け止めた時、彼女の口から洩れた声が自分の名前だったのか、可奈美には聞き取れなかった。
体にずっしりと圧し掛かるリゲルの重さ。剣が貫いた彼女の胸元が、嫌でもその有様を見せつけていた。
「何よ……案外、簡単に正気に戻ってくれるじゃない……」
皮肉が込められた微笑。だが、その顔にはすでに生気が抜け落ちていた。
「リゲルさん! しっかりして! リゲルさん!」
「リゲル!」
鈴音も駆け寄ってきた。
どうやら大笑いしているソロモンが、拘束していた手を緩めたらしい。脱出し、駆け寄ってきている。
「リゲルさん……まさか、私を助けるために……?」
「バカ言わないでよ……敵のあんたを助けるわけないでしょ……マスターを守るためよ」
「う……ううん! リゲルさん、貴女は絶対に私達の仲間だよ!」
それ以上、リゲルは可奈美へ何かを言うことはない。
鈴音へ向きなおり、弱ったサーヴァントは頭を下げた。
「悪かったわね、マスター……あなたの願い、叶えてあげられそうにないわ……」
「……」
鈴音は静かに首を振っている。やがて、弱弱しく告げた。
「私には、あなたほどの明確な願いはありません。生き延びたい。生き残りたい。それだけです。リゲル、あなたには、また会いたい大切な人がいたんじゃないんですか……!?」
「あんたを見殺しにしたら、どの面下げて会いに行けばいいのよ……」
そしてそのまま、ゼクスたる彼女の体はまた力が抜けていく。
そして。
「マスターを……お願い……! ごめんね……」
これまで数多くの戦いを経てきた可奈美には分かってしまった。
これが、リゲルの最期だと。
「あ……ず……
そしてそれ以上、リゲルの言葉はなかった。
すでに、彼女の目に光はない。
それを見届けていた、唯一の敵。
ソロモンは大きな笑い声をあげていた。
「バカな女だ。立ち去っていれば助かったものを……わざわざ他者を助けるという愚かな行為を」
「違う!」
可奈美は怒鳴った。
静かに、見開いたリゲルの目を閉ざす。彼女の美しい顔に、可奈美は一瞬見惚れたが、すぐに涙を拭い、ソロモンに向き直った。
「リゲルさんは……鈴音ちゃんを……そして、私を助けるために命を燃やしたんだ! 誰かに笑われることなんてない!」
「はあ? 命を燃やす? そのような下らないことで自らの命を投げ捨てるなど、何て愚かな行為だ」
可奈美は唇を噛みしめる。ふつふつと燃え上がる怒りを内に感じながら、やがてすっと頭が冷えていく。
そして。
「私は……あなたを許さない!」
「許さない? ふふっ!」
可奈美の発破に、ソロモンはせせら笑う。
「あなたに許してもらう必要なんてありません……私は新たにこの世界の神となるのだから!」
大きく腕を広げるソロモン。だけど可奈美には、彼の動きや言葉に何も感じなかった。
一方、ソロモンは大剣を可奈美から鈴音へ向きなおした。
「あなた方はさっさと血祭に上げて差し上げましょう。私がこの世界を支配する、第一の贄となるのです!」
ソロモンはその言葉とともに、カラドボルグを振り下ろす。彼の剣がなぞった空間を赤黒い雷が落ち、そのまま可奈美たちへ迫っていく。
可奈美はすぐに千鳥を抜き、鈴音の前に建つ。
「あなたは……何の……何のために剣を振るうの?」
「決まっています。力! 全ては力で世界を支配するためですよ!」
ソロモンの言葉とともに、雷が可奈美たちへ到達する。盾にした千鳥を伝い、可奈美にも、そしておそらく背後の鈴音にもその衝撃が襲い掛かっていく。
そして。
「祭祀礼装・禊!」
取り出した鈴払いより、七色の光が放たれる。
そうして、雷を切り裂いた姿こそ。
「何ですか、その姿は……?」
聖杯戦争の戦いを経て、可奈美が受け継いだ最強の力。
可奈美はそのまま千鳥をソロモンへ向けた。
「剣は……人を支配するためのものじゃない! 鍛え、研ぎ澄まして、誰かを守るためのものだよ!」
「守る? またそんなもの、もう飽き飽きですよ……!」
ソロモンはそう言いながら、ベルトの本を閉じる。即、上部のスイッチを押すことで、本を再び開く。
『オムニバス ローディング ソロモン ブレイク』
音声とともに、ソロモンの頭上には無数の隕石が出現。
