Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
エルサ「ポケットモンスターLEGENDS オーレ! 連載しているよ! こっちもよろしくね!」
ニンフィア「フィ―!」
鏡を見るのが、少しだけ嫌になった。
「……ん?」
歯ブラシを口に突っ込んだまま、城戸真司は眉をひそめた。
朝、見滝原の安アパートの一室。
洗面所と呼ぶにはあまりにも狭い空間に立ち、曇った鏡を手で拭う。
そこには当然、見慣れた自分の顔があった。
寝癖のついた髪と眠そうな目、口の端から垂れかけた歯磨き粉。
元の世界で散々バカ面呼ばわりされてきたが、こうなってくると強ち否定できなくなってくる。
どこからどう見ても、いつもの自分だ。
「……気のせいか。変な夢でも見たかな」
真司は首を傾げ、もう一度歯を磨き始めた。シャコシャコと、朝の静かな部屋に音が響く。
昨日は遅くまでアルバイトだった。さらに、その前の日も。
さらにその前は、いつの間にか町中で気絶していたところを通行人に助け起こされた。その前の記憶は、見滝原テックという会社で戦っていたのに、そこからの記憶が連続しない。
疲れているのだろうか。
「最近、寝ても疲れ取れないんだよなあ……」
鏡の中の自分も、同じように口を動かした。
当たり前だ。鏡なのだから。
真司はコップの水で口を濯ぐ。
顔を上げる。
「……?」
ほんの一瞬、鏡の中の自分がまだ、下を向いていたような気がした。
「……」
真司は固まって鏡を凝視する。
すると当然、鏡の中の真司もこちらを見る。
右手を上げると、向こうも左手を上げる。
頭を傾けると、当然向こうも反対に傾ける。
「……何やってんだ、俺」
自分で自分が馬鹿らしくなった。これじゃあ自分で自分を馬鹿扱いしているみたいだ。
真司はため息を吐き、洗面所を離れる。
途端。
キィィィィン――。
「っ……!」
鋭い耳鳴りに、思わず耳を塞いだ。
「これは……!」
今まで何度か、別空間からの敵襲に対して似たような気配は察知できた。
だが、今回のこれは、それらとは明確に違う。鏡の中の気配___本来の世界で、嫌と言うほど経験した鏡の中の住人が現れた時に感じた気配だ。
だが、それも数秒。
今となっては、それが嘘だったかのように消えていく。
「なんだよ、もう……」
真司は振り返った。
誰もいない洗面所。
鏡には、空になった部屋だけが映っている。
「病院行った方がいいのかな……」
そう言いかけたが、真司はそこで財布の中身を思い出す。
「……いや、もうちょっと様子見よう」
即座に撤回した。
「何が様子見?」
「うわっ!」
突然背後から声をかけられ、真司は肩を跳ねさせた。
振り返れば、寝間着姿の同居人がそこに立っていた。
結城友奈。
真司と同じく、サーヴァントとしてこの世界に現界した少女。紆余曲折あり、共にこのアパートに暮らすことになったのだ。
同じ部屋で暮らしている以上、別にいること自体は不思議ではない。
ただ、完全に意識から外れていただけだ。
「友奈ちゃん、いたのかよ!」
「いたよ。それより、さっきから鏡の前で何してるの?」
「いや、それは……」
真司は鏡を見る。
友奈も真似するように横から覗き込んだ。
二人の姿が当然映り込む。
何の変哲もない。
「鏡がどうかした?」
「んー……」
一瞬迷った。
だが、説明したところで自分でもよく分かっていない。
「いや、何でもない」
「怪しい」
「いや、本当に何でもないって!」
友奈は少しだけ目を細めた。
「真司さん、この前の市役所の後からなんか変だよ?」
「へ?」
「寝起きも悪いし、夜中に急に起きるし」
「……そうだった?」
「うん。覚えてないの?」
「……全然」
「やっぱり変じゃん」
言われてみれば、朝起きると妙に身体が重い日が増えている。
間違いなく寝ているのに、眠ったという感覚が薄い。
時々、夢を見たような気がする。
暗い場所、何もいない街で。
どこまで歩いても、人一人いない。
そして、鏡。
「真司さん?」
「あ、ごめん」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。腹減ってるだけだって」
