Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
「終わったん……ですか?」
敵の姿がいなくなった。
それを確認して、鈴音がその姿を現した。草陰に隠れていたのもあって、彼女の全身は泥だらけになっている。数回頬を拭い、ハルトのもとへやってきていた。
「……うん。終わったよ」
全身からぐったりと力が抜けた。
両膝を抑えながら、ハルトは大きく息を吐いた。
「これで……本当に……」
本当に立つこともできない。
ハルトはそのまま、大の字になって地面に転がった。
「はあ、はあ……ぐっ……」
「大丈夫かよ、ハルト」
視界に覗き込むコウスケの顔が現れる。
「ああ、なんとか……マキマが言ってたことを信用するなら、見滝原の皆が俺に襲い掛かってくることは、もうないって考えていいんだよね?」
「多分な。どこまで信用していいかは分からねえが」
「またあの状況になったら、前後の状況次第では詰みだ……。冷静に対策とかを考えよう」
「ああ」
コウスケが頷いてから視界から消えた。
夕焼けの空はいつしか逢魔が時を迎え、暗闇に差し掛かっていた。
ようやくハルトは身を起こし、すぐ近くにいる鈴音に目線を投げた。
「鈴音ちゃん……」
彼女のサーヴァント、リゲルはこの戦いによって失われてしまった。
ただ突っ立っているだけの彼女へなんて声をかければいいのだろうか。ハルトが言葉を探していると、彼女はおもむろに自らの右腕を突き出した。
リゲルの令呪があった腕を。
「え?」
「私の令呪を、受け取ってください」
「……いいの?」
彼女が持っていた令呪は二画。サーヴァント消滅により、今は表に出ていないが、それでも表皮の下には彼女の魔力がまだ残っている。その気になれば、新たなサーヴァントを召喚し、聖杯戦争に舞い戻ることだって可能なはずだ。
だが鈴音は首を振った。
「リゲルが命がけで助けてくれましたが、また聖杯戦争に参加して危険に晒しては意味がありません。それに、令呪が無くなってしまえば、他の参加者が私を狙う理由もなくなります。あくまで、私自身のためです」
「……そう。俺はいいよ」
ハルトは一歩下がった。
「俺はまだ令呪を使っていない。たっぷり三画あるからさ、可奈美ちゃんとコウスケに分けてあげて」
「そうですか……分かりました」
頷いた鈴音は、すぐ隣のコウスケに腕を差し出す。
「話は聞いていましたか? コウスケさん」
「あ、ああ。そりゃあ、オレのはラスイチだし助かるが……」
いいのか、と彼が続けることはなかった。
鈴音は今、コウスケの顔を見ていない。令呪があった場所をただ見下ろしていた。
「……分かった。もらうぜ」
コウスケは自身の令呪を突き出した。響とのリンクになっている令呪だが、すでに大半は欠落しており、残っているのはわずか三分の一。だが、青く輝く鈴音の魔力が、空中で黄色に変色して彼の腕に刻まれていく。
やがて、ランサーの令呪が復活する。最後の一画から二画へ。
「……サンキューな。大切に使わせてもらうぜ」
「はい」
鈴音は頷き、続いてもう一人のマスターへ向かう。
リゲルの最期を共に看取った、可奈美のもとへ。
「……」
ハルトは口を閉じたまま、彼女の後を追う。
可奈美は友奈とともに、互いに肩を貸し合いながら立ち上がっていた。もう千鳥を握ることすらできないほど消耗しており、おそらく写シも張れないだろう。
そんな彼女へ令呪があった腕を突き出す。
「可奈美さん。本当にありがとうございます。助けてくれて……リゲルと一緒に戦ってくれて」
「う、うん……」
可奈美の顔はあまり晴れない。どうあってもはっきりと返答することもできないようだ。
「鈴音ちゃん……この手は?」
「私……リゲルの最後の令呪です」
「最後の……令呪?」
可奈美は目を見開いた。
「で、でも……」
「私はもう聖杯戦争に戻る気はありません。この令呪を狙いに、参加者が私を襲う可能性もあります。だから」
「でも、私受け取れないよ!」
可奈美が友奈の後ろに隠れた。