屋内に出現した天体現象に向かって、可奈美は叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
全身にみなぎる力とともに、千鳥を通じて幽世より白い光が注がれていく。それは可奈美の体を包み、可奈美の体を霊体化させていく。
可奈美が大きく千鳥を薙ぎ、伸びる赤い刀身。太阿之剣と呼ばれる可奈美の主力技が、ソロモンの隕石を切り刻む。
もう、恐怖はない。震えもない。
剣を持つことに怯えない。キングにやられたトラウマも、受けてはいられない。
「はあっ!」
「ふんっ!」
可奈美とソロモンの剣がぶつかり合う。巨大な火花が散り、せめぎ合う。
じりじりと剣が擦り切れる音が響く中、可奈美は告げる。
「今までいろんな人の剣を受けてきた……みんな、それぞれのために戦って、だからこその戦いだっていっぱいあった!」
「はあ?」
挑発気味に首を傾けるソロモン。
可奈美は体を反らし、ソロモンの横切りを避ける。
「みんな、それぞれの正義があった! 譲れない何かのために、大切な何かのために戦ってきた!」
様々な剣術と、それを持つ者たちの顔と剣が頭をよぎる。
母親が遺した使命のために戦った者。
人々を怪異から守る使命を受けた者たち。
殺人鬼という汚名を背負ってでも、大義を成すために剣を握った者。
自らの血と誇りを守るために孤高の中戦う者。
修羅となった絶対的強者に立ち向かう者。
無数の世界を旅し、何かを探し続ける者。
「それを持たないあなたに……剣を握る資格なんてない!」
「何を言う? 私は神だァ! 人々を支配し、争わせる。この世界を、破壊と殺戮に満ちた刺激的な世界に変える! それこそがこの私の目的ですよ!」
ソロモンはガラドボルグで、可奈美に斬りかかってくる。
だがそれを、可奈美は千鳥で受け止める。
「あなたの剣は……軽い!」
「私の剣が軽い? この私がですか?」
ソロモンは全身から赤黒い光を放つ。
そして、その右手から放たれた波動が、可奈美の体を吹き飛ばす。祭祀礼装の防御により、それほどのダメージはない。
「だったら……!」
可奈美は壁に着地、そのままソロモンへ迫る。
ソロモンは、その大剣___ガラドボルグを振り上げる。ガラドボルグの軌道を見切り、可奈美は叫んだ。
「迅位!」
刀使が持つ異能力、迅位。霊体化させた自分の体を別の時間流へ移動させるもの。可奈美の場合、祭祀礼装によってその能力は底上げされている。
人類には成し得ない速度で、ソロモンの背後に回り込み、切り裂く。だがソロモンは、振り向きざまに加速からの斬撃を受け止め、逆に応戦した。
「あれやこれや言ってくれましたね。神であるこの私に!」
激昂したソロモンは、なんと可奈美の超速移動にも追随してくる。より一層人間の目から切り離された動きで、無数に剣がぶつかり合っていく。
だが。
「あなたの剣からは、何も伝わってこない!」
何度もソロモンの大剣を受けながら、可奈美は言い切った。
「剣は、それぞれの想いを背負って戦っている! だけどあなたには、それがない!」
「そんなもの、絶対的な力の前には何の役にも立たない!」
ソロモンは二度、本に仕組まれたスイッチを押す。
『オムニバス ローディング ソロモンストラッシュ』
すると、今度は巨大化したガラドボルグが、可奈美を叩き潰そうとする。剣だというのに、それは斬るではなく潰すほどの圧力。
「迅位斬!」
一方、全く焦ることない可奈美の体を、紅の写シが包む。可奈美の動きが、見上げる刃をズタズタに切り裂いていった。
だが、その爆発の中、情報はさらに一変している。
爆炎が晴れると、この狭い室内を敷き詰めるように、無数の巨大兵が召喚されていたのだから。
「っ!」
無数の、巨大なガラドボルグが人型に変形した兵士たち。
キングオブソロモンの名を持つ彼らは、可奈美へ一斉にその剣を振り下ろす。
可奈美はその剣一本一本を受け止めては受け降ろす。
地面に埋め込まれた刃は、そのまま見滝原市役所を大きく揺らした。
「はあっ!」
さらに、千鳥より放たれる光の刃。
キングオブソロモンを一体ずつ切り裂き、その体を爆散。さらに、可奈美は飛び上がり、ソロモンを見据える。
「小娘がッ!」
ソロモンが放った剣さえも切り伏せる。もう、彼を守る者は何もない。
「鳴神雷鳴剣!」
千鳥から虹色が放たれる。
斬撃が長いリーチに及び、キングオブソロモンに次々と斬り込みを入れていく。そうして光は、ソロモンにも斬撃を与えていく。
「ぐあああああああああっ!?」
聞こえてくるソロモンの悲鳴。
そうして可奈美は着地、同時に千鳥を振るう。
すると、予め切り刻まれたソロモンとキングオブソロモンたちは、糸が切れた人形のように崩壊。次々に爆発していく。
「はあ、はあっ……!」
やった。
だが、爆炎の中、祭祀礼装を解除された可奈美の目前に、すでにソロモンの手が迫っていた。
「えっ!?」
まさか、ここまですぐに反撃されるとは予想していなかった。
可奈美は抵抗する間もなく、首をその手に締め上げられてしまう。
「……ぐっ……あっ……!」
「どうした? 剣を振るう資格がないだと!? 私がそれならば、貴女は随分とお粗末な剣ということになりますねえ!?」
ソロモンはその邪悪な顔を近づけた。足がどんどん床から離れ、もがいても意味をなさない。
「あっ……」
だんだんと意識が遠のいていく。
そして、ソロモンがその隙を逃すはずがない。
「消えなさい! 剣に背かれた哀れな小娘!」
「……っおおおおおおおおおおおおおおおお!」
まだ、力が残っている。
千鳥を握る手に最後の力を籠めて、可奈美はカラドボルグの接近を弾き飛ばした。
「なに!?」
驚くソロモン。もう、次はない。
防御などを一切捨てた、可奈美の斬撃。捨て身のそれは、カラドボルグを掻い潜り、ソロモンの懐まで一気に飛び込んだ。
「憑依・無心烈閃!」
可奈美の動きは、直線的。
だけれども、その速度は他の追随を許さない。たった一瞬に全ての体力を注ぎ込み、今度こそソロモンを振り切った速度で切り裂く。
無数の斬撃が躍る。
全身を徹底的に切り裂いたそれは、やがてソロモンの体を爆発させた。
「ば、バカな……!」
やがて煙の中から現れたのは、あの男。
赤い外套はもうボロボロになり、全身が傷だらけになっている処刑人。
「私が……この私が……イザクが……またしても……っ!」
イザク。
それが、彼の名なのか。
肩で呼吸しながら、可奈美は彼の様子を伺う。
彼はソロモンの時に使っていた剣を構えたまま、可奈美へ敵意の眼差しを向けた。
「ありえない……ええ、有り得ません。これはきっと何かの間違いです。あなたのような小娘が、私の剣を折るなど……!」
そして、満身創痍の可奈美へ剣を振るおうとしたその時。
「は?」
イザクの動きが止まった。
彼の視線が向かっていたのは、窓の外。見滝原の景色を一望できる場所だが、今それは赤い筋肉に覆われていた。
超大型巨人の顔に。
「お前……お前ええええええええええ!」
イザクが叫んでいる間に、ガラスを割る音が室内に響く。超大型巨人の柱のような腕が侵入してきたのだ。
可奈美は慌てて背後の鈴音を守るように立つ。一方、窓のすぐ近くにいたイザクはあっという間に捕らわれてしまった。
「放しなさい! 私は神ですよ! 放せ、放せえええええええ________
無抵抗のまま、イザクの体はその巨腕に握りつぶされ。
可奈美の視界の外へ、引きずり出されていったのだった。
窓の上へイザクの体が連れて行かれ。耳を覆いたくなるような音がした彼がどうなったのか、想像したくもない。
確かなことは。
「可奈美さん、来ます!」
鈴音の悲鳴の通り、再び巨人の腕が侵入してきたということだ。
「っ!」
祭祀礼装の使用により、すでに可奈美の体は限界を迎えていた。
再び襲ってきた巨大な腕に対応できるはずがない。
だが。
「変身!」
『フレイム ドラゴン』
その前に立つ、深紅の魔法陣。
ウィザードが、炎を放って超大型巨人の手を跳ね返していた。
やがて、超大型巨人はそれ以上の市役所への侵入を諦めたようだ。その腕が窓の外へと吸い出されていく。
「可奈美ちゃん、鈴音ちゃん……!」
ウィザードの姿が解かれ、ハルトの顔が現れる。
「大丈夫? 二人とも。……リゲルは?」
「ハルトさん……」
安心した。安心してしまった。
「リゲルさんが……リゲルさんが……っ!」
そんなことをしている場合じゃないと分かっているのに。
その原因の一端が、洗脳されていたとはいえ自分にあるのは理解しているのに。
可奈美はただ、ハルトの胸で泣きじゃくる他なかった。