「それ、何でもお腹のせいにしてない?」
「そうか?」
「そうだよ」
友奈は呆れたように笑う。
「じゃあ朝ごはん食べよう! 今日は、うどんにする?」
「また朝から!?」
「朝でも美味しいからいいの!」
「いや、美味しいけどさ!」
「じゃあ決まり!」
「待て待て、俺まだ同意してないって!」
真司が止める間もなく、友奈はもう台所へ向かっている。
仕方なくその後を追った。
その途中、部屋の隅に置かれた小さな姿見が視界に入る。
真司と友奈、二人の姿が並んで映っている。
普通だ。
「真司さん、早く!」
「ああ!」
友奈に呼ばれ、鏡から目を離す。
だから真司は気付かなかった。
二人がいなくなった後、鏡の中にだけもう一人、真司と同じ顔をした男が立っていたことに。
赤い目でただ無表情に、その男は真司が消えた方向を見つめていた。
「ありがとうございましたー!」
昼前のラビットハウス。
最後の客を見送り、ハルトは扉を閉めた。
「ふう……」
「お疲れ様です、ハルトさん」
「チノちゃんもお疲れ」
カウンターの内側では、看板娘の香風智乃が食器を片付けている。
一方。
「ハルトさーん!」
「うわっ!」
背後から飛びついてきたココアを、ハルトは何とか受け止めた。
「今日この後暇!?」
「暇っていうか、配達あるけど」
「じゃあその後!」
「その後は……久々に大道芸でもやろうと思ったけど、何かある?」
「じゃあその後でいいよ!」
「夜になるよ!?」
「大丈夫!」
「何が!?」
相変わらず元気だ。
ついこの前、この少女から明確な敵意を向けられていたのが嘘のようだ。
それが、他者___マキマの能力によるものだと分かっている。本人に責任がないことも。
それでも。
「……」
「ハルトさん?」
「いや、何でもないよ」
ハルトは小さく笑った。
今はこれでいい。
普段通り。それだけで充分だ。
「そういえばハルト君」
厨房からタカヒロの声が聞こえてくる。
「今日、城戸君来るって言ってなかったかい?」
「ああ。昼過ぎに……って、そろそろか」
「またタダ飯狙いでしょうか」
チノがジト目になっている。
「チノちゃん、真司には辛辣だよね」
「毎回財布の中身を確認してから注文する人なので」
「否定できない……」
ハルトが苦笑した、その時だった。
「……?」
ハルトの目が動く。何かが店の正面を通り過ぎたような。
気になり、窓へ目を向けるが。
「誰もいない……」
「どうかしましたか?」
「いや」
ハルトは首を振った。
最近、神経質になっているのかもしれない。前回の事件が事件だ。街中全てが敵になった経験など、そう簡単に忘れられるはずもない。
そして。
「いらっしゃいませー!」
ラビットハウスの扉が開いて、彼らは姿を現した。
「よっ! ハルト!」
「真司」
予定通り、の来客だ。
その後ろから、友奈も顔を出す。
「こんにちは!」
「友奈ちゃんも一緒だったんだ」
「うん。真司さんがラビットハウス行くって言うから来た」
「俺一人だとタダ飯狙いだと思われるからな」
「それ、友奈ちゃんがいても変わらないんじゃない?」
「え?」
「実際そうじゃないですか」
チノが追撃する。
「ひどくない!?」
「事実です」
真司が肩を落とした。
「何食べる?」
「まず水!」
「注文してよ!」
「いや財布確認してから!」
「それじゃあチノちゃんの言った通りじゃん!」
「言ったでしょ?」
「友奈ちゃんまで!?」
真司が財布を覗き込む横で、友奈が笑っている。
いつも通りだ。少なくとも、ハルトにはそう見えた。
ただ。
「……真司?」
「ん?」
「何か顔色悪くない?」
「そうか?」
「ちょっとね」
「あー……最近寝ても疲れ取れなくてさ」
友奈がすぐ口を挟む。
「やっぱり変だよ。真司さん、昨日も夜中に起きてたし」
「うーん、それ……マジで?」
「覚えてないの?」
「全然……」
ハルトの表情が少し曇る。
「大丈夫か?」
「大丈夫だって。このくらい、昔記者やってた時なんて普通だったからな」
「それはそれで心配になるんだけど……本当に大丈夫か?」
「無理はしないでよ」
「分かってるって」
