Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
「誰?」
小声で聞いてくる真司へ、ハルトは答えた。
「前の戦いで会った人。サーヴァントだよ」
「サーヴァント?」
真司の表情もわずかに警戒へ変わり、友奈もメニューを閉じた。
燐はそんな三人へ目線を向ける。
「松菜ハルト、だったな」
彼女は躊躇なくこちらへ歩いてくる。ハルトはカウンターの内側から出て、向かい合う。
「どうしたの? 何かあった?」
「話がある」
「ここで?」
「問題があるのか?」
「いや、ないけど……」
ハルトは周囲を見渡す。
店内にはまだ何組か一般客がいる。
サーヴァントだの聖杯戦争だのを話す場所ではない。
「だったら、奥に行こうか」
「いや、その必要はない。今日は用件を伝えに来ただけだ」
燐は淡々と告げる。その声音に敵意はないが、だからといって友好的にも聞こえない。
「私のマスターが、お前と話をしたがっている」
「……マスター?」
ハルトは瞬きをした。
考えてみれば当然だ。燐がサーヴァントなら、当然マスターがいる。
だが前回の戦いでは、彼女が誰と契約しているのかまで知る余裕はなかった。
「燐さん、マスターいたんだ」
「サーヴァントなのだから当然だろう」
「まあ、そうなんだけど……」
隣から真司も話へ入る。
「そのマスターって、聖杯戦争の参加者なんだよな?」
「ああ」
「ハルトと何の話をしたいんだ?」
「それを私に聞くな。私は伝言を任されただけだ」
あまりにもきっぱりしていて、真司もそれ以上聞けなくなった。
「まあまあ。それで、いつ?」
「明日の夕方」
「場所は?」
「ここだ」
「ここ? ここって、ラビットハウス? そっちからすれば敵の本陣だぞ?」
「マスターがここを指定した」
なぜ、という疑問が出るより早く。
「わあ……!」
ココアの感嘆が割り込んだ。
「……何だ?」
燐が横を向く。
いつの間にか、ココアがすぐ近くまで来ていた。
目が輝いている。
「本物のメイドさんだ! すごい! 服もちゃんとしてる!」
「ココアちゃん?」
ハルトが止める間もない。
ココアは燐の周囲をくるくると回り、実際にメイド服の一部に触れている。
「このフリフリって毎日着てるの? お仕事用? 家でも?」
「お前は何を聞いている」
「だって私も接客するから!」
「お前のそれは制服だろう」
「似たようなものじゃない?」
「全く違う」
即答で燐は拒絶を示しているが、ココアは怯まない。
「じゃあ先輩だ!」
「何のだ」
「接客業の!」
「私は接客業ではない」
「メイドさんなのに!?」
「メイドの仕事が給仕だけだと思うな」
燐が眉をひそめる。
「主人の身辺管理、護衛、情報収集、必要であれば戦闘も行う」
「戦闘!?」
ココアがますます食いついた。
「かっこいい!」
「……」
燐が僅かに顔を引きつらせた。
ハルトは初めて見る表情だった。
「ココアちゃん、その辺で……」
「ハルトさん!」
「な、何?」
「私もメイドさんみたいに戦えるかな!」
「なんでその結論になるの?」
「やめておけ」
燐が即座に遮った。
「えー」
「戦闘など、好んでするものではない」
一瞬、ハルトは燐を見る。
前回の戦場で見た彼女は、戦うことを躊躇するような人物には見えなかった。
だが、それと戦いを好むかどうかは別だ。
「そうなんだ」
ココアも少しだけ大人しくなる。
しかし。
「じゃあ、せっかくだからコーヒー飲んでいって!」
「必要ない」
「ケーキもあるよ!」
「だから――」
「燐さん」
ここぞとばかりに、ハルトも割って入る。
「少しくらい休んでいけば? 伝言だけなら、急いで帰る必要もないんでしょ?」
「……そうだが」
燐が店内を見る。
普通の客と、穏やかな音楽、コーヒーの香り。
前回会った、参加者がひしめく戦場とは、あまりにも場違いな環境だろう。
「……分かった」
「やった!」
なぜかココアが喜んだ。
「じゃあ、こっち!」
「自分で歩ける」
燐は案内されるまま、カウンター席へ座った。
その隣が真司、さらに隣に友奈が並び合う座席に。
「あの娘はいつもああなのか?」
「あはは……出会って三秒で友達ってのがモットーらしいからね。それで、何にする?」
ハルトがメニューを差し出す。
「ふん。何でもいい。任せる」
「それ、一番困るやつだ」
「コーヒーなら何でもいい」
「了解。じゃあ普通ので」
注文を受け、ハルトは準備を始める。
「ねえ」
その間、友奈が燐へ話しかけた。
「前の戦いの時、最後に一緒にいた人だよね?」
「お前は……セイヴァーか」
「うん。友奈でいいよ。結城友奈、よろしくね! えっと、燐さんでいい?」
「好きにしろ」
普通の会話だ。
友奈は相手が敵だったからといって、いつまでも壁を作る性格ではない。その上、どちらかと言うとココアにも近いぐいぐいと来るタイプだ。
「マスターってどんな人?」
「会えば分かる」
「女の人?」
「そうだ」
「強い?」
「何をもって強いとするかによるが、戦いならほぼ無理だ」
「そうなんだ」
「ただし」
燐はわずかに目を細めた。
「頭は切れるな」
「へえ」
「私より遥かに」
「燐さんよりも?」
「ああ」
その評価に、ハルトも耳を傾ける。
たった一度の共闘だったが、戦場での燐の判断力は低くないと思う。彼女は巨大なゴーレムを操り、より巨大な相手を食い止めることを選んでいた。あの場では、適切だったとハルトも考えているが、その燐が自分以上と断言している。
「随分信頼してるんだね」
「……」
友奈の一言に、燐は黙った。
「違った?」
「別に」
「今ちょっと間があったよ」
「ない」
「あったよね、真司さん」
「お、俺に振るなよ!」
「……」
燐が真司を睨む。
「な、なんで俺!?」
「騒がしい男だ」
「いきなりひどくない!?」
ハルトは笑いながら、出来上がったコーヒーを燐の前に置く。
「はい、どうぞ」
「ああ」
燐はカップを手に取った。
一口を口に含み、無言。
「……どう?」
「普通だ」
「普通かあ……」
「悪いとは言っていない」
「じゃあ美味しい?」
「普通だ」
「頑なだなあ」
横でチノが少し不満そうな顔をしている。
「ハルトさん。淹れ直しましょうか?」
「いや、そこまでしなくていいから」
「そうですか」
チノは明らかに納得していない。
「……面倒な店だな」
燐が小さく呟く。
「でも嫌いじゃないでしょ?」
と、ココア。いつもの人懐っこそうな笑顔で、燐の隣で手に頬を立てかけている。
「何故そうなる」
「だって帰ってないもん!」
「……」
燐は答えない。
ただもう一度、カップを口へ運んだ。
「……何でこんなに緊張してるんだろ、俺」
午後四時五十分、ハルトはラビットハウスの壁時計を見上げ、小さく息を吐いた。
「仕方ないよ。堂々と来るって予約までしてくれているんだもん」
同じくカウンターでは、ハルトとともに聖杯戦争を生き抜いてきた少女、衛藤可奈美も並んでいる。
「少なくとも、マスターが自分からここに来るってことは、協力的だといいけど」
「そうだね……」
「昨日の人が来るんですよね?」
カウンターの向こうで、チノが尋ねてくる。
「うん。燐さんと、もう一人」
「お知り合いですか?」
「知り合い……になるのかなあ」
「何それ?」
テーブルを拭いていたココアが顔を上げる。
「ハルトさん、また変な人と知り合ったの?」
「変な人って決まってないよ!」
「でも昨日の燐さん、すごく本格的なメイドさんだったよ!」
「そこ?」
昨日突然ラビットハウスを訪れた、茶髪を三つ編みにしたメイド、燐・ヴィスポーズ。
表向きには、今日もう一度、連れの人物と話をするために訪れるとだけ説明してある。彼女が何者なのか、その連れが何者なのかをココアたちは知らない。
そして、知らなくていい。
「ちょっと大事な話だから。奥を借りてもいい?」
可奈美が一足先に誤魔化しにかかる。
チノは「それは構いませんが」と頷いた。
「父には?」
「昨日のうちに言ってあるよ」
それは本当のことだ。昨日燐が帰った後、すぐに店長である香風タカヒロへ確認している。
「じゃあ大丈夫ですね」
「ねえねえ、どんな人が来るの?」
ココアが身を乗り出す。
「それが、俺も会ったことないんだよ」
「えっ。それなのに会うの?」
「燐さんの知り合いだから」
「ふーん……」
ココアが妙に楽しそうな顔になる。
「美人かな?」
「なんでそこ気にするの?」
「だって燐さん美人だったし!」
「関係ある?」
「ある!」
「ないと思うけどなあ……」
そんな話をしていると、カランとラビットハウスの鈴が来客を知らせた。
「こんにちはー!」
「お、来た?」
だが、入ってきたのは見慣れた顔だった。
「よっ、ハルト!」
「こんにちは!」
「失礼します……!」
「真司、友奈ちゃん、それにえりかちゃんも」
真司、友奈。それに続いて、見慣れたショートヘアの少女の姿もあった。
蒼井えりか。ハルト第二のサーヴァントであり、真司とともにこの聖杯戦争を生き抜くもう一人のパートナーだ。
「丁度ここに来る途中にばったり会ってな。昨日のこと説明して、一緒に来てもらったんだ」
「蒼井、ちゃんと役に立ちます!」
えりかが両拳を握る。
「そんな気合い入れなくても大丈夫だよ」
「で、でも蒼井はハルトさんの……」
言いかけて、えりかが口を閉じた。
ちらりとココアとチノを見る。
「……お友達ですし!」
「今すごい言い直したね」
友奈が笑う。
「な、何でもありません!」
もちろん、えりかがハルトと契約しているサーヴァントであることも、ココアたちには伏せている。
「とりあえず座ろうぜ」
真司はいつものようにカウンター席へ。
友奈もその隣に並ぶ。
「燐さんたちはまだ来てないの?」
「まだ時間もあるからな。それより真司、今日はちゃんとお金持ってる?」
「あるって!」
財布を開く。硬貨が数枚、真司を見返していた。
「……多分」
「少なくない?」
「何か注文してくださいね」
チノが釘を刺した。
「わ、分かってるって……チノちゃん最近俺に厳しくない!?」
「最近ではありません」
「ずっと!?」
その時、もう一度、扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
ココアがいつもの声を出す。
入口に姿を見せたのは、昨日も訪れたメイド、燐。
そして、その半歩後ろに続いて、別の少女が店へ入ってきた。
長い黒髪と赤い瞳を備えた制服姿。立ち姿だけでも育ちの良さが分かる。燐のメイド服ほど目立つ格好ではないのに、妙に周囲から浮いて見えた。
堂々としているというより、近寄りがたい印象がある。
「……」
少女は店へ入るなり、静かに周囲を見渡した。
入口や窓、奥へ続く扉から店内の客に至るまで。
更にその目線は、ハルト、真司、友奈、そしてえりかに及ぶ。
そして。
「えええええええええええええっ!?」
突然ココアが大声を上げた。
「うわっ! ココアちゃん!? どうしたのいきなり?」
「せ、生徒会長!?」
「知ってる人?」
「知ってるも何も!」
ココアが慌てて少女へ近づく。
「生徒会長だ! どうしてここに!?」
「保登さん」
「はい!」
「店内で大声を出すのは、接客業としていかがなものかと思いますが」
「ご、ごめんなさい!」
ココアが反射的に背筋を伸ばす。
「すごい……ココアちゃんが一発で大人しくなった……」
「驚きですね」
チノまで感心している。
「ココアちゃんの学校の人?」
「うん! うちの高校の生徒会長! 四宮かぐやさん!」
「高校生?」
真司も驚く。
「なんかもっと偉い人かと……」
「それはどういう意味でしょう?」
「す、すみません!」
真司まで姿勢を正す。
かぐやは真司に構わず、こちらへ声をかけてきた。
「改めまして、四宮かぐやです」
「ああ、どうも。松菜ハルトです」
「存じています。調べましたので」
燐から聞いただけではないらしい。その言い方に、ハルトの表情が僅かに変わる。
「今日は少々、お話したいことがありまして」
「うん。聞いてる」
ハルトは奥を指した。
「ここじゃ話しづらいから、場所移そうか」
「お願いします」
かぐやは即答。
ハルトはそのまま、座席に並んでいる仲間たちにも声をかけた。
「みんなも」
「うん!」
「ああ」
「うん」
「はい!」
五人が立ち上がる。
「ハルトさん」
ココアが呼び止めた。
「注文は?」
「あ」
「お客様を連れていく前に注文聞かないと!」
「俺よりちゃんとしてる……」
「お姉ちゃんだからね!」
胸を張ったココアへ、かぐやが平静なまま注文した。
「それでは私は紅茶をお願いします。種類はお任せします」
「はい! 燐ちゃんは?」
「昨日と同じでいい」
「オッケー! 普通のコーヒーね!」
「……待て。その呼び方はやめろ」