「か、可奈美ちゃん……」
友奈が眉をひそめている。
だがそれでも、鈴音はその手を下ろさない。
「いいえ。あなたに受け取ってほしいんです。リゲルの最後を共にしたあなたに。友奈さんも、それでいいですか?」
「わたしは全然いいけど……」
友奈が躊躇いがちに背後の可奈美を見やっている。
可奈美は下を向いたまま、決して顔を上げない。普段の彼女の明るい顔を良く見知っているからこそ、ずっと暗いままのかの時に戸惑ってしまう。
「ほら、可奈美ちゃん」
友奈が可奈美の後ろに回り込んで、その背中を押す。
「しっかりしよ! 可奈美ちゃんが直接向かい合わなきゃ!」
「う、うん。でもいいの? 私、鈴音ちゃんとの取引だって、ちゃんと守れたか怪しいのに」
「守れていましたよ。可奈美さんがいなければ、私はきっとあの場で市長に切り殺されていました。それにリゲルだって、可奈美さんとは何度も一緒に戦っています。だから……」
鈴音は一拍置いた。
深呼吸の末、告げた。
「だから、この一画……お願いします」
「うん……わかった……」
可奈美はようやく、令呪が付いた腕を返した。
すると、また二人の令呪にそれぞれの色が灯る。青い光は消え、桃色が増していく。可奈美の欠けた一画を補い、友奈の令呪となったのだ。
「ありがとう、鈴音ちゃん……」
「……これからどうするの?」
「……」
ハルトの質問に、鈴音は口を噤んだ。
「私はもともと逃げ専でした。令呪がない……つまり、参加資格がなくなった今、私が逃げる必要もないでしょう。普通の人間に戻りますよ」
そして鈴音は「でも」と付け加える。
「皆さまには大いに助けられています。私ができることなら、協力します」
次回予___
「きひひっ……すごい戦いでしたわ」
物陰から現れた狂三はほくそ笑んだ。
分身としてハルトたちへ協力してきたが、デイダラの襲撃を機に姿を眩ませた。見滝原市役所での戦いを観察し、新たな参加者や戦いの情報収集を行うことにしたのだ。
「さて。わたくしもそろそろ帰還いたしましょう。本体に情報渡さなければいけませんし」
ウィザードの新しい力、賢者の石の存在、新しい参加者。一方的にこの情報があることで、聖杯戦争を有利に進めることができる。
狂三は足を見滝原南に向け、影を出現させる。あとはこれに潜れば、本体のところまで一直線___
「ん?」
だがそこで、狂三は足を止めた。
自分でもその理由は分からない。だが、時が進むたびに、それは明確になっていった。
「なんですのこの……耳鳴りは?」
耳鳴りとしか言いようがない。キーン、キーンと規則的にどこからともなく聞こえてくる。
だが、これは人間だったころに時折悩まされていたものとはどこか異なる。
発生源はどこだ、と狂三は周囲を観察する。やがてその目は、鏡に映る自分の姿に止まった。
「……なんですの?」
変哲なことはない、鏡とそこに映る自分の鏡像。だが狂三は、なぜか惹きつけられるように近づいた。
そして。
「っ!?」
鏡から飛び出してきた手が、その首を掴んだ。そのまま、手は徐々にその姿を現し、やがて全身が鏡から出現する。
「な、に……!?」
目に飛び込んできたのは、赤いライダースーツと銀色の甲冑。左手には龍の顔を模した篭手が装備されている。間違いなく、城戸真司___が変身した、仮面ライダー龍騎。ライダーのサーヴァントに他ならなかった。
「くっ……!」
首を掴まれながら、狂三は両手の銃で発砲。ほぼゼロ距離の銃弾の雨に、龍騎は手を離し、狂三を解放した。
息を整えながら、狂三はじっと龍騎を睨む。。
「ライダー……ずっとどこにいましたの? あなたのマスター最大の危機だったのに、全く顔を見せませんでしたわね?」
だが、龍騎は答えない。
まるで石像のようにも思えたが、ゆっくりと顔を上げたのでその次の動きに着目する。
そして。
「……はああっ!」
彼の答えは、攻撃。
突然放たれた拳を回避し、狂三は大きく飛びのいた。
「な、何のつもりですの?」
だが、目を疑っても現実は変わらない。
龍騎は明らかに自分へ敵対行為を行っている。