真司は笑って、そのままカウンター席に腰を下ろした。それに倣って、友奈も隣に座る。
そして正面、酒瓶やカップが並ぶ棚の奥には、鏡が置いてある。鏡には、ココアとチノが今入ってきた客を迎え入れる姿が映っていた。
「……」
ちらり、真司の目がそちらに投げやられた。
「また?」
友奈が気付いた。
「またって?」
ハルトが聞く。
「朝から真司さん、鏡ばっかり気にしてるんだよ」
「ちょ、友奈ちゃん」
「だって変じゃん」
「鏡?」
ハルトも鏡を見る。何の変哲もない普通の鏡だ。これを通して、作業中でもホールの状況を見れてなかなか重宝している・
「何かあるの?」
「いや……何でもない」
「本当に?」
「ああ」
真司は安心したように息を吐いた。
ハルトへ向き直る。
「そういやさ、ハルト」
「ん?」
「俺、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「聞きたいことって?」
ハルトはカウンター越しに真司へ水を差し出した。
「ああ、それなんだけどさ……」
真司は受け取ったグラスを一口。
その隣では友奈がメニューを開きながら、真剣な顔で何を注文するか悩んでいる。
「最近さ、変な夢を見るんだよ」
「夢?」
「ああ。人が誰もいない見滝原を歩いているんだけど……なんか違うんだよな」
真司は腕を組む。
「看板とか文字とか、全部左右逆になっててさ」
「左右逆……それって……真司が前に話してた」
「ああ。ミラーワールドに似てる」
「やっぱり?」
「俺、こっちに来てからも何度か入ってるからな。見間違えるとは思えないんだけど……」
真司自身が生前、何度も戦いの舞台として足を踏み入れた世界。
そして、サーヴァントとして見滝原へ召喚された後も、何度か鏡の向こうへ足を踏み入れているらしい。
「だから、多分ミラーワールドだと思う」
「でも夢なんでしょ?」
「ああ。そこなんだよ」
真司は困ったように頭を掻く。
「普通に入るなら鏡を通らなきゃいけないし、俺も自分で入ったことくらい覚えてるはずなんだ」
「じゃあ、昔の記憶を夢に見てるとか?」
「それなら見滝原じゃないだろ?」
「あ、そっか」
ハルトは納得した。
自分はミラーワールドについて、真司から何度か話を聞いただけだ。
鏡の中に存在する、現実と左右が反転したもう一つの世界。真司たち仮面ライダーがかつて戦った場所。
それ以上のことは、実際にそこで戦っていた真司の方が遥かに詳しい。
「夜中に起きてるのも覚えてないんだよ」
友奈が横から口を挟んだ。
「そうなの?」
「うん。昨日も急に起き上がってた」
「ちょ、友奈ちゃん。それは俺初耳なんだけど」
「今朝も言ったよ?」
「……そうだっけ?」
「ほら!」
友奈が頬を膨らませる。
ハルトは笑いながらも、真司から目を離さなかった。
本人は気楽そうだが、眠っている間の行動を本人が覚えていない。しかも夢では、ミラーワールドと思われる場所を歩いている。
「まさか夢遊病とかで変身して鏡に入ったってことはないよね? 一応、しばらく気をつけた方がいいかもしれないけど」
「俺も?」
「友奈ちゃんも」
「分かった!」
「俺より返事早いな!?」
「だって真司さん、自分のことだと適当にするじゃん」
「そんなことないって!」
「あるよ」
即答だった。
「うぐ……」
「友奈ちゃんの方が真司を理解してるじゃん」
「一緒に住んでるからね」
「ハルトまで!」
真司が頭を抱える。
その時、カランとラビットハウスの扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
ココアの元気な声が迎える。
だが入ってきた人物を確認した途端、ハルトの表情が固まった。
「……え?」
長い茶髪を肩で三つ編みにまとめ上げ整ったメイド服を着こなす人物。
表情はほとんど動かない。
「燐さん……?」
燐・ヴィスポーズ。
前回の見滝原市役所を巡る戦いで、マキマに支配され、ハルトたちへ襲い掛かってきたサーヴァントがそこにいたのだ。
「久しぶりだな。指輪の魔法使い」
ココアに聞き取れないような小声、だけどハルトの耳には、彼女のその声がはっきりと聞こえた。