Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
ラビットハウスのバックヤードの扉を閉める。ここなら、店内の話し声はほとんど届かない。
「随分慎重ですね」
腰を下ろしながら、かぐやが言った。
「この店の人たちは何も知らないからね。巻き込む必要もないでしょ」
「あら。それは、貴方自身についても?」
「非日常の部分は全部」
「……なるほど」
かぐやが店側の扉を見る。彼女はしばらく扉を見つめていたけど、やがてハルトへその赤い眼差しを向けた。
まるで、ハルトの……本当の目の色にそっくりだ、とさえ思ってしまった。
「それで、話したいことって?」
「まずは正式に紹介します」
かぐやは燐を見る。
燐が一歩前へ出て、それと同時にかぐやは自身の手の甲を見せつける。
当然そこには、令呪が刻まれていた。
「燐・ヴィスポーズ。私のサーヴァントです」
「……やっぱり」
「そして察しの通り、私は彼女の……メイドクラスのマスター……聖杯戦争の参加者です」
「参加者……」
真司の表情が変わる。
可奈美も友奈も。えりかはすでに警戒するように燐を見ていた。
「私は現在も聖杯戦争を継続していますし、降りるつもりもありません」
「それを俺たちに言うってことは……俺たちが何をしようとしてるかも知ってる?」
「ええ」
あっさりと、そして簡潔に。かぐやは言い切った。
「貴方たちが聖杯戦争そのものを止めようとしていることも把握しています」
彼女はその赤い眼差しで、まずは可奈美を見据えた。
「衛藤可奈美。美濃関学院中等部二年……いいえ、本来は三年なのに休学中。昨年の
「あ、知っているんだ……」
「
「お願いします止めてください」
その動きは果たして可奈美の能力も使われていたのではないのだろうか。
ハルトの目にも止まらない勢いで、可奈美は土下座をしていた。
「か、可奈美ちゃん? 土下座とかするキャラだったっけ?」
「いいから! ご当主様とかがここに来て千鳥を取り上げられちゃったら、私色んな意味で終わっちゃう! もし無理矢理連れ戻されたりしたらそれこそ終わりだよ!」
「しませんよ。それと、サーヴァントはこの世界にはいないので調べようにありませんが……松菜ハルトさん。貴方については、最優先で調べました」
かぐやは真っ直ぐハルトを見る。
「……何で?」
「何で? 書類上では十年前に火災で死亡したはずの少年が、今ここで生きている。この情報だけで調べないわけにはいかないでしょう?」
「……!」
その言葉でハルトは息を呑んだ。
可奈美も、真司も、友奈も、そしてえりかもただ黙ってハルトを見つめている。全てを知る彼らも、ハルトの動向を見守っている。
「……それで? 何が分かったの?」
「貴方が収まっている監視カメラを片っ端から調べました。怪物だということも把握しています」
今、顔が強張ったのはハルトだけではない。
きっと、この場にいる全員が、同じように戸惑っていることだろう。
「そして松菜ハルトさん。その事実を抜きにしても、貴方は危険です」
「ハルトが危険?」
真司が眉をひそめる。
「何でそういう結論になるんだよ。誤解してるぜ。こいつは別に他の参加者を殺して聖杯を取ろうとしてるわけじゃないぞ」
「だからこそです」
「え?」
かぐやは淡々と続ける。
「普通の参加者なら目的は単純でしょう。最後まで生き残り、聖杯を得る……ですが松菜さんは、戦争そのものを終了させようとしている」
赤い瞳。見られるだけで、心の中まで見据えられそうな感覚がハルトを襲った。
「それは、聖杯を必要としている全参加者の目的を同時に否定するということです」
「……」
「一人の勝者を目指す人間より、全員を敗者にしようとしている人間の方が、私には危険です」
「なるほどね。そういう見方になるのか」
ハルトは苦笑した。
「それは、俺が怪物ってことよりも危険な要素なの?」
「そうですね。野生の怪物なんて、この見滝原では珍しくもないでしょう? あなたと同質の怪物も、燐は何体か討伐していますし。加えて」
かぐやは指を一本立てる。
「松菜さん本人が高い戦闘能力を持つ」
二本目。
「サーヴァントを二騎同時に維持」
彼女の目が、真司とえりかへ向けられた
「シールダー、蒼井えりかさん。貴女は前マスターを失った後、松菜さんと新たに契約した」
「……はい」
「そして、ライダー、城戸真司さんは自分の意思で戦争を止めようとしている。三者全員が個別に戦闘へ参加可能……通常ならマスターを狙えば陣営を崩せますが、あなたの場合は誰を先に落とすべきか、単純に決められない」
確かに、考えてみれば今のハルトは、なんと優位に立っていることだろうか。
ファントムでありながら、指輪の魔法使いとしての力もあるマスター。
真司に至っては、彼自身がミラーモンスターと呼ばれる怪物と契約していて、彼自身もマスターのようなものだ。
そしてえりかの防御能力は非常に高い。これまで幾度か強大な怪物と対峙してきたが、彼女の防御が破られるところを見たことがない。
「さらに」
かぐやは可奈美と友奈を見る。
「契約外にも強力な協力者がいる」
「私?」
「貴女だけではありません。元敵対者すら必要に応じて同じ戦場に立つ。場合によっては、最強の参加者と考えられるキャスターさえも味方に付くことがある」
「まあ、大体は成り行きだけど……」
「自覚がないのですね……その実、それが最も厄介です」
「ひどい」
ハルトが苦笑する。
「だから、そんな危険な俺と何で手を組むの?」
「ええ。危険だからです」
今度も即答だった。
「遠くに置いて動向を把握できないより、近くで情報を交換していた方がいい」
「……結構正直だね」
「隠す必要がありますか?」
「ないけど」
「そして利用価値も非常に高い」
「利用価値……」
真司が微妙な顔をする。
一方、かぐやは構わず続けた。
「前回の件で、私は単独行動の限界も認識しました」
「マキマのこと?」
「ええ」
燐の表情が僅かに険しくなる。
「聖杯戦争とは関係のない人間まで、街全体が一人の意思へ向けられた。全ての人間が、あなた一人に否応なく矛先を向けることとなり、かくいう私も、松菜ハルトさん。何を差し置いてもあなたを討伐する命令を燐に下してしまった」
一拍入れたかぐやは、目を細めた。
「私は支配されることが嫌いです」
さっきまでと少し声が違う。
「自分が何を考え、誰を信じるか。何を選び、そして何よりも誰を好きになるか。それを他人に決められることが、何よりも……」
赤い目がわずかに鋭くなる。
「何より嫌いです」
ハルトはそこで初めて、かぐやがただ生存率を計算してここに来たわけではないと分かった。
「……もしかして、それが聖杯を欲しい理由?」
「ええ。全部ではありませんが」
かぐやは少し黙る。
「私は、自分の人生を、自分で決めたい。生まれた家の都合、将来、誰と関わるべきか、誰と関わってはいけないのか。皆さまには、私がすべてを持っているように見えるでしょうが、その実私にはあらゆる決定がない」
この中で、誰もが黙ってかぐやの言葉を待っていた。
「全てが、私の知らないところで決められる。私はそれが嫌です。だから、」
「それを全部、自分の手に戻したい、か」
ハルトが最後の言葉を受け取った。
「でもそれって、わざわざ聖杯に頼ってでもすることなのかな?」
「リスクが見合っていないように思えるでしょう。しかし、現状ではそれが最も確実な方法です」
「現状では?」
真司が反応。
「聖杯じゃなくてもいいのか?」
「手段に執着する理由はありません」
かぐやは即答する。
「自分の力だけで達成できるなら、それが一番です」
「じゃあ――」
「ですが」
真司の言葉を遮る。
「現状、聖杯以上に確実な方法を私は持っていません。ですから降りるつもりはない」
ハルトもそこは否定しない。
「それで、俺たちに提案?」
「はい。情報共有、必要な場合の戦力協力……ただし恒久的な同盟ではありません」
「俺が聖杯戦争を止めようとして、かぐやさんがまだ聖杯を必要としていたら」
「その時は敵です」
「迷わないね」
「曖昧にする意味がありません」
「……じゃあ、一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「聖杯を取るためなら、人を殺せる?」
部屋の空気が変わった。
かぐやは、すぐには答えなかった。
「無関係な人間を殺してまで願いを叶える気はありません」
「参加者なら?」
「……必要がなければ戦いません」
「必要なら?」
「私か燐が殺される状況であれば」
赤い瞳は揺れない。
「それが私の線引きです」
「……分かった」
しばらく考えて、ハルトは右手を差し出した。
「俺は戦争を止める。かぐやさんは今のところ聖杯を使いたい。最終的にはぶつかるかもしれないけど……でも同じ相手から生き残るために協力する。それで十分だよ」
「……随分楽観的ですね」
「そうかな」
「将来の敵を近くに置くのですよ」
「近くにいた方が分かりやすいんでしょ? 俺も同じだよ。それに」
ハルトは笑う。
「まだかぐやさんを完全には信用してないから」
かぐやが僅かに目を見開く。
「だからお互い様」
「……なるほど」
かぐやも手を出す。
「では、お互いに利用することにしましょう」
「言い方!」
真司がすぐ突っ込んだ。
「もっと柔らかくしてくれよ!」
「互いに必要なものを交換する」
かぐやはハルトを見る。
「その間だけは敵ではありません。が、私が貴方を信用したと思わないでください」
「もちろん。俺も同じだから」
「……そうですか」
握った手が離れる。
「それくらいが、ちょうどいいのでしょうね」
「終わった?」
ホールに戻ると、ココアがすぐ寄ってきた。
「何の話だったの?」
「ちょっと仕事みたいな話」
「ハルトさん、大道芸の依頼?」
「まあ、そんな感じかな。ちょっとした一発芸を宴会の場で頼まれた」
「雑ですね」
チノが横から呟く。
「いいのいいの」
それ以上は聞かせない。
ココアは「ふーん」と頷いて、かぐやたちに笑顔を向けた。
「紅茶、もう一杯いる?」
「いただきます」
「やった!」
「何故喜ぶのですか?」
「美味しかったってことでしょ?」
「……まあ」
かぐやが僅かに視線を逸らした。
「燐さんも?」
「ああ」
「普通のコーヒー?」
「だからその呼び方をやめろ」
「えー?」
ココアが笑う。
「えりかちゃんも何か食べる? ケーキあるよ!」
「食べます!」
さっきまで緊張していたえりかの顔が一瞬で明るくなる。
「えりかちゃんも切り替え早いね」
友奈が笑う。
「甘いものは大事です!」
「何の?」
「心の健康にです!」
かぐやがそんなえりかを見ている。
「……」
「生徒会長も食べる?」
ココアが尋ねる。
「……」
「どうしたの?」
「いただきます」
「はい!」
さっきまで殺伐とした会話を繰り広げていたラビットハウスの空気が、少しだけ柔らかくなる。