聖杯戦争の参加者として正しい行為だが、彼から戦いを挑むのはあまりにもこれまでの行為とかけ離れていた。
「……まあいいですわ。本体に持って帰る情報は多い方がいい。あなたの命があるのも好ましいですわ」
彼の格闘を回避しながら、狂三は銃口を向ける。
だが、銃口を前に龍騎は全く怯まない。馬鹿正直に攻めてきたことに、狂三は薄っすらと笑みを浮かべた。
だが。
「っ!?」
有り得ない。
可奈美のような動体視力があれば別だが、龍騎にそこまでの視力はないはずだ。
的確な動きで銃弾を避け、全く接近するスピードが落ちない。
もう遠距離では意味はない。狂三は銃を攻撃ではなく防御に転用。龍騎のアッパーに、狂三の銃は回転しながら虚空の彼方へと飛んでいった。
すでに防御以外の選択肢はない。龍騎の蹴りが腹に炸裂した。
「がはッ!」
背中を打ち付けられた狂三が悲鳴を上げる。
だが、龍騎はそれで手心を加える気配などない。一定の歩調で、狂三へ接近してくる。
狂三は残った方の銃を握り、即唱えた。
「
龍騎の足が、虚空を踏みつける。加速した狂三は、落ちた銃を回収しそのまま龍騎の背後に回り込んだ。
「今度は手加減しませんわよ!」
両手の銃が打ち鳴らす。
無数の弾丸が放たれ、龍騎の背中から無数の火花が散った。
容赦できない。倒れこみ、やがて倒れるまで、狂三の指が引き金から離れることはなかった。
そうして、龍騎に訪れる沈黙。
「はあ、はあ……」
倒せたとは思っていない。
ここは、逃げよう。
その決断するまで時間はかからなかった。
だが。
龍騎は、むっくりと起き上がる。あれだけのダメージを与えたのに、まだ立てることに驚愕しながら、狂三は眉を吊り上げる。
目の前の赤いサーヴァントは、ゆっくりと一歩、また一歩と狂三へ近づいてくる。
「まだ、やるおつもりですの?」
狂三は警戒しながら銃口を向けた。
だが龍騎の歩みは止まらない。
そして。
『エクリプス ナウ』
狂三が知る由はない。
それは白い魔法使い___キュゥべえが仕組んだ魔法だということに。
龍騎の体を一瞬、魔法陣が包み込む。それはすぐに消失するが、それに伴い、龍騎の体が一度大きく震えた。
そして、これもまた狂三が知る由がない。白い魔法使いが彼の体に埋め込んだクラスカード___アルターエゴが、新たなサーヴァント召喚の依り代になっていることに。
そして。
龍騎のカードデッキが、変わっていく。
中心に刻まれている黄金のエンブレム。龍の頭部を模した金色のそれは、だんだんと漆黒に塗り潰されていく。
そしてその形状も。その先端部分は元々直線的に整っていたものに対し、今や先端が禍々しく広がっていた。
それは、龍騎とは全く別のカードデッキ。
すなわち、Vバックルが龍騎のものとは別のカードデッキを認証し、再起動する。
龍騎の体に、新たに無数の鏡像が……龍騎とはほとんど同じ形ながら、黒い鏡像が重なっていく。
やがてそれは、龍騎に新しい姿を与えていく。
燃えるような赤い体は、反転して闇のような黒いボディに。ところどころに黄色の差し色が刺さり、漆黒の肉体を際立たせている。
「……? ライダー? 何ですの? その黒い姿は……?」
敗者が復活しただけならばまだ考え得る。
だが、今の彼の雰囲気は、さきほどまで対峙していたライダーのサーヴァントのものとは大違いだった。全く別の敵。そうとしか認識できない。
狂三が警戒していると、黒い龍騎は一気に接近してくる。
容赦ない拳が、狂三の腹に埋め込まれた。
「……うっ!」
狂三の顔が大きく歪む。
さらに、黒い龍騎の拳が何度も襲いかかってくる。
女性であることを一切考慮しない攻撃。ボコボコという言葉が浮かび上がってくるほど、黒い龍騎の攻撃は一切の情けなどない。
あっという間に、狂三は殴り飛ばされ、地面を転がった。
「がっ……はっ……!」
口に走る鉄の味。いままでここまで一方的に打ちのめされた記憶があっただろうか。
「れ、レディに対して、随分と乱暴してくれますわね……」
血を拭いながら、狂三は起き上がる。
「本気で殺り合うつもりですのね?」
狂三の金色の瞳が輝きを放つ。
「
背後の時計盤が三を指す。
込められた霊力により、命中した黒い龍騎。その体内は、かなりの速度で加速していく。あっという間に老衰し、弱るはずだ。
だが、黒い龍騎にその気配はない。全く変わらぬ歩みで接近してきた。
「な、ならば……
今度は完全なる一時停止だ。
だが、先ほどの弾は甘んじて受けた黒い龍騎だが、今度は首を捻って銃弾を回避した。
まるで、どれが安全なものかを見切っているかのように。
「か……はっ!」
血反吐が飛ぶ。
狂三の体ががくっと折れ、大きく揺らぐ。
「な、何なんですの……?」
腹に受けた痛みが全身に回り、立つことすらままならない。
だがそれでも、黒い龍騎は一切の情けを見せることはない。
「何なんですの!?」
一の弾。
再び加速能力を得た狂三は、今度は別の選択肢を選んだ。
すなわち、逃亡。
今、この場で倒れるわけにはいかない。この戦いで得た情報を持ち帰れば、本体を含めフォーリナー陣営は大きく優位に立てる。
だが。
「そんな……ッ!」
一体どこから現れたというのか。
目の前の黒い壁に、強く押し返され、狂三は通常の時間流に引き戻されてしまった。
見ればそれは、黒い龍。どこまでも闇から現れたかのように漆黒な色合いのそれは、見ただけで恐怖する赤い眼をこちらに向けていた。
もう、立つことも難しい。この上ないクリティカルヒットに、狂三は悶えることしかできなかった。
そしてそんな狂三を見据えながら、黒い龍騎はベルトのカードデッキに手を当てる。
あらゆる感情を取り払った動きで、引き抜いたカードを左手の手甲に装填した。
「!」
そのガイダンスボイスの性能は、狂三もすでに理解している。だが、この音声は狂三が知るそれよりも深く、低く、無感情だった。
それは、
どこからともなく現れた黒い龍が低い唸り声をあげる。
狂三が知る龍騎のそれとは似ても似つかない。黒い龍騎は龍へ舞を捧げることなどしない。ただ、ふわりと。あたかも重力に逆らうように体が浮かび上がっていく。それをただ眺めていた狂三の脳裏に、本当の化け物という言葉が浮かんだ。
そして、蹴りの体勢を取る。同時に、黒い龍の口からも、同じくらい漆黒の炎が吐き出された。
それはまさにドラゴンライダーキック。狂三の知るものとは同じように見えるが、その内容は全くの真逆。
もう、避けられない。
そして黒い炎がその存在を焼き尽くすとき、不意に狂三は感じた。
あまりにも冷たいと。
そして、ハルトたちに味方した狂三の意識は永遠に凍結するのだった。
「……?」
見滝原南にて。
時崎狂三は、見滝原本土のほうを見返した。
「狂三? どうした?」
怪訝な顔の晶に振り返ることもなく、狂三は一人で口を動かした。
「……いいえ。何も……」
どことなく、寒い。
狂三は肌を撫でてそう感じたのだった。
フォーリナーのサーヴァント___もっとも分身だったようだが___は消滅した。
黒い龍騎は、しばらく残った虚空を見つめる。
やがて、その目線は近くに残っている鏡に向けられる。
だが、鏡に映るのはこれまた虚空のみ。それを見つめているはずの黒い龍騎の姿はない。
やがて黒い龍騎の全身より、細かい粒子が放出され始めた。物質が液体に溶けていくように、時間経過により自らの存在が消失していくのを感じる。
黒い龍騎は特に抵抗することもなく、意識を落ち着かせる。
すると、その体から青い物体が放りだされた。
城戸真司。自らの体の依り代となるもの。
今はまだ、自身の存在が確立していない。この胸中にあるアルターエゴを中心に定着しているだけだ。そのため、一時的に体を乗っ取ることしかできない。
だが近いうちに。
黒い龍騎は、鏡に向けて歩き出す。
その際、その光のない眼差しは、気絶したままの真司を睨んだ。
その時は、その体を乗っ取り、自らが現実のものとなろう。
そうして、黒い龍騎は鏡の中へ消えていった。
次回登場人物紹介の後、十章に入ります!
皆様待ち侘びたであろう彼がとうとう登